第4話 レヴィアン、歌います
み、みんなこんにちは!!
私はレヴィアン。レヴィアン・エメラルドって言います。よ、よろしくねっ!
け、敬語変かな。に、日本語慣れてないから許して欲しいです、ごめんなさいっ!
えっとぉ私は航輝君の許嫁ってことで、先月からこのうちにすむようになりました。
航輝君早く帰ってこないかなぁ。
「らららー、ふんふんー♪」
航輝君が喜ぶ顔が見たい。だから私は精一杯料理をします。味はいい感じかな。よしよし。
毎日が楽しくてしょうがないです。航輝君優しいし面白いから、すっごく好きです。ホントにホントに大好きです!!
私は火を止めました。これで下準備はオールクリアです。
ちなみに彼は今バイト中です。ファミレスのバイトをしている彼は夜九時くらいに帰ってくるって言ってました。
ちょ、ちょっと張り切り過ぎちゃったかな!? もうちょっと下準備するのあとでもよかったかな!? ま、まぁうん、仕方ないよね!? 航輝君が帰ってくるところを想像するとなんかわくわくしてからだが勝手に動いちゃうんだもん!! き、気持ち悪いかな、私って……!?
う、ご、ごほん! まぁこういうときは切り替えが大事なんだよね! うんっ、切り替え切り替えっ!!
私は自室に戻ります。
「な、なにかすることないかな~」
家事は一応終了しました。今できることは……という意味ですが。
きょ、今日もきっと夜は航輝君と一緒に寝ます! 航輝君の耳元で囁かれるあまあまボイスを聞いての就寝です。「おやすみレヴィアン、また明日な(美化されてる)」を聞いてのおねんねです。ふわっ!!
「ぼすんっ!」
は、恥ずかしいよぅ……! 航輝君は温かく優しく手を握ってくれますが、私はまだまだ慣れないのです。航輝君さらっとこういうことできちゃうなんてすごいなぁ。
でも、とちょっと不安になります。なぜなら航輝君ものすごくかっこよくてモテるから!
こんな私だから、いつかフラれちゃうんじゃないか、捨てられちゃうんじゃないかってドキドキしてます。怖くなるときがあります。
私は頭をぶんぶんと振ります。こんなこと考えちゃいけないのに、なに考えてんだろ私……。
けっきょくスマホでボイスコミックを聞くことにしました。少女漫画ですね。な、なんか最近またハマっちゃいました、へへっ! そこには夢のような世界が広がっています。宝石箱のようです。いいえ、宇宙に散りばめられたお星様のようです! わぁなんて素敵なの! レヴィアンの瞳からは涙がこぼれます。ライフイズビューティフル……! ヒーローの王子様の姿と航輝君の姿が重なります。こ、航輝君うちの部屋まで白馬に乗って帰ってきたりしないかな……!? う、うんっ、するわけないよね!? はは、なに考えてんだろ私!
「ふわあああっ!」
王子様とお姫様のキスシーン。キスシーンですよ!? な、なんでか知らないけど自分の顔が真っ赤になっていることに気づかされます。こ、このキスの音はやばいです。や、やややややばいってええええ~~~~~!!
「う、うらやましい……!」
私はぽつりとそんな言葉を漏らしてしまいます。わ、私もいつか航輝君とそういうことするのかなぁ。っていうか顔がものすごっく熱い! 本当になんて情熱的なキスなの!?
ボイスコミックを聞き終わりました。ホントにホントにいい話でした。む、胸がうずいちゃうよお!
私はうつ伏せになって音楽を聴きます。とある歌手の曲です。こっ、これお気に入りなんですよね!!
「へいへい! あなたのハートにジャストミートしちゃうんだからねっ! いえいいえい!!」
私も一緒になって歌います。だんだんヒートアップしてきました。ノリノリです。ちょっと恥ずかしいけど、ひっ、一人ならきっと大丈夫だよね!?
「そうよ~~、あなたの鏡のように美しいこ~こ~ろ~には~、私の涙が映っているのね~~~~~♪ キューティージャンプ! しあわせ~~~!」
私は両耳にイヤホンをつけた状態で、歌います。鏡の前で大熱唱ですが、ほとんど自分の世界に入り込んでいます。まぶたを閉じて必死に歌います。楽しいです。へいへい! 正直鏡の方は見てません。私の視界に映っているのは大勢の観客たちです。その一人一人がペンライトを持って私のことを応援してくれている……、
ふわああああっ!
な、なんて素敵なんだろう!
「恋はユーフォーのようにクルクル回って~~~~~、けど君の心はまだ荒んじゃないよ~~~~
――がちゃ
え?
私は顔面真っ青にして、鏡の方に意識を戻します。
「あの……レヴィアン」
「……ぅ」
そこには航輝君の姿がありました。っってええええ!?
あれ!? うううううううううううううううううそだっ! どうして航輝君がここにいるんでしょうか! だって航輝君が帰ってくるのはまだまだ先のはずです。じゃあどうして!?
私は時計を見ました。なんと九時五分を指しています。九時五分! どうやら私は歌に夢中になってしまっていて、時間の経過を忘れていたみたいです。
そそそそんなぁ!? 私としたことがなんて失態を!! あぁ、死にたいよぅ! 私のミスで航輝君にすごい迷惑掛かっちゃったよね……!?
顔面がさらに青くなります。うわああああどうしよう!! 航輝君が顔を引きつらせてこっちを見ています。鏡の中で視線が合いました。
私はガバッとベッドに飛び乗り、布団をひっかぶります。全身がマグマのように熱いです! 羞恥で一杯です! 私のバカッ! 私は全力でひたすら自分を責め立てます。
顔から熱が出ます。声にならない声が出てきます。本当に人体のどこからそんな声が出てくるんだろって思うくらい、そりゃもう変な声が私の唇のすき間から出てくる出てくる。
うぅ~~~~~~!
「~~~~~~~~~ぁ…………………………………………ぅ」
「レヴィアン、その、外まで聞こえてる」
「………………………………っひっ!」
その一言が決定打でした。私はこの日ほど、夜空に光るお星様になりたいと思ったことはありません。
や、やってしまった……! ずっと航輝君に迷惑を掛けないようにって思ってたのに、ここに来て油断が生まれてしまったんだ!
あぁ、終わったな。そう思いました。
ううう、
「レヴィアン?」
「…………うきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 見られた! 航輝君に見られた! は、はははは恥ずかしすぎて明日から外に出られないよーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「お、落ち着けレヴィアン! まぁたしかにうちの前に人だかりができてるけど、みんなどっちかって言うと迷惑してたってより聞き入ってたって言うか!」
「う、うわああああああああああああ! 終わったよおおおおおおお! 人生終了だよおおおおおおおおっ! お嫁に行けないよおおおおおおおおおっ!」
こうして私は嘆くのでした。
「ったく、明日から隣人のどう挨拶すればいいんだ……!!」
「ご、ごめんなさいっ! わ、私そんな時間経ってるとは思ってなくて!」
「まぁ人いっぱい集まってたけど、そこまで迷惑そうにしてたわけじゃなかったぞ。どちらかと言えば明日から忌避されると言うよりニヤニヤされるって方が可能性として高い」
「……うへぇ、ほんとに…………ごめん!」
おれは頭を掻く。まぁドジっ子なのはしょうがない。
「それにしてもレヴィアンは意外と歌うまいんだな。今度カラオケにでも行くか?」
「え!? いいの!? 私なにも褒められることしてないのに……!?」
「いいよ、だいたいカラオケくらいだったら友達同士でも行くだろ。なんら行く場所として不自然じゃねーんだよ」
「そ、そそそそっか、うん、歌いまくっちゃう!」
「おう、そうしろ」
おれはつかれていた。あくびがこぼれてしまう。今何時だ……ってもう十一時じゃねーか。
あのあとレヴィアンがおぼつかない手つきで料理し始めたんだがなかなか完成しないんでおれも手伝った。まぁ、可哀相って言うか、おれも似たような経験したことあるからな。そのときの恥ずかしさをおれはわかるのだ。
夕食を食い終わってようやく口を開くことができた。いやおれじゃなくてレフィアンが、だがな!
