8 敬語

琴音あいつって、あんなやつだったか……?」


 陽斗の記憶では、あそこまでの笑顔を浮かべる琴音は初めてであった。


(それだけあの髪飾りが嬉しかったということか)


 ハンカチを制服のポケットにしまいながら、陽斗は琴音のいるベンチへ向かった。


「なっ」


 陽斗は目を丸くした。それもそのはず。琴音が見知らぬ二人組のイケメンたちと話していたからだ。

 陽斗は咄嗟に柱の裏に身を隠した。


「どういうことだってばよ……」


 あの二人と会う約束をしていたのだろうか? そんな仮説が陽斗の中に立った。ちょうど死角になってしまっているため、陽斗から琴音の表情を窺うことはできない。


(近づかないと声も聞こえないな)


 壁づたいにゆっくりと話す三人に近づく。


(最悪三人が会う約束をしていたんだったら、荷物だけ持ってさっさと退散するか)


 陽斗には、あの美男美女のグループに入るだけの度胸がなかった。


「そ、そういうわけではないのですけど……」

「なら、いいだろう?」

「い、いえ。でも、人を待っているわけでして……」

「大丈夫だって。いっそのこと俺たちが荷物を見張っててやるからさ」

「で、でも……」


 明らかに困っている。陽斗がやられたことはないし、これからも縁がないものであるとは思っているが、その存在だけは知っている。

 一瞬だけ見えた琴音の表情は、やはりというべきか、曇っていた。


「ナンパか」


 それに気づいた瞬間。陽斗は琴音の方に向けて歩き出していた。


「彼女に何か用でも?」

「誰、お前?」


 二人組の特徴は、片方が黒髪で、もう片方が金髪であることぐらいだろう。そして、陽斗に対し、威圧的な態度で返事をしてきたのは、金髪の方だ。


「こいつの彼氏」


 陽斗がそう言うと、彼らは少しの沈黙を過ごした。


「「はぁ??」」


 信じられないと言った表情を二人は浮かべた。


「なわけないだろ。冗談はよせって。顔が釣り合ってねぇ」

「アレだろ。アレ。『知らない女子をナンパから救った俺、ちょーかっこいいとか思うタイプだわ』こいつ」

「お前みたいな陰キャには無理だから諦めな」


 男二人は、顔を見合わせあながら陽斗を煽る。

 その間に琴音の表情を伺うと、ホッとしたような表情を浮かべていた。だがら琴音の胸元でききゅっと握られたその両手は小さく震えていた。


「大丈夫か?」


 その声かけは失敗だってことはわかっている。大丈夫なはずがないのだから。咄嗟に出た言葉が、この言葉だったことに、陽斗は情けなさを感じた。


「なんとか……」


 突然の出来事に、驚いてしまったのだろうか。琴音の声は震えていた。幼馴染をこんな目に合わせた奴らに対し、沸々と込み上げるものを陽斗は感じていた。


「陰キャで悪かったな。だけど、お前らよりも、よっぽど俺の方が優良物件かもしれないぞ」

「あぁ?」


 眉をひそませ、金髪が陽斗を睨みつけた。


「お前らが、ただ欠陥住宅なだけか」

「テメェ。言わせておけばっ」

「流石に暴力はよせよ?」

「わかってるっつーの」


 腕をわなわなと震わせる金髪を黒髪は静止させる。


「どう考えても、テメェの方がクソ家だろ」


「相手が困っているのもわからないで、ナンパを仕掛ける奴と比べたらなぁ。詐欺師だってもっと上手くやるぞ」


 金髪はさらに怒りのボルテージをあげたのか、顔に血管が浮き出ている。


「そもそも、男物のリュックが隣に置いてある女子にナンパを仕掛けるってのがセンスない」


 陽斗は自分のリュックを指さした。


「まじで、いい加減にしろよ? お前だって、怪我したくないだろ?」


「怪我をする前に、あそこでスタンばってる警備員さんらを呼ぼうかな」


 陽斗は指先を動かす。その先には、確かに数人の警備員がこちらを見ていた。周りの人々にも注目されていることに気がついて、その二人組は肩をすぼめた。


「行こう」

「あ、あぁ。そうだな」


 バツの悪そうな二人は逃げるようにこの場から去った。

 陽斗は琴音の隣にゆっくりと腰を下ろした。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。すこし驚いただけ、ですから」

「本当に大丈夫かよ」

「まぁ、はい。慣れてますから」

「慣れているようには思えなかったけど?」

「普段は、友達と一緒にいるので……。一人の時は、頑張ってダサくしていますから」


 喋る琴音の声は、心なしか低い。大丈夫とは言いつつも何か思うところはあるのだろう。


「何というか、大変なんだな。モテるってのも」

「それはもう、大変ですよ。モテないのはいいですよね」

「もう一回一人にしてやろうか?」

「本当に、やめてください…私が悪かったですから」


 陽斗の冗談に本気で焦ってしまったらしく、琴音の声のトーンが落ちた。


「ごめん、結城」

「わかればよろしい」

「キッ!」


 舌打ちをして、陽斗は琴音から視線を外した。


「一人でも、対応できるようにならないといけない。というのはわかっているんです」

「もっと、強気に。だよな。少なくとも敬語なんか使ってたら、相手に押したらいけるかもって思わせてしまうぞ」


 男二人と話す時も、琴音が敬語であったのを陽斗は思い出した。あの時の琴音は、遠くから見ていた陽斗にと弱腰に見えた。


「そう、ですよね……」

「敬語はやめられないか」

「はい……」

「まぁ、とりあえず、今日は帰ろう。怖い思いをさせてすまなかった」


 元はと言えば、陽斗が「付き合って」 と誘わなければこんなことにはならなかったはずだ。そう思うと、どうしようもなく、琴音に申し訳なさを感じてしまう。


「い、いえ。謝ってもらわなくても……」

「気がすまないから、謝らせてくれ」

「は、はい……」


 荷物を持って二人は、ショッピングモールを後にした。日が落ちてしまったこともあって、今日だけは琴音を彼女の家まで送った。




 思えば、いつからだろう。彼女が幼馴染であるはずの俺にも敬語を使い始めたのは。






────────────────

 あとがき

 投稿遅くなり、申し訳ございません。私の学校がテスト週間に入ってしまったこともあって、しばらくの投稿頻度は一日一話となります。


追記

 70フォローと、レビュー、応援コメント等ありがとうございます。フォローやレビューがまだだよという方は、よろしければお願いします。励みになります。


ここまでお読みいただけた全ての読者様に感謝を。本当にありがとうございます。

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