第11話 魔法の才能
草木が風になびき、さざ波の様な心地いい音が耳を撫でる。
エルザの家に居候する事が決まってから、ソフィアの家で俺の魔法適正を調べるべく、移動している最中である。
初めてビエッツ村をエルザの家から出て見たが、雰囲気は中世ヨーロッパの田舎の様だった。電気で動いていそうな物はパッと見では確認出来なかった。
と言っても、エルザの家は村の端っこに当たる様で、ソフィアの家はその先10分くらいの所にあるらしく、エルザの家を出てすぐ村から離れる形だ。
村の中を歩いた訳ではないので、どういった人がいて、どんな生活をしているのかまでは分からない。
魔力総量を見るための魔法道具がある様だし、きっとこの世界の特有の進化を辿っているのだろう。楽しみである。
「もうそろそろよ!」
金色の髪をなびかせて、ソフィアは言う。
そう言われて前を見ると緩やかな丘の頂上に一本の木と小さな家がポツンと立っていた。
「1人であそこに住んでいるんですか?」
「そうよ。」
マジかよ、大丈夫なのだろうか。
この世界には魔獣とか、おっぱいに興奮する異世界転生して来た性獣がいるんだぞ。
「女性が1人で住むには少し危険じゃないですか?」
それなりに長く住んでいたのだろうから、差し出がましいだろうが、聞いてみる。
「何ー、心配してくれてるのー?ふふ、でも大丈夫よ。私、これでも強い方なの。」
彼女から見たら、子供が一丁前に女の子を守ろうとしている様に見えるのだろう。そんな子供を見るかの様に、軽くあしらわれた。
「バティル君はきっと良い男になるわね、女の子を守れる男になりなさい!」
ビシッと俺の方に指を差しながらソフィアは言う。
そういうキビキビとした行動をされると、ソフィアのでか乳がプルンプルンするので、視線に困る。
「了解であります!」
内心の性欲を誤魔化す為に敬礼をしておどけてみる。
さっきから2人で会話をしているが、エルザが黙り込んでいるという訳ではなく、彼女は村長に俺の安否と、しばらくエルザの家に泊まる事を報告しに行ったのだ。
俺も同行した方が良かったのだが、ソフィアが早く俺の魔力総量を調べたいと言って聞かなかったので、仕方無くエルザが報告をしに行き、先に2人でソフィアの家に向かっているのである。
顔を見せなくても納得してくれると言っていたので、エルザ達がそれだけ信頼されているのか、この村の人がそれだけ緩いかのどちらかなのだろう。
そんなこんなでソフィアの家の近くまで来たのだが、ここで困った事が起きた。
家の前に番犬がいたのである。
体長は2メートルほどで、栗色の毛皮が風でなびいている。ポメラニアンの様な顔だったらそこまで困らないのだが、ガッツリ狼の顔をしていた。
「テアンただいまー!」
「ワン!」
どうやらテアンと呼ばれた犬は、ソフィアとの関係は良さげである。
テアンはのしのしと俺の方に向かってくる。
転生する前は特段犬が嫌いという訳では無かったが、転生して真っ先に狼に襲われてから、苦手意識が芽生えている。あの殺意を忘れられないのだ。
冷や汗が止まらない、体が小刻みに震えている。あれから1日も経っていないのを考えたら当然だろう。
そんな俺の思いを知らないテアンは、俺の周りを匂いを嗅ぎながらグルグルと回っている。
「テアン、その子はお客さんよ。」
ソフィアは、警戒しているテアンに優しく撫でて落ち着かせる。
「そう言えば、シャドウウルフに襲われたんだったわね。でも大丈夫、この子は無差別に襲ったりしないわ。」
そう言うとテアンは俺の手を舐め始めた。友好の証だろうか。
まだ苦手意識は残っているが、テアンの歩み寄りにより震えは多少収まった。そうして落ち着きを取り戻してきたので、テアンの頭を撫でながら、軽い疑問を投げてみる。
「昨日はずっとエルザさんの家に居ましたけど、ご飯とかあげないといけないんじゃないでか?」
それに対してソフィアは、
「ああ、ご飯は大丈夫よ。おなかが減ったら、自分で狩りに行くから問題ないの。」
(おいおい、間違って子供を襲ったりしないよな・・・?)
