第2話

俺に抱きついたまま泣き止む気配が全く無い彼女。


この状況は物凄くヤバいのではないか?


端から見たら " 女の子を泣かしているクソ男 " に見えるよな。 ど、どうしよう……。


と、とりあえず


「こ、このままじゃ何だから、部屋に入りませんか? さ、流石に体裁が……」


彼女も流石にこの状況は駄目だと気付いてくれたのか、泣きながら頷いてくれた。


俺は急いでバッグから鍵を取り出し(彼女が抱き付いたままだった為、バッグから鍵を取り出すのに苦労した)部屋のドアを開けて彼女と一緒に部屋の中に入った。


彼女をリビング(と言えるかどうか怪しい広さ)に通して椅子に座らせ、彼女が落ち着くまで様子を伺った。


ちゃんと彼女にハンカチを渡したよ。当然。


……さっきまでほろ酔いで気分良かったのに、酔いが醒めてしまったよ。


それから数分後。 やっと彼女は落ち着きを取り戻してくれた。


「んじゃ、改めて自己紹介ね。俺の名前は丹羽圭介だ。君の名前は?」


「……由井刹那です」


ん? はて? 何処かで聞いた事のある名前だなぁ?


でも、俺の知っているあの刹那ちゃんは確か髪色は黒だったよな? 多分同姓同名の娘だろうな。


「で、刹那ちゃんは何故俺の部屋の前に居たんだい?」


「はい。貴方にどうしても会いたくて、住所を調べて来ちゃいました。御迷惑なのは重々承知しています。でも私、気持ちが押さえられなくて……」


正直俺は盛大にテンパっている。 俺の記憶のデータベースにはこんな可愛い娘のデータは無い。寧ろ、女の子のデータすら1つも無いのだ。 だって、彼女居ない歴×年齢の男だぞ?


何処でこんな可愛い娘と接点を持ったかなんて、覚えている筈も無く


「あ、あのさ、俺達何処かで会った事有ったっけ?」


「……一度だけあります」


「何処で?」


「海で会いました」


……海? 全く覚えが無い。 こんな可愛い娘なら絶対覚えている筈なのだが……。


「失礼を承知で聞くけど、俺その時何してた?」


「私の聞いた話だと、圭介さんはその時釣りをしていたと聞いています」


「釣りをしていた?」


「はい」


「何時の話?」


「数週間前の日曜日です」


「で、君はその時何していたの?」


「………ました」


「え? なんて?」


「………いました」


「ごめん。聞こえない。もう一度お願い」


俺が刹那ちゃんに聞き直すと、刹那ちゃんは物凄く恥ずかしそうに


「海で溺れてました」


と俯きながら答えた。


……え? 海で溺れてた? またまた。大人をからかっちゃいけないよ?


「……本当は?」


「事実です」


……。


「……マジで?」


「大真面目です」


刹那ちゃんのその言葉を聞いて、俺の記憶のデータベースから1つの記憶が甦ってきた。


確かに数週間前に海で女性が溺れてたのを偶然助けた。 その時俺は防波堤で海釣りを楽しんでいた。


……もしかして。あの時の娘?


「……思い出した」


そう言うと、刹那ちゃんは物凄く嬉しそうな顔で


「思い出して戴けましたか! そうです!あの時命を助けて戴いた者です! その節は本っ当にありがとうございました。圭介さんのお陰で私は今こうして生きています。良かった~♪思い出してくれて」


「あの後大丈夫だった? 君が救急車で運ばれてからの事は知らないから」


「私も詳しくは覚えていないんですが、気付いた時には病院のベッドの上でした。圭介さんの事は一緒にいた友人から聞いたんです」


そうだったんだね。とりあえず無事で良かった。安心したよ。


……あれ? おかしな点が1つあるぞ。 確かあの時、俺は名前を名乗っていなかった筈だが?(クーラーとロッドを防波堤に置き忘れて慌てていた為)


疑問に思ったので、俺は刹那ちゃんに聞いてみた。


「確かあの時俺、名前を言わなかったと思うんだけど。 どうやって俺の名前を知ったんだい?」


俺の質問に対して刹那ちゃんはニコニコ顔で


「あの時私の友人の1人が圭介さんの乗っている車のナンバーを覚えていたんです。それを頼りに興信所にお願いして調べて貰ったんですよ。お名前と住所とその他諸々。結構時間が掛かっちゃいましたけど」


