第7話 知らない世界

 食事を終え、トレーを持って下の階に行く。


 階段を下るとエルザはお湯を沸かしていた。


 茶葉の香りがしてくるので、おそらくお茶を作ってくれているのだろう。家は木造建築で、所々に花が飾られてはいるが、比較的に質素な部屋だった。


 何というか、率直な感想を言えば田舎の家という感じだ。ただ、日本の家と言うよりか、西洋の家のような感じがする。扉がふすまじゃなかったからそう感じたのか、まあ、とにかくそう感じたのだった。


 俺の足音に気が付いて、エルザはこちらへと振り返る。



 「どうだった、私の料理は。」


 「美味しかったです。ご友人は良い料理しか食べてこなかったのかもしれませんね。」


 「そうか、まあ確かにアイツは良い所の出だからな、味にうるさいのはあるだろう。」



 エルザは笑みをこぼしそう言った。


 エルザの自然な笑みはとても美しかった。やはり作り笑いは今後止めておいた方が良いだろう。


 そして料理の事だが、美味しかったのは本心だ。見た感じは質素な食事のように感じるが、出されて文句を言うレベルでは無い。


 エルザにトレーを渡すと、エルザはテーブルの方へと指を差し「そこに座っていてくれ」と言われ、素直に従った。


――――――


 少し待っていると、エルザはコップを俺の前に置き、そして反対方向へと座り対面する形となった。エルザ自身のコップも持っており、紅茶のいい香りが鼻腔をを刺激する。



 「さて、私の身の上は簡単にだが話した通りだ。今度はお前の事を聞かせてくれ。真夜中の森の中、なぜあんな森の中にいたんだ?」



 なぜ森にいたのかと聞かれても、俺だって分からない。


 だから取り敢えず、この質問に対しては素直に「分からない」と答えればいいだろう。


 ただ、この後にくれであろう質問が問題だ。


 「自分もなぜあの森にいたのか分からない」と言えば、きっと「それじゃあ、森にいる以前の記憶はどうなんだ?」と聞いて来るだろう。


 それに対し、素直に答えたとしよう。


 「仕事から帰る途中、大雨が降り、雷が直撃し、気が付いたら森の中にいて、体が子供になっていた。」という事になる。


 本当の事なのに、文章にすると嘘くさくて仕方ない。


 もし俺だったら、「うん、病院でお薬貰おうか。」となってしまうだろう。


 それに今の俺は子供の体だ。まともに取り合ってもらえるだろうか?


 子供が意味の分からない妄想を話して来たぞ、とか思われないだろうか。それか、変なキノコや草を食べて、トリップしてしまっていると思われてしまうかもしれない。


 (うーん、どうしたもんかな・・・おっと)


 深く考えてしまい、しばらく沈黙をしてしまっていた。とりあえず決めていた返答だけはしておこう。



 「それが僕も分からないんです。気が付いたらあの森にいて、人が居ないか探しながら、森を彷徨っていました。」


 「・・・そうか、それ以前の記憶はどうなんだ?覚えているか?」



 予想していた質問が来た。


 それに対して返答をしようとした所で、玄関の方から「コン、コココン」と、リズミカルにノックする音がした。


 だが、しばらくしてもエルザはドアの方に移動する事はしなかった。



 「あの、良いんですか?どなたか来たみたいですけど。」


 「ああ、このノックの音で誰が来たかは分かっている。」



 (知ってる人なのか、じゃあ何で開けてあげないんだろう。)


 そんなこと思っていたら、すぐに理由を言ってくれた。



 「アイツは勝手に入ってくる。鍵を閉めていても勝手に入ってくるから、放っておいても変わらないんだ。」



 やべえ奴じゃねえか。



 「それに開けたら、出会い頭に魔法で水をかけてくるから開けない方が良い。」



 (迷惑行為しかしねぇじゃねえか。聞いた限りだと関わりたくない感じだな。・・・てか今、魔法って言った?)


 気になる単語が出てきたが、おそらく手品の類だろう。剣とか鎧を装備して狩りをしているみたいだし、ここは相当、田舎なのかもしれない。


 (いや田舎というか、いつの時代だよ! よく部屋を見たら、電子機器が1つもねぇじゃねぇか!)


