4 契約することになった。

「めずらしいな。お前がこんな時間に来るなんて」

「まぁな」


 いつもよりも十五分遅い登校。チャイムギリギリで教室へ入ったのだ。たまたま寝坊してしまったわけではない。計画的な犯行だ。

 というのも、今日は琴音の家には寄っていない。日曜日にメールで、琴音から『起こしに来なくていい』という旨のメールが来た。陽斗もそれを了承し今に至る。


「陽斗。お前、何かあったのか?」

「どういうことだよ」

「なんというか、雰囲気が変わった。なんとなく気だるげそうだ」


 陽斗の心根を見透かしたような発言をする蒼空。その発言に陽斗は驚きを隠せない。


「ま、まぁ、月曜だからだな」


 陽斗がはぐらかすと、蒼空は納得いかないといった表情を浮かべる。

 これ以上空と目を合わせると色々なことをまた、見透かされてしまいそうであったため、陽斗は彼から目を逸らした。


(琴音は……やっぱり来ているのか)


 本を開き静かに読書をする琴音の後ろ姿が目線の先に映る。

 やはり、陽斗が朝に起こしにいかなくとも、彼女は遅れずに学校へ来られるらしい。


(そりゃ、そうだよな……)


 「はぁ……」と、大きなため息をつく。

 あくまで陽斗の推測で、自意識過剰と言われれば、そこまでの仮説ではあるが、おそらく琴音は陽斗のことが好きであった。陽斗にのみ当たりが強かったのも、好きの裏返しであったのかもしれない。

 だが、水族館デートの日。陽斗と同様に恋から冷めてしまった。だからこそ、今日の朝は迎えに来なくていいと、メールしたのだろう。

 当たらずしも遠からずな仮説であるという自負は陽斗は持っていた。


  ♢♢♢


 放課後。陽斗は重い足を引きずりながら、文芸部に向かっていた。佳乃からどんなことを聞かれるのか、わからないからだ。

 陽斗は別棟におる部室の前に、扉を開けるわけでもなくただ立っていた。


。ちょうどよかったです。お話できますか?」


 聞き覚えのある声。声の方を向くと、見慣れたブロンドヘアの少女がいた。

 琴音の言葉に陽斗は違和感を覚えた。それは、彼女の纏う雰囲気がお姫様モードであったからではない、琴音の他人行儀な物言いに違和感を覚えたのだ。


(一ノ瀬くんって……)


「お話できますか?」

「あ、あぁ。できるよ」


 寂寥を感じながら陽斗は、お淑やかに歩く琴音の後ろについていく。


「こんなところまで来て、なんの話をするつもりなんだ?」


 陽斗は琴音に連れられ、別棟の屋上までやってきていた。


「そうですね。大まかに言ってしまえば、のこれからについての話でしょうか」

「なる……ほど……?」

「少し語らせてください」

「どうぞ」

「私は昔、と言ってもつい最近までですが。私は、一ノ瀬くんのことが好き


 陽斗の心臓は、その言葉にドキリと跳ねた。だが、琴音の発言が過去形であることに気づいてからは、平然を保てた。


「今は好きじゃないってことか?」

「そうですね。話が早くて助かります。私は気づいたんです。私たちはあくまで、友だちとしての関係しか築けないのだと」


 その言葉に陽斗は驚愕した。なぜなら、琴音の考えは、陽斗の考えと一致していたからだ。


「同意するよ」


 恋人として過ごした一日は、はっきり言って楽しくなかった。陽斗としても、友だち以上の関係を琴音と続けることができるとは思えなかった。


「俺たちは、友だち以上にはなれない。なっちゃいけないんだ」


 何かの間違いで付き合ってしまうことがなくて、よかったと心の底から思う。


「だけど、私たちには先輩との約束があります」

「そうだな」

「一度引き受けてしまった手前、今更辞めさせてくださいとも言えません。お世話にもなっていますし」


 きっと、佳乃なら事情を言えば、“付き合うふり”を辞めることをすぐにでも了承してくれるだろう。それは、琴音のプライドが許さないのだろう。

 それに、琴音のプライドに陽斗も概ね同意していた。


「だから、提案です」

「提案?」

「東雲先輩の前だけ、をするというのは」


 確かに、佳乃が欲しているのは、あくまで小説のネタだ。本物のイチャイチャではない。


「そうしよう」

「契約成立。ですね」

「ああ、成立だ。改めて頼む、


 陽斗は右手を差し出した。


「こちらこそ」


 琴音はその手を握り返す。

 今までの二人とは違って、そこに「恥じらい」なんてものは、存在していなかった。

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