10 メイド喫茶をやることになった。

「例年は何をしていたんですか?」

「そうだな……」


 陽斗の質問に茜は手元に置いてあったファイルをパラパラとめくり出した。


「展示だったり、本を使った謎解きだったり、色々とやっているな」


 ファイルを見る茜の横から佳乃はじっくりとそれを見つめていた。


「これ、飲食店やってない?」


 何かに気づいたのか、佳乃は一つの資料を指さした。


「あぁ……。これか」


 嫌なものを見られたといった表情を浮かべた茜。


「これが許されるなら、メイド喫茶だっていいでしょ!!!!」


 その年の出し物について書かれたページを茜は、陽斗らに向けた。

 そこに書かれていたのは、有名な小説のパロディ。具体的には、注文を店側が行う小説のパロディだ。


「なるほど……」

「これで、。ね?」


 佳乃は満面の笑みを浮かべている。


「やりません」

「どーして、どーして。今年は、美男美女が揃ってるから、絶対に盛り上がると思うんだけど!」

「あぁ、じゃあ」


 その瞬間、堪忍袋の尾が切れた茜が影のある薄ら笑いを浮かべた。


「私には、家庭科部とのツテがある。美人のに着させるメイド服なんて依頼をしたら、喜んで引き受けてくれるだろう」

「え……」

「そんなにメイド服が着たいなら、接客や集客をやらせてあげるよ。もちろん、佳乃だけメイド服を着せた状態で。きっと、多くの集客が見込めるだろうね。ありがとう。佳乃」

「そ、その、別に私は、自分が着ることにはあんまり興味がないというか。人が着ているのを見るのが目の保養になるわけでして。私が似合わないなんてこと、あり得るわけがないのだけど、だからって着るのは別というか……」


 引き攣った表情を浮かべる佳乃。だが、茜はそんなことなど気にする様子もない。彼女の中で、佳乃にメイド服を着させるというのは、確定事項になってしまったらしい。


「まあ、何というか自業自得ですね……」

「そう、だな……」


 抗議を続ける佳乃を放って、陽斗たちは出し物についての話し合いを始めた。


「同好会にならないためには、具体的にどれほどの結果を文化祭で出せばいいのですか?」


 琴音が茜に質問をする。


「そうだね……。部活動と同好会を分けるものに、具体的な指標はない。だが、例年通りの結果さえ出すことができれば、同好会になることはない。とは、断言できるはずだった」

「はずだった?」

「部活動であり続けるための条件が厳しくなったとの話を聞いた」

「例年通りの結果では、足りなくなってしまったと」

「そうだ。それで、生徒会の話を聞いて、文芸部が部であり続けるだけの条件を聞いてきた。その条件はこうだ」


 そうしてテーブルの上に置かれた一枚の資料。そこには──。


「部活動人気投票三位以内……? 具体的に、どれぐらい難しいのですか?」

「そうだな……。そこの佳乃が、定期テストで学年上位十人に入るほどだろうか」

「しれっと、ディスった!!」


 佳乃が悲鳴をあげた。

 具体的に、この数字がどれほどの難易度を持つのか。一言で表すのは難しい。だが、この学校には、文化部だけで十六個ある。そのほとんどが、ここぞとばかりに文化祭で、本気を出すといえば、人気投票三位の難しさもわかるだろう。


「例年通りにいけば、上位三部活は、軽音学部、ダンス部、演劇部。となるだろう」

「じゃあ、それらに勝たないといけないの?」

「桜愛の言う通りだ」


 佳乃は、テーブルの上に置かれた一枚のA4用紙を見つめて、右手を顎に当てていた。


「勝てないね。その部活には」

「そうなんですか?」


 陽斗は反射的に佳乃に聞いていた。


「ここ三年ぐらいは、この部活動たちが変わらずトップスリーを独占しているんだよ」

「なるほど……」


 上位三位以内に入らなければ、文芸部はなくなる。にも関わらず、上位三位以内に入るのは不可能に近い。ほとんど詰みのような状態だった。


(どうすれば、いいんだろうな)


 陽斗としても、文芸部が文芸同好会になってしまうのは避けたい。部室がなくなってしまうのもそうだし、同好会になってしまったら部活動が主体となる行事にも参加できなくなってしまうからだ。


「どうすれば、いいんでしょうね……」


 琴音が頭を抱えていた。彼女も、おそらく陽斗と同じ気持ちなのだろう。

 やはり、文芸部がなくなるのは忍びない。


(どうしたものかな……)


 陽斗が頭を抱えた瞬間。陽斗の頭に、あるアイデアが浮かんだ。


「他の部活と協力して、一つの企画を作るってのは可能なんですか?」

「実際に、やっている部活はたくさんあるぞ」


 文芸部の力だけなら無理でも他の部活と協力したら、もしかしたらこの目標を達成できるのではないか。

 陽斗のそのアイデアを後押しするかの如く、琴音が言葉を発する。


「今年の演劇部は、一年生の人数が少なくて、台本や衣装を作るのが難しいとの話を聞きました。台本として、協力をさせていただくことだったら、できるかもしれません」

「なるほど……。すでに、高順位を取る予定の部活のお手伝いとして入るのか。たしかに、台本であれば、文芸部の得意分野の一つではある。きっと、生徒会も文芸部の活動として認めてくれるだろう」

「なら……!」

「そうだな。とりあえずの目標は決まった。自分たちの力でどうにもならないのは、悔しいが。今はそうするのが最善策でありそうだ」


 茜がこくこくと頷く。どうやら、部長もこの案に納得してくれたらしい。


「私、演劇部と連絡を取ってみますね」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 先輩に向けて琴音が発した言葉に、陽斗は待ったをかけた。


「どうせやるなら、少しでも確率を上げたほうがいいだろ?」

「どういうこと、ですか?」


 陽斗は不敵な笑みを浮かべた。


「演劇部は、衣装も足りないんだろ? だったら、先輩のツテを使って、先に家庭科部の協力を仰いだほうが良くないか? 演劇部が、大変らしいから、衣装を作らないか。と」


 人手が足りなくて困っている演劇部に、台本と衣装を作れる団体が手を差し伸べる。きっと、演劇部はこの手を取るはずだ。陽斗はそう、予測した。

 何もかもわかっていないから、今のところただの机上の空論だが。


「なんて、性格の悪いことを……」


 琴音が、呆れたような表情を浮かべる。


「どうですか、九条先輩?」

「そうだな……。できるかどうかはわからないが、家庭科部に聞いてみることにするよ」


 茜の回答に、陽斗はほっと一安心。


「とりあえずの目標は決まりましたね」

「あぁ、家庭科部と文芸部の共同戦線を作る」


もし、家庭科部の助力を受けられれば、文芸部のみで協力するといった時よりも、演劇部が手を取ってくれる確率が相当に上がるだろう。

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