レヴィアンが歌っていたことはちょっと驚きだが、なんか微笑ましくもあるな。
「眠くならないのか?」
「う、うん。歌ってたら興奮しちゃって……!」
「まぁ気持ちはわかる。夜食でも食うか?」
「え!? 航輝君さっき食べたよね!?」
「んあ、まあそうなんだがな。バイトで疲れてるせいかちょっと小腹が空いててな」
「そっ、そうなんだ!? っていうかそうだよね!? 航輝君あれじゃあ少なかったよね!? う、うんっ、たしかに私もお腹が空いてるみたいだから、つつつつきあうよ!」
「むりすんな。べつにおれにむりして付き合う必要はないんだぞ」
「そ、そんなこといっても、私もちょっとお腹空いてるの事実だしぃ」
レヴィアンが涙目で言う。そうなのか。まぁ日によってなんか食いたい欲求が急にあふれ出ることってあるもんな。よし。
「んじゃあ食うか?」
俺はにやっと笑って言った。レヴィアンが一瞬呆けたような顔をしたが、すぐににこやかでそして晴れやかな素晴らしい笑顔を浮かべて「うんっ! へへっ、航輝君とお夜食だぁ!」と言ってうなずいた。ったく、さっきまでしょんぼりしてたのが嘘みたいだな。
『え、お夜食なにかあったっけ?』なんて聞くような我が家ではない。なんたってうちはカップ麺会社なのだからな!
「ミソと醤油だったらどっちがいい?」おれはテンション高く聞くとレヴィアンが「はいっ!」と元気よく手を挙げて「み、ミソがいい!」と答えた。元気いっぱいでよかったぜ。
そうかぁ! ミソなミソ。おれも味噌にするか。
「こ、航輝君の会社のラーメンってすんごいおいしいよねっ!?」
「まぁ企業努力はどこにも引けを取らないからな!」
「はへー、すごい!」
会話をしているうちにカップ麺が出来上がった。所要時間はもちろん三分である。この三分間をしっかり待てるかどうかでカップ麺を楽しめるかどうかが決まる。
「いただきます」
「い、いっただきます。……あちっ」
「ったくおいおい、気を付けろよ? ほらタオル」
案の定だった。おれは苦笑を浮かべながらすかさずハンカチを取り出してレヴィアンに渡してやる。まぁ拭いてやってもいいんだが、さすがにそこまで子ども扱いしてしまうのは可哀相だ。
しかし何日かぶりにラーメン食ったけど、やっぱうまいぜうちの商品。
「ちょっ………………くすぐったいって……………………は………………うああああ!!」
レヴィアンの教室の前――つまり廊下でおれは立ち尽くす。一体なにを見せられているのだろうか。いやおれが勝手に見ているだけか。
「ほーれ気持ちいいだろー、もっとくすぐってやるー」
「あははっ! さつきちゃんそこはダメだってええええっ! あははっ!」
「……うーむ、やっぱりいい反応しますなぁレヴィたんは。もっとだもっとー、それそれー」
こちょこちょこちょー、とさつきちゃんはレヴィアンの全身をまさぐっている。ちょっと待て。教室中の視線を集めているぞ!
おれはゆっくりと壁際に移動する。教室の壁側な。そこで耳をぴったりとくっつける。……だから何やってんだおれ。けど女子同士で戯れているところにおれが混じるのも、なんかよくないよな。
「おおー、研究の結果レヴィたんはお腹が弱いってことがわかりましたよ! これはこれは世紀の大発見ですなぁ!」
「~~~~~~~~っ! あっ! ちょっとさつきちゃんやめってって! あぁ! うぅ~~~~~~~~っ!! …………ん、だめ…………………………ほんとだめだからぁ…………!」
レヴィアンは顔中真っ赤にして悶絶している。く、くそ……だから何やってんだおれ。助けに行ってやれよ。けどレヴィアンがくすぐったがってる顔、なんかすげぇ幸せそうなんだよな……。
レヴィアンはひたすら身をくねらせる。というかさつきという女の子(金髪のギャル)の手つきが異常になんか手慣れてる感あるんだけどこれはおれの気のせいか……。
「うぅ……………………さ、さつきちゃ~~~~~~~んっ、……………………んうっ…………………!!」
おれはついに耐えきれなくなって教室に足を踏み入れた。クラス中の視線を集めているような気がするが、まぁ仕方ないっちゃ仕方ない。
「そのなんだ。戯れているところ悪いけど、レヴィアンそろそろ解放してやってくれないか?」
「ご、ごごごごごめんなさいっ! ええっとレヴィアンちゃんの彼氏さんですよね……」
さつきちゃんが申し訳なさそうに謝ってくるが、当の本人であるレヴィアンは目を丸くして口をパクパクさせていた。
それから十数秒後、
「――だああああああああああああっ、私また見られちゃったよおおおおっ!」
レヴィアンはその場にうずくまってしまう。この間とまったく同じ反応である。べつに見られたところで減るもんじゃないだろうに……。
「ああっ! 終わったぁ! シューエンだ! 明日は空から隕石が降ってくるんだぁ! それで私だけにピンポイントで当たるんだぁ! 終わったあああああああっ!」
「落ち着け!? べつにお前のその姿見るの初めてじゃないからな! いつものお前じゃねーかよ!」
「で、でもぅ!」
レヴィアンはぐすん、と鼻をすすり上げ、涙目でこっちを見てきている。あぁだからクラスの男子の視線集めちゃってんぞ。
おれはポケットからティッシュを取り出し、彼女の涙を拭いてやる。
「恥ずかしいところ見られちゃったよ……」
「お、お前な……。考えても見ろよ。クラスの人たちはみんなお前のこと見てたんだぞ?」
「――!?」
「今ごろ気づいたのか……」
おれは額をペチンと叩く。まぁこいつらしいと言えばこいつらしい。
「か、彼氏さん、ほんと悪かったよ……。私たちがちょっとやり過ぎちゃったとこもあるからさ」
「いや、べつに気にしてない。乱入したのはむしろおれの方だからな。それより、ありがとな」
「な、なんで私たちがありがとうなんですか?」
「いやなんとなくだ。レヴィアンの友達でいてくれて、的な? まぁ何様なんだって話だけどな」
「あはは、まぁこっちもすっごく楽しいですよ!」
「そうか、ならいいんだ。……ほら、レヴィアン立てるか?」
「レヴィちゃん、またねー」
「う、うん! またねー二人ともー!」
レヴィアンが二人に手を振って、おれたちは教室をあとにする。
「あの二人ほんと仲良しだねー」「だねー」という声が背後から聞こえる。
「こ、航輝君あのね……、さっきのこと忘れて欲しいな……」
「さっきとはあのくすぐられてたときのことか? そうだな、記憶に焼き付いてしまったのでそれはむりな相談だな」
「そんな!? 私すっごく恥ずかしいのにぃ!」
「でも、あれだ、くすぐられてるときのお前の顔幸せそうだったぞ?」
「そ、そうなのっ!? 私くすぐられてることに喜んでたの? う、うそだ……」
「ははは。本当に最高の笑顔だったぞ」
「か、からかわないでよ~~! 航輝君のば、ばかっ!」
そんな会話を交わしつつ廊下を渡る。まぁいつものやり取りっちゃいつものやり取りだな。
いったん家に帰ってから、屋内プールにやって来た。
靴箱に自分の靴を入れる。
「ふわあああっ! す、すごい。なんか緊張するねっ!」
「なんでだよ……」
レヴィアンはなぜかソワソワしている。べつに靴入れただけじゃねーか。
まぁそれでも新鮮な経験なのかも知れないが。
おれたちがやって来たのは鎌倉市内にあるプールだった。プールだけでなくトレーニングジムも設置されている、けっこう豪華な施設だが、おれたちが利用するのはプールだけだ。
……いずれおれもこっそりここに来てトレーニングしようかな、とか考えてみる。まぁ無意味な妄想だな。実家にすごい豪華なトレーニングルームがあることを思いだしてしまったからな。
「プール! プール!」
ずいぶんと楽しそうにはしゃぐレヴィアン。遊びに来たわけじゃないぞ……なんて無粋なことは言わない。そこまでガチめに教えても上達には逆効果だろう。楽しく行こうぜ楽しく!
