昔好きだった幼馴染と付き合うことになった。
柊ユキ
第一章
1 付き合うことになった。
「何度も迎えに来なくて良いと言っているでしょう?」
白塗りの家の玄関前。結城琴音は強い語気で言い放った。少女の髪の色はブロンドで、丁寧にツーサイドアップに結われている。強い意志の宿ったその瞳はヘーゼルブラウン。
彼女は右手を軽く腰に当てていて、その眉は中央に寄っていた。
「わざわざ起こしに来てやってるのにその態度かよ」
わざと表情を曇らせる。
「起こしに来て欲しいだなんて、頼んでいないのですが?」
「前に俺が来なかった時は、お前遅刻したじゃないか」
瞬間湯沸かし器のごとく琴音は顔を赤く染めせ、強く握った拳をプルプルと震わせていた。
それらの原因は、恥ずかしさからか、それとも怒りからなのか。少なくとも、好意的な感情でないことだけはわかる。
「そ、それは、たまたま──偶然。偶然です! そもそも、遅刻じゃなくて、チャイムと同時に教室へ入ってしまっただけですーー!」
「それを世間一般では、遅刻というのでは?」
「っっ! ほんっっっと、ふざけんな」
「こっちのセリフだよ! 先に行くからな!」
視界から琴音を外して、とっとと学校に向けて歩き出す。ほんと、ふざけんなはこっちのセリフだっつーの。
俺には、幼稚園からの仲である幼馴染が一人いる。高校も同じで、家も近所。そんな彼女の学校での評判は、『女神』である。
確かに、学校での琴音の人柄は、女神と呼ぶにふさわしいものである。誰にでも愛想よく優しく接し、丁寧な口調はお淑やかさを感じさせ、挙げ句の果てには、優れた容姿も持っている。
容姿端麗、才色兼備。スポーツも勉学もできる彼女は、男女問わず多くの者から理想的な人間であると崇められている。
だが、俺は知っている。彼女がそんな人間ではないことを。女神なんて言葉が彼女にまっっったく相応しくないことを。まじで、相応しくない。
学校外のあいつはとにかくだらしない。その証拠に、朝は起こしに来てやらないと起きられない。
さっきの言葉遣いにはお淑やかさのカケラも感じられない。それどころか、自分勝手な態度を押し付けてくる。
理想とは理想だからこそ理想なのである。
俺にとって琴音との関係は、腐れ縁に近いものだった。
──それでも、毎日起こしに来てしまっている自分もいるのだが。
♢♢♢
「はぁ……」
登校してから席に着くと大きくため息をつく。もちろん、琴音との消費カロリーの高いやりとりのせい。
「どうしたんだよ。朝から死んだ魚のような眼をして」
たった今教室に入ってきたその男は俺の前の席に荷物を置いた。
死んだ魚の目ってひどくない?
「朝っぱらから、大喧嘩した」
「誰と?」
「──家族と」
俺と琴音が幼馴染であることは多くの人が知っている。だが、琴音の本来の性格があんな者だと知る者はいない。
だから、大喧嘩の相手が琴音だと知られてしまうと面倒なことが起こる。
簡単な例だと、俺が女神様のことを怒らせた、だ。そんな噂が広まってしまうだけで、女神様の敵対者となってしまうだろう。
そんなことになるのは断固拒否だ。だから、琴音の性格については口を閉じていた。
「それは、大変だったな」
河村は苦笑いを浮かべる。
「全く、どうしてこうなるんだ」
もう一度大きなため息をこぼした。
♢♢♢
イヤホンを付けて机に突っ伏し寝たふりをしていると、誰かの近づいてくる足音が聞こえてくる。イヤホンが付いてるのにどうして足音が付いてるのか、って? 曲を流していないからだよ。
「い、一ノ瀬君、呼ばれてるよ」
怯えたような、恥ずかしがっているような声を聞いてから、あたかも今起きたような素振りで起き上がる。
「えっと? 何か用……?」
聞こえてはいたが一応聞き返すポーズをとる。すると、彼女はゆっくりと教室の入り口を指さした。
「ん?」
教室のドアの方を見ると、黒髪ロングの少女が立っていた。だが、少女と呼ぶには、艶やかで、少し大人すぎる。お姉さんと呼んだほうが的確かもしれない。豊田佳織。同じ部活の一個上、三年生の先輩だった。
先輩と目線が合う。すると、こっちこっちと右手で招き猫のように手招きしてくる。
「彼女さん。いたんだね」
「いや、あれは部活の先輩」
「あ、そうなんだ」
久しぶりの女子クラスメイトとの会話を終わらせ、というか、勝手に終わった。悲しい。俺にコミュ力があればっ!
俺は先輩のもとへ向かった。
「どうしたんですか? 豊田先輩。文芸部関係ですか?」
「ううん。違うよ。まぁ、一応関係あるといえばあるんだけど」
おっとりとした口調。聞いているこっちまで自然と穏やかな気分になる。やっぱ、豊田先輩しか勝たん。
「琴音……」
琴音が怪訝そうに目を細めてる。それだけで不満とか嫉妬とか色んな負の感情が伝わってくる。
その目線だけでこれだけ伝えられるなら、演技とかやれよ。きっと才あるぞ。知らんけど。
対抗意識を燃やして琴音を一瞬だけ睨みつける。すると、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。ふっ、勝ったな。
「とりあえず、ここじゃ話しにくいから、部活棟いこ~う」
突然先輩に背中をグッっと押される。
そんな先輩、無理やり歩かせるなんて、ゴ〜イン♡
ふと琴音の方に目をやる。
ヤメロ、その目。さっきから蔑んでくんな。マジで。泣くぞ。
♢♢♢
それから、先輩に連れられて部室に入る。見慣れた部室に俺と琴音と先輩の三人。二人とも顔がいいから両手に花どころか、もはや両手に月だな。
「それでね。二人にお話があって」
改まって、真剣な表情を浮かべる豊田先輩。先輩がこんなに真面目な表情を見せるのは珍しい。緊張感がじわじわと迫ってくる。
「──二人に付き合って欲しいの!」
さっきまでもじもじとしていたのに、急に覚悟を決めたような表情になった先輩は、頬を赤らめつつそう言い切った
先輩がそう言ってから、3秒ほど考え続ける。だが、それでも飲み込めなかった異物に俺と琴音は同時に声を漏らした。
「「……え?」」
────────────────
初めまして、こんにちは。柊ユキと申します。まず、最後までお読みいただきありがとうございます。
この作品は、最低でも一週間に一度のペースで更新していく予定です。ただ、私が受験生なので確約できません。ごめんなさい。
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