4 契約することになった。
前回のあらすじ
先輩の頼みで擬似デートをすることになった二人。デートの結果、陽斗が得たのは、デートが楽しくなかった。ということだけだった。
────────────────
「めずらしいな。お前がこんな時間に来るなんて」
「まぁな」
いつもよりも十五分遅く教室へ入った。たまたま寝坊してしまったわけではない。計画的な犯行だ。
というのも、今日は琴音の家には寄っていない。日曜日に琴音から『起こしに来なくていい』という旨のメールが来た。俺もそれを了承し今に至る。
とにかく、早起きをする必要がなくなったから、遅く登校したんだ。
「陽斗、元気ないけどどうした?」
「いや、特に何も」
嘘だ。何もないわけないし、何なら寝不足だ。
「あー、わかった。お前寝てないだろ」
図星をつかれて思わず肩がはねた。
「昨日の夜中、アニメでも見ていたんだろ?」
「……よくわかったな」
わかって当たり前だろ。そう言わんばかりの笑顔を河村は浮かべる。だが、残念ながら間違いだ。まぁ、勘違いしてくれていたほうが嬉しい。
「マジありえなくない?」
席に座ってしばらく河村と談笑を続けていると、教室内に声が響いた。声のほうを見ると、机に肘を乗せていかにも偉そうな態度をとるクラスメイトがいる。その不機嫌そうな視線の先には、何やら困ったような表情を浮かべる茶髪の少女がいた。
おそらくさっきの声はあの態度の悪い少女から発せられたのだろう。
一軍。つまりは、このクラスのカースト上位連中。俺が勝手に呼んでいるだけだけど。関わりたくもないし、関わることもない。
「ホント、信じられないよね」
そう言いながらも茶髪の少女は肩を竦めていた。明らかにおびえてる。
ただの談笑、には見えないな……。少年漫画の主人公なら助けに行くんかな。ヒーロー志望してる奴とかならさ。
「まったく、こえーよな。ああいうのオレは苦手だ」
「好きな奴なんてほとんどいないだろ。部外者ならなおさら」
「そうだな」
残念ながら俺にはかっこいい主人公の資格なんてない。
「そういえば、来週の金曜には期末テストだな」
「やめろ、その言葉は俺に効く」
「古典赤点マンだもんな」
「誰がミミズが這いまわった字なんか読むか」
そもそも古典っていう学問がおかしい。日本語訳なら読んでやる。
♢♢♢
その日の昼休み。俺はスマホの通知の音で目が覚めた。どうせ、公式ラインだろ。人の安眠を邪魔しやがって。けれども、その予想はおおきく外れた。ラインの差出人は琴音だった。
『昼休み、お暇でしょうか?』
『もちろん暇だけど』
『でしたら、話したいことがあるので今から部室に来られますか?』
いきなり部室呼び出すか? 普通。
何か事情があるのは確かだろうがあまり心当たりがない。とりあえず、分かったとだけ返事して、俺は教室を出た。
♢♢♢
「それで、なにか?」
部室に入ると、琴音が窓際に立って外を眺めていた。
「よかったです。来てくれたのですね」
「あんな呼ばれ方したら、気になって寝ることもできない」
「それについてはごめんなさい。それでも話したいことがあったんです」
何か違和感。今日はやけに琴音が素直だ。
「それで、話って?」
「先輩の依頼のことですよ」
そのことか……。心当たり有りまくりだったわ。
「ちゃんと、一ノ瀬君とは話しておかないといけないと思ったんです」
心臓がきゅっと握られたような寂寥を覚える。
「そうですね。大まかに言ってしまえば、私たちのこれからについての話でしょうか」
「とりあえず、座ろうぜ。話長くなるだろ」
「そうですね」
それから向かい合わせではなく、俺たちは部室のテーブルのちょうど対角に座った。示し合わせたわけではない。自然とそこに座ったんだ。左斜め先に座る琴音の表情はなんだか沈んでいた。
「私は昔、と言ってもつい最近までですが。私は、一ノ瀬くんのことが好きでした」
心臓がドキリと跳ねた。けれど、過去形であることに気づいてからは平然を保てた。
「今は好きじゃないってことだよな?」
「そうですね。話が早くて助かります。私は気づいたんです。私たちはあくまで、友だちとしての関係しか築けないのだと。私と一ノ瀬君は友達以上にはなってはいけないと」
あぁ、そっか。お前もそう思ったんだな。
「……同意するよ」
恋人として過ごした一日は、はっきり言って楽しくなかったし、続けたいとも思わなかった。
「俺たちは友だち以上にはなれない。なっちゃいけないんだ」
何かの間違いで本当に付き合ってしまうことがなくて、よかったと心の底から思う。
「だけど、私たちには先輩との約束があります」
「そうだな」
「一度引き受けてしまった手前、今更辞めさせてくださいとも言えません。お世話にもなっていますから」
きっと先輩なら事情を言えば、付き合うふりを辞めることを、すぐにでも了承してくれるだろう。
それでも俺を、俺たちを頼ってきた先輩のことを無下にはしたくない。
「だから、提案です」
「提案?」
「豊田先輩の前でだけ、ふりをするというのは」
確かに、先輩が欲しているのは、あくまで小説のネタだ。本物のイチャイチャじゃない。
「そうしよう」
「契約成立、ですね」
「ああ、成立だ」
琴音が望むなら。俺は琴音の意志を尊重して見せよう。
「改めて、よろしく。結城」
俺は席を立って、右手を差し出す。
「こちらこそ」
結城も席を立って、その手を握り返す。彼女の表情は肩の重荷が消えたかのようにすっきりとしていた。
固く握ったその手が解ける。目と目が合う。
それでも、そこに「恥じらい」なんてものは存在していなかった。
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