5 勝負することになった。
前回のあらすじ
デートをした次の月曜日、二人は先輩の前でだけ恋人のふりをするという契約を交わしたのだった。
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四日後の金曜日。ザーザーと音を立てて降りしきる雨に、俺は途方に暮れていた。昇降口に立って、ただ茫然と外を見つめる。梅雨に入ったからだろうか。ここ最近は雨が多い気がする。
まぁ、雨は嫌いじゃない。中庭でイチャイチャしてるカップルを見なくていいから。爆発しろ。ただ、教室に人が増えて騒がしくなることは難点か。
「さてと。傘を忘れたおバカさんは誰かな」
せめて折りたたみ傘の一つぐらい持って来たらよかった。学校にはもうほとんど生徒は残っていないだろう。だから友達に傘を借りることもできやしない、あぁ、そもそも友達いなかった。悲しい。
この雨が止むのにどれぐらいの時間がかかるのだろうか。憂鬱な気持ちで雨雲レーダーを確認しようよすると。
「だいたい七時ですね」
聞きなじみのある凛とした声。それが後ろから聞こえてきた。
「うげ。30分もかかるのかよ」
雨に向かってため息の一つでも吐きたい気持ちをぐっと抑え、俺は振り返った。
長いブロンドの髪が特徴的な少女。着崩すことなく、きちんと着こなされたその制服は結城の偽の性格を表しているかのようだった。
「傘を忘れたのでしょうか?」
「恥ずかしいことにその通り」
「そうですか」
前までだったら、「馬鹿ですね」の一言ぐらい飛んできたのだろうが、最近はぱったりなくなった。結城なりの距離の置き方なんだろうな。
ただ、調子が狂う。いままでと違うってのが苦なんだろうか。違うとは思いたいけど。
「でも、結城も忘れたんだろ?」
「先ほど、ここに来たら私の傘がなくなっていたんです」
「あぁ、つまりはパクられたと」
よくある話だ。災難だったな。
「いえ、似たような傘が傘立てに残っていましたので、おそらく取り間違えたものかと」
結城がそんなこと言ったら、パクられたって言った俺の心が汚れてるみたいじゃん。
「それでも、傘がなくて帰宅できない状況に困っている。というのは一ノ瀬くんと同じですね」
琴音が可愛らしく微笑む。知ってるか? この笑顔、偽物なんだぜ。女神様モードだけの表の顔なんだぜ。……最近は裏の顔を見ることもなくなったんだが。
「結城は30分間、ここで待つのか?」
雨で冷えた空気が肌に触れて正直、少し寒い。30分後にしか止まないのだったら、校舎内にいた方がよさそうだ。
「ここで待つつもりですよ。止むといっても、本当に少しの間だけだそうです。ですので、そのうちに走って帰宅してしまおうかと。校舎内にいて、もたもたしていたら、すぐに降り直してしまいそうです」
「それに、30分後ぴったりに止むわけでもありませんから」そう言って西の方を眺める結城はやけに絵になっていた。
「走るってたって、ローファーで?」
「まさか、裸足で走るわけにもいかないでしょう?」
まったくその通りなんだけども、普通に転んだりしないか心配だ。
「私の運動神経を舐めない方がいいですよ。それに、そもそも全速力で走るつもりなんてありませんし大丈夫です」
「まぁ……。そっか」
俺の返事を最後に、会話が途切れてしまった。大体人ふたり分ほどの距離を開けて、立ち呆けていた。
会話がないと、苦しいなー。何とも言えない気まずさに突き動かされるように、俺は口を開いた。
「そういえば来週からテストだな」
「そうですね」
「結城は、アレか……。また一位か?」
「まだ分かりませんけど、取る気ではいます」
自信があっていいことですわ。はい。
「そういえば、アレ、どうしましょうか?」
「アレ?」
顔を結城の方に向けると、彼女も同じように俺の方を向いていた。
「いつもテストの点で勝負していたじゃないですか」
「あー。アレか」
中学校からやっていて、いつのまにか恒例みたいになってた。まぁ、高校に入ってからは一度も勝ててないんだけどさ。
「それでどうしましょうか?」
「やってもいいし、やらなくてもいいし。でも、急に無くなるのも寂しいな」
今までやってきたものがなくなってしまうというのは、なんとも虚しい。
「そうですね。少なくとも今回はやりましょうか」
「また、結城に負けるんだろうな」
「ハンデ、とかいりますか?」
挑発的な笑みを浮かべる結城。意地でもはってハンデをもらわないという選択肢もある。むしろそっちの方がかっこいいだろうけども。
「結城の点数の6割より高かったら俺の勝ちで」
「……」
結城はぽかんと口を開けたまま、あっけらかんとして何も言わない。
「せめて一言ぐらい言ってくれ」
「いえ、あの。なんだか……ごめんなさい」
慌てたように苦笑いを浮かべて、頭を下げてくる。
女神様モードの鉄仮面をここまで崩せるのは、俺だけじゃないだろうか? たださ。……謝らないで俺が傷つく。
「あの、昔のよしみというか。友達としてというか、言うのですが、目標は高く合った方がいいと思いますよ……」
本気で哀れんだような、呆れたかのように、結城は俺を諭す。
「……じゃあ、7割で」
「ハンデをもらうことがそもそも間違っているのではないでしょうか……?」
「だって、仕方ないだろ! 学年1位に、下から数えた方が早い俺は勝てないっつうの! 結城、絶対手加減しないしさ」
「負けたくないですからね」
「誰だって、負けたかねぇよ」
「一ノ瀬くんも負けたくないんですか?」
「あったりまえだろ。人外かなんかと思われてる?」
「てっきり」
それはそれでひっでぇな。おい。
「ふ、ふふふふっ」
会話が終わったかと思うと途端に結城が笑いだした。
「なんだよ」
「いえ、なんだかおかしくって。ふふ」
ツボにでも入ったのだろうか。しばらく結城は笑い続けていた。
こうして、笑われるのは嫌いだったはずなのに、結城だけは許せてしまう。あれ、俺こいつに笑われ過ぎて麻痺してる?
「と、とりあえず、テストについては勝負しましょうね。私の7割と。負ける気はありませんから、覚悟していてくださいね」
ピンと指を向けられた。
「……っ」
それに動揺していると、結城は昇降口から走って行ってしまった。外を見ると、気づいたら雨は上がっていた。
「家に帰ったら、古文でも勉強するか」
去り際の結城の笑顔が、それこそ動揺してしまうぐらいには印象的だった。
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