第8話 誕生日

 森で目覚める以前の記憶が無いとエルザに言ったところ、意外にも信じて貰えた。

 

 信じてくれるのかと聞いた所、エルザは俺が魔法を知らない事と、森でのことを聞いた時に長い沈黙をしていたのを見て、「もしかしたら・・・」思ったらしい。


 記憶喪失という嘘を信じて貰えなかったらどうしようと思っていたが、あっさりと信じて貰えたので、本当に良かった。


 長い沈黙と魔法を知らないというだけで、記憶喪失である事を信じるだろうかと疑問に思ったが、自身が「もしや」と思っていた事が正解だったと言われると「やっぱりそうだったか、分かっていたよ」となり、信じて貰える事が出来なのではないだろうか。


 まあ、実際の所は分かんないけど。


 (とりあえずは、信じて貰えたみたいだな。・・・分かんない事だらけだし、記憶喪失っていうを利用して、色々聞いてみようか。)


 それからしばらく、俺の方からエルザたちに質問をし、2人はそれに付き合ってくれた。


――――――


 エルザとソフィアに聞いて分かった事が色々ある。


 まず、俺が今いる所は『ビエッツ村』という場所らしい。


 西に行くと森が広がっており、この村のハンターは大体、その森のモンスターを狩っているそうだ。ついでに、俺が拾われたのはその森らしい。


 ビエッツ村は『六神評議国ろくしんひょうぎこく』の一部らしく、六神評議国ろくしんひょうぎこくの中では東に位置するらしい。


 六神というキーワードが気になり、聞いてみた所。


 この世界には12の神獣がいて、鼠神ねずみがみ牛神うしがみ虎神とらがみ兎神うさぎがみ龍神りゅうじん蛇神へびがみ馬神うまがみ羊神ひつじがみ猿神さるがみ鳥神とりがみ犬神いぬがみ猪神いのししがみという神が存在していて、12神獣と言われているらしい。


 それを聞いた瞬間、「干支じゃん」と思ったが黙って聞いていた。


 そして12神獣の子孫である12種族と言うのもあるようで、それが俺達らしい。


 それぞれの神獣の特徴がある生き物で、俺の種族はおそらく「猿人族えんじんぞく」だろうと言われた。エルザも猿人族えんじんぞくなのだそうだ。


 ソフィアは角があるから何の種族なのだろうと思い聞いてみた所、「羊人族ようじんぞく」と言う種族になるらしい。


 (という事は、ケモ耳も存在するのか!)


 どんな感じなのか分からないが、虎神とらがみ兎神うさぎがみ犬神いぬがみの種族はとても気になる。


 12神獣は、この世界を守る「守り神」的な存在らしく、ほとんどの神獣は国を持って統治するという事をしていないらしい。


 基本的に姿を現さず、大きな災害などがあれば、ふらっと現れて問題を解決し、すぐにいなくなるとの事だった。理由は不明との事だ。それに対し、彼らなりの考えがあるのだろうとエルザたちは言っていた。


 それから、魔法も色々と見せて貰った。


 火を出したり、水を出したり、出した水を凍らせてみたりしてもらった。最終的に「家の中で魔法を使うな」とエルザに怒られるくらいは見せて貰った。


 どういう理屈で魔法が出来ているのかさっぱりだったが、魔法という存在が確かに存在すると思えるくらいには見ることが出来た。


 (剣と魔法に世界! オラ、わくわくすっぞ!)


 そして、魔法というのはこの地域の特別な技術ではなく、世界で使われ、周知されているものなのだそうだ。


 ここまで色々な事を聞いて、この世界が俺の知っている世界では無いと確信する。


 ハンターやら魔法使いやら、モンスターやら神様が存在する世界。


 俺は異世界に転生したようだ。


――――――


 気が付いたら窓の外は暗くなっていた。


 月明かりに照らされた草原から、鈴虫の音色が聞こえてくる。



 「こんなに話し込んでしまってたんですね。長い時間、付き合って貰っちゃって申し訳ないです。」


 「いや、これが記憶の戻る切っ掛けになるかも知れんからな、大事な事だ。それで記憶はどうだ、何か思い出せたか?」


 「・・・いえ、何も思い出せません。」


 「そうか、まあ時間差で思い出すかも知れん。もう外は暗い、取り敢えず今日は泊まっていきなさい。」


 「はいはーい、私も夜道は危険なので泊まらせていただきまーす!」


 「お前は魔法があるから危険じゃ無いだろ」


 「何よー。いーじゃない!」



 ちょっとした事で言い争いが始まった。


 だが、2人に険悪な雰囲気はない。むしろ仲良く見える。お互いが信頼し合っているのが分かる。


 そんな言い争いよりも、俺の方が問題なのではないだろうか。エルザ達はここまで歩み寄ってくれているのに、俺は記憶が無いと嘘を付いている事に罪悪感を感じる。


 ただ、記憶喪失という嘘がメリットになっているのは事実だ。


 もし最初に転生前の俺の話を正直に話したとしたら、この世界の事を知ることができただろうか。


 自分がいた世界だったら「異世界から来ました」と言っても「はいはい、厨二病乙」みたいに返して貰えると思う。


 それは、そういう異世界転生作品が世間に知れ渡っているからであって、この世界には異世界転生という考え方が無い可能性がある。


 もし無かった場合、精神に異常がある奴として警戒、もしくは精神病院という物があるか分からないが、そう言った所にでも連れて行かれていたかも知れない。


 そしたらここまでスムーズにこの世界の情報を得られただろうか? 