「ふわっ! おっきい!」
「ほお……!」
おれは感嘆の吐息をつく。二階に上がるとそこには受付があり、すぐ傍にガラスが張ってあった。もちろんその向こうには広々としたプールが横たわっている。
え、レヴィアンの目の輝きようがすごい……。まるで遊具を前にした子どものようだ。
「みてみて航輝君! じゃ、ジャグジーもあるよ!」
「ほんとだ。あとで入るか」
「うんっ!」
とりあえず二人分のチケットを購入。検温を済ませてから受付に行く。
「あらあらまぁまぁ! なんてきれいな女の子なの!? 失礼ですがどこの国の人!?」
受付のおばさんがレヴィアンに訊ねる。レヴィアンは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。しゅーーーー、と早くも効果音を発しだしている。
「あ、あめりかといぎりす……」
さらに顔を赤くしていく。べつに恥じらうことなんてないのに、初対面の人と喋るのが苦手なレヴィアンはいっつもこうなってしまうのだ。可愛い奴だ。
「そうなのー。すっごいきれいだからお人形さんかと思っちゃったわ! 持って帰りたいくらい可愛いわねー!」
「ほんとねー!」「私の娘と交換したいわー!」「あんたそれ失礼よ」などと受付係が楽しそうに盛り上がる。
「……はは、よかったなレヴィアン。お前可愛いってさ」
「……………………………………」
レヴィアンはおれの裾を掴んだまま動かなくなってしまう。なるほど、褒められすぎて嬉しいときはこうなってしまうらしい。だからなんて可愛いんだこいつは……じゃなかった。
「えっと、とりあえず受付お願いします」
「はいかしこまりました。ちょっとお待ちくださいねー!」
受付のおばさんが処理してくれてる間、おれはふとこんなことを思ってしまう。というか、今気づけてよかった。
「あのすみません。この子初めての屋内プールでロッカーの使い方とかもろもろわからないので教えてやってもらえますか?」
「あっっははは。お安いご用よ! さ、えっとレヴィアンちゃんでしたっけ? 一緒にお着替え行きましょうねー!」
「(……………………ぅ、私なんか、こどもあつかいされてんじゃん……!)」
耳まで赤くしたレヴィアンがそうぼそぼそ呟く。
おれも水着入れを肩にかけ直した。それから男子更衣室に入る前にレヴィアンに告げる。
「着替え終わったらシャワーのところで待ってるぜ」
「しゃ、しゃわーのとこ?」
「あぁ、えっと、その辺も説明してやってもらってもいいですか?」
「えぇもちろんですよ。レヴィアンちゃん私が教えて上げるから大丈夫ですよ」
「そ、そうですかっ。じゃ、じゃあ航輝君またね!」
レヴィアンがぎこちなく手を振ってくるのでおれも振り返してやる。
……あの、なぜか知らないけど付き添いのおばさんまで振り返してきたんですけど。
おれは更衣室へと入った。
ずいぶんと手こずっているらしい。女の子の着替えって案外時間が掛かるものなのかも知れない。というかあいつ今日はスクール水着を持ってきているはずだが、着方がわからないとかか? しまった。気づいてやるべきだったな。
「お、お待たせ……」
レヴィアンが照れながらこっちに近付いてくる。後ろに手を組んで視線が明後日の方向に向いている。その瞳はしっとりと濡れていて、完全に乙女じゃないですか……。
「お、おう。すっげえ似合ってるぞ」
「ほ、ほんとに! レヴィうれしい!」
シャツと短パン姿のおばちゃんまで頬に手を当てて「きゃあ嬉しいわっ!!」とかなんとか言っている。いやあなたはいいんですよと言いたいところだが、レヴィアンを手伝ってくれたこともあるからここは礼を言っておこう。
「ありがとうございます」
「うふふ……。いいのよ! それにしてもその子可愛いわね」
「え、ええ。よく言われます。自慢の彼女ですよ」
おれが言った途端近くからブスッという音が聞こえた。レヴィアンの熱が三度ほど上がってしまったのかもしれんな。
「じゃあごゆっくりー」
「あはい、ゆっくりしてきます。よしっレヴィアン、まずはシャワーを浴びようか。それから準備体操だな」
「う、うん……。きょうは……………………よ、よろしくね、こ、こうきくん…………」
どうして公園で会ったときより緊張してやがるんだ。レヴィアンは水泳帽の前側を引っ張って顔を覆い隠そうとしている。けどおれから見たら耳まで真っ赤なので照れ隠しには意味がないんじゃないかなぁ。
おれは苦笑を浮かべつつ、レヴィアンの手を優しく取った。
「け、けっこー子どもいるんだねっ! 私たちくらいの人たちってあんまいない……」
「だな。まぁ平日だとこんなもんだろ」
「そ、そうなんだ」
おれが体を傾けると、それに合わせてレヴィアンが体を傾ける。おれが屈伸運動をすると、レヴィアンも合わせるように膝を曲げる。
「よしっ、じゃあまずはあそこの歩行用レーンで歩くか」
「えええっ! 泳がないのっ!」
「ははっ、とりあえずの準備運動だな。二周くらいしたら泳ぎの練習するか」
プールの縁までやって来て、はしごを下っていく。温水プールなのでそこまで心臓に悪いと言うことはない。おれと手を握ったままのレヴィアンはおっかなびっくりつま先を水面に近づけていたが、温かいとわかると一気に水中へと入っていった。
おれが前を歩き、レヴィアンがその後ろをついてくる。ちなみにひとつのレーンを反時計回りにクルクル回る形式である。なので横並びに歩くことはできない。
「な、なんか月の上歩いてるみたいだねっ!」
「レヴィアン月の上歩いたことあるのか?」
「……もうっ! 航輝君なんでからかうのっ!」
とか何とか会話していると、周囲のおじいさんおばあさん方から温かい目を送られる。まぁむりもない。屋内プールに高校生カップルってのも珍しいだろうが、おれの相手がレヴィアンってことが珍しさに拍車を掛けている。
金髪碧眼の少女が屋内プールにいるんだぜ? ちょっと不思議な感じがするのもむりはないよな。
「こ、航輝君まってぇえええ!」
あ、やばい。忘れてた。レヴィアンは運動神経がとことん悪いってことを忘れてた。だから持久力もないのである。
「航輝君はやいよぅ……!」
「わ、悪かった。ちょっとお前のペースに合わせんの忘れてた」
手を繋ぎながら歩いていたので、そりゃあキツかっただろう。いやマジですまん。
その後、ビート板を使って練習しようかとも考えたが、やっぱり手を引いてやった方がいいだろう。
「こ、航輝君…………これ、すごい、………………は、恥ずかしいよっ! どうしよう」
「どうしようもなにもやるしかないだろ」
「う、うぅ。怖いよ!」
「大丈夫だ。いいか。まずは顔を浸けて、呼吸を止める」
「う、うんわかったやってみるね!?」
レヴィアンは水に顔をつけた。が、一秒も持たずに顔を上げた。
「………………ごぼごぼごぼごぼごぼっ! うげほっ! げほげほっ!」
「……前途多難だな」
レヴィアンの運動音痴はどう改善してやるのが一番なんだろうか。方法が思い浮かばない。誰か教えてくれ!!
