第10話 命名

 早朝の頭頂部凍結事件から、そのまま起床してエルザが朝ご飯を作ると言うのでそれを手伝い、出来上がってもソフィアが起きて来ないので起こしに行き、朝食も食べ終えた頃。



 「そう言えば、この子に名前がないじゃ無い。」



 そんな一言から俺のこれからの事について話し合いが始まった。


 自分で適当に名前を付けても良かったが、俺はこの世界のことを詳しく知らない。

この世界風の「運子ちゃん」になってしまうかもしれないので、うかつに俺の方から名前を提示するのは止めて置こうと思う。まあ、もしそんな名前を提示したとしても、彼女達ならたぶん止めてくれると思うけど。


 なので、彼女達に決めてもらう事にした。



 「じゃあエルザ、名前をどうぞ!」



 ソフィアはエルザに決めて貰うらしい。そうして呼ばれたエルザは少し考えて、



 「バティルだ。」



 エルザは、しみじみと感慨深そうな顔で提案する。


 それに対して、ソフィアはポカーンとした顔をしていた。


 それから何か言いたげにエルザを見ていたが、すぐに何か言いたげだった物をグッと堪えて、飲み込む様な仕草をして、引き攣った顔で俺に訪ねてくる。



 「・・・バティルくんで良い?」



 こちらに向き直りソフィアが尋ねてくる。


 気になる、今の間は何だったんだ・・・。


 もしかして、この世界風の「運子ちゃん」じゃないだろうな。流石にそれだったら嫌だから聞いておこう。



 「バティルですか。強そうな名前ですね!どう言う意味があるんですか?」



 と、なるべく「好印象だったよ」的な感じで聞いてみる。



 「意味までは分からないが、大昔に居た英雄の名前だ。」


 「英雄?」


 「ああ、龍神の眷属である古代龍種が暴れ回っていた時代に、たった1人でその龍達の大半を狩ったと言われている。龍神とも戦って撃退をしたんだとか。その功績を讃えられ『龍殺しの英雄 バティル』と言われたらしい。」



 そんな凄い人物なのか。


 エルザはハンターだからそう言う強い英雄に憧れでもあるのかもしれない。



 「まあ実際、本当に存在していたのかも怪しい人物なんだけどねー。」


 「そうなんですか?」


 「そうよ。元は短い文でそう言う存在がいたと書かれていただけで、確実に存在していたと確証を得られるほど資料がある訳じゃ無いの。」


 「ただ、そういう英雄譚が好きな吟遊詩人や、作家が創作を加えて広めたらしい。」


 「英雄譚の中でもマイナーな部類だけど・・・『エルザは』好きだったわね。」


 「・・・ああ。」



 そう言うと、少ししんみりとした空気に変わった。


 (何だろう、凄く気になる・・・。)


 きっと悲しい事とかがあったのだろうが、英雄譚を話してしんみりすると言うのはあまりピンと来ない。それにこういうのは触れない方が良いに決まっている。


 ただ、気になる事がある。


 それは12神獣には龍神がいるはずだ。その眷属を狩って英雄になるというのはどう云う事なのか。


 その疑問をエルザ達に話したところ、すぐに返ってきた。



 「龍神は生物の敵と言われているからだ。」



 エルザの発言に付け加える形でソフィアも続ける。



 「龍神は全ての生物を捕食して、全ての文明をも破壊して回っている、悪い神というのが一般常識なのよ。」



 なるほど、だから龍殺しは英雄になるのか。



 「文献でもその事は多く記録されているわ。龍神やその眷属によって、どれだけの文化、自然が破壊された事か、傷が癒えたらまた暴れ出す事は確実だから、各国や部族はそれぞれ対策を考えているそうよ。」



 (随分と嫌われているんだな。でも、他の神獣は何をしているんだろう。神が暴れているなら同じ神が諌めて欲しいものだと思うのだが。)


 けどまあ、その事は置いておこう。聞いて見た感じ、この世界の「運子ちゃん」的な名前じゃ無いようだしこの名前でいいだろう。



 「その英雄に恥じない生き方をしてみせます!」



 どうやらエルザにとって思い入れのある名前のようだし、命の恩人からの命名なので断る理由は無い。

 

 そういう思いで言ってみたところ、隣にいるエルザは嬉しそうに微笑んで頭を撫でて来た。


 作り笑いは快楽殺人の様な笑顔だったが、素の笑顔はとても綺麗だった。


――――――――――


 「そう言えば、昨日あんなに魔法に興味津々だったし、午後は私の家でバティル君の魔力総量がどのくらいか見てみましょうよ。」



 食事と俺の名前が決まって、エルザが皿洗いを終えた頃に、ソフィアはそう提案した。


 (能力診断キターーー!)