 ここはどんな辺境の地なのだろうかと考えていると、ガチャリとドアの鍵を解除する音が聞こえてくる。


 (本当に勝手にやるんだな)と思っていたら、扉が凄い速さで開けられる。勢いが良すぎて扉が壊れるんじゃないかと思うほどに。



 「おっじゃまっしま~す♪」



 バーンと音を立てて、不法侵入常習犯の登場である。


 どんな野郎なのかと思い、視線を送ると、美人な女性が立っていた。


 エルザもすごい美人なのだが、それに負けず劣らずの容姿をしている。エルザと同じようにスタイルも抜群だ。パッと見、エルザよりも胸は大きいだろうか。


 服装は全体的に紫色で、なんだか魔法使いっぽい恰好をしている。綺麗なブルーアイで、髪は金髪で腰くらいまで伸びている。肌は白く、服の色とは反対でその白さが際立つ。そして一番異様なのが、頭のこめかみ付近から羊の角が生えていた。


 (うわっ、なんだあの角。すげぇリアルだな。)


 これからハロウィンでも始まるんだろうか。


 俺はもしかしたら10月まで寝込んでいたのかも知れない。そんな事を考えてしまうほど、彼女の服装は現代の服装と違い過ぎる。


 そして魔法使いっぽいと言ったが、長いローブを着ていた訳では無く、長い紫色のスカートを着ていた。そして頭には、俺が魔法使いっぽいと思わせた長いツバの帽子を被っている。


 この帽子と長いスカートの影響でパッと見、魔法使いのイメージが付いてしまう。まあ、実はただ肌が弱い人なのかもしれないけどね。


 だが、エルザの剣士のような格好といい、この不法侵入常習犯といい、まるでRPGの世界にでも来たかのような格好をしている。


 ちなみに俺の今の格好は、ぶかぶかの半袖と短パンである。下着を履いていないので、短パンが下にズレるたびにヒヤッとしている。即席で作った服の様で、継ぎ目が非常に荒い。



 「勢いよくドアを開けるな、お前のせいでドアが軋み始めているだろ。」


 「だって、いるのに開けてくれないんだもーん。嫌なら開けてよぉ。」


 「じゃあ水を掛けるな。避けても床が濡れるから面倒なんだよ。」


 「折角、水も滴る良い女にしてあげてるのに~。」


 「滴るレベルじゃないんだよ。」



 仲睦まじい会話を静かに聞いていると、不法侵入常習犯はこちらに気が付いたようで、パッと笑顔になり話しかけてきた。



 「あら、目が覚めたのね。私はソフィア・ハーノイス。よろしくね♪」


 「よ、よろしくお願いします。」



 どうやら、不法侵入常習犯の名前はソフィアと言うらしい。それにしても美人だ。2人の美人が目の前にいるとたじろいでしまう。



 「体の調子はどう?貧血とかの症状は無い?」



 その言葉であの時のトラウマが脳裏をよぎり、ブルリと身震いをするが、すぐに思考を変えて返事をする。



 「体の方はすっかり完治しました。ただ、さっき足を捻ってしまって、それが痛むくらいですかね。」


 「あら、捻っちゃったの?」



 そう言って俺の方へ来て、右足首を確認し始める。



 「本当だ。少し痛むけど我慢してね。」



 (湿布とか張ってくれるのだろうか。いや、湿布を這って痛いとか無いよな、何をするんだろうか。)


 そんな事を考えていると、不思議な光景を目にする事になる。


 捻挫した足首にソフィアの指が触れると、緑色の発光をして、腫れていた足首の腫れが引いて行ったのだ。


 その腫れが引いて行く間には、消毒液を傷口に付ける様な痛みがあったが、そんな痛みなんてどうだっていい。


 それよりも、今、目の前で起きたことに驚愕している。


 (一瞬で治った!なんだよ今の!)


 これはどんな医療技術なのだろうか。この技術が世間に発表されたら、きっとすごい事になるぞ。



 「今のなんですか!一瞬で腫れが引いて行きましたよ!」



 興奮気味にソフィアに聞くと、ソフィアは知らないのかという様な顔でポカンとしていた。



 「今のは治療魔法よ、見た事ないの?」



 治療魔法・・・?


 確かに魔法みたいに腫れが引いて行ったけど・・・魔法?


 (え、まさか、この世界に魔法って実在したの・・・?)



 「ハンターでもないだろうし、知らないのも無理ないんじゃないか?」


 「何言ってるの、こんな基礎的な事を知らないのは少しおかしいわよ。あなたも子供の頃から知っていたでしょう。」


 「・・・まあな。」



 (え、子供の事から知っているものなの?)


 いやまあ、子供の頃は中二病的なアレで妄想していた頃もあったから、俺も子供の頃から知っていると言っても、まあ嘘じゃないかもしれんが・・・。


 しかし、まさか魔法が実現する物とは思っていなかった。もしかしたら、田舎の方では魔法は当たり前だったりするのだろうか。



 「まあ、魔法を知らない事もあるだろう。少し慌しくなったが、話を戻そう。」



 エルザが俺へと向き直り、話を続ける。



 「気が付いたら森の中にいたと言うが、森にいたよりも以前の事は覚えてないのか?」



 この質問に対して返答に困ったが、ふと、記憶喪失という事にしてしまえば良いのではないかと閃き、「それ以前は覚えてません」と言って俺は首を振った。

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