「変なところに入ってないか? 平気か?」
「へ、へーきへーき。へっちゃらだよ! それより私もっと練習する! すー、がばっ………………うっううう、………………………………こほこほっ! な、なんでよぅ。息止めてるつもりなのにぃ!!」
レヴィアンが頬を膨らませて涙目になっている。すぐ傍のプールサイドを子どもたちが通り過ぎていって、「あのお姉ちゃんより泳げる自信あるー!」「あーおれもー」とか何とか言って去って行く。おいやめろ。かわいそうだろ。
「航輝君今笑ったでしょっ!!」
「……え? あぁ悪い悪い。ちょっとおかしくってな」
「どこがおかしいのっ!?」
それからしばらく練習は続く。っていうかこの練習なら家でもできたな……とか正直思わなくもないが、まぁ考えちゃいけない。それに今この瞬間がめちゃくちゃ楽しいのは否めない。
「お嬢ちゃん頑張って!」「応援してるよ!」「ほらファイトファイト!」
近くにいたご年配の方々からエールをもらう。言われるたびにレヴィアンは肩を縮こませる。そんなことでいちいち照れなくていいと思うぞ……。
「ご、ごめん。私ちっともうまくならないっ……!」
「そうだな。べつに今日一日で全部できるようにならなくてもいいんじゃないか? ゆっくりでいいから、何回かこれからも来ればいいさ」
「ほ、ほんとっ。なんか私のためにごめんね……」
「まぁ、これはこれで楽しいからな」
「……え? なんか言った?」
「い、いやなんでもない」
おれは聞かれてなくてよかったと思った。ちっ、おれはどうしてこうも保護者的視点でレヴィアンを見てしまうのだろうか。レヴィアンは子ども扱いされるのを望んでないはずなのに、どうしても妹のように思ってしまう。妹いないけどな。
「こ、航輝君? どうしたの考え事? も、もしかして愛想尽かした……っ!?」
「違う。考え事してたのは事実だが、たいしたことじゃない。それより休憩するか?」
「うんっ!」
プールから上がってジャグジーに移動する。所要時間は三十秒ほど。
「わー、あったかいね航輝君っ!」
「まさに極楽だな。まさか屋内プールにこんなモンがついてるとはおれも思わなかったぜ」
ジャグジーには他に小学生低学年くらいの男子と、そのお父さんらしき人が座っていた。子どもの方はプールの方を向いていて、父親は頭にタオルを乗せている。ここは温泉かよ……。
お父さんがぱっと目をひらいてこっちを見た。
「珍しいっすね、こんなとこに。高校生すか? それとも大学生?」
「高校生ですよ。こっちは、まぁ彼女ですね」
「こっ、ここここここんにちは!」
「あっはははこんにちは。よく来られるんすか?」
「いやまぁ今日が初めてです。こいつの水泳の練習に付き合ってます」
レヴィアンは居心地悪そうに小さくなっている。
「おねえちゃんおっぱいちっちゃいねー! さわってもいいー?」
おいガキ。調子に乗るなよ……。お前子どもだからって言っていいことと悪いことがあるんだぞ……。世の男子が言えないようなことをさらっと言いやがって!
「え!? えええええええっ!? そそそそそそそんなのむりだよ!」
「こら! お前お嬢ちゃんになんてこと言うんだ!」
「ういてっ! けどお父さんだってお母さんのおっぱい毎日さわってんじゃん! なんでおれはダメなのっ!?」
「……………………………………」
おいどうすんだこの空気!! どうしようもなくなっちゃったじゃねーか! おいおいおいおい、レヴィアンは顔中真っ赤にして固まっているが、多分おれも似たような顔をしていると思う。
「やー、なんすかね、ごめんなさいねちょっとまだそういう年齢ですんでね。じゃ、じゃあ僕たちこれであがりますね!」
そそくさと立ち上がってお父さんは去って行く。子どもの手を引いてはいるがやたら早足である。
「お、おレヴィアン大丈夫か? おれらもあがるか?」
スクール水着を着たレヴィアンは体まで真っ赤にしてしまっている。すると彼女はおれの方に徐々に近付いてきて、おれの水着の布をちょっとばかし掴んできた。
「こ、航輝君は……………………さ、さわりたい?」
ほら見ろ! うちの嫁さんが覚醒してしまったではないか! どうしてくれるんだ本当に!
おれは咳払いをひとつする。それから長いためを作る。
「ば、バカなことを言うな。じゃあ逆に聞くが、お前は触られたいのか?」
「……………………ぁ」
レヴィアンが目を丸くしてこっちを見ている。それから目をうつむかせて、沈黙してしまう。喉がゴクリと鳴る音が聞こえ、遠くでは子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。
ダメだ。ダメだダメだダメだ! このままだとレヴィアンはどうにかなってしまう。それは避けたいので、おれはなんとか声を絞り出して話題転換をはかる。
「も、もう一回練習するか。終わったら帰り際どっかショッピングモールとか行くか?」
「……………………ぇ? あ、あああっ、う、うんっ行きたい! 私ショッピングモールでクレープ食べたいな!」
「そうか。よしじゃあそうしよう。あと晩飯もそこでなにか食べてくか」
おれが言うとレヴィアンはものすごい勢いで頭を振った。そんなに嬉しいのかよ……。
プールからあがったおれたちは、施設入り口近くのテーブルに腰掛けてアイスを食い始めた。
「一口食うか?」
「…………ぇ? えええええええええええええっ!」
そんなに驚くことだろうか。おれたちは婚約しているはずなんだが。
「そんなに気になるのか?」
「そ、そそそっそうじゃなくてねっ! 航輝君と間接キス、してもいいのかな――……って」
「お前がいやならいいが」
「ううん食べるっ! い、いただきますっ!」
おれが持っていたバニラバーを食らうレヴィアン。ホントうまそうに食うなこいつ。
レヴィアンはもぐもぐとアイスを食べる。べつに噛まなくてもいいのに噛んじゃう辺りがこいつらしいな。
「お、おいしい……」
「そりゃあおいしく作られてるからな。もう一口食べるか?」
「うんっ!」
おれのアイスがほとんどなくなってしまうが、レヴィアンの笑顔を見ていたら全部あげたくなってきた。くそ、反則だろこいつ……。
今、レヴィアンは髪を結んではいない。だから水気を含んだストレートスタイルの髪型だ。……ごほん、なんというか、おれも男だから一応言わせてもらうが、お風呂上がりとかプール上がりの女子っていいよな? いいよね? 悪い何でもねぇよ。タダの戯れ言だ。
「航輝君も! はいあーん!」
おれはレヴィアンのチョコレートアイスを食べる。やっぱうまいなここのアイスは。まったくプールあがりのアイスは最高だぜ!
