家族の肖像画
夜明けとなり、娘と人狼は森の中を歩いていた。
道すがら人狼は「何故あの村へ行きたがる?」と問う。
だが娘は「あの村に行けば、何か見つけられるような気がして」と曖昧な返事しか返さなかった。
人狼はますます訝しむ。結局この娘は、一体何をしたいというのだ?
彷徨うようにしばらく歩くと、娘と人狼は村に辿り着いた。
あちこちにある民家はもうボロボロで、人が住んでいる気配もない。
娘は一軒一軒、扉を開けて室内を探索した。
「何もないぞ」
人狼は娘の背後に立ち、何度もそう忠告する。
だが娘はそれを無視して、民家を調べる作業を進めていった。
「......ここには、かつて村の人たちが住んでいたのですね」
「ああ、そうだ」
「家族も、いたのでしょうか?」
「当然だろ。家族がいない人間などいるものか」
「......そう、ですね」
娘はどこか寂しそうな表情を覗かせた。
人狼はその表情の変化に、やはり首を捻る。
「あなたの家は?」
「同じだ。俺の家になど行っても何もない」
「それでも、行かせてください」
「......なら好きにしろ。こっちだ」
案内された家の扉を開けると、やはりそこもボロボロだった。
蜘蛛の巣が天井に張り 名前もわからない小虫が這いまわっていた。当然人も住んでいない。
だが娘がしばらく家の中を探索し、奥の部屋に進んだ時だった。
「これは?」
娘が長方形の物体に目をつける。
それには布が被せられていた。娘は埃だらけの布を取り払う。
それは肖像画だった。
若い男と女が、穏やかな微笑みを浮かべて椅子に座り、その真ん中には小さな女の子が笑顔でポーズを取っている。
他の家具は朽ち果てているのに、何故かその絵画だけは鮮やかな色彩を放っていた。
「それは俺の絵だ。俺の家族の」
人狼は静かに娘に歩み寄る。
「大昔にこの村に旅の芸術家が訪れてな。一宿一飯のお礼にと、俺たち家族の絵を描いてくれたんだ。......まさかこんな風に今でもきれいに残っていたとはな」
人狼は懐かしそうな表情を浮かべる。
まるで絵画の中の若い男のように、優しく微笑んでいた。
「あなたは、本当はこんな姿をしていたのですね」
娘はポツリと感想を漏らす。
肖像画の暖かな雰囲気に吸い込まれるように、視線をじっと凝らしていた。
「......私には家族がいませんでした」
だがしばらくして、娘は唐突に言葉を漏らす。また寂しげな表情をした。
やがて娘は俯きがちに、
「私は、拾い子でした。城の塀の近くに捨てられて、それを使用人に拾われたのです。それから物心が付いた時から、私自身も王の使用人として働いていました。
『お前は王に拾われて幸せ者だ』
『何の苦労もなく不自由のない人生を手に入れられて羨ましい』
周りからはずっとそう言われてきました。
ですが私は、幸せなど一度も感じたことはありませんでした。ただ毎日お上の命令に従うだけで、誰かから愛されるわけでもなかった」
娘は肖像画の縁をそっと撫ぜる。瞳を潤ませて吐露を続ける。
「私はずっと、私を捨てた家族に会いたいと願っていました。私を愛していたのか、それとも何とも思ってなかったのか、それはわかりません。......けれど私はずっと、家族というものに憧れを抱いていたのです。私はずっと、家族の温かさに触れてみたかった」
やがて娘はそっと振り返る。
「あなたは、家族を持てて幸せでしたか?」
眩しいほどの娘の視線。堪えきれず人狼は顔を伏せ黙り込む。
やがて過去を回想した。
あの頃は村の者たちからも腕利きの大工として慕われ、妻や娘とも愛し合っていた。貧しいながらも仲間や愛しい人に囲まれ、毎日が充実していた。
幸せだったかと問われれば、恐らく当時の俺ならば、何の迷いもなく幸せだったと答えられるだろう。
だが今はそう答えることができなかった。何故なら俺にはもう、そんなことを言う資格がなかったからだ。
村の者たちを皆殺しにし、妻や娘まで手にかけて、のうのうと自分だけが生き残っている。他人の命を踏みにじり、その癖今は何の生きがいもない俺が、果たして幸せだったなどと自分の生を肯定することが許されるのか?
胸の奥に封印した呵責が込み上げる。俺はただの
「いや、俺は家族を持てて幸せを感じたことはない」
だから俺はそう、娘に冷たく言い放った。顔を横に背け、家族の肖像画から目を逸らす。
「......そう、ですか」
娘はどこか落胆した声を漏らした。
床に落とされていた布を拾い上げ、肖像画に覆い被せる。
やがて何事もなかったかのように、娘は家を出て行った。
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