過去編

16 過去①

「なあ、琴音。一緒に帰らないか?」

「え……?」

「その、なんだ。いつも一人で帰ってるだろ? お前。久しぶりに俺の部活も休みだし、どう?」


 長いブロンドの髪の少女は、紺のセーラー服を身に纏っていた。髪の手入れだけはしているようだが、櫛を通した様子はなく。ところどころ絡まっている。幼い顔立ちをした彼女は、どこか寂しげで、その表情は暗い。中学生になってからというもの、彼女はずっと一人だ。

 唯一の幼馴染である俺も、部活が忙しくてなかなか構ってあげられない。クラスも違うせいで、琴音の様子を伺うこともできない。

 帰るわけでもなく、ただ一人教室の椅子に座った琴音を見ると、なんだか心が痛くなる。


「わ、私なんかといると、陽斗に迷惑がっ」

「俺は、一ミリも思わない。友達と居て、迷惑だなんて思うわけない」

「はわわ……」


 慌てたような表情を浮かべ、琴音は頬を朱に染める。その様子が、どうしようもなく可愛らしくて、思わず目を背けたくなる。

 周りの人間は、琴音のかわいさに気づいていない。きっと、彼女のかわいさをわかっているのは、俺だけだろう。だって、周りの人間は琴音のことを気にしている様子もないからだ。そうなってしまっているのは、きっと琴音が社交的ではないからなんだろう。


「嫌じゃないなら、帰ろうよ」


 家の方向は同じだ。帰るために、面倒があるわけでもない。


 何よりも、俺は琴音と一緒に帰りたかった。


「嫌、じゃない。けど、本当にいいの……?」


 臆するように聞いた琴音。俺は、「良いに決まってる」とだけ返す。

 琴音は椅子からゆっくりと立ち上がった。机の上に置かれた通学用のカバンを俺が奪うと、琴音が頬を膨らませて目線で、抗議を訴えかけてくる。


「だが、断る」


 俺なりに、表情を決めて放った言葉。

 琴音は唇を尖らせた。どうやら、拗ねてしまったらしい。

 いちいち動作がかわいくて、心臓がもちそうにない。俺は、逃げるように先に教室から出た。その後を、急いで追いかけてくる琴音。その走り姿は、まるで小動物のようで。

 誰もいない夕暮れの日がさす廊下をただ、二人で歩く。


「陽斗は、どうしてそこまで私に気を遣ってくれるの?」


 きっと勇気を絞り出して聞いた質問だったのだろう。その声は、震えていた。

 そんなに怖いなら、聞かなければいいのに。と思うが、決して口にはしない。

 琴音は、俺が無理して彼女の相手をしていないかと心配しているのだ。


「……そりゃ、幼馴染だからだよ」


(ここで、好きだと言えたならな……)


 素直になれない自分が情けない。


「幼馴染じゃ、なかったら、相手、してくれない……?」

「──そんなわけないだろ?」


 そんな彼女に、俺は即答する。琴音は驚いたのか、目をまんまるくしていた。


「陽斗の、バカ」


 理不尽な罵倒に俺は苦笑を浮かべた。


  ♢♢♢


「なぁ、琴音。最近、元気ないような気もするんだけど、大丈夫か?」


 帰り道の大通りを歩きながら俺は琴音に聞いた。横を歩く琴音は、体をビクッと震わせた。


「ど、どうした?」

「なんでも、ない……」


 何かを思い出したのか、琴音はその何かに恐怖を覚えているようだった。


(なんでもないわけがないだろ……)


 横目に見る琴音は笑ってはいる。笑ってはいるのだがその笑顔は痛々しい。どうして、そんな表情をしているのか、どうして、そうなってしまっているのか。俺には全く想像もつかない。

 琴音の心を癒す手段を、具体的に何か持っているわけでもないから、歯痒い。


「琴音、どこか寄り道していくか」


 だけど、何もしないというのは心が苦しいので、思いついた言葉をすぐに漏らした。


「よ、寄り道ってしていいの?」


 俺に比べて優等生な琴音は、校則を破ることに多少の抵抗があるのだろう。かく言う俺も、制服と荷物を持ったまま遠出をするつもりもない。


「バレなければ、犯罪じゃないだろ?」


 俺は、琴音に笑いかけた。


「そ、そうだね」


 琴音は、目を逸らしながら肯定を返す。

 おそらく嫌がられてはいないだろう、と予測はできる。けれど、無理をさせてはいないかと、少しばかり心配になった。


「嫌なら、言ってくれよ」

「そんなわけ、ないっ!」


 と、強めに否定してくれて、嬉しかった。


「ところで、どこにいくの?」

「どこに行こうな」

「決めてないの」

「どこ行きたい?」

「本屋とか?」

「いいじゃん」


 俺自身あまり本には興味がない。というより、全く読まない。アニメだって漫画だって見るが、字の塊を見ると拒否反応を覚えてしまう。

 だとしても琴音が喜ぶのなら、一緒に本屋に行くのは悪くはない。むしろ、良い。

 近くの本屋に行くために、俺たちは進行方向を変えた。


「何か、買いたい本でもあるのか?」

「特に、あるわけじゃないかな」

「じゃあ、読みたいものを探す感じか」

「そうだね」


 他愛ない話も楽しくて、永遠にこの時間が続けば良いと思った。

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