……うわぁ。そこまでしたんたこの娘。俺にお礼を言うだけの為に。


ちょっとだけ引いてしまったのは内緒にしておこう。


ちょっとだけ気になった事があったので聞いてみた。


「刹那ちゃんは何故あの時友達達から離れて沖にいたんだい?」


「友達達と離れて沖にいた理由ですか? それは」


「それは?」


「一緒に来ていた男の子の視線が気持ち悪かったからです。私の身体と顔を舐め回す様に見てきて……。身の危険を感じたんです。だから、友達には少し泳いで来るねって伝えてESCAPEした結果、あの場所で足が攣ってしまい溺れたという訳なんです」


……よし!その男殺そう! こんな可愛い娘が身の危険を感じるまで見てくるなんてモラルの欠片も無い奴はこの世から抹殺するべきだと思う。


「……嬉しいです♡ 圭介さんが私の事を心配してくれて。しかも……可愛いだなんて♡」


……どうやら心の声が本当の声として漏れていたらしい。


「そ、それはそうと、わざわざありがとうね。お礼を言いに来てくれたんでしょ? そんな良かったのにお礼なんて。俺は当然の事をしただけなんだから」


……本当だよ? 溺れてたのが男性でも女性でも助けていたから。


「いえ、私は絶対に圭介さんに会いに来ます。だって……お礼を言うだけじゃ無くて、私の本心を圭介さんに聞いて欲しかったから……」


はて? 刹那ちゃんの本心?


刹那ちゃんはモジモジして顔を真っ赤にしながら躊躇いを見せていたけど、意を決したみたいに大声で


「け、圭介さん!」


「は、はい!」


つられて俺もつい大声で答えてしまった。


「き、聞いて欲しい事があります!」


「な、なんでしょうか!」











「私は貴方が大好きです! 愛しています! 突然ですが、私と結婚して下さい!!」




………は? 今なんと仰いましたか?





刹那ちゃんは大声でそう叫んだ後、自分のバッグから1枚の用紙を取り出して、俺にまるで賞状を渡す様な感じで差し出してきた。


その用紙とは……刹那ちゃんの名前が記入済みの婚姻届だった。



いやいや刹那さんや。いきなり何を言ってるんだ!


しかも何だこの婚姻届は!? ご丁寧に " 由井刹那 " って名前が記載されているじゃないですか!


「いやいや、ちょっと待って欲しい。何故いきなりそんな話になっているのかをおじさんに説明して欲しいのだが?」


盛大に困惑している俺は、刹那ちゃんに説明を求めた。 すると、刹那ちゃんはキョトンとした顔で


「圭介さんはおじさんじゃありませんよ? 寧ろイケメンのお兄さんです♡」


「いやいやいやいや、俺が聞きたいのはそれじゃなくて」


「? 圭介さんは私に何を聞きたいんですか?」


俺はつい受け取ってしまった婚姻届を指差して


「これの事だよ」


刹那ちゃんはポンと手を打ち


「ああ、その婚姻届の事ですか?」


俺は大きく首を縦に降る。


「私が圭介さんと結婚する為に必要だから用意しました。それが何か?」


……それが何か?じゃねーよ!


「よく考えてね。結婚って一生物の事だよ? 一時の考えだけで決めちゃいけないよ?」


俺は刹那ちゃんに優しく傷付けない様に諭してみた。


「大丈夫です! ちゃんと考えての結論ですから! 私の旦那様は圭介さん以外には考えられませんから♡」


………駄目だ。完全に暴走している気がする。


はっ! 起死回生の1手を思い付いた! これで刹那ちゃんを諦めさせられる!


「もし、俺達が同意して婚姻届にサインと捺印したとしよう。でも、保証人には誰がなってくれるのかな? 俺達が良くても、お父さんとお母さんが許してはくれないと思うよ?」


ドヤ顔で刹那ちゃんにそう言うと、刹那ちゃんがニコニコ顔で婚姻届の保証人の欄を指差して


「大丈夫です♪ 見てください♪」


保証人の欄を見ると、そこには " 由井公宏 " の名前が記入されていた……。


……何やってるのさー!お父さん!? ちゃんと娘さんを止めようよ! 記入してんじゃねーよ!



