第5話 赤毛のサイコパス

 森がザワザワと騒がしい。


 川の近くには、血を流して死んでいる狼と血を流して死に欠けている人間と、狼を切り殺した何者かが立っている。


 何者かというのも、その者はこちらに背を向けているし月が隠れてしまっていて暗いし、そもそも死に欠けていて視界がぼやけてしまっているので全然分からないんだ。


 ただ、先ほど月が隠れて暗い状況から悲惨な目に遭ったという事もあり、このシチュエーションは軽いトラウマなので止めて欲しい。



 「――――――。」


 

 それから背を向けていた人物が振り返り、何やら言葉を発しているが、よく分からない。


 言語が違うとかそういった事では無く、俺の聴覚がまるで水の中にでもいるかの様に靄が掛かっている。


 痛覚も薄くなり、視覚も聴覚もおかしくなっていくのを、ただ感じている事しか出来ない。


 そうして無反応の俺を見て、目の前の人物は何やら言葉を発してから、俺の視界の下―――胴体の方―――が緑色に光りだす。その直後、全身の力が取り戻し無くなっていた痛覚が徐々に戻って来る。



 「ぐっ・・・!」



 痛みが走る。


 しかし、感覚が無くなっていくよりは現実に戻ったようで安心する。


 痛みにより生の実感を感じる事が出来る。だが、完全に体が良くなったという訳ではなく、瀕死の状態から重体に変わったくらいだろうか。噛まれた箇所は常に激痛が走り、首を嚙まれたからか呼吸も苦しい。視界も未だにぼやけてしまっている。



 「どこの子だ、なんでこんな所にいる。」



 綺麗な声だ。


 声からして女性だろう。凛とした綺麗な声の女性は俺にもたれ掛かっていた狼を退かし、体の傷口などを確認している。



 「ほ・・・他の、お、おお、かみは?」



 喉が潰れているのか、声が発しにくい。だが伝える事は出来ただろう。そして狼の事だが確か3匹いたはずだ、2匹は俺に噛み付いていたがもう1匹はどうしたのだろうか。



 「殺した。」



 物騒な事をえらく単調に答える。しかし、すぐにその発言は良くないと思ったのだろう、女性はすぐに言い方を変える。



 「ああ、こうじゃないな―――――」



 ぼやけた視界の焦点が合ってくる。


 そして、次第に雲に隠れていた月も森を照らし出し、目の前の女性の姿が露わになる。


 髪は紅に染まり、腰まで伸びた髪はポニーテールで1本にまとめられている。瞳は海のように蒼く、顔は街中ですれ違えば振り返ってしまうだろうと思うくらいの整った顔をしている。キリッとしていて全体的に大人の女性のような雰囲気を出している。というか、大人の女性だ。


 体には、中世の鎧の様な鉄の板を、腕や足、胸や腰などに身に着けていた。


 鎧と言ってても、どちらかと言うとプロテクターの様な形で装備している。腰には剣が刺さっており、なんだか全体的にいつの時代の人だよとツッコミを入れたくなる風貌をしていた。


 スタイルは良く、ボン、キュッ、ボンのお手本のような体つきだ。


 ここまでの評価を簡潔に説明すると、衣装の趣味が若干前時代的な絶世の美女という事になる。


 ――――しかし、問題がある。


 視界が回復し、月明かりが照らされ気が付いたのだが、目の前にいるその美人は全身を血で濡らしていた。抱き抱えられそうな位の距離にいるので血生臭さが半端じゃない。


 そして、血は顔にも付いており、付いてから時間が経っているのか、艶やかさは無くカピカピに乾いている。


 そして全身を見ると、尋常じゃない量の血が全身に付いている。はじめは赤色の服なのかと思っていたが、どうやらそういう訳でも無く、その血は狼を殺した返り血にしては随分と多い気がする。


 この女性も大怪我をしているのかと思ったが、女性を見ると痛がる素振りをせずにピンピンしている。という事は、全身に付いている血はこの女性の血では無く、それ以外「返り血」という事になるだろう。


 全身を返り血で濡らしている奴が、深夜の森の中で何をしていたのだろうか・・・。



 「――――狼はいない、もう大丈夫だ。」



 ニカッと、邪悪な笑みを浮かべる。


 絶対に嘘である。


 狼がいないのは本当だろう、しかし後半の大丈夫だという所は絶対に嘘である。なぜなら、お前の存在が大丈夫じゃない。


 効果音があったら間違いなく「ニチャアァ・・・」という効果音になっているだろう笑みを目の前でしている。


 極上の獲物を見つけた食人鬼、人を解体するのが趣味のサイコパス、その様な醜悪で邪悪な笑みを浮かべている。


 ホラー映画だったら主役だったろう女が、「もう大丈夫だ」とかホラを吹いて笑顔になっている。


 それに対し、俺は返事をする事は出来なかった。


 本能的な現実逃避か、単純にホラー全般が苦手だったからか、体が限界だったからか、それともその全部か。


 俺は、その醜悪で邪悪な笑顔を見た途端、ブクブクと泡を吹いて気絶した。

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