 きっと、情報は得られただろうが、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。


 (そうだ、これは必要な嘘だ。エルザ達には申し訳ないがこれは必要な嘘なんだ・・・。)


 そんな事を考えていると2人の会話が入ってくる。



 「あなたの手料理は美味しくはないわ。この子を持て成す意味でも、私が必要よ。」


 「いや、昼間に食べて貰ったが美味しいと言っていたぞ。」


 「まあ、昔よりは良くなった方だけど、あなたはまだまだよ。あなたの料理の師匠であるこの私が、この子に本当の御馳走というものを教えてあげるの。」


 「料理を振る舞ってくれるのはありがたいんだが、はあ・・・本音を言おう。お前は悪戯をするから帰ってくれ。この子は居場所が無い、だからここでは安心できる場所にしたいんだ。」


 「私は誰にでも悪戯する訳じゃないわ。あなたにしかやらないわよ」


 「そうか、じゃあ帰れ。」


 「わーん!エルザー、捨てないでー!」



 ソフィアの角を掴んで無理やり引っ張って行くエルザ、そして引っ張られながら涙目でジタバタと暴れるソフィア。


 2人は絡れながら外へ出て行った。しばらくソフィアが「わーきゃー」と声を上げていたが、次第に聞こえなくなった。


 (ソフィアさんって、黙っていれば知的な大人の美人って感じなんだけどな。・・・外見と中身が違いすぎる。)


 2人のコントの様なやり取りを見た感想はそんな感想だった。


 なんとも気の抜ける光景である。


 俺が思い悩んでいるのがバカらしくなってくる。


 ガチャリと扉が開き、入って来たのはさっき出て行った2人だった。


 どうやらエルザは説得されたのだろう。



 「さーて、ご馳走を作るわよ!」



――――――


 目の前にはとても美味しそうな料理が並んでいる。


 御馳走を作ると言うだけあって、昼間の時とは違い、量も質も良くなっている。


 ソフィア達が料理をしている中、目の前に置かれた肉を摘み食いしてみたのだが、一般家庭のレベルでは無かった。


 店でも出したらきっと繁盛するだろう。そんなふうに思ってしまうほどの美味しさだ。



 「これで出来上がりよ!」



 そう言って持って来たのはパンケーキだった。何重にも重ねられたパンに、蜂蜜が甘い香りを放って食欲を刺激する。



 「昼間とは違って豪華ですね。」


 「それはそうよ。なんて言ったって、今日はあなたの誕生日なんですからね!」


 「誕・・・生日?」



 (そんな情報言ったっけ?)


 いや、言ってないはずだ。


 記憶喪失という設定なので、俺からの情報は皆無のはずなんだけどな。なんで誕生日って事になったんだ?



 「誕生日というのは、そのままの意味だ。誕生した日に、生まれた事を祝う行事のことを言うんだ。」



 ・・・うん、それは知ってる。



 「そう! あなたは自分が誰かも分からない、私達もあなたの事はわからない。何も覚えていないというのは不安でしょうけど、分かる事はあるわ!」


 「それは、『記憶のないあなた』が今ここにいるという事!『記憶のないあなた』は今、誕生したのよ!」



 ソフィアは席を立ち、大袈裟に腕を広げて演説を続ける。



 「そしてあなたの誕生を私達は歓迎するわ!誕生おめでとう!」


 「おめでとう」



 そうして2人は俺に向けて拍手を送る。


 突然の事で驚いたが、彼女達の視点から考えると俺は記憶の無い少年で、名前も分からない、帰る場所も分からない、誰を頼ったら良いのかも分からないという不憫な少年なのだ。


 だからこうして元気付けようとしてくれるし、お祝いをする事で迎えるムードを作ってくれているのだろう。


 (この人達、良い人すぎ・・・!)


 こんなに優しくされたのはいつぶりだろうか。少なくともここ10年はここまで優しくさせた覚えが無い。

 

 彼女達の優しさが温かい。



 「ありがとう・・・ごさいます。」



 そう言うと気が緩んでしまったのか、俺は泣いてしまっていた。


 年下の女性に励まされて泣く30歳のおっさんとか恥ずかしくて前を向けない。


 そんなおっさんの内心を知らない彼女達は瞳を潤ませ、「良いのよ」と微笑んでくれていた。


 しばらく俺の嗚咽が響き、彼女達が寄り添っている中、俺も平静を取り戻す。



 「これからの事は明日考えるとして、取り敢えず料理を食べよう。」

 

 「そうね! 冷めないうちに食べて食べて〜!」


 「・・・はい、頂きます」



 目の前に広がる豪勢な料理は見た目だけと言うわけではなく、きちんと味も最高だった。


 ソフィアは場を盛り上げようと、氷魔法で俺の彫刻を作ってくれたりもしてくれた。


 何も無い場所から氷が出現するのを見て、恥ずかしながら子供の様にはしゃいでしまっていた。


 ただ、はしゃいでしまうのも仕方のない事だと思う。だって、子供の頃に夢見た事がこうして現実になっているのだ。心踊らない訳がない。


 魔法が使える世界とか夢が広がる。今の俺の体はどのくらい魔力があるのだろう。


 異世界転生者と言ったら、きっと度技抜くレベルの魔力保有量と相場が決まっている。


 ソフィアの家には魔力保有量を簡単に確認できる水晶があるらしく、明日見てみようと言う話をした。


 俺の異世界生活の始まりだ。

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