「お、おいしい?」
なぜそこで上目遣いなのかわからないが、おれは「うまいぜ」と答えた。
「も、もう一口いる? 私に二口くれたから、びょ、平等な方がいいよね!?」
「いや構わんぞ。お前の分がなくなっても困るしな。それとお前の食べてるときの顔、おれは好きだぞ」
「…………~~~~~っ、航輝君ずるいんだっ! もうっ」
レヴィアンはうつむきがちにチョコレートアイスを食らう。
「よしっ、じゃあ行くか?」
「うんっ。お買い物……なに買おっかなー。アクセサリーみたいなっ!」
「よし、じゃあパワーストーン専門店にでもよるか」
おれたちはまた手を繋ぎ合って自動扉をくぐった。五月のほんの少しじめっとした空気が、おれたちの間を流れていった。
「もしやお前、こういうガヤガヤした場所苦手か?」
フードコートの一席に腰掛け、隣に座ったレヴィアンに問いかける。なぜ目の前じゃなく隣なのかとかいう無粋なことは聞かないでくれ。
レヴィアンはおれの裾を掴んで、こっちを見上げてくる。
「……う、うん、ちょっと苦手かも……ごめん、私行きたいって言ってたのに」
「よし。じゃあもうちょっと空いてるところに行くか」
おれはレヴィアンの手を取って、隅っこの方へと向かう。ふとおれは思い至って立ち止まる。
「いや、ちょっと待て。クレープ買ってからの方がいいな。荷物置いておくのも不用心だし……」
というわけでクレープ屋に向かう。レヴィアンはチョコバナナを購入。おれはイチゴミルクにした。
「ふぅ。なんか一段落ついた感じだな」
「そ、そうだね……。今日はホントにありがとねっ!」
「あのなぁ。バカかお前は。未来の夫なんだから自由に振り回してくれて構わないんだぞ」
「あはは。たしかにそうかもね。…………ねぇ、航輝君?」
「ん、なんだ?」
おれはイチゴミルクを堪能しながら聞き返す。うまいぞこれ。
「べっ、べつにたいしたことじゃないのかも知れないけどっ! こっ、航輝君ってなんでファミレスでバイトしてるのかなー、って思って」
「んあー、よく聞かれるぜ。親友に北林春彦と黒沢晴菜って言う奴がいるんだが、そいつらにも聞かれたことある。『お前なんで金持ってんのにわざわざバイトすんだよ』ってな」
「ぷっ……………………くすくす………………そんなしゃべっ、しゃべりかたなんだっ……!」
おれのものまねがツボに入ったらしい。思わず俺まで笑っちまう。
「まぁ似てると思うぞ。あいつらを一番に観察してるのはおれじゃないかってくらいだからな!」
「もしかしておんなじクラスの人なの?」
「そうだな」
「へー、じゃあ頭いいんだ! すごいなぁ……!」
「んで、なんだっけ? あぁそうそう。おれのバイトの話か。理由はひとつだな。まぁ社会経験って奴だ」
「はへー、航輝君偉いなぁ」
そうでもねーよ、とおれが答えると、そうだっ、といってレヴィアンがクレープを差し出してくる。
「航輝君、わ、私の食べかけだけど、その…………いる!? いいいいやだったらいいんだけど!?」
「あ、あぁ。じゃあもらうとする」
おれはチョコバナナクレープを食らう。うまいぞこれ。
「おれのもやるよ」
「わーい! んっ、おいしーねっ!」
「……」
ほっぺについたクリームをぬぐうレヴィアンは天使のようだった。やべぇ、まじでやべぇ。心臓が痛いくらいに鳴ってやがる。前までこんなことなかったのにな。
「航輝君イチゴ好きなの?」
「んー、まぁ成り行きで選んだ」
「そ、そうなんだっ! けっ、けどっ、そういうことってよくあるよねっ!? 私も文房具とかけっこうなんとなくで選んじゃうタイプだし……」
あはは、とレヴィアンは笑う。
それから二人して駄弁ってから、ショッピングモールを回った。
ったく胸焼けするくらい楽しいぜ。
「どれがいい?」
「うーん、悩むなぁ。けどっ、航輝君と同じ奴がいいなっ!」
店内をとりあえず物色する。石屋である。パワーストーン専門店だな。ブレスレットとか指輪とかストラップとか、とにかく色んな石を使ったアクセサリーを販売しているところだ。もちろん水晶とか、ターコイズとか、石単体で売ってるものもある。
「へーけっこう種類あるんだな。どれも同じかと思ってたぜ」
「航輝君さすがにそれは……」
すげーな。原石まで売ってるぜ。こっちのやたらキラキラした奴は、いわゆる人工石って奴か。わんさかちっちゃな石がお椀に盛られてるのは『すくいどり』って奴か。
「ね、ねぇ航輝君!? これとかどうかなっ!? 恋愛成就にいいんだって!」
レヴィアンが持ってきたのはピンク色の石でできたブレスレットだ。石の名前はローズクォーツ。恋愛とか親愛とか、そういう方面に御利益があるとかなんとか。
「お、おう。じゃあおれもそれにしようか」
レヴィアンは幸せそうに目を細めてうなずく。お前天使かよ……。
「すみませんこれください。あれ、店員さんがいねーな。どこ行ったんだ?」
「お嬢ちゃん、何年生? どこの国の人なの?」
「え、ええっと……」
また例によって例のごとく捕まっていた。もう何度目になるんだろうなこんなやり取りするの。まぁ聞かれるのはしょうがないか。
「こ、こうきく~ん!」
おれはレヴィアンに呼ばれる。ったくやれやれだな。まぁこんなやりとりもなんどもしたから慣れてるんだが。おれはすぐさま店員の方に駆けよった。
ご飯を食べ終わったあと、おれたちは電車に乗って藤沢駅まで戻ってきた。
「こ、航輝君に荷物持たせちゃって、ごめんね」
「んあ。まぁこんくらいどうってこたぁねーよ。いつもお前には感謝してるからな。弁当作ってくれるし」
えへ、えへへへへと照れるレヴィアン。もう見慣れた光景なはずなのになんでか知らないがおれの胸は高鳴っている。こいつマジで可愛い。
「た、ただいま~!! って誰もいないよね!? あはははははは!!」
どこに笑う要素があるんだろうか。まぁレヴィアンの思考回路をおれが読み切るのは不可能だ。
「荷物ここ置いておくぞ」
「ああ! うん! そこに置いといてっ!」
おれたちはきっちりと手を洗い、うがいをしたあとリビングへと戻った。
「つかれたねー」
「ほんとだな。なんか飲むか?」
「うんっ! わっ、私コーラ飲みたい!」
珍しいこともあるもんだ。ふだんレヴィアンはオレンジジュースかココアを飲んでいるのだが、今日はコーラと来たか。
「はいよ」
「うわー、航輝君が入れてくれたコーラだ!」
「ふつうのコーラじゃねーか」
おれは苦笑を浮かべつつ、コーラに口をつける。うんまいなぁ。マジでこの一時が幸せすぎる。
しばらくしてから、おれは窓際に寄った。今日はずいぶんと星がきれいだ。窓を開けると涼やかな風がカーテンを押しのけてふわりと入ってくる。夏がやってくる気配……とまではいかないが、それでも季節感のある風だ。
「気持ちいいねっ!」
レヴィアンが目を閉じて言う。なんでだろうな、この空間はたかがマンションの一室であるはずなのにどうしてか草原に思えてしまう。これでレヴィアンが真っ白なワンピースでも着ていれば感動的な光景だろう。
「そうだな。こっち来るか?」
ベランダに繋がる窓は大きい。だから腰掛けるスペースもかなりデカい。二人くらいなら余裕で座れるだろう。
レヴィアンはペンギンのような走り方でこちらに向かってくる。
「よいしょ。……こ、航輝君の隣だ! 嬉しい!」
「いつも隣じゃねーか」
思い返せば色んなことがあった。そしてこれからもあるのだろう。公園で出くわした外国人女子高生が実は許嫁だったんだから、世の中よくわからんもんだ。