OK……落ち着け。落ち着くんだ丹羽圭介。 刹那ちゃんは一時の感情に流されているだけなんだ。


彼女を傷付ける訳にはいかない。考えろ!考えるんだ!


しかし……無い頭を捻っても、問題解決の糸口は見付からなかった。


「圭介さん、私をお嫁さんにして下さい! きっと良い妻になりますから!」


うるうるした瞳で俺に懇願してくる刹那ちゃん。


「……1つ聞いても良いかい?」


「はい!何でも聞いて下さい!」


「何で俺なんだ? 刹那ちゃん位可愛いければ、俺よりもっと良い人がいると思うんだよな」


「私はさっきも言った通り、圭介さん以外には考えられません」


「俺の何処が好きになったんだ? 実際には会った事が無いに等しい男だぜ?」


「確かに圭介さんは会った事が無いに等しい男性です。でも、圭介さんは私の命を助けてくれました。命の恩人です」


「それだけの事で君の一生を決めてしまっても良いなんて俺は思えない」


「……今まで会ってきた男性は、私の顔か身体が目当ての人ばかりでした。誰も私の中身は見てくれませんでした。 初めは圭介さんももしかしたらその類いの男性かも知れないと思いました。 だから、会って直ぐに私を口説いてきたら顔にビンタをして帰るつもりでした」


……怖っ! まぁ初めから口説くつもりなんて無かったから良かったけどね。ってまさか、泣き真似だったのか? だったら大した女性だよ。本当に涙を流していたんだからな。


「もしかして……あの涙は」


「……すみません。泣き真似でした」


……やっぱり怖い娘だよ!


「でも、圭介さんは違いました。泣き真似した私に口説く事をせず何処までも優しく接してくれました。 だから私確信したんです。圭介さんなら私の中身を好きになってくれると。そして本当の意味で一目惚れしたんです。そして心から圭介さんのお嫁さんになりたいと思ったんです。だからお願いします。私を貰って下さい」


……とっても素敵で純真な女性だな。こんな娘をお嫁さんにしたい。 でも……やっぱり


「刹那ちゃん。やっぱり俺は君をお嫁さんにする事は出来ない。ごめんね」


「っ! そ、そんな!!」


「俺と刹那ちゃんはまだお互いの事を何も知らない。好きな事、好きな食べ物、好きな場所……。もしかしたら刹那ちゃんは俺の事はある程度知っているかもだけれども。 先ずは先にその事を知る必要があると思うんだよな俺は」


項垂れていた刹那ちゃんが バッ!と顔を上げて


「そ、それってもしかして……」


「結婚は出来ない。今は。その話はお互いを知って、なおかつ本当にしたいと思った時にすれば良いと思うんだ。だから、先ずはお付き合いから始めませんか?」


「は、はい!勿論喜んで! こちらこそ宜しくお願いします! 絶対圭介さんに損はさせませんから! 私の事をお嫁さんにしたいって思わせてみせますから! 覚悟してくださいね♡」


「ははっ。お手柔らかにお願いします」


「でも、とりあえずこれは受け取って下さいね♡」


再度俺の手に婚姻届が握らされた。


「大事に保管をお願いしますね♪ 絶対使用する事になりますから♡」


……とりあえず箪笥の中に仕舞っとくかな。


「愛しています圭介さん♡」


この愛していますって言葉、最近何処かで聞いた事があるんだよな。 何処だっけ?


……思い出した! 居酒屋で見ていたテレビでだ!


芸能人の 由井刹那さんが言ってた言葉だ。


そう思っていると刹那ちゃんが


「何を考えているんですか圭介さん? 何だかニヤニヤしてましたけど」


と聞いてきた。 俺は今考えていた事を刹那ちゃんに話したら


「ああ、その言葉ですか。確かにテレビで言いましたね。嘘は言ってませんよ私? 圭介さんの事本当に愛していますよ♡」


……ん? 今なんと?


「だから、愛していますって」


「違う。テレビで言いましたねって言葉だよ」


「だって、私が本当に言ったんだから間違い無いですよ?」


「……刹那ちゃん。君の職業ってなに?」


「私の職業ですか? 歌手兼女優ですね」


……赤坂。お前の推しは今、俺の目の前にニコニコしながら居るぜ? 俺の彼女として。


































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