2 デートすることになった。

「──二人に付き合って欲しいの!」


 さっきまでもじもじとしていたのに、急に覚悟を決めたような表情になった先輩は頬を赤らめつつそう言った。

 先輩がそう言ってから3秒ほど考え続ける。だが、それでも飲み込めなかった異物に俺と琴音は同時に声を漏らした。


「「……え?」」


 思わず声が漏れた。慌てるとかの次元じゃなくて、ただぽかんとするしかない。


「どうして二人とも変な顔してるのかな?」


 先輩に言われてから琴音を見ると、目を丸くして口をぽかんと開けていた。

 どうしてその表情も様になるんだよ。かわいいな、ちくしょう。


「そんなに変なこと言っちゃったかな?」

「そんなに変なこと言いましたよ。何ですか、付き合ってほしいって」


 のほほんとして、いまいち何を考えているのか掴めない。いっそのこと琴音ぐらい感情を出してくれた方がわかりやすい。


「文化祭の時にまた文芸部でアレ、出すでしょう? アレ……名前なんだっけ? あの冊子」

「アレというと文芸誌のことでしょうか?」

「そうそう!!」


 言葉に合わせて先輩が体を動かすもんだから、何がとは言わんが大きく揺れるわけで。……まったく、けしからん。


「その文芸誌のネタ作りに付き合ってほしくてね」

「もう、書き始めるんすね」


 まだまだ六月の初めだっていうのに、準備してるとは先輩流石っす。俺、感服しました。


「いつもは、もっとギリギリに描き始めるんだけど。今回は新しいことにチャレンジしてみようと思って」

「新しいこと、ですか?」


 琴音がこてん、と首を傾げた。


「そう。私が普段どんな小説を書いているかは知っているよね?」

「たしかミステリーやサスペンスとか……」

「覚えててくれてありがとう。琴音ちゃん。それでね。今回は別ジャンルを書いてみようと思って。どんなものを書けばいい? って、部長に聞いたら、よりにもよって、恋愛モノをおすすめされちゃった」


 先輩は困り顔を浮かべた。

 別に恋愛系を文芸誌に乗せてもおかしくないわけで。それどころか、それが一般的でホラーとかを描くのはむしろ先輩だけで。


「それで、何が問題なんですか?」


 どうせ、書いたことがないジャンルだから書き方がわからないとかそんな類の理由だろう。


「書いたことがないから、ネタの引き出しがない」

「はいビンg……え、ネタがない?」 

「そう。ネタがないの」

「いやいや、先輩ならいくらでもネタありそうじゃないですか!! いつもモテてるじゃないですか!」

「いやいや、実はモテてないんですよ~。これが」


 先輩が露骨に肩を落とすから、地雷でも踏んだかと心配になる。


「まぁ! そんなことはどうでもよくて!」


 よかった、大丈夫っぽい。


「ともかくとにかく、実体験のない私が書く恋愛モノは現実味が薄いのよ。だからこそ──」

「──私たちに付き合うをして、恋とは何かを見せて欲しいということでしょうか?」

「そう、よくわかってる! 琴音ちゃん!」


 先輩は嬉しそうに大きく頷く。

だから先輩、本当よく揺れ──動きますね。……ほんと、けしからん。


 琴音は先輩の考えを見透かしているようだった。よくわかるなぁ。と琴音をじっと見ていると、「勝った」みたいな表情してくる。さっきの仕返しかよ。


「それで、どうかな? 私に付き合うふりを見せてくれないかな?」


 正直な話、琴音への恋愛感情が全くないと言われれば嘘になるし、それどころか、普通に好きだし。

 そもそも、好きじゃなかったら毎朝家を訪ねることなんてしない。面倒だし。

 もし振られて幼馴染ですらなくなるのが嫌だったし、怖かった。踏み出せなかった一歩が形は違えど、合法的に叶うかもしれない。そう思うだけで、心が躍りだしそうだった。


 だが、だがしかし。ここで「やります!!」なんて反応して琴音から冷ややかな視線でも送られたら。

 もう、5080問題の当事者になっちゃう。あぁ、もちろん、50代側で。

 だから、あくまでも、『先輩の頼みなら仕方がない』というスタンスを取らなければならない。


「無理、かな?」


 上目遣いがあざといっす、先輩。


「まぁ、いつもお世話になっていますし。あくまでふりなら。全然、オーケーです」

「いいの!? ありがとーー!!」


 俺の手をいつの間にか握って、先輩はぴょんぴょんと飛び跳ねる。わかりやすく喜びを表現してるのがかわいくて。だから、胸が──以下省略。


 って、それどういう表情だよ……。


 琴音から視線を感じて、恐る恐るそちらを見てみると。人を蔑むような視線はなく、目を大きくして顔を真っ赤にする琴音がいた。じっと琴音を見つめていると、目が合った。すると、慌てたように視線を逸らし長いブロンドの髪をくるくるといじり始めた。

 そこまで露骨な反応をされたら、俺でも感じ取れるものがある。


 琴音、もしかして俺のこと好き……????