本当はとっとと追い出すつもりだった。だが今はそんなことまったく考えてない。おれは恋愛なんかしたことないが、こういう関係性もアリなんじゃないかと思える。というか恋愛要素をすっ飛ばした婚約だからこそ、面白みがあって、楽しさがある。
素直に思える。おれの相手がこいつでよかったと。
「こ、航輝君なに考えてんの?」
「……んや、まぁ色々とな。今度の模擬試験大丈夫かなとか」
まぁもちろん嘘だ。
「そそそ、そうだよねっ! 私なんかと違って航輝君勉強大事だもんねっ!」
おれはレヴィアンの頭を軽くチョップする。
「いたっ! ンもう航輝君なにするのっ!」
「いいか! お前だって勉強は大事なんだぞ。たしかにできないことの方が多い気はするが、いずれ頑張ればできるようになる。時間があるときだったらきっちりと見てやるよ」
夜空には星が散りばめられている。こんなきれいに見えるときが他にあっただろうか。風がいっそう強く吹いてレヴィアンの前髪を持ち上げた。彼女はくすぐったそうに横髪を掻き上げてくすりと笑った。ちょっと大人びて見えてしまったのが不思議だ。
「くすっ…………うんっ。航輝君に教えてもらうの、すんごい好きだから。もっと色んなこと教えて欲しいなっ!」
うぐっ。おれは息も言葉も詰まってしまう。正直反則だと思うぜレヴィアン。そしてその笑顔をおれ以外に向けて欲しくないなとも思ってしまう。
そう思ってしまうこと自体、なにも悪いことじゃないんだろうな。
「ねぇ航輝君?」
「ん、なんだ?」
おれが問い返すと、レヴィアンは顔を真っ赤にして首を振った。
「や、やややややっぱなんでもないっ! 心の準備ができてないからっ! そのっ、いつかっ! じゃなかった! き、きききき機会が来たら話すからっ!」
レヴィアンはあたふたと早口に言った。
「お、おう。そうか。じゃあ今度聞かせてくれよ」
おれもそんなに鈍い方じゃない。けどおれからむりやり聞くのもなんか悪い気がする。
――それにもしかしたらおれの方から先に言う時が、今後来るかも知れない。
「わ、私トイレ行ってくるねっ!」
こうして楽しい夜の一時は幕を閉じた。
翌日のことだ。おれたちは約束通りカラオケに行くことになったのだが、その途中でとある二人組と遭遇した。春彦と晴菜、通称ハルハルコンビ。
「お、航輝じゃん! それと……あぁ、君が噂のレヴィアンちゃんだっけ? こんにちは」
「こ、こんにちは……!」
「……うおおお、なんというかわいさ! 私にはない輝きがそこにはあるねぇ……」
「なに言ってんだお前……」
レヴィアンは言われたことが相当嬉しかったのか、おれの裾を引っ張って照れている。唇をもごもごさせているが、その動きからして「ありがと」と言っているのだろう。
晴菜がレヴィアンの手を取って微笑みを向けた。レヴィアンは肩をびくつかせてこわごわと晴菜を見つめる。
「ひゃっ…………! あのっ、私………………その、………………あぅ………………えと」
「レヴィアン会話がけっこう苦手なんだよ」
「へー、そうなんだ! あぁべつに気にしなくてもいいと思うよっ! そういう子もたくさんいるし、レヴィアンちゃんはむしろそこが可愛いところあるからねっ!」
もう打ち解けようとしてるぜこいつ……。まぁ女子ってそんなものなのかも知れない。
レヴィアンは口をパクパクさせていたが、やがて意を決したように、
「お、お名前を、お、教えてください……」
「あっそっかそっかー。私は黒沢晴菜、んでこっちが北林春彦君。部活はサッカー部ね。私はそのマネージャーやってるんだぁ。よろしくねっレヴィアンちゃん?」
「よ、よろしくっ」
声を引き攣らせながらもレヴィアンは答える。晴菜はとろけそうな笑みをレヴィアンに向けている。おい……なんかヤバいおっさんみたいな顔してるぞお前。
「二人はどこに向かう予定なんだい?」
ちなみに今いる場所は駅前の広場である。
「ん、まぁカラオケに行こうと思ってな」
「へーカラオケかー。あっ、私たちこれから部活の買い出しなんだよねー。……ねっ、レヴィアンちゃんなに歌うの?」
「ひ、ひひっっひひひひひっひっひひっひっひひひひみつですっ!」
なんか文字列にするとすごいことになってる気がする。
「そっかー。秘密かー」
「おい晴菜。あんまりレヴィアンちゃん困らせるなよ。あと、割と時間押してるぞ」
「んーそうだったねー。じゃあねーレヴィアンちゃんと彼氏さんっ! 幸せにするんだよー? そいじゃっ!」
春彦と晴菜が寄り添い合いながらまた向こうに消えていってしまう。あいつらホント仲よさそうに見えるな。
「こ、個性的な人たちだねっ!」
レヴィアンがやたらと高いテンションで言う。
「そうか?」
俺は首を傾げつつ応えた。少なくともそうは思えないんだが……。っていうか一番個性強いのお前だと思うぞレヴィアン……。
おれたちはカラオケに向かった。
カラオケルームに来るのはレヴィアンはもちろん初めてだが、彼女が最初に目をつけたのはコスプレ衣装だった。
「こ、こすぷれしてもいいっ!?」
「お、おう。べつに構わないぞ。だけどお前なに着るんだ」
レヴィアンがわくわくしながら衣装のところに駆けよっていく。サンタクロース、メイド服など多種多様な衣服が揃っている。
レヴィアンがまっ先に手にしたのは、なんと驚き黒いスーツだった。っていうかそれ男性用じゃないのか? 男性用って言うか、サイズ的に男子用と言ったところか。
「これ着たいなっ!」
レヴィアンがぴょんぴょん跳びはねながら猛アピールしてくる。お前ウサギかよ……。というツッコミを飲み下して、店員さんに一応確認を取る。
「あのすみません。あのコスチューム借りてもいいですか?」
「ええ構いませんとも。ごゆっくりー」
たいへん事務的な方である。レヴィアンの姿を見て驚かないとは相当な強メンタルである。
「着替え場所は……どこがいいか? トイレか?」
「ねぇ航輝君これ着たいッ! 着たい着たい着たいっ! 早く早くっ!」
「あーちょっと待ってろ。すんません。もう一つ聞いていいですか。これってどこで着ればいいんですかね」
ドリンクを持った店員さんがサバサバとした口調で言う。
「んあ、着替えならあそこに更衣室があるからそこでお願いしやす」
「……どうも。おいレヴィアン、あそこの更衣室で着替えてこいだとよ」
「うんっ! 行ってくるっ! わーいスーツスーツ!」
なんでスーツなんだろうか。もしかしたらイケメン執事に変身したいという欲求でもあるのかも知れない。レヴィアンの意外な一面を見てしまったかもな。
五分くらいしても更衣室から出てこないので、おれは外から呼びかけてみた。
「おーいレヴィアン? へーきか!?」
「………………………………うぅ、ぐすっ、…………………………き、くん…………」
レヴィアンは弱々しく扉を開け、おれを上目遣いに見てきた。
「着方わからない……」
あぁ。そうか。おれも失念していたぜ。っていうか男物の衣装選んだ時点で気づいてあげるべきだっただろう。
さすがにおれが女子更衣室に入るわけにもいかんので、どうしたものかとしばらく考えてからこう提案した。……いや、この提案しか残されていないよな。
「部屋で着替えるか」
「~~~~~~~~っ!!」
レヴィアンが全身を真っ赤にして直立している。ヤバい。これはおれの理性が吹き飛ぶ場面だ。
レヴィアンは下着姿である。こいつきれいな肌してるな。純白のブラジャーと純白のショーツ。麗しくもみずみずしい肌におれはとてつもない罪悪感に襲われる。見てもいいのかこれ。
おれは軽く目を逸らした。やっぱ耐えきれない。
「しゃ、しゃつは着られる……。ご、ごめん、私知らなかったのっ! ボタン反対だったなんてっ!?」
