エピローグ

 三連休を利用した旅行も終了した。なんやかんやあったけどすげー楽しかったぜ。まぁトラベルにトラブルはつきものだって昔の偉い人も言ってたくらいだしな。誰だかは知らねーけど。



「やぁ」


 教室で一人いつものように席に着いていると、春彦が近付いてきた。ったくなんだってんだお前はよ。おれのこと実は好きだったりしないよな!? ま、まさかな……。

 けどよき親友ではあるな。俺も笑顔で応えた。


「おう。今日はお前一人なのか? 晴菜はどうしたんだ?」


 おれはすかさず問いかける。一緒じゃないなんて珍しいな。


「サッカー部の朝練に出ているはずだよ。色々とマネージャーはたいへんだからね。準備片付けその他もろもろマネージャー任せにする奴ばっかだからさぁ」

「ちょっと待てよ! お前は朝練に参加しなかったのか?」

「ははっ、おれはちょっとケガしちゃってさぁ。んまぁ大したことないんだけど、一応大事を取って休みってこと」

「そうか。まぁお大事にな」

「そういえばこの間旅行に行くって言ってなかったっけ。楽しかったかい?」


 あぁ、そういやそうだったか。おれとレヴィアンが旅行に行くと言うことはすでにハルハルコンビに伝えてあったのだ。まぁべつに話さない理由もないしな。


「昨日帰ってきたばっかりだ。まぁ、それなりには楽しかったぜ」


 嘘だ! もうヤバかったぜ、なんてことは恥ずかしいから言えない。

 まーなにはともあれ、めちゃくちゃ楽しかったな。

 一部ハプニングがあったが、色んなできごとがあった。これもまた思い出って奴だろうな。


「はは、そっかそっか! 彼女さんはもう日本には慣れたのかい?」

「慣れてる部分もあるけど慣れてない部分もあるな。これからどうにかしていく。お前の方はなんか進展なかったのか?」

「晴菜と? まぁないと言えばないな」

「そうかよ。お前わかってて晴菜のこと避けてないか?」

「そういう部分もあるかもねー。けど彼氏彼女とか、おれは意外と面倒だなって思っちまう部分もあるからさー」

「というと?」

「ほら、やっぱり付き合い始めたら勉強とか部活とか、意外とおろそかになるだろ?」

「そういうもんか?」

「へへ! おれはこう見えても不器用なんだ」

「絶対に嘘だろ……。お前晴菜に怒られるぞ」

「いや、勘違いされたら困るけど、一応おれにだってあいつに対する思いはある。けど思いを伝えたいかと思うと、割と話は別なような気がするんだよね」

「まぁ、言いたいことは分からんでもない」


 ちまたでよく耳にする『お前ら早く付き合っちゃえよ、じれったいなぁ!!』的な展開は、当人たちにとっては迷惑な話でしかないと言うことか。

 んま、そりゃそうだよな。誰も頼んでないことにちょっかい出してくる奴って、なかなかにウザかったりするしな。気持ちは痛いほどわかるぜ。

 おそらく本人たちは気持ちに気がついていて、あえてそれを言わないようにしている。そっちの方がうまくいくからだろう。

 人間関係なんて意外と浅くても成り立つ。たとえばビジネスなんかもそうだし、兄弟なんかでもそうだ。関係性を保つためだけに、当人たちはコミュニケートすることだってあるだろう。


 残酷、だろうか。


 いや、一言で言い表せるようなもんでもない気がするな。

 それに関係性なんて、名付ける必要が果たしてあるのだろうか?

 兄弟、家族、友人、夫婦……。世の中にはそんな名前で呼ばれる縁が無数に存在しているが、一つも同じものはないはずだ。それぞれの縁があって、それぞれの感情がある。

 おれとレヴィアンはどうなんだろうな。

 高校は一緒。だけど彼女ではない。学校では便宜上カップルを名乗っているが、実際は違う。それどころか、同年代としては異質な夫婦(まぁまだだが)の関係。


 ……ったく、意味がわからん。


 前例なさ過ぎだろ。あったらおれに連絡をくれ。今すぐにでもどうしたらいいか聞き出すから!