 そう自覚した途端、跳ねるように心臓が鼓動を早めた。うるさい。うるさい。胸に手を当てるまでもなくわかる。きゅっと、心臓が締め付けられるような感覚を覚える。心地のいい感覚。思わず息を呑んだ。


 気づけば、俺たちはお互いを背にしていた。


「琴音ちゃんもどう、かな?」

「……ひぇ、はい……」


 ちらっと、琴音の方を覗くと、ぷしゅーと音を立て頭から湯気を出していた。


「ゆでダコ……」


 好きな相手に、小さく言葉だとしても間違っているだろう。だけど、思ちゃったんだから仕方ないだろ!! 顔真っ赤だし!! 俺にも移るわ!!


「ありがとー!!」


 琴音に抱きつきに喜ぶ先輩。先輩、やっぱかわいいな。


「なんで笑ったのさ。陽斗くん」

「いや、すみません。『聖女様』も普通の高校生なんだな。と思って」

「聖女って呼ばないの」


 気づけば目の前にやってきた先輩が、俺の口に人差し指を立てた。


「近いっす。近いっす」


 後退りして先輩から距離を取る。だが、俺を追いかけるように先輩が距離を詰めてくるもんだから逃げられない。逃げ続けていると、背中が壁にふれた。

 やっばい。逃げらんねぇ。

 キスしてしまうほど顔を寄せられて、俺は息を忘れてしまう。


「やめてね?」


 コクコクと反射的に首を縦に振る。すると、先輩は小悪魔みたいな笑みを浮かべた。


「まぁ、あんまり人の彼氏をからかうもんじゃないね」

「か、彼……っ」


 その言葉に誰よりも反応したのは、琴音だった。


 あっれー、おっかしいぞー。琴音さん顔があっかいー!! 


「君も人のこと言えないよ。陽斗くん」

「はい……」


 口に出してないはずなのに。仕草でバレた? 怖。恥ず。


「じゃあ、早速、お願いがあるの。いいかな?」

「なんですか?」

「今週の土曜は、二人とも空いているかな?」

「私は、その日は予定が空いてますね」

「あーちょっと待ってくださいね。今から予定確認しますから……」


 スマホを取り出そうとすると。


「陽斗はいつも暇かと思います」

「いやいや、わからないだろ」

「じゃあ、直近の予定はどんなものがあるのですか?」

「……。と、友達と遊ぶとか」

「友達……? いたの……?」


 おい、どうしてそんな表情するんだ、琴音。なんも驚くことじゃないだろ。


「そりゃあな」

「うそ、でしよ……?」


 先輩の前なのに敬語外れてるぞ。そんな驚くかよ。おい。


「妹さんと、遊びに行くんだったよね?」

「せ、せんぱ!?!?」


 可愛らしい笑顔の裏に、悪魔でも潜んでいるんじゃないだろうか。


「あかりちゃんと遊ぶ予定イコールお友達と遊ぶ予定、ね」


 琴音から哀れんだような瞳で見つめられる。


 もうやだ。おうち帰る。


「とりあえず、土曜日は空いてるよね」

「……ぁい……」


 「ならよかった」と、笑って、先輩は2枚のチケットをどこからともなく取り出した。そのチケットは、近くの水族館のもの。あそこのシャチ、可愛んだよなぁ。


「初デートに行って来て欲しいなって」


 初デート。そんな言葉に、心臓がどくりと跳ねた。だが、誰にもそのことが悟られないように平然を装う。だって、バレたらダサいだろ。

 目線を隣に立つ琴音にこっそりと向けると、彼女は耳まで真っ赤に染めていた。あー、好き。


「もちろん、デート代は全部、後から立て替えるよ」

「そ、そんな、申し訳ないですって」


 慌てて拒否するが、先輩は聞き入れるつもりはないらしい。


「いやいや。私に出させてよ。あいにくと、お金はあるからさ」

「でも……」

「手に職ついた人間が一般の高校生ぴーぽーにお金を出させるわけにはいかないでしょ」

「ファッション誌のモデルって、そんな儲かるんすか?」

「まぁ、読モは卒業したからね」

「この前、親からお小遣いが出なくなったーって、言ってましたっけ?」

「うんうん、そーなのー。よく覚えてるね、陽斗くん」


 まぁ、天才なんで。


「わがままを聞いてもらっているんだから、お金については、ね?」


 圧を内包した笑顔で、先輩は俺を睨む。笑顔で


「わ、わかりました……」

「それで、このお願い。聞いてくれるかな? 今週の土曜に水族館デートをして欲しいっていうお願い」

「は、初めてのデートで水族館はハードルが高くないですか?」

「そんなことないと思うよ。ネットには、水族館がおすすめっ! って書いてあったし」

「左様ですか……」


 彼女いない歴=年齢には、わからないことがいっぱいだなぁ……。


「じゃあ、土曜に水族館で」

「琴音ちゃんもいい?」

「あ、はいっ。大丈夫、です」


 琴音は慌てたように返事する。

 その緊張がこっちにも波及してくるようで、どうにも気恥ずかしかった。

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