学校祭編
19 夕暮れ
学校祭まで残り一ヶ月。あまり顔を出せていないクラスの出し物については、順調し進んでいた。文芸部の出し物については……。
「男×男のラブロマンスってこと!?」
「この方向性で行くしかないね」
演劇部の菜緒と、家庭科部の意見が合致してしまい、あらぬ方向へ進んでしまいそうだった。
「イケメン×イケメンじゃなくて、美少女×美少女でも良い」
「それ、良いね! 桜愛ちゃん」
「でしょ」
胸を張る桜愛と、「それでも良いんだ……」と呆れる陽斗。佳乃と琴音は、収拾のつかないこの現状に苦笑を浮かべていた。
「二組のカップル誕生劇だと思わせておいての、心に決めた人がいるのに惹かれあってしまう、男男と、女女。禁断の恋が、始まってしまう!」
「いいなぁ。いいなぁ」と、抑えきれない笑みを菜緒は浮かべている。
副部長の廣瀬圭吾に菜緒のコントロールをしてほしいと目配せをしたのだが。お手上げといったように、両手をあげて首をふるふると振った。
「この場に茜がいなくて助かったね」
「そうですね」
というのも、茜は筋金入りの腐女子である。本人はそれを隠したがっているし、周りも気づいてはいないのだが、文芸部のメンバーはそれを知っている。というか、熱弁された。
この場に今日欠席している茜がいてしまったら、それこそ収拾がつかない事態に陥るだろう。
「まぁ、大まかなシナリオは演劇部に決めてもらえばいいんだけど。ただ、本当に!それで良いのかな?」
陽斗たち文芸部の仕事は、演劇部のシナリオに肉付けをすることだ。
「ちなみに先輩は、どのような役をやりたいなどあるのですか?」
「うーん……。まだ、話も決まってないから、何とも言えないけど。恋のお話だったら、やりたいのは、主人公とヒロインの恋路を邪魔する悪役女かな?」
「それまた、どうして悪役を選ぶのですか?」
「私はそっちの方が似合いそうだからかな。聖女なんてものから最も遠い存在だから。みんな知らないんだよ〜? 私が腹黒いって」
「先輩、ハラグロなんですか?」
「そうだよ。陽斗くん。何なら、確認してみる?」
「それは、琴音に任せますよ」
「え、わ、私ですか?」
爆弾が佳乃から送られてきた。一学期は佳乃のこれに散々振り回されたが、今では慣れてしまった。
(よくよく考えてみたら、俺の周り、自由人が多すぎやしないか?)
昔の琴音に、佳乃に、あかり。やはり、多い気がする。
琴音は、佳乃の矛先が突然自分に向けられて、困惑していた。
どうやら、彼女はまだ慣れていないらしい。
「そういえば、康二は?」
圭吾が菜緒に聞くと、菜緒は「体育祭の練習をしているらしいよ」と、返す。
「あいつも、運動苦手なのによく頑張ってるよな」
「そうだね……って、あ、ごめんっ! 無神経だった」
菜緒は陽斗たちからの視線に気がつくと、頭を下げた。
「いえ、謝らないでください。私は気にしていませんから。それよりも、樋口先輩は運動が苦手なのですか?」
「そうだよ。あいつが、800mリレーに出るって聞いた時はびっくりしちゃった。昔から一途なやつではあったんだけどね。まさか、あそこまでするとは……」
複雑な表情を菜緒は浮かべていた。
♢♢♢
部活を終えて、帰路に着いた陽斗は、校庭の横を歩いていると、ある物が目に入った。
「あれ?」
もう日も沈んでしまいそうなのに、数人の男子と共に走っている康二を見つけたのだ。
彼の疲労はかなり限界に近いらしく、走る姿はぎこちない。いつもは丁寧にセットされているはずの金髪も崩れてしまっていた。
「樋口先輩、ずっと練習しているらしいですよ」
突然話しかけられて、陽斗は体を震わせた。
「そんなに驚かないでもらえますか?」
考えてみれば、同じ部活で、タイミングをずらしたとはいえ、同じ時間に帰っているのだから、話しかけられるのも別におかしいことではない。
「うるせーよ」
オーバーリアクションをとってしまって、居たたまれない気持ちになる。
琴音は陽斗の隣に、立った。
ふと、視線を彼女に向けた。
微かな太陽に照らされ、赤く染まった琴音の顔。長いブロンドの髪は、陽を反射し、一本一本がまるで宝石のようにキラキラと光っている。
どうみても、映えている琴音の姿に思わず見惚れてしまう。
「なにかついていますか?」
こちらの視線に気づいた琴音は、髪を揺らしてぬ首を傾げる。
不意を突かれていたのに、さらに追い討ちをかけられ、悶絶しそうになる。だが、それだけはするまいと、舌を怪我しない程度に強く噛む。
「見惚れていたのですね?」
陽斗の心を見透かし、小悪魔的な笑みを浮かべる琴音。今、目を逸らしてしまうと、負けた気がしてしまうので、絶対に離さない。興味がないというスタンスを取る。
不覚にも至近距離で見つめ合うことになってしまった陽斗たちは、周りからの評価はともかく、本気で挑発しあっていた。
「負けを認めたらどうですか?」
「お前こそ、ちょっと赤くなってるぞ」
「あら、夕日の問題なのですが。一ノ瀬くんこそ、赤いですよ。耳まで」
「気のせいだろう」
顔が熱くなってしまっていることは、自分では自覚している。だが、絶対に、彼女の言葉には肯定を返さない。返したくない。
「見惚れていたという事実は変わらないのですから、諦めてくださいまし」
「見惚れていない」
「なら、ずっと見ていたのはなぜですか?」
「くっ……」
返事ができないことをいいことに、琴音は追い打ちをかける。
「私が、可愛いから仕方がありませんね」
「女神様じゃなくて、小悪魔だよ」
「自分のことを女神様だと言った覚えはありません」
「この前、熱出た日に言ってたじゃないか」
「き、気のせいですっ!」
ぷいっと、顔を背けた琴音。
墓穴を掘った琴音に、しっかりとカウンターを喰らわせられたらしい。
引き分け──というか、もはや両者敗北の攻防戦は幕を引いた。
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