第2話 スーパーの特売日だよこうきくんっ!

 翌日。

 おれたちは二人並んで街を歩いていた。もちろん登校するためである。

 おれらが通う(レヴィアンは通うことになる)高校は藤沢岡崎高校という。偏差値は校内でもばらつきはあるが、特進コースのレベルは高く、某国立大学への合格者もほぼ毎年出ている。

 まぁだからおれらは期待されているというわけだ。だからといって先生が優しかったりするわけじゃないんだが。


「あのさ、おれ昨日考えたんだが」


 おれはレヴィアンの隣を歩いている。勘違いしないで欲しいのだが手は繋いでいない。


「やっぱり婚約しているということは学校内では言わないようにしよう。お互いにその方が人付き合いがうまくいく。まさか同じ学校内で夫婦が存在してるともなれば、それなりの注目の的になっちまうからな。できればその方がいいだろ」

「そ、そうだねっ! うんわかったよ。私黙ってることにするっ!」

「いいか、おれらの設定はあくまでも付き合っている者同士――つまりカップルだ。これで押し通そう」

「かかかか彼女なのっ!? わわわわ私なんか彼女って言ってもらっていいのっ!?」

「おれら婚約者同士なんだが……」


 こいつの喜ぶところはいまいちわからん。カップルよりも夫婦の方が関係性が発展しているように聞こえるだろうに……。

 おれがちらりとレヴィアンの方を見ると、どうやら彼女は緊張しているらしかった。表情がダイヤモンドのように硬い。そりゃそうかー。今日から新しい学校生活が始まるんだもんな。


「なんだー? 表情がこわばってるぞ?」

「え? あははっ、そうかな。……うん、そうかも。ちょっと怖いかな」

 むりもない。異国の地なのだから。

「よしっ、おれがクラスまでついて行ってやろうか?」

「ぇええっ! いいの、そんなっ! うぅ、でもついてきて欲しいなっ! ごめんね、私航輝君に迷惑掛けてるな」

「まぁ迷惑だとは思わん。ただ同学年の別クラスまで行くだけだからな」

「そっ、それもそうだね……! なはは……」


 彼女は力無く笑う。本当に大丈夫かよ……。



 レヴィアンのクラスは二年五組だ。予め担任からこのクラスだと連絡があったらしい。

 舗装路を歩いているときも感じていたが、やはりというか視線を浴びる。特にレヴィアンがな。そりゃあこんだけの金髪外国人美少女が学校内を歩いているとなると「なにあれ」となるだろう。

 まぁ気にしないことにしよう。レヴィアンは歩くごとに真っ赤になっていたが、おれが肩を叩いてやるたびに安堵の表情を浮かべた。


「ね、ねぇ、私本当にクラスになじめるかな? どうにも自信なくって」

「心配すんな。お前が昨日言っていたことを思い出せ」

「昨日言ってたこと……ってなんだっけ? えへへごめん、緊張で頭真っ白だ……!」

「ったく、お前おれに自己紹介したときになんと言った? たしか音楽とゲーム実況が好きって言ってただろう。あれをクラスメイトに伝えるだけでいいんだ。そうすればお前なら平気だろう。多分な」

「た、多分なのぉ……!!」

「まぁすまんが保証はできないな」


 不安なのはおれも同じである。頑張れよなんて言ったところで気休めにもならないだろう。


「さぁ、行ってこい」

「う、うん……」


 クラスの中にレヴィアンが入っていく。おれはそれを見送る。すぐにおれは自分のクラスに行こうとしたが、まぁちょっとは様子を見ることにしよう。


「わー、ねぇねぇ! もしかしてうちのクラスなのー!? その髪の毛すっごいきれいだねー!? えっとぉ、外国人?」

「う、うんそう。私アメリカとイギリスのハーフなの。よよよよよろしくお願いしますっ! いいいいいいいいいじめないでくださいっ!」

「あははっ、なーに、すっごく可愛い子じゃん。……ねぇねぇ、もしかして今の男の人ってまさか彼氏? へーやっぱそうなんだ、すっごいイケメンじゃん! しかも制服の校章見る限り特進コースの人だったしー」