でも、ソフィアの帰りを家の前で待ったり、見知らぬ者へのボディチェックをしたりと、忠犬なのだろう。賢そうな犬だし、そういうミスはしないという信頼があるのか。
ソフィアの家と大木の間に、大きな犬小屋が設置されていた。恐らくテアンはそこを拠点としているのだろう。
緊張から解放されたからか、視界が開けた様な気がする。
辺りを見ると様々な植物が育てられていた。
「家庭菜園とかしているんですね。」
少し意外だったので聞いて見た。
「食べる用じゃなくて研究用よ。ここは、そこの木のおかげで魔力濃度が高いの。魔力樹の中のエネルって言う種類なのよ。」
魔力樹、聞いた事ない名称だ。まだまだこういった、この世界特有の名称などがあると思うとワクワクしてくる。
「どういった研究をしてるんですか?」
「んー。簡単に言えば、魔力をすぐに回復出来るアイテムを作ろうとしてるの。魔法使いは、自身の魔力が切れたらお荷物になっちゃうから、そこを改善したいのよね。」
これは要するに、MPポーションの作成をしようとしているのか。
「良いところまでは行っているだけどねー。」
「上手くいってないんですか?」
「そうなのよ。魔力はすぐに回復するんだけど、魔力過多になって死にかけたわ!」
ソフィアは笑って言っているが、結構危険な事をしているらしい。
「そんなことより、中に入りましょ!」
俺はそれに従い、ソフィアの家にお邪魔することになった。
――――――――――
ソフィアの家はそれなりに整頓されていた。
前世の俺の部屋より断然綺麗である。
活発な女性のイメージの影響で、部屋は汚いのだろうと思っていたのだが、そんな事はなかった。料理もできて部屋も綺麗で、魔法も寝ながら使える程の域までいっているとなると、ソフィアは結構、万能タイプなのかも知れない。
「ちょっと待っててね、道具を取りに行ってくるわ。そこの椅子に座って良いわよ。」
ソフィアはそう言って奥の部屋へと入って行く。
俺とテアンだけの空間になる。最初ほど恐怖心は無いが、やはり苦手意識はそんな簡単に無くせる物では無い。気まずい。
気まずいので辺りをもう一度見てみる。
エルザの家よりは所々、女性の部屋っぽさが出ている。鉢植えが何個かあり、それぞれ違う植物を育てている様だ。
テーブルは一つしかなく、椅子は2つだけだ。今、俺の反対に座っているのはよく分からないぬいぐるみである。椅子の少なさからして、客はエルザくらいなのだろうか。
玄関にはプロテクターの様な鎧や、杖が置いてある。杖にはソフトボール位の青い結晶がはめ込まれている。
元いた世界では魔法の杖なんてなかったから、玄関に杖がある事に違和感が凄い。
「お待たせー!」
奥の部屋からソフィアが戻ってくる。手には玄関先にあった杖と同じくらいの、布に包まれた球体を持っていた。
「これは魔力に反応して光る水晶で、素手で触れるとその人の魔力総量によって眩しさが変わるのでーす!」
ソフィアは持っていた水晶をテーブルに置き、水晶に包んでいた布を取りながら言う。
「これで僕の魔力総量が分かるんですね!」
俺も興奮して来た。ここから異世界無双ライフが始まるんだ。
包んでいた布を取ると、水晶が顔を出す。水晶の色は透明だった。玄関先にあった杖には色があったが、やはり水晶にも沢山の種類があるのだろう。魔法属性の相性とかもきっとあるに決まっている。
「うんうん。そこまで楽しみにしてくれると、魔法使いとしては嬉しいものね。」
俺の反応の良さにソフィアも嬉しい様だ。
「しかーし、まずは私の魔力総量をお見せいたしましょう。はい、拍手!」
パチパチ、1人の観客からの拍手が送られる。
確かに、ソフィアがどれ位なのかは気になる。
「それじゃあ行くわよ、よーく見ておきなさい。」
指示に従って水晶を見る。ゆっくりとソフィアが水晶に手を伸ばす。
―――――すると、視界がいきなり真っ白になる。
「――――ッ!?」
何が起こったのか分からない。なんだか太陽を直接見た時の様な痛みがする。
まるでフラッシュバンを目の前で爆発された様だった。某空島で、人をゴミ呼ばわりしていた人はこんな感覚だったのだろうか。
唐突のこと過ぎて、椅子から転げ落ちる。
「目がぁぁ! 目がぁぁぁぁぁ!!!」
バタバタと床の上で、もがいている事しか出来なかった。視覚を潰されたが、聴覚は無事なので物音は聞こえる。そこには「はっはっは!!!」と自慢げに笑っているソフィアの笑い声が聞こえてくる。
すると、玄関の扉が勢いよく開く音がした。
「―――大丈夫か!」
声からしてエルザだろう。
エルザは「目がー、目がー!」とム〇カ大佐の名台詞を発しながら、床でバタバタしている俺と、直視すると目が痛くなる程の水晶を上に掲げ、自慢げにしているソフィアを見る。
誰が何をやったかは明白だった。
「ソフィア!」
そう言ってエルザはソフィアに詰め寄る。
「エ、エルザ、そんな怖い顔しないでよ。ちょっとした遊び心じゃない。」
そう言ってソフィアは水晶をテーブルに広がっている布の上に戻す。部屋中に広がっていた閃光は、水晶から手が離れるとフッと光を失った。
俺の視界はまだチカチカしていたが、次第に元に戻って行く。
「大丈夫か?」
「はい、でもまだチカチカしますね。」
エルザは心配そうにこちらに近寄り、俺を起こしてくれた。
(くそぅ、そういえばソフィアは悪戯してくるってエルザが言ってたじゃんか。完全に油断してた・・・。)
初めて会った時も、扉を開けた瞬間水をぶっかけて来るとか言っていたのを思い出す。
(ふふふふ、しかーし、やられたらやり返す。倍返しだ!)