 フィクションだとありそうだが、さすがに現実でそういう身になってみて、じゃあ一体どう行動すりゃいいのかって話だぜ。


「悩みがあるなら聞くよ? おれとお前の中じゃないか」と春彦。

「人間同士の距離感ってのは、難しいもんだなとしみじみ考えてた」

「哲学的だな。だけど時としてそういう悩みも捨てたもんじゃないよな。まぁ相手がいるのであれば、その相手とじっくり話し合って相談してみるのも手なんじゃないか?」

「…………なるほど」


 たしかに一番なやり方だ。ベリースマートだな。春彦おれより遥かに大人だな……。


「もしかして旅行で何か進展があったとか?」

「……まぁな。だけどお前が思うような派手なことじゃねーぞ」

「そんなもんなんじゃないの?」

「めちゃくちゃ爽やかに言うなお前……。だがお前に言われると妙に説得力あるんだよな」


 春彦は意味深な笑みを浮かべて、ただおれの言葉を聞いていた。


「なぁ、聞いてもいいか?」


 春彦がふと真剣な表情でこちらに問うてきた。


「なんだ? おれに答えられる範囲でだったら答えるぞ」

「あっははは! 出たなその王道な切り返しぃ!! まぁ答えられるかどうかは航輝が判断してくれていいけどさ。お前の彼女さん――ふつうじゃないだろ? いやごめんっ、この言い方には語弊があるかもな。けど一般的にはふつうの男子高校生が国際的な付き合いをすることは、あまりないと思うんだ」

「あぁ、なんだそんなことか」


 正確に言うとレヴィアンはもうすでに日本国籍だから、国際的かと言われると微妙だ。

 だがまぁ、んなことはどうでもいい。たしかにおれたちは異質な関係性だろうよ。

 もうこの際だから話してしまってもいいかもしれない。

 おれはすべてを話すことにした。レヴィアンは彼女ではなく、親同士が決めた婚約相手だと言うこと。彼女がアメリカの大手出版社の娘であること。彼女は一生懸命おれのために日本語を勉強してきたことなどを、包み隠さず話した。


 春彦はただ聞いていた。べつに奴は恋愛マスターではないだろうが、それでもおれよりかは絶対に色々なことを知っているはずだ。なんたって鈍いことでお馴染みだからなおれは。告られたことはあっても、承諾したことは一度もない。だから恋愛沙汰には意外と奥手だったりする。自分で言うのもなんだがな。

 春彦は両の掌を上に向けた。


「なぁるほどね、学年一位のハイスペック男がそんな事情を抱えていたとはねぇ」

「まぁな。人間生きていれば色々あるってことだ。ンマーおれの場合はちょっとありすぎかも知れないけどな」

「出版社の娘か……ってなると相当な大金持ちってことになるな。親同士が決めたって、なかなかない話だなぁ。――んで、お前はなにで悩んでるんだ?」

「なにで? さぁ、自分でもうまく言葉にできないな。ただ、まぁ、あいつとこれからどうなっていきたいのかなとは考えてる。考えた結果、堂々巡りして答えが出ない。それが答えだ」

「なぁんだそれ! なんかお前らしい答えだな。ははははは!!」

「笑いすぎだろ……」

「まぁおれにできるアドバイスがあるとすれば……そうだな、べつにいいんじゃないか? 彼女として扱っても。それでレヴィアンちゃんが喜ぶんであれば。大事なのはお前の気持ちじゃなくて、レヴィアンちゃんの気持ちだと思うけどな」

「あいつの気持ちか……。まぁ、おれなりに考えているつもりではあるんだが」

「答えを出すのはお前自身だろ? じゃあおれは深くはアドバイスできないし、そんな立場にもないぞ?」

「だな。悪い。おれがちょっと期待しすぎてた部分もあるな。おれ自身がどうにかしなくちゃいけないってことだろ?」

「んまぁそういうことになるなあ。ただあくまでもこれは外部からの勝手な意見だと聞き流してくれて構わないんだが、べつに婚約してるしてない関係ないんじゃないのか?」

「どういうことだ?」


 聞きながらも、おれは正直内心わかってた部分もある。それをこいつはほじくり出そうとしているのだ。

 自分で隠し続けていた感情。……んや、まぁ隠そうとしていたわけじゃないが、なんつーか、こう、本能的にちょっと行動に結びつけるのが難しい感情だ。

 そういう意味では、おれは箱根旅行の時、よくもまぁあんな堂々と恋人繋ぎができたなと思う。自分でもビックリするくらい、感情に素直に従った。あのときのおれはあいつのことを恋人だと思ってたんだろう。人間としての欲求が、あいつを求めていた。