 この流れは間違いなく異世界転生物のお約束!


 膨大な魔力保有量をしていて、それにみんな驚愕! 

 そして才能を認められて魔法を学び、都会に行って魔法を使ってまたも驚愕!! 

 その強さに惚れ込んでいく女性が大量にいてハーレムの楽園となる!!!


 そうやって異世界ウハウハライフが始まるんだー!ヒャッホーイ!!!



 「良いですね! ソフィアさんの魔法を見てから、僕も魔法を覚えたいと思っていました!」



 興奮が抑えきれず、声のトーンが上がりながらソフィアの提案に同意する。



 「まるで使える前提ね!その自信、素晴らしいわ!」



 ソフィアも親指を立ててグッドポーズをしながらテンション高く答えてくれる。

自身の好きな魔法に興味があるのが嬉しいのだろう。



 「でもさっきも言った通り、魔力総量を確かめないといけないわ。総量が少ないのに使ってしまうと最悪死んじゃうからね。」



 結構リスクがあるんだな、だけど俺は転生者だ。1回魔法を使って死んでしまう程の魔力量な訳がない。たぶん。



 「それよりも、午後は村長にバティルの事を報告した方がいいだろう。それにバティルの今後の方針もまだ決まっていない。」



 (そういえばそうだった、今の俺はまだ名前しか決まっていない。)


 ただ、方針と言っても俺はこの世界の事を全然知らないのだ。まず初めに何をすれば良いんだ?



 「方針なんて簡単よ。バティル君が満足するまでこの家に泊まらせてあげれば良いのよ。」



 なんて方針だ、全てエルザに放り投げだ。独身だったから詳しくは分からないが、子育てと云うのは大変だという話ではないか。



 「いや、それはちょっと・・・。」



 そう言ってエルザに視線を向ける。



 「ふむ。」



 意外にも、エルザはすぐにはソフィアの案を否定しなかった。見ず知らずの子供を世話をするなんて、正直、面倒だと思うのだが・・・。


 それに対してチャンスと思ったのか、ソフィアは続いて発言する。



 「村長に頼めば泊めてもらえるだろうけど、また関係を組み立てないといけないし、あなたにとってもこれは良い機会よ。」


 「・・・」


 「これまで色々あったけど、このままじゃ良くないわ。環境を変えてみるのも悪くないんじゃない?」



 エルザの過去には何かある様だが、この状況で聞く勇気は俺には無かった。ただ黙ってエルザの返答を待つ。


 しばらくの沈黙の後、エルザが口を開く。



 「・・・確かにソフィアの言う通りだな。ただ、私が狩りに出掛けている時はソフィアが面倒を見てくれ。」


 「勿論よ、エルザといる時より良いって言わせてあげるわ!」



 腰に手を当て、自信満々にそう言う。



 「バティルはそれで良いか?」



 ソフィアの煽りをスルーして俺に聞いてくる。


 衣食住がこうも簡単に確保出来るのは良い事だ。しかし良いのだろうか、エルザに命を救って貰い、怪我の看病や、飯まで作ってくれた。何から何までやってもらって、本当に良いのだろうか。


 (いや、今は仕方ないだろ。この世界の事を何も知らないんだ。ここで暮らしながら色々学んで、一人で生きて行けそうだと思ってから出て行けば良い。)



 「はい、何から何までありがとうございます。」



 椅子に座りながらだが、俺は2人に向かってお辞儀をした。この感謝は本心だ。いずれ出て行く事になるだろうが、俺はこの感謝を一生忘れない。


 この恩は必ず返そうと思う。

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