何せ、俺は転生者。
最強が確定している俺は、ここでソフィアの放った光よりも凄い光を放つのが確定している!
(引き立て乙!悪戯をする子にはお仕置きが必要ですね!)
そんな内心の復讐心に燃えている中、エルザとソフィアは口論を始めていた。
「もしもの事があったらどするつもりだったんだ!」
「そんな怒んないでよ、もしもも何もピカッて光っただけじゃない。」
「実際、それで椅子から落ちてしまっているじゃないか!」
それには反論できなかったのだろう。ソフィアは「むー」と頬を膨らまして黙ってしまう。
「頭とかは痛まないか?」
反論して来なかったソフィアから、エルザは俺の方へと向き直り、俺の心配をしてくれる。しかし運が良かったのだろう、今回はどこも痛めてはいなかった。
エルザは俺の所々を見て、外傷がないのを確認するとホッと安心した様だった。
それに対して、エルザに叱られたソフィアはテアンに愚痴を言っていた。
「テアーン、そこまで怒んなくても良いわよねー。」
それに対し、テアンはプイッとそっぽを向いた。
「えー、テアンも賛成なのー!ヤダヤダ仲間外れにしないでー!」
誰にも慰めてもらえなかったソフィアは、テアンに飛び付いてわしゃわしゃとし始める。
そういえば、ソフィアが水晶を持って来た時から、何かを察したかの様に端の方へと向かって行き、俺たちに背を向けていた。
最初は、思っていたのと違うのが出てきたから興味が失ったからだと思ったが、もしかしたら、俺と同じ様な事をされたのだろう。この人は動物にもやりかねない。
椅子に座り直し、テーブルに置かれている水晶を見る。
「僕もこの水晶触って見ても良いですか?」
俺の言葉にすぐに反応したのはソフィアだった。さっきまで不貞腐れていたのだが、この人の気持ちの切り替えは見習いたい。
「もちろんよ、ガッと行っちゃいなさい!」
「酒を飲む訳じゃ無いんだから・・・」と思ったが、ソフィアが注目している今がチャンスだ。
(俺の目の仇だぁぁぁぁぁ!!)
別に俺の目は無事だったし、特に恨みがあるわけでは無いが、悪質な悪戯は良く無いので、やられた側の気持ちを理解して貰わなくては。
水晶を勢いよく掴む。
掴む瞬間は目を瞑っていた。さっきの二の舞は嫌だからな。
(・・・あれ?)
なんか反応が薄い。てっきり阿鼻叫喚の風景を予想していたのだが、どうなっているんだ?
そっと目を開けてみると、全然眩しくなかった。
手にはちゃんと水晶を掴んでいる。しかし、その水晶には全く光を発して無く、2人もキョトンとした顔をしていた。勿論、俺も同じ顔である。
「これは、どうなんだ?」
エルザが、ソフィアに聞いてみる。水晶の持ち主であり、魔法などに色々詳しいであろう人物に確認を取ったのだ。
「こんな反応見た事ないけど、光が出ないって事は、魔力は無いと見るべきでしょうね・・・。」
(うえぇぇぇ!? マジで!?)
そんな訳ない、だって転生者だぞ。
特別な存在なはずだろう?