レヴィアンはびくびくしながら言う。肩が分かりやすく震えている。
「ず、ズボンも穿けるよな……?」
「で、できない……。こ、航輝君教えて……?」
首をこちらに向けて涙目で哀願してくるレヴィアンはきっと世界一可愛い生き物だ。
「いいか、まず片っぽ足を上げて、その穴の空いたところに通す。って違う違う! お前それじゃ反対だ!」
「えぇッ!? どっちが前なのかわかんないよぅ……!」
消え入りそうな声で言う。わ、わからないのか。それは悪かった。おれの説明の仕方が悪かった。男物のズボンだと女子は前後ろわからないものなのか……。
「んとな、チャックが付いてる方が前だ。それでなにもついてない方が後ろ」
「へ~そうなんだぁ!」
レヴィアンは感動した瞳でズボンを見ている。そこ感動するところじゃないぞ。
「…………ふぅ。ようやくズボン穿けたな」
「て、手間取らせちゃってごめんねっ!? 貴重な時間なのに……!」
「べつに貴重じゃないぞ。むしろレヴィアンが知らないことを知ることができたんだから、貴重な時間なんじゃないのか?」
「っ! そ、そうだよねっ! これは有意義なんだよねっ!」
いちいちそこ確認いるのだろうか……。
さて、問題が起こった。スーツを着せるときに、一番難しいところは何かと問われたら、それはもちろんネクタイだろう。いやべつにしなくてもいいのかも知れないが、今後カラオケに行ったときにこの衣装着たいと言い出すかも知れないので、一応教えておくことにした。
だが、ここが重要なのだが、ネクタイの締め方教えてやろうとするとどうしても至近距離にならざるをえない。
おれがひととおり巻き方を教えてやる。レヴィアンはぷしゅうと湯気を出してしまう。まぁこれは男のおれでも最初はそうだったところだ。
なので手順ごとにゆっくり教えることにしてやる。おれはレヴィアンの前にしゃがみ込んだ。
「こ、こう?」
「もうちょっと手前長くていいかな」
「ここここここここうかなっ!? どど、どう………………?」
レヴィアンは顔を真っ赤にしている。おれだって赤くなってる。もうほとんどキスの手前まで近付いてるからな。
やばい。ヤバいヤバいヤバい! 心臓がバクバクいっている。いずれほっといたら爆発するんじゃないのか? いやさすがにしないか? いやでもレヴィアンだからしてしまうかもしれない。
五十分後、すべてが完了した。着物の着付け教室でもここまで掛からないかも知れない。いや知らんけど。
「……………………」
レヴィアンは小さくなって部屋の隅に座っている。おいべつにそこに座らなくてもいいんだぞ。
それから、すっとこちらに瞳を向けてきた。かすかに水の膜が張っているように見える。
「ど、どお?」
「い、いや、すげーにあってるぞ、マジで」
本当に人形のようだった。アップにした髪を下ろしており、どこかの国の王子様とでも言われれば疑わないかも知れない。照れ屋の王子様。……マジで一定数以上の需要がありそうで怖い。
「は、はずかしいよぉ…………!」
レヴィアン、お前それ自分で選んだんだぞ? けど完全に見とれてしまっているおれがいる。
「う、歌うか?」
「う、うんっ歌うっ!」
まずはおれから最新の曲を歌い、レヴィアンが某有名バンドグループの歌を歌う。音程が合っているというわけでもないのだが、その声を聞いていると本当にどこか安心してしまう。可愛い女の子が一生懸命に歌っているという感じがする。……って実際その通りなのだが。
「……ふぅ………………ふぅ…………………………ありがとうございましたーーーっ!!」
誰に向かって言ってるんだお前……。けどレヴィアンは自分の世界に楽しく浸っているようなので、おれも微笑ましく見守っていた。
夕方である。
「わー、楽しかったねっ!」
レヴィアンは上機嫌だ。周りの人たちがみんなこっちを見ているのだが、レヴィアンは気にした様子を見せない。本当に楽しかったんだろう。
「また来ような」
「うんっ」
おれは定型文を口にする。また、いくらでも来られるだろう。
しっかし時間が中途半端だな。
「もうちょっと遊んでいくか? おれも久々に行く場所なんだが、お前にあうかどうかはわからないぞ」
「行きたいっ!」
「即答だな……、まだどんな場所かも言ってないんだぞ」
「航輝君が連れてってくれる場所ならどこにでも行きたいなっ!」
無邪気に言いやがるなこいつ……。けどおれが提案したことだ。きっちり連れてってやろうじゃないか。
「よしっ、じゃあゲーセン行くぞ!」
とまぁおれはさっきのテンションを反省することになる。なにもゲーセン来るくらいでこんな興奮することないだろうに。けどぶっちゃけ楽しみだな!!
「す、すごいねここ……!!」
レヴィアンは呆気にとられている。ぼけーっと口を開いて、光り輝く空間に飲み込まれそうになっている。ふふ、そうだろう。……くそ! どうやらおれの方がテンションが上がってるらしいな。
「お菓子がいっぱいある……! ふわぁああああ!」
クレーンゲームの筐体に興味を示したらしい。レヴィアンは物珍しそうにそれらを眺めている。まるでトランペットをガラス越しに眺める少年のようだ。
たしかに外国人には珍しいかもな。いやレヴィアンは日本国籍なんだけども、初めて見る分には驚きいっぱいだろう。
「ほお。レヴィアンそいつは当たりの箱だな!」
「あ、当たりってなに?」
「クレーンゲームには取りやすいものと取りにくいものがあるんだ。これは比較的親切設計だけどな。だがそこに箱のお菓子がタワーで積んであるだろ? そいつをよく見てみろ」
「……よく、わかんないよぅ」
レヴィアンが小首を傾げる。ふふ、まぁそうだろうよ。
「そうか。そのタワーの底面を見てみろ。巧妙にテープが貼ってあることがわかるだろう」
「あっ、ほんとだ……! けど、これっていいの!? と、とれないじゃん!」
「んまぁどこのゲーセンも似たようなもんだ。とりやすいところにある奴は実は取りにくかったりする。だからなるべく端っこにあるお菓子を狙うんだ」
「や、やってみたいっ!」
レヴィアンは飛び跳ねる勢いでおれにせがんでくる。よし、とおれはうなずいて百円玉を渡す。五百円で六ゲームできるタイプだが、手始めに一回だ。
まぁ結果から言うと取れなかった。さすがに最初はむりだろうな。
「く、く、悔しいよ~~~~~~~~っ!」
レヴィアンは頭を抱えて、目を鳥の足みたいにして叫ぶ。そこまで悔しがる奴初めて見たぞ。っていうか店員さんがこっち気にしちゃってるし。
ったくしょうがないな! おれは若干鼻の穴を膨らませて百円玉を用意する。
「どれ、おれが手本を見せてやる」
おれは鼻息荒く筐体へと近付く。まぁ自信があるわけじゃないが、レヴィアンにかっこいいとこ見せたいからな!
結果は……取れなかった。あれおかしいぞ!? どうなってんだこれ!
「……よ、よかった! 航輝君も仲間だねっ!」
くっ!? 屈辱! レヴィアンが今日一番の笑顔を向けてくる。なんでこれが今日一番なんだ!
「くそっ! じゃあこうしよう! 交互に一回ずつやって、先に取れた方が勝ちってのはどうだ!? ここはひとつ勝負と行こうじゃないか!」
「へ、へぇ、いいよっ! 航輝君、負けないからねっ!」
レヴィアンが袖をまくってふんすかふんすか言いながらお金を投入する。ガラス板には真剣そのものの表情を浮かべたレヴィアンの顔が映し出されている。
ま、まさか負けたりしないよな!? だとしたらものすごくショックを受けるぞ!? ま、まぁ相手がレヴィアンだからそれはないだろうから、ちょっとは手加減してやろうじゃないか!
