17 過去②
その書店は、ただの本屋ではなく。文房具や雑貨、CDなどのレンタル業務なども行う大型複合店舗だ。本の品揃えも良く、他にも様々なものが手に入るので、平日だと言うのに想像よりも人が多い。
「私、本見ているから自由にしてて良いよ?」
「いや、着いていくよ」
「そう? ありがとう」
琴音が優しく微笑み返してくれる。
♢♢♢
本棚の間を歩いていると、琴音の持つ本の量が増えていく。
「本、持とうか?」
「ううん。大丈夫」
琴音はやんわりと断り、首を振った。
「その代わり、高いところの本は取ってね」
「任せろ」
「いつの間にか、私の背を超えちゃったもんね」
確かに、中学生になってから急激に身長が伸びた。ついこの間まで見上げるように見ていた琴音の顔は、俺の首あたりにある。
「まぁ、こんぐらいだからな。琴音の身長」
俺は、自分の腰あたりの高さに手を合わせた。
「ひっどい。私、そんなに小さくないもん。それ、小学三年生ぐらいの身長じゃない?」
琴音は眉を顰め、不服を申し立てる。
琴音の身長は、女子の中でも低い方ではある。それでも、小学三年生よりも高いのは明確である。
「小動物みたいだよな」
「バカにしてる?」
「してないしてない」
(ほんとに、小動物みたいで可愛いんだよな。例えるなら……リス、かな)
拗ねてしまったのか、ぷっくりとその頬を膨らませる表情もリスみたいだ。
「ごめんって、機嫌直してくれ」
「お菓子奢ってください」
「はいはい」
きっとこんなことがなくても、後で軽く買い物でもしにいく時、こっそりと俺の買い物かごに琴音はお菓子を入れるだろう。
それでも、ちゃんとした口実を獲れたのが嬉しかったのか、琴音は機嫌を直してくれたようだった。
「陽斗は、本は買わないの?」
「まぁ、好きじゃないし」
「面白いのに」
「漫画なら見るぞ」
「なら、ラノベとかから読み始めたらどう?」
琴音は、少しだけ首を傾げて提案をする。
「琴音のおすすめなら、読もうかね」
「なら、ラノベが置いてあるところ、行こーう」
元気よく歩き出す琴音の後ろを俺は着いていく。さっきよりも上機嫌になった気がするのは、自分の趣味に人を連れ込めたからなのか、付き合わせていたという罪悪感が少しでも軽減されたからなのか。どちらにせよ、俺に取っては嬉しいことだ。
「これとか、おすすめだよ?」
琴音から、見せられた一冊の文庫本。そこには、可愛らしい赤髪のヒロインが剣を振っているイラストが描かれていた。
「読んでみるか……」
「買うのに気が引けるんだったら、貸すよ。ぜひ読んで欲しいからっ」
興奮気味に前のめりに喋る琴音は、生き生きとしている。
「じゃあ、今度貸してくれ」
「うんっ」
と、その時。近くにある漫画コーナーから、俺や琴音と同じ中学の制服を着た三人組の女子たちが、近づいてきていることに気がついた。それだけなら、特に気を止めることもなかったのだが。
彼女らを見た時、琴音は体を震わせ、隠れるように小さくなった。
たったそれだけの行動でもわかる。琴音にあの三人組は悪影響を与えた。
三人組の女子を背にして、琴音を隠すように立つ。
「あっれ? 結城じゃあん」
だか、琴音のブロンドは良く目立つ。
抱き寄せていた琴音の震えが強くなった。俺は、初対面である彼女らに強い怒りを覚えていた。
「返事はないの?」
ややトーンのと落ちた言葉。俺の存在なんて、彼女らの目にはおそらく映っていない。興味がないのだ。
「こ、こんにち、は……」
歯切れの悪い返答。俺の手の中から気づいたら抜けていた琴音は、くるりと百八十度回転して、彼女ら三人と向き合う。琴音の表情にさっきまでの笑顔はない。
「また、変な本買ってるし。あんた女子じゃないの?」
その手に一冊のラノベを持っていたことが痛かった。その表紙を見た彼女らは煽るように嘲笑を送る。
「あ、根暗には関係ないか」
三人の中でどっと笑いが吹き出した。
(何にも、面白くない)
琴音は、下の唇を軽く噛んで、瞳はうるっている。
「それだけの用なら、とっとと帰ってくれ」
語気が強くなってしまったのは仕方がないだろう。これでも、セーブした方だ。
「はぁ? 誰、お前」
「一ノ瀬陽斗。琴音の幼馴染だよ」
「ひ、陽斗……、だ、だめ……」
怯えるように、俺を静止させにくる琴音だが、それを聞くわけにはいかない。目の前で、好きな子が傷つけられているんだ。誰が、ここで躊躇をする。
俺がそう名乗ると、三人は再び笑い出す。
「そう。このパッとしないのの幼馴染なんだ。どうりで、パッとしないわけだ」
「お前らから見て、パッとしないなら結構。パッとしないのとつるんでると、お前らもパッとしなくなるぞ」
口答えされたことが、よほど嫌だったのか。「ちっ」と舌打ちをして、苛立ちをあらわにする。隣の琴音が、一歩下がった。
「で、早く帰らないのか?」
「陰気臭いのが喋りかけてくんな」
怒りのボルテージが最高潮に達したのか、それだけを言って三人組のリーダー格と思われる女子は踵を返して、大股に去っていった。
「覚えとけよ」
取り巻きの女子が、それだけを言い残して、リーダーを追いかける。
「何にも覚えておきたいことなんかねーよ」
せっかくの楽しい雰囲気を邪魔されて、気分が悪い。琴音も、ずっとあわあわとしていて、平常心でないことだけはわかる。
「琴音、怖かったよな」
腰を落として、あえて彼女と同じ目線に立つ。
「こ、怖かった。けど、それよりも……!」
いつもよりも、はっきりと見えるその表情は、痛々しい。苦しいと訴えてくるような表情をしていた。
(ごめん。俺が寄り道しようなんて言ったから、こんなことに)
その言葉はグッと堪えた。口に出すのは、容易であるがそれをしてしまうと琴音に苦しみを与えてしまうことになる。今でも、辛いだろう琴音にこれ以上の心労を与えるつもりはない。
「どうして? どうして、あんなことをしちゃったの?」
「嫌だったから」
「あんなことしたら、今度は陽斗がいじめられるよ?」
「いじめられてたのか?」
失言だったと、口を押さえる琴音。
最近元気がないから、もしかしてと思っていたが、本当に起きているとは信じたくなかった。
「気づいてやれなくて、ごめんな」
反射で伸ばしてしまった手が、琴音のブロンドを撫でる。泣きそう、ではなくなった琴音の顔をできるだけ見ないようにして、ポケットから未使用のハンカチを取り出し、手渡した。
琴音の髪と、瞳は生まれつきであることを俺は知っている。琴音がハーフなどであるわけでもない。美しいそのブロンドを琴音は気に入っていると小学校の頃に言っていた。
だが、彼女のそのブロンドは目立ってしまう。髪で隠れたその整った顔立ちに嫉妬を抱くものも少なからずいるだろう。琴音の優しい温厚な性格は、標的にするのはちょうど良かったのだろう。
きっとあの三人組は、他とは違うという理由で琴音をいじめ始めたんだ。
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