そうだ、これは間違いだ。きっと俺の魔力総量が多過ぎて壊れてしまったのだ。
漫画などでよくある測定不能パターンだろ。
そこで、まだこの水晶に触れていないエルザに触れて貰おうと思い付く。エルザが触れて光が出なかったら故障したとなるだろう。
「こ、故障したのかなー、エルザさんも触れてみて貰っても良いですか?」
「あ、ああ、そうだな、分かった。」
現実を受け止めきれていない俺に、エルザは少したじろぎながら返事をする。
エルザが水晶に手を触れると・・・・なんと普通に光っていた。
ソフィア程の激しい発光では無く、少し強めの懐中電灯くらいだった。まだ2人しか見た事が無いので、どれくらい凄い魔力保有量なのかは判断できないが、そこそこあるのではないだろうか。
フッと光が消え、2人は肩を落としている俺を気まずそうに見ている。
「・・・。」
無言でもう一度触れてみる。しかし、先程と変わらず光は出ない。
「あれ、ちょっと待って。」
そう言ってソフィアは水晶に顔を近づけると、またもや難しそうな顔をした。
「これ、水晶の中心が光っているわ・・・。」
そう言われエルザと一緒に覗き込むと、確かに水晶の中心に豆電球の様な小さな光が発光していた。
(ちっさ、え、待ってこれが俺の魔力総量って事?)
光ってなかったら、キャパオーバーで反応出来なかったという解釈が出来たが、光ってしまうとなると話が変わってくる。俺の魔力総量が確定してしまう。
こんな少ない魔力総量なんて、元いた世界から毛が生えたくらいの変化しか無いじゃないか。
「こ、これはどうなんだ・・・?」
さっきと同じ質問だったが、今にも泣きそうに肩を落としている俺を見て、救いは無いのかとソフィアに聞いている様だった。
「・・・残念だけど、魔法適正は無いと判断するべきね。」
ブワッと涙が出て来る。
せっかく楽しみにしてたのに期待外れもいいとこだ。元いた世界でもそうだったが、どうしてこうも上手くいかないんだ。
異世界無双ライフが出来ると思って期待していたのに、これじゃあ元いた世界と変わらないじゃ無いか。せっかく転生したのに、この村でひっそりと生きて死ぬのだろうか。
「・・・成長と共に魔力総量は増えるんじゃなかったか? 以前、私の総量はここまででは無かったはずだ。」
「確かにそうよ。でも、今の最大値がこのレベルだと、期待は出来ないわね。」
総量が増えることは増えるが、俺の魔力総量からして頑張って伸ばしても一般人と同じくらいにしかならないだろうとソフィアは言う。
それだったら魔法以外の才能を見つけて、そこを伸ばして行ったほうがいいと提案してくれる。一般のレベルになるのを努力するよりかは、向いているのを伸ばしていけば良いとソフィアは励ましてくれた。
確かにその方が良いだろう。俺に何の才能があるのかは分からない、もしかしたら無いのかも知れないが。魔法使いであるソフィアが見るに、俺の魔法適正はそれ程までに絶望的なのだろう。
(はぁ・・・、マジかよ。転生者なのにただの人じゃん。全然特別じゃ無いじゃん!)
ガックリと肩を落とす俺を見かねてか、テアンも俺の頬を舐めて慰めてくれていた。ありがとう。
「何、魔法だけが全てでは無い。他にもやりたい事、出来る事が見えてくる。」
「そうよ。それに魔力総量が少なくても何も困る事なんてないから。」
テアンに続いて2人も励ましてくれている。
しかし、俺の中のショックは大きい。本当に魔法を使ってみたかったのだ。漫画やゲームの世界が現実になったのに、元いた世界とほとんど変わらないと云うのはあんまりだ。
だからと言ってどうこうなる物でも無い。
魔法の適正が無いのは確定してしまったのだから、別の事に目を向けるべきである。そんなのは分かっている、しかしすぐに切り替えられるほど割り切った性格では無い。
(はー・・・折角、転生させたんだったら魔法使える体で転生してくれよ!)
俺を転生させた奴出てこい。適当な仕事しやがって、一発殴ってやる!・・・というのは冗談なんだが、気になるのは何故、異世界転生したのかという事だ。
死んだ時に、神やらそれらしい者に出会うイベントが無かった。異世界転生をしても、これから何をすれば良いか全く分からない。
だが、これも考えても仕方ない事だろう。
何も知らない。この世界の事も、この世界に転生した理由も、俺にどんな才能があるのかも。
不安はあるが、それよりも、今の俺は何にも囚われていないのだとと捉えた方が良いのではないだろうか。そうだ、そう思った方が良い。俺は自由だ。
未だに励ましてくれている2人に、感謝と、魔法を諦める事を伝えた。
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