おれは店内に流れるBGMをどこか遠いところで聞きながら、レヴィアンのその輝くような笑顔を眺めていた。
六回目のレヴィアンの操作。ついにそのときが来た。いやおれたち下手すぎないか……?
「おっ、行けそうじゃないかっ!」
すでにボタンを押し終わったレヴィアンは、祈るように手を合わせている。クレーンがお菓子を引っかけて移動し、やがてぼとりと落ちた。
「つ、ついにやったよ航輝君っ! 私お菓子ゲットしたよっ!」
けっこう割とガチ目におれは落胆していた。あれおれこんなに下手だったっけ!? あの、あのレヴィアンに負けるなんて! これは今夜眠れないかも知れん!
「ふっふ~ん! 航輝君? 私の勝ちだからねっ!」
手を腰に当ててふんぞり返るレヴィアン。おれは敗者の弁も思いつかない。くそ!
「いや……マジで負けたぜ。お前才能あるんじゃないか?」
「さ、才能……!? あるのかな? そそそそそそれって! 私も努力すれば一流のクレーンゲーマーになれるってことかなっ!? ようしっ、明日から毎日イメージトレーニングしよーっとっ! クレーンゲーム世界チャンピオン目指しちゃうもんねっ!」
「いや、待て!? さすがにそれはむりだぞ!」
「えっそうなの!?」
お前マジだったのか……。いや今のはおれにも責任があるな。
ひとまずクレーンゲームから離れて辺りを物色することにした。いや物色っていう言い方もおかしいが、なにかべつのゲームをしたい。できればレヴィアンが楽しめそうな者がいいな。
クレーンゲームをどうやら彼女は楽しんでくれたらしい。おれは素直によかったと思った。
「あああああああれ入ってみたいなっ! あの写真撮る箱のやつ!」
レヴィアンがおれの手を引っ張ってゲーセンの奥へと向かっていく。へぇプリクラか。レヴィアンから撮りたいなんて言うなんて珍しいこともあるもんだぜ。
「プリクラ、ねぇ。お前やり方わかるか?」
「あれだよねっ! シュウショクカツドウ? とかに使う写真撮る奴だよねっ! えへへー、私物知りなのですっ! もしかしたら航輝君知らなかった~~?」
偉そうにふんぞり返ってるところ悪いがそれは証明写真だ……。お前は盛大な勘違いをしているっ!
「レヴィアンお前それは違うぞ」
「えっそうなの!?」
さっきとまったく違う反応を示すレヴィアン。
「レヴィアン、あれはプリクラって言ってな。まぁ要はカップルとかで写真を撮る装置……っていったらいいのか。まぁとにかく就職用の写真を撮る奴ではないぞ」
「そ、そうなんだぁ。ほ、本気で恥ずかしいよ………………ぅ」
レヴィアンは分かりやすく落ち込んでいる。そんなことで落ち込むな……。
「よしじゃあ入ってみるか!」
「うんっ!」
おれたちは二人揃って箱の中に入っていく。中はこれほどまでに明るいのか。まるでモデルさんが写真撮影される場所みたいだぜ……と思ったが、ここは写真撮影される場所だったな!
合図とともに、おれたちはそれぞれポーズを取る。あれだな、ちょっと恥ずかしい奴だな。
「……ふぅ、決まったねっ!」
「お前どんなポーズ取ったんだ?」
「ななななないしょに決まってるじゃんっ! こ、航輝君には見せられないくらい恥ずかしいポーズ取っちゃったんだからっ!」
……。この子はマジで言ってるのだろうか。いやこいつの目を見る限りマジで言ってる。
「ってしまったああああああああああああっ!! 写真航輝君にも見られることすっかり忘れてたっ!! ああっ、どうしようっ! ああああああっ! 航輝君にっ! 航輝君に私の恥ずかしいところが見られちゃう!!」
この世の終わりみたいな反応をするレヴィアン。すぐに写真加工の時間に移るため、あーあ、レヴィアンが取ったポーズが明らかになる。
どうやらレヴィアンの空想の中では、バラかなにかを咥えているらしい。そして片手で銃の形を作っている。あくまで実際に持っているわけじゃないが、お前もしかしてこういう男の人が好きなのか?
「は、はははっは、はずかしい~~~~~~ッ!!」
「はは! レヴィアンお前そういう趣味あったんだなっ! 何か意外だぜ!」
「………………うぅ! 航輝君学校で言いふらさないでね……!?」
「さて、どうだかな」
「ほんとやめてねっ! お願いだからやめてねっ! やったらもう航輝君と口きいたげないからねっ!」
「……お、おう。さすがにマジで言うつもりはねーよ」
顔を真っ青にしているレヴィアンが必死におれに釘を刺してくる。どうやらガチでばらされたくないらしい。じゃあなんでこんなポーズ取っちまったんだとか思っちまうが、レヴィアンは自分の世界に入り込むと周りが見えなくなってしまうのだろう。
「おっ、けどお前以外と似合ってんじゃん! もしかしたらそれっぽく加工することもできるんじゃねーの?」
「ほ、ほんとにっ!? わーい!」
どこまで行っても単純な奴だなこいつ……。いや悪い意味じゃなくて、そこがレヴィアンのいいところでもある。
とりあえずレヴィアンのまつげを長くしておく。おお、美男子だぜ。まぁレヴィアンは女の子なんだが、容貌がちょっと男の子に見えなくもないところがあるからな。
「こ、航輝君、写真写りいいね……っ! めちゃくちゃかっこいいっ! わ、私この写真部屋に飾っておきたいなっ! 毎日眺めたいっ!」
難しい提案だな……。プリクラってシールで出てくるので飾るってことは難しい。いやなにかに貼ればいいのか? いかんせん友達とプリクラなんて撮ったことないからな。ふつうの男子高校生だったらそんなもんだろうよ。
「まぁ家のどこか適当なところにでも貼るか」
「うんっ! 航輝君との思い出だねっ!」
レヴィアンは拳を胸の前に持ってきて嬉しそうに言う。おれもそれに苦笑しながらうなずくのであった。
家に帰ると郵便受けにとんでもないものが入っていた。
「んだ、これ?」
おれは首を傾げつつそれを見る。手紙か? いやだとしたら誰からだ? おれは手紙なんかもらうタイプの人間じゃないし、そもそも今時手紙のやり取りしてる奴なんて少ないだろう。
じゃあ役所からの通知か? それとも嫌がらせか? ま、まさか! レヴィアンのストーカーからとかじゃないよな!?
「な、なにかあったの?」
「いや? わからん」
おれは封筒をビリビリ破いて中身を確かめる。すると中には二枚のチケットが入っていた。
「ホテルの無料招待券…………だと?」
いや瞬時に察したぜ。この届け人が誰なのか。おそらく親父だろう。いやまぁ親父が直接入れたわけじゃないだろうが、間違いなく親父の意図だ。おれの直観がそう告げている。
場所は意外と近い。箱根? 箱根ってあの箱根だよな。神奈川県の西の方にある、温泉で有名な場所だ。藤沢からだとちょうど小田急に乗っていける場所だな。
「わ、私も見たいなっ!」
レヴィアンにそれを手渡す。だがよくよく考えたらレヴィアンは文字を読むのがものすごく苦手なのだ。
「読めるか?」
「むりょう………………しょーたいむ……………………???」
読めなかったようだ。
「それはな。ホテルの割引券だ。多分親父の差し金だと思うぞ」
「ど、どうしてこんなものが入ってるのかなっ?」
「さぁな。大方二人きりで旅行にでも行ってこいってことじゃねーの?」
確証はない。まぁ問い合わせて確かめてみることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます