6 視線が痛くなった。

「具体的に、今日して欲しいこととか、することとかはあるんですか?」

「ないよ。ない」


 近くのショッピングモールで、三人は話していた。


「小説のネタなんだから、具体的にどうして欲しいとか、少なからずありますよね?」

「ないよ。陽斗くん。ない」

「は、はぁ……」


 ブンブンと首を横に振る佳乃。陽斗は、そんな佳乃に困り顔を浮かべた。


「東雲先輩。お聞きしたいことがあるのですが、大丈夫ですか?」

「もちろんだよ。どうしたの? 琴音ちゃん」

「どうして、ふりをする役が私たちなんでしょうか? もっと適任はいると思うのですが……。それに、お金まで頂いてしまって、本当にいいのでしょうか?」

「君たち二人じゃないとダメなんだよ」

「なぜ、ですか?」

「どうしてもこうしてもだからだよ。それと、お金のことについては、本当に気にしなくて大丈夫。二人のことを信じているから、そんなにたくさんは使わないと思っているよ」

「たとえ、心から楽しんでいなくても。ですか?」

「私が欲しいのは、心の中じゃない。表の表情なんだ。あくまで、欲しいのは小説のネタだからね。二人が本当に辞めたいっていうなら、渋々了承するよ」

「いやいや、そんなことはないですよ!? 東雲先輩には、普段からお世話になっていますし、力になりたいのは本当です」

「なら、よかった」

「ただ、依頼の相手はこんな私たちでいいのかなと。自慢じゃないですが、まともな恋愛を私は一ノ瀬くんとできる気がしません」

「俺も、それには賛成だ。俺たちは上辺の恋愛しかできない」

「そうであっても、私は君たち二人に頼むよ。そもそも、歪な恋愛? そんなものの方が欲しいまである──げふんげんふん。とりあえず、二人が辞めたいというまでは、私から二人に依頼を停止することはないよ」

「そう、ですか……」

「それと、琴音ちゃん。人は、自分にメリットがないことはしないんだよ? 少なくとも、私はそこまで善人じゃない」


 小悪魔的な笑みを佳乃は浮かべる。陽斗も琴音もその笑顔の意味がわからないまま、踵を返してしまった佳乃の姿を見ていた。


  ♢♢♢


「こんなアクセサリーどうでしょう?」

「よく似合いそうだね。結城」

「ありがとうございます。一ノ瀬くん。いっそのこと買ってしまうのも良いかもしれませんね」


 安価なアクセサリーショップの中で、陽斗と琴音はそんな会話をしていた。周りから見れば、微笑ましいような光景である。だが、本人たちからすれば、別だ。別のウィンドウを流し見するふりをしている佳乃に対し、常に気を張っているのだ。


「そうだな、こんなのはどうだ?」


 視線をちょくちょく感じるので、なんとも歯痒い。その気まずさを紛らわすように、陽斗はサンプル品の髪飾りを指さした。


(恋人のふりってのも、なかなか難しいな)


「どちらかというと、私はこちらの方が好みかもしれません」

「どれ?」

「これですよ」


 琴音は、その髪飾りを手に取った。


「あぁ、確かに」


 陽斗が指差したアクセサリーの色は、控えめな金色。黒髪の人であればこの色は華美にも、地味にもならずちょうどいいアクセサリーになったかもしれない。だが、琴音の髪の色は、ブロンドだ。そんな彼女がこの金色を身につけても、良くも悪くも目立たないだろう。

 それを加味してか、琴音が提案してきたのは青色の髪留め。派手な装飾が付いているわけでもなく、地味すぎるわけでもないそれは、彼女のお淑やかさによく似合っていた。


「まぁ、買わないんですけどね」

「買わないのか?」

「無くさないとは思うのですが、無くしてしまった時のショックが大きいので」

「女神様たる結城様が、物を無くすとは思えないけどな」

「意外と、私の私生活はズボラかもしれませんよ」


 軽い冗談だろうと思って、陽斗は微笑を彼女に返す。


「でも、本当に結城の私生活がズボラだとしたら、俺はお前のことを何にもわかっていないことになるな」


 その言葉に、琴音はちょっとばかり驚いたような表情を見せた。だが、それも一瞬。すぐに、女神様の作られた表情に戻ってしまった。


「幼馴染なのに、ですね」


 琴音は無機物に笑う。だが、彼女のその笑顔に、陽斗は恋人としての魅力は感じられない。


(やっぱり、ダメだな)


 陽斗は内心大きなため息をついた。


「別のところに、行きますか?」

「あ、あぁ。そうだな」

「どこか行きたいところはありますか?」

「行きたいところか……。無難に、ゲーセンかな」

「ゲーセンというと、ゲームセンターのことですか?」

「そう。行っても大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。アクセサリーショップに、付き合ってもらったんですから、次は私が付き合う番です」

「なら、お言葉に甘えて」


 そうして、二人はアクセサリーショップを後にした。遅れて、佳乃もこそこそとついていく。

 そんなこんなで、半日が過ぎ去った。

 この半日で、陽斗が得たものといえば、『付き合うなんてクソ』という教訓ぐらいであった。


  ♢♢♢


「いや、本当にありがとうね。二人ともっ」


 ご機嫌な佳乃は、顔いっぱいに笑顔を浮かべていた。普段の大人しさも相まって、こうやって無邪気に笑う時の佳乃の破壊力は凄まじい。

 モデルをやっていけるほどの美貌を持つ佳乃と、それに勝るとも劣らない可愛らしさをもつ琴音が集まっているだけで、周りから向けられる視線の数は多い。それなのに、佳乃が無邪気に笑ってしまうとどうなるのかは、容易に想像がつく。

 ショッピングモールの一角にちょっとした人だかりができてしまっていた。


「あはは……。とっとと解散したほうがよさそうだね」

「そう、ですね」


 この視線に慣れていない陽斗はなんとも居たたまれなかった。


「では、解散としましょうか」


 二人は、このような視線に慣れているのか、堂々としていた。


「じゃあ、お疲れ様でした。ありがとうね。二人とも」

「こちらこそありがとうございました。東雲先輩」


 そうして、この場から去っていく佳乃を二人は見届けた。


「私たちも、解散しましょうか。特にすることもないですし」

「あぁ、いや、このあと時間あるか?」

「時間なら、ありますけど」

「ちょっと、付き合ってくれないか?」


 陽斗の突然な言葉に、琴音は目を丸くした。


 


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