2 デートすることになった。

「二人に付き合って欲しいの!」


 佳乃は頬を赤らめた。

 人気のない別棟四階の廊下にに、陽斗と琴音の声が反響した。


「な、何を言って!」

「ど、どういうことですか、先輩!」


 二人は慌てて、口々に佳乃を問い立てる。


「ふ、二人とも、落ち着いて。私の説明不足だった」


 変に慌ててしまった陽斗と琴音は、佳乃になだめられた。琴音の顔は若干、赤い。それは、陽斗も同じであった。


「それで、どういうことですか?」


 明後日の方を見つめる琴音の代わりに、陽斗は佳乃に問いかけた。


「また、冬休み明けに文芸誌を出すでしょう? そのネタづくりにき付き合って欲しくて」


 文芸誌というのは、文芸部が夏と冬に発行する、文芸部員による合同本だ。合同本とは言えど、テーマなどは自由。内容はいわゆる短編集のようなものだ。


「もう、書き始めるんですね……」


 まだ九月半ばだというのに、準備を進めている彼女に陽斗は感服した。


「いつもは、もっとギリギリに描き始めるんだけど。今回は新しいことにチャレンジしてみようと思って」

「新しいこと、ですか?」


 琴音が反射的に聞いた。


「そう。私が普段どんな小説を書いているかは知っているよね?」

「ミステリーとか、サスペンスとかですよね」

「覚えててくれてありがとう。琴音ちゃん。それでね。今回、私は別のジャンルを書いてみようと思って。どんなものを書けばいい? って、部長に聞いたらラブコメをおすすめされたの」

「なるほど。いいじゃないですか。俺も、応援しますよ」

「私も、応援しますよ」


 嬉しそうな表情を浮かべると同時に、佳乃は困ったような表情も浮かべた。


「問題もあってね。ネタがない」


(ネタがない?)


 陽斗は首を傾げた。


「なるほど。今まで書いて来たことがないジャンルだから、ストーリーの組み方がわからない。みたいな感じですか?」

「そうそう! 琴音ちゃん! 色々なラブコメ作品を読めば、なんとなくはわかるんだけど、実際の体験がない私が書く小説はどうにも現実味がなくて……」

「だから、私たちに付き合うふ《・》|をして、恋とは何かを見せて欲しいということですか?」

「そう! よくわかってる! 琴音ちゃん」


 まるで、佳乃の考えを見透かしているような発言を繰り返す琴音。佳乃は、楽に話が通じたことが嬉しくて、満面の笑みを琴音に向けていた。


「どうかな? 私に付き合うふりを見せてくれないかな?」


 正直な話。陽斗から、琴音に対して恋愛感情が全くないかと問われれば、否である。一番気になる女性は誰かと問われれば、琴音の名前を挙げるだろう。

 そもそも、陽斗はそのような感情がなければ毎朝、彼女の家を訪ねることなどしない。

 陽斗が上手く、琴音と会話できないのは、好きの裏返しでもあった。

 そんな陽斗にとって、佳乃からの提案は降って湧いた奇跡のようなものである。叶うわけのない願いが、形は多少違えど、合法的に叶うかもしれないのだ。

 だが、ここで勢いよく食いついてしまえば、琴音から煽りという名の嘲笑を浴びせられることはわかっている。だから、陽斗はあくまでも、『先輩の頼みなら仕方がない』というスタンスを取らなければならなかった。


「無理、かな?」


 上目遣いで再度問う佳乃。


「まぁ、いつもお世話になっていますし。俺としては、いいですよ。あくまでなら」

「いいの!? ありがとうーーー!!」


 佳乃はキューっと、嬉しそうに目を瞑る。

 陽斗が琴音に目線を向けると、彼女はジト目をこちらに向けていた。


(どういう表情だよ)


 今までに見たことがない琴音の表情を向けられ陽斗は、彼女から目線を逸らした。


「琴音ちゃんもどう、かな?」

「陽斗くんもいいと言っていますし、私も東雲先輩にはたくさん助けられています。ぜひ、やらせてください」

「ありがとー!!」


 琴音に今にも抱きつきそうなほどに喜ぶ佳乃。陽斗は、その佳乃の子どもらしい反応に思わず笑みを漏らした。


「なんで笑ったのさ。陽斗くん」

「いや、すみません。『聖女様』も普通の高校生なんだな。と思って」


 一年生で最もかわいい琴音に対し、佳乃は二年生の中で最も美しい。だから、彼女につけられたあだ名は、『聖女様』だ。


「聖女様って呼ばないでくださいー。好きじゃないんだよ。そのあだ名」


 本気で嫌がっているわけではなさそうだったが、できるだけ聖女様とは呼ばないほうがよさそうだ。


 その時、隣から強烈な視線を向けられているような気がして、琴音の方を向くと。


「なんですか、その目は」


 琴音は眉を顰め、陽斗のことをじっと睨んでいた。


「な、なんでもない」


 そう言われて、琴音はすぐさま視線を陽斗から外した。その時の彼女の頬はいつもよりもほんのり赤くなっていた。だが、陽斗はそんなことも知らない。だから、彼女から向けられた視線を陽斗は、恐怖と感じていた。

 普段から、散々なことを言われている陽斗は佳乃がいなくなった後で、何か言われてしまうのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。


「じゃあ、早速、お願いがあるの。いいかな?」

「なんですか?」

「今週の土曜は、二人とも空いているかな?」

「俺は、毎日暇してますけど」

「私も、その日は予定が空いてますね」


 「ならよかった」と、笑って、佳乃は二人にどこからともなく取り出した水族館のパンフレットを渡した。


「初デートに行って来て欲しいなって」


 初デート。そんな言葉に、陽斗の心臓はどくりと跳ねた。だが、誰にもそのことが悟られないように陽斗は平然を装う。琴音にこんなことがバレてしまえば、何を言われるのか、考えただけでぞっとする。

 目線を隣に立つ琴音にこっそりと向けると、彼女は耳まで真っ赤に染めていた。


「もちろん、デート代は全部、後から立て替えるよ」

「そ、そんな、申し訳ないですって」


 陽斗は両手と首ををブンブンと振る。


「いやいや。私にさせてよ。あいにくと、お金はあるからさ」


 ファション誌の人気モデルをやっているだけあって、彼女の懐には余裕があるらしい。この前は、「最近親から一銭ももらえてない」と、苦言を呈していたのだが。


「わがままを聞いてもらっているんだから、ね?」


 圧力を内包した笑顔で、佳乃は陽斗を優しく睨む。


「わ、わかりました……」

「それで、このお願い。聞いてくれるかな? 今週の土曜に水族館デートをして欲しいっていうお願い」

「は、初めてのデートで水族館はハードルが高くないですか?」


 俯き、一言も喋らなくなった琴音を横に、陽斗は疑問を佳乃に投げかける。


「そんなことないと思うよ。ネットには、水族館がおすすめっ! って書いてあったし」

「作用ですか……」


 彼女いない歴=年齢である陽斗には、本当のことはわからない。だが、佳乃が言うには大丈夫なのだろうと、胸を撫で下ろした。


「じゃあ、土曜に水族館で」

「琴音ちゃんもいい?」

「あ、はいっ。大丈夫、です」


 琴音は慌てて、佳乃に返事をした。

 さっきから、いつもと違う反応を繰り返す琴音に、陽斗は内心疑問を抱いていた。

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