「おっはよ航輝君! 春彦朝練サボったでしょ!」


 おれが考えていると、クラス中に響くような声を出して晴菜が近付いてくる。ハルハルコンビ。誰が名付けたかは知らんが、よく似合ってるよなこいつら。

 春彦は晴菜の対応をしつつ、笑顔をこちらに向けてきた。

 そしておれに言った。人間っていうのがちょっとした言葉で前に進んでしまうのだと、この時初めて知ったかもな。

 

「――婚約から始まる恋愛もあってもいいんじゃないのか?」


 おれはその言葉を強く、しっかりと受け止めた。

 


おれはレヴィアンといつものように手を繋いで家に帰ってきた。マンションの鍵を開ける。


「ただいまーっ!」


 レヴィアンは大きな声で家の中に挨拶する。いや誰もいないぞ……。いたら怖いじゃねーか!


「誰もいないだろうが」

「はっ、たしかにそうだねっ! 航輝君天才だねっ! あ、あはははは! イッツジーニアスだねっ!」


 レヴィアンは今日はいつにもないテンションだ。こんなにハイテンションなことが今まであっただろうか。いやいつも通りかも知れない。だが妙に作り物めいている気もする。

 ………………ん?

 心なしかレヴィアンの耳が赤いような気がする。もしかして今言ったことが恥ずかしかったのか? それともべつの理由があるのか?


「じゃ、じゃあ私ご飯の下準備するからっ! ここここ航輝君はソファに座って待っててねっ!」

「お、おう……」


 やけにソワソワしてるな。いつもこんなんだったか? まぁこんな感じか。だが方向性は一緒だが、今日はやけに振り切れてる感じがする。

 今日じゃねーな。実を言うとレヴィアンのテンションは昨日からこんな感じだった。昨日家に帰ってきたのが夕方の五時くらいだ。そのあと夕食の支度をレヴィアンが始めた。

 いつもなら夕食を作るのに手間取ることのないレヴィアンなのだが、昨日に限ってやけにミスを連発していたな。いや、それはおとといのおれの「帰ったらお前の料理が食いたい」的な発言のせいかもしれないが。

 今思うとちょっと恥ずかしいセリフだったかもな! ま、まぁレヴィアンだってその言葉を受け取ってくれただろうから、死にたくなるほどの恥ずかしさというわけでもないが。

 だがそれが今日も続くとなると、やけに違和感があるな。

 おれはふと、今日の春彦のセリフを思い出した。


 ――婚約から始まる恋愛があってもいいんじゃないのか?


 もしかしたら……レヴィアンの方でも心変わりがあったのかもしれない。おれの感情が変化したくらいだから、レヴィアンだって変化しても何ら不思議じゃない。


「……いつも悪いな。旅行で疲れてないか?」

「そそそそそそんなことないよっ! 私は今日も元気だよっ! イッツファニー!」


 レヴィアンは快活そうにおたまを持った腕を振り上げる。ガッツポーズのつもりだろうな……っておい!


「ちょっ! お前おたまからカレーがこぼれてるぞ!」

「わっ! わあああああああああああっ! やっちゃったよ! どっどどどどっどおうしよう航輝くんっ!」

「大惨事だな……。今のはおれがふいに喋りかけたのも悪かったな。ちょっと待ってろ、今タオル持ってくっから!」


 数分後おれはタオルを持って現れた。どうせタオルなんて買い換えればいいだろう。レヴィアンのエプロンと、床をぬぐっていく。


「ご、ごめんなさい……。りょ、料理……私へたになってるかも……」

「いや、昨日の飯はうまかったぞ。べつにへたになんかなってない。むしろ旅行明けてからなんか急にうまくなったって感じるくらいだぞ」

「そ、そうかなっ! でも、なんで……?」

「……いや、おれに聞かれてもな。作ってるのはレヴィアンなんだからよ」

「そ、そうだよねっ!」

「…………」

「…………」


 おれたちは目を合わせていたが、それもしばらくして耐えきれなくなった。おれからそらしたのかレヴィアンからそらしたのか、正直なところよくわからない。だがお互いが気まずくなってそらしたのだ。

 ったく、なんだってんだ! どうなっちまったっていうんだよ、おれもレヴィアンも!


「なぁ、レヴィアン? お前もしかして何かあったのか?」

「ななななにもないよっ! 私はいつもの私だよっ! 航輝君こそ変じゃないかなっ! いつもの航輝君じゃないみたいに見えるけどっ……」


 くそ。いつもならこの場面でおれはレヴィアンの両肩を優しく掴むなりするだろう。そしてどういう心境の変化があったのかを問いただす。

 だがおれ自身も、なんとなく自分の心情の変化に気づいているから、へたにレヴィアンに深く問うことはできない。

 クソ、クソクソクソ! なんなんだこれは! おれは一体どうしちまったってんだ! 

 ふだんから冷静であろうとは努めている。レヴィアンというおっちょこちょいな嫁さんができちまったから、彼女の面倒を見るためには人一倍気を配らなければならないとも思っている。

 なのに、どうしてだ。レヴィアンの目をおれはまっすぐ見られなくなっているのか。

「こ、航輝君!? か、顔赤くなってるよっ! た、たいへんだよっ、今すぐバファリン持ってくるからっ!」

「いやいい。これはあれだ。知恵熱って奴だな。それよか、レヴィアン。お前はご飯の準備に集中してくれ」

「……え、でも航輝君が心配だよっ!」

「心配してくれるのはすごく感謝している。だがおれは平気だ。自分のことは自分が一番よくわかっている」


 嘘をつけ。おれが一番わかってねーじゃねーか。

 これからどうしたいのか、どうなっていきたいのか。そうやって悩んでいた羽田航輝はどこに行っちまったんだ。

 おれは額に手をやって頭を二回ほど振る。認めよう。ここまで強く思っちまうのは初めてだ。

異性を――いやレヴィアンという女の子を、おれは強く求めているらしいな。

 レヴィアンは心配そうにこちらを見つめてくる。拳を胸の辺りにやって、円らなブルーな瞳をこちらに向ける。ほっぺたがちょっと赤い。

 …………っくそ、かわいい。


「悪いな。ちょっとソファで座って待ってる。おいしいご飯期待してるぜ」

「うんっ、航輝君のアゴが落ちちゃうようなカレー作っちゃうよ!」

「……そっか」


 おれはゆっくりとキッチンを回ってソファに向かう。だがおれはその角を曲がりきる前に、レヴィアンの方を振り返った。


「……旅行、楽しかったか?」


 おれの問いに、レヴィアンは満面の笑みで答えた。


「航輝君と行くところならどこでも楽しいよっ!」


 前も同じ質問をしたはずなのに、どうしてか今はそのセリフにドギマギした。胸が熱くなる……という状況に初めて陥ってしまった。


 ……あぁ、やられちまったな、これは。

 


「航輝君カレーできたけど、た、食べる?」

「ん? あぁ、悪いまだお腹空いてないな。作ってくれたのに申し訳ない」

「いいっていいって! 私の方こそごめんねっ、ご飯作るのちょっと早すぎたかも知れないねっ!」


 今は五時だ。まだ夕食には早いかもな。保温ができるタイプの鍋だからその点心配ない。


「そういや旅行行ったときにマグカップ買ったな」

「お、お土産だねっ! ちょっと待っててねっ、今持ってくるからっ!」

「おうセンキュ」


 レヴィアンは猛ダッシュでマグカップを持ってくる。それをガラス張りのテーブルの上に置いて並べた。なんともまぁお土産感のあるマグカップだ。いやべつにけなしてないぞ。むしろお土産らしさがあっていい。


「こ、ココアでも入れよっか!」

「ふっ、そうだな。なんかお前を働かせてばっかりだな」

「は、働くのがセンギョウシュフのつとめだからねっ! 私張り切って働かされちゃうよっ!」


 まだ学生のはずなんだが……。だがレヴィアンがそういう風に認識しているのであれば、おれがただす必要もないだろう。


「こ、ココアお待たせっ。熱くなりすぎないように氷入れておいたよっ!」

「ほう、よくできた嫁だぜ。サンキュな」


 軽くジョークを飛ばし、おれはココアを飲み始める。うーん、絶妙な温度加減だな。お前天才かよ。

 って、なんでそんな距離離れてんだよ。もっと近くで座ってもいいんだぞ。


「なんか遠くないか? おれの気のせいか?」

「こ、航輝君の飲んでるところ邪魔しちゃ悪いかなって思って、距離取ってるだけっ! べつに航輝君が嫌いとかじゃないからっ!」

「そうか、……んならいいんだが」


 くそ、明らかにやっぱりレヴィアンの様子がおかしい。これはおれの気のせいじゃない。レヴィアンもまた意識しているのだろう。

 おれがそんなことを考えていると、レヴィアンがずずずとこちらにすり寄ってきた。マグカップを両手で包むように持ちながら、おれの方をちらちらうかがいながら。

 気まずいな。おれは一体どうすればいいんだ? この状況をどうにかできる人がいたら、その方法を伝授して欲しいくらいだ。


「航輝君さっ、あのさっ!」


 おれはようやく気がついた。

 今日のレヴィアンはやけに積極的なのだ。

 とにかくレヴィアンはグイグイと攻めてくる。


「ど、どうしたんだ?」

「お、おおおおおおお礼言いたくて! その、この間は助けてくれて、あ、ありがとねっ! この間って言うか、お、おとといかっ!」

「あぁ、んだそんなことか。いやむしろ遅かったことをおれがとがめられるくらいかと思ってたぜ」

「そ、それは、私が迷子になっちゃうのが悪いって言うかぁ」

「ははっ、まぁそうだな」


 あれ? おれうまく笑えてるか? 微妙だな。自信がない。いかんせんレヴィアンの近くにいると、なんか近頃理性が保てなくなってる気がする。体の芯が熱くなってる気がする。おかしいな。


「そ、外に風当たりに行くか? 外っつってもベランダだけど」


 レヴィアンは熱に浮かされたような顔をこちらに向けてきている。やがて、うん、とうなずいた。



 我が家のベランダには植木鉢がいくつかあるだけである。風がしゅうしゅうと吹き抜けていくたびに、育てているミニトマトの枝が支柱ごと揺れる。


「……」

「……」


 ……いや、ここまで来てなにを話せばいいのかわからない。レヴィアンは無言で、おれの手を握っている。温かいことこの上ない。

 夕方という時間帯も相まって、どこか物寂しげな雰囲気が漂っている。子どもたちは遊ぶのをやめて帰る時間だろう。


「………………ねぇ、こうきくん」


 レヴィアンはおれの裾を引っ張ってくる。ぬるい風がおれの頬を撫でていくが、一切そんなことは気にならなかった。

 ただおれの目の前にはレヴィアンの顔が合った。

 なにを迷うことがあるだろうか。だがおれは現にためらっている。これだけの雰囲気が合って、押し流されることを拒んでいる自分は何様だろうか。

 レヴィアンは潤んだ瞳でおれを見上げてくる。そういうことだろう、おれだってよくわかっているつもりだ。

 ただ決心がつかないだけなのだ。心の準備が……できてないだけなのだ。


「なぁ、レヴィアン、………………お前さ、おれのこと、好きか?」


 聞いてしまった。おれはゴクリと唾を飲み込む。緊張で冷たい汗が額を流れていく。

 レヴィアンは聞かれたとき一瞬わずかにビクッとしたが、やがてこくっとうなずいた。それからおれの腕に抱きついてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと、その顔が上げられる。おれはその目をしっかり見つめた。金色の髪がふわりと持ち上がったとき、その唇がかすかに動いた。


「航輝君のこと、すきだよ」

「そうか。………………おれも、同じ気持ちだ」


 ――人生初めての告白だっただろう。


 喉がこわばって、自分の声が自分のものじゃないかのように思えた。とくんとくんと、心臓の鼓動がやけに遠くから聞こえてくるようだ。

 レヴィアンはひくっと、体を縮こませた。その顔は溶けそうなほど嬉しそうで、いじらしさを感じさせた。

 ……ちくしょう。


 おれは大きく息を吸った。


 レヴィアンの裾を引っ張る力が、より強くなる。おれのことを惹き付けるように、あるいはおれのことを離さないように、その力は強かった。

 止まる必要なんてないだろう。

 夕日は温かくおれたちを見守っていた。その沈み方はまるで、おれたちを祝福しているかのように遅くなっていた。


「いいのか?」

「………………うんっ、だって私たち……………………ふうふだから………………したい」

「そっか」


 レヴィアンがつま先で立つ。おれは彼女に合わせるように身を屈めた。レヴィアンの両腕がおれの首の後ろに絡まってくる。

 おれは、レヴィアンのアゴに指を添えた。そしてその美しい前髪を掻き上げた。

 レヴィアンのそのつやめいた唇が薄く開く。


「こうきくん……」


 耳がジーンと鳴っていた。心臓がバクバク鳴っていた。

 

 おれは一気に距離を詰め、レヴィアンと初めての口づけをした。

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家事はカンペキなのにそれ以外がポンコツすぎる金髪美少女の許嫁 相沢 たける @sofuto

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