7 髪飾り

「ちょっと付き合ってくれ」


 琴音はその言葉に目を丸くした。


「いや、他意はない。妹にお菓子を買ってこいとパシられただけだ」

「あかりちゃんの奴隷はまだ続けていたんですね」

「好きで奴隷やっているわけじゃないんだけどな?? というか、人聞きの悪いことはやめてくれ」

「ふふっ」


 琴音は優しく微笑んだ。表面だけ切り取って見る分には、目の保養であるが、その仮面の下に眠る表情まで予想すると、その笑顔が途端に怖くなる。


「笑って誤魔化すなよ」

「誤魔化してないです。先行きますね」


 人の言葉なんて聞かない、傍若無人の権化がそこにはいた。


「ったく。ふざけんなよ」


 スタスタと歩いていく琴音を陽斗は足早に追いかけた。


  ♢♢♢


「お菓子は買い終わりましたけど、他に必要なものはありますか?」


 モール内の駄菓子屋で買い物を終えた二人は、近くの三人掛けのベンチに座っていた。

 隣に座るブロンドヘアの少女は、駄菓子屋で買ったグミを口に放り込んでいた。


「なんでしれっと人の買い物かごに、自分のものを入れるかな」

「気づかなかったほうが悪い」


 琴音が今、手に持っているそのグミのお金を払ったのは陽斗であった。手に取った覚えのないものがレジを通されるのを見た時、初めて気がついた。


「はぁ……。相変わらずだな」

「褒め言葉と受け取っておきます」

「はいはい。もう、好きにしてくれ」


 昔からの性格は変わらない。陽斗はただ呆れるだけだった。


「それで、他にしたいこと、買いたいものはありますか?」

「特には……って、忘れるところだった」

「忘れる?」


 おもむろに地面に置いたリュックをあさり始める陽斗を琴音は興味深そうにただ見ていた。


「これ、好みだって言ってただろ?」


 陽斗が差し出したのは、紙で作られた白色の小さな箱。穴が空いた部分から、青色の髪留めが見えた。


「ど、どうしてですか……?」


「お前のことだ。先輩にお金を使わせたくなくて、私生活がズボラなんて嘘をついたんだろ?」


 デート中にこのアクセサリーを買っていたら、きっと佳乃はお金を払うと言って聞かなかったはずだ。一見大人しく見える佳乃も、変なところで頑固だったりする。

 陽斗は佳乃と知り合って半年も経っていない。それでも、それだけはわかっていた。

 それについては、おそらく琴音も知っているだろう。だからこそ、あの時あの発言を彼女は発したのだと思った。

 特段値がはるわけでもなければ、琴音に贈り物をしたことで、陽斗に害があるわけでもない。

 贈らない選択を取る理由もなかったのだ。

 友達が喜ぶのは見てて嬉しい。それも、美少女と来た。喜ぶ表情が見られるだけで目の保養になる。

 恋愛感情がなくなって改めて思うのは、美少女の幼馴染だというのはなんとも役得な立場だ。


「っふふっ」

「って、何がおかしいんだよ」


 堪えきれずに笑いだす琴音。陽斗は訳もわからず、眉を顰めた。


「い、いえ。バカにしているわけではありませんよ」

「い〜や。バカにしてる」

「私が贈り物をしてくれた人をバカにするような人に見えるのですか?」


 いつにもまして真剣な眼差しを陽斗に送る琴音に、陽斗は何も言い返せない。純粋無垢なヘーゼルブラウンの瞳で見つめられ、陽斗は疑ってしまったことへの罪悪感を覚えた。


「じゃあ、なんで笑っているんだよ」


 今も笑いが残っている琴音に陽斗は聞いた。


「一ノ瀬くんは、私がこんな髪飾りをつけているところを見たことがありますか?」


 そう言われて、はっとした。ヘアピンやヘアゴムをつけていることはあっても、髪飾りをつけているところは見たことがない。


「も、もしかしてあんまり好きじゃなかったか……? こういうアクセサリー」

「こういったかわいいものは好きですよ」

「なら、どうして、つけないんだ?」


 琴音がこのようなアクセサリーをつけない理由はどんなものだろうか。陽斗は思わず息を飲んだ。


「どうしてもこうしても簡単な理由ですよ。それは、アクセサリーを無くしてしまうことが嫌だからです。そんなに真剣な顔をされると、笑えて──ごほん。困りますよ」

「おい」

「なんでしょう?」


 何事もなかったかのように、笑いを浮かべる琴音。


「じゃあ、私生活がズボラってのは?」

「嘘じゃないですよ」


 陽斗は大きくため息をついた。


「あの女神様の私生活がボロボロなんて想像ができないな」

「何回も言っていますが、女神様や聖女と呼ばれるような人はいません。いたとしても、少なくとも私じゃありませんよ」

「そんなもんか……」


 昔、琴音の家に遊びに行った時も、彼女の部屋が散らかっているなんてことはなかった。陽斗が遊びに行くたびに、必死になって琴音が掃除をするのを想像すると、自然と笑みが溢れそうになる。


「小学生や中学生の頃は、なんだかんだ言って買っていたのですよ。すぐに無くしてしまうから、いつしか買わなくなってしまいましたが」

「そうだったのか……」

「そうなんです」

「小学生や中学生の頃も、結城が髪飾りとかのアクセサリーをつけているところ見たことないぞ」

「私には似合わないかなと思って、家族で遊びに行く時ぐらいにしかつけてませんでしたから。それに、学校には校則のせいで、つけていけませんでしたしね」

「確かに。というか、結城の話を聞いて思ったが、贈り物は悪手だったな」


 慣れなきことはするべきじゃないな。と、陽斗は乾いた笑いを浮かべた。


「いえ、そんなことはないですよ。流石に、人から貰ったものを無くすわけには行きません。一生大事にしますよ」


 琴音は陽斗に無邪気な笑顔を向けた。思わず、陽斗は目を逸らした。たとえ、恋愛感情がなくとも陽斗には、琴音の笑顔が眩しすぎた。


(本当に、役得だな……)


「つけてみてもいいですか?」

「あ、あぁ。もちろん」


 琴音は、丁寧に箱から髪飾りを取り出した。


「つけてもらえますか?」

「まぁ、いいけど」

「う、嘘です」

「この野郎」


 琴音の持つ髪飾りを回収しようと手を伸ばした。だが、琴音はそれを陽斗に渡すことはしなかった。


「どう、ですか?」


 琴音と向かい合った陽斗から見て、正面右側につけられたそれは、予想通り琴音によく似合っていた。


「めちゃくちゃに、似合ってる」

「えへへ。ありがとうございます」


 無邪気な笑顔を浮かべる琴音。陽斗には毒でしかなかった。


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「はいはい。行ってきてもいいですけど、タイミングを考えてくださいね」

「ごめん。すぐに帰ってくるから。荷物も置いていくぞ」


 陽斗は立ち上がって逃げるように、最寄りのトイレに向かった。

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