25 話し合い②

「なぁ、結城」

「なんでしょう?」

「どうして、昨日はあんなことを?」

「それは──」


 答えを返そうとする琴音に、陽斗は、ごくりと喉を鳴らした。


「──なんでなんでしょうね」


 しばらく溜めた後に帰ってきた返事は、それであった。本当に困ったと言わんばかりの表情を浮かべ、琴音は長い金髪を指先でくるくるといじる。


「ただ、なんとなく一ノ瀬くんには伝えたいと思ったんです」

「何を?」

「昔、助けてもらった時とは、変わったんだぞって」


 助けてもらった。その言葉が指すのは、きっと中学の話だ。クラスの女子にいじめられていたところを、陽斗は助けた。琴音が指しているのは、このことだろう。


「あの時から、一ノ瀬くんのおかげで私の人生は変わったんだって」


 なんの恥じらいもなさそうに、琴音は陽斗に笑いかけた。

 陽斗は、琴音に何かを気づかれないように、彼女から目を離した。不自然に上を向いた陽斗を、琴音は不思議そうに見つめる。


「どうしたのですか?」

「いや、なんでも」


(今、顔を覗かれるわけにはいかない)


 陽斗は顔を赤く染めていた。


「鼻血とかですか? ティッシュ持ってますよ」

「大丈夫。要らない」


 琴音とは顔を合わせずに、陽斗は首を横に振った。


「血を飲むと体調悪くなりますよ」

「いや、鼻血じゃないんで」

「なら、どうして目を逸らすのですか……」


 しょんぼりして、気分を落ち込ませた琴音。陽斗は慌てて、彼女と目を合わした。


「ごめん、そんなつもりじゃ──」


 と言いかけた時。陽斗は気がついた。琴音の頬がほのかに朱に染まっていることに。


「騙されましたね」


 琴音は満面の笑みを浮かべた。


「騙したな」

「なんのことですか?」

「自分で、騙したって言った」

「……知りません……」


 視線を逸らした琴音に向かって陽斗は、先程彼女が言ったことをリピートする。


「私が一ノ瀬くんのおかげで私の人生は──」

「──だめだめっ。恥ずかしぬので、リピートは禁止です」


 慌てて、首を振る琴音は少し前よりも明らかに赤くなっている。

 自分の感じている恥ずかしさを誤魔化すように陽斗は琴音を挑発する。


「最低ですね。一ノ瀬くんは」

「騙す方もなかなかに酷いと思うけど?」


 陽斗がそう言うと、琴音ぷくーと両頬を膨らませた。


(それは、ズルだわ……)


 その状態の琴音と目を合わせ続けることなどできるわけもなく、陽斗は視線を外した。


「勝ちました」


 琴音を勝利の優越に浸してしまったことは言うまでもない。


  ♢♢♢


  陽斗たちが話し終えるのを見計らって、蒼空達がゲームセンターから出てきた。


「そーちゃん下手すぎる。全良を取れないなんて」

「どんな曲であれ、全良を基準にしないでくれ」


 自分からやりに行くと言っていたのに、なぜかげっそりしている蒼空。そんな彼とは対称に、桜愛は「むふー」と、ドヤ顔を浮かべている。


「もしかしなくても、桜愛は音ゲーが上手い?」

「上手いなんてもんじゃねーよ! バケモノそのもの──」


 と、そこまで言いかけたところで、蒼空は背後に迫る圧を感じ取った。


「──すみませんっしたっ! 甘んじて罰は受けます!」


 ニッコニコの桜愛と、いつも通りのひょうきんさが消えた蒼空。それだけで、彼らの中のパワーバランスが見えてくる。


「加賀美くんの方が尻に敷かれていたのですね……」


 普段は見られない桜愛の一面を見て、桜愛の扱いを見直そうかと考える陽斗であった。

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