9 詰問されることになった。
「マジで、疲れた……」
「そりゃそうだろうな」
「お前だけが唯一の理解者だよ……」
「男に言われたって、嬉しくないやい」
陽斗は、机に突っ伏してげんなりとしていた。その原因は、昨日の出来事にある。そう。陽斗と琴音が付き合っているということがバレてしまったことが原因だ。
たった一日でほとぼりが覚めるわけもない。結果的に、陽斗が取った「逃げる」という選択は、問題を先延ばしにするだけの延命措置に過ぎなかった。
休み時間になるたびに、クラスメイトに囲まれる。さっきの昼休みなんか、他のクラスの人もわざわざ陽斗のところへやってきていた。普段は苦痛でしかない授業も、今日だけは安息の時間だ。ただ、テストの点は安心できないものであったが。
ただ冷やかしに来るだけなら、陽斗もここまで疲れることはなかっただろう。
「お前なんかが、なぜ?」
「女神様を取るんじゃない」
そういった態度で、詰問してくる者らがたまにというか、結構な頻度でいるから疲れるのだ。
その度に、付き合っているというのは嘘である。と説明していた。今日だけでこの説明を何度しただろうか。数える気すら起きなかった。
「そんなに、疲れるならやめればいいんじゃないか?」
「何を?」
「付き合うフリだよ。あくまで先輩のお願いなんだろ?」
「まぁ、そうだが」
「やめられない理由でもあるのか? お前の話を聞く限り、お前に恋愛感情はもうないんだろ。相手にも」
唐突に呼び方が陽斗から、一ノ瀬くんに変わった。本人から、好きじゃないと伝えられた。おそらくどころか、確定で脈ナシだ。
「どうして、続けているんだろうな」
「どういうことだよ」
「続ける理由もないはずなんだ。そりゃ、お金ももらえるし、役得ではあるけど、たったそれだけだ」
「女神様と付き合える時点で、かなり続ける理由になる気もするんだけどな……」
蒼空は苦笑を浮かべた。
「桜愛が聞いたら何というか……」
「聞かなかったことにしてくれ」
失言だったと、蒼空は口を塞ぐ。
「まぁ、あれだな。陽斗の中で、疲れたりするデメリットを相殺できるぐらいは、その契約にメリットを感じてるってことなんだろ」
「そういうこと、だな」
本当に勘が鋭い。こちらが言語化できないことを蒼空は言語化してくれる。おそらく、観察力がずば抜けているのだろう。と、陽斗は予想する。
「ごめんなさ〜い。遅くなっちゃいました」
遅れて教室に入ってきたのは、茶色のショートカットの女性。彼女は、グレーのスーツに身を包んでいる。この一年五組の担任である
「アキちゃん、今日は何するのー?」
生徒のうちの一人が、先生に問う。
「晴れてテストも終わったということで、これからは、体育祭に文化祭と行事が目白押しとなります。それに向けての話し合いをしますよー」
その時、クラス中が湧いた。
「ここからは、文化委員の人と、体育委員の人に進行をお願いしたいんだけど、できるかなー?」
高校初めての文化祭と体育祭。盛り上がらないわけがない。他と同様に陽斗も期待で胸がいっぱいであった。
「楽しみだな。体育祭」
「いや、体育祭はいい」
「何でだよ。楽しいだろ。体育祭」
「お前と違って、運動は好きじゃねーの」
蒼空は陸上部に所属している。バリバリの体育会系だ。彼の身体は、外から見てもそこまで出来上がっているようには見えない。だが、体育の着替えなどで蒼空の身体を見るたびに思う。無駄なく仕上げられたその肉体は、ある意味理想だった。蒼空は着痩せするタイプなのだ。
「でも、男子800mリレーは出るよな?」
「出ないぞ?」
「だって、お前50mのタイム 7.1だろ? タイムが早いもの順で、リレーは組まされるだろうから、お前がリレーに出るのは確定だな」
「くそ」
陽斗は、変えられない運命を知って悪態をついた。
「元は悪くなさそうなのにな……。運動神経だって悪くない」
蒼空は陽斗の体をジロジロと見回す。そして、彼はニカっと笑って──
「──陸上部に来ないか?」
「──絶対やだ」
「俺が鍛えてやるのになー」なんて、ブツブツと蒼空はつぶやいていた。
そんな蒼空を放って、ふと教室を見渡す。すると、クラスメイトの女子と楽しそうに話す琴音が視界に映った。
(そういえば、あいつも運動が得意だったな……)
♢♢♢
「我々文芸部が、表に顔を出す瞬間。それは、文化祭だけだ。部活といっても、ほぼ同好会のような我々は、ここで活躍しなければ本当に同好会に落とされてしまう」
部長に大事な話があると言われ集められた文芸部員──主に一年生は、絶句した。
「そんな、ピンチに立っていたのですか?」
「そうだ」
琴音の質問に答えたのは、文芸部の会長である
佳乃も頼れる先輩であることに違いはないが、それ以上に頼れる先輩であるのが、九条茜であった。
「同好会になると、どうなるの?」
いつにも増して眠たげな桜愛が聞く。
「部費が出なくなって、この部室が使えなくなる」
「なっ!?」
その茜の発言に一番驚いたのは、黒髪の少女──佳乃だ。
「ぶ、部室使えなくなるの……?」
「当たり前だよ。なぜ、佳乃は知らないんだ……」
「だってー、だって〜」
いまにも泣き出しそうな表情を浮かべる佳乃。
「先輩の私物は全て持ち帰らないとですね」
「陽斗くんも、そんなこと言う〜!」
この部室を最も私的利用しているのは、佳乃だ。みんなで遊ぶためのボードゲームから、授業で使うための絵の具や裁縫道具。挙げ句の果てには、執筆や仕事に使うためのノートパソコンすら、この部室に持ち込んでいる。この部室に置いてある半分以上のものは、佳乃の私物であると考えていい。校則的には何も問題はないのだが、この部室がなくなったら、どこにも置いておくことができないだろう。
「よぉし。部室を無くさせるわけにはいかないんだ。全体一位とまではいかなくとも部活動一位の出し物を作ってやるぞー」
一人で、勝手に盛り上がってやる気を燃やす佳乃を横目に茜は話を続ける。
「それで、私たちはまず、どんな出し物をするのかという点から考えなければならない」
「はい、はい、はぁい! 茜ちゃん、私提案あるよっ!」
元気良く片手を挙げてアピールをするのは他でもない佳乃だ。
「嫌な予感しかしないけれど……。一応聞いておくよ」
「メイド喫茶!」
「却下」
「なぜ!?」
「文芸部に関係していないからだ」
「ファ!? がくっ……」
佳乃は却下されることなど微塵も想像していなかったのだろう。佳乃はガクンと肩を落とした。
ショートコントのようなやり取りをする先輩二人を前に、一年生たちはただ苦笑を浮かべるしかなかった。
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