「まぁまぁさつきちゃん。その辺にしといてさー。お名前聞いてもいい?」

「えええええっと、……………………れ、レヴィアンっていいますっ!!」

「へえレヴィアンちゃんかー。可愛い名前だなー。顔も体も可愛いし、こりゃ私の指先テクニックの真価が問われるときが来ましたなぁ」

「ふぇっ!? ちょちょ、ダメだって!」

「んふふ、私も混ぜてよー。ほらほら~」


 くすぐりごっこが始まった。……いやあの、おれが知らないだけで女子ってこんな感じで友達作るのか? まぁ男にはよくわからない世界があると言うことか。

 レヴィアンがひたすら悶えている。なんだこの絵面は……! おれはいたたまれなくなってすぐさま退散することにした。

 ひとまず安心できそうだなと思った。あんな感じなら、まぁすぐに友達できるんじゃないか。


「やれやれ……世話の焼ける」


 おれはスクールバッグを肩にかけ直して、自分の教室へと向かうのだった。



「やぁ航輝。今朝のことはどういうことかな? まさかお前に彼女がいたなんて聞いてないぞ?」

「茶化すな……。やっぱりお前らの耳にも届いてたか……」

「あははっ、なんだ航輝君彼女いたんだーっ! しかもあれじゃん! めっちゃ西洋風!」

「……いや西洋風って言うか、実際に西洋人なんだがな……」


 レヴィアンはおれの嫁になるために日本に来た。もちろんそれまでに色んな苦悩があっただろう。日本語をわざわざ覚えたり、料理を覚えたり……。よくよく考えれば、見ず知らずの相手のためによくそこまで努力できるよな。


「すごいよねー、いつ知り合ったの? っていうかあの子何人なのー?」

「うるさいぞ。お前らに話すことなんてなに一つない」

「えーいーじゃ~ん! ちょっとくらい教えてよ!」

「まぁ、アメリカとイギリスのハーフだそうだ」


 言っちまった……。まぁでも後悔してもしょうがない。

 おれは慌てて取り繕うことにした。レヴィアンとの関係性を他の奴らに探られるのはおれとしても気持ちのいいもんじゃないからな。


「……あ、まぁいやそのだな! あれだ! お前らに話すのは結構長くなる……というか、案外彼女も訳ありなんだ!」

「ふ~ん、もしかして家出少女的な? あっ、もしかしてどこかの国のお姫様とかでこっそり日本に逃げてきたんだけど、それを航輝君がかくまってる的な!? なにそれロマンチックー!」

「違う。断じて違う。お前の頭はメルヘンチックだな、ったく」

「あはははっ、でも訳ありの彼女ってなんかいいよなぁ。お互いに秘密を共有し合っているけど、周りは知らないってことだろ?」

「ほう。さすがは春彦だな。察しがよくて助かるぜ」

「ねーねー、その子何組なん? あたしも会ってみたい! っていうか話してみたい!」

「やめとけ……。あの子けっこうシャイというか、繊細という部分があるからな。お前みたいな陽キャ女子とだと、萎縮してあとでたいへんなことになる」

「ふへー、そういう感じの子なんだねー。あれだねー、面倒見の良さそうな航輝君にぴったりの彼女さんだねー」

「おれはそんなに面倒見のいい方か?」


 正直、そんなことはないと思っている。まぁ周りから言われることはよくあるが。


「えーそうだよー。航輝君けっこう幼稚園児とも一緒に遊んでそうな感じするしー。近所の頼れるお兄さん的な感じはするよねー」

「それわかるなぁ。アメ配るだけで百人は集まりそうだな」

「わかるなよ……。まぁなんだ、とにかくあんましあいつにちょっかい掛けるな。これは彼氏としての忠告だ。わかったか」

「お~、彼女さんを守ろうとする航輝君もかっこいい!」

「航輝は無愛想に見えて、以外と無自覚に女を惚れさせるタイプだよな」

「ほっとけ」


 おれは頬杖を突きながら、ふと窓の方を見た。青い空が広がっている。いやべつにそれ以外に意味はない。

 許嫁、か。まぁこの言葉の意味には、それ以上もそれ以下もないんだろう。

 ただ一緒に暮らすだけ。

 おれはあいつと一生を共にするのか……。なんかいきなりすぎて実感がマジで湧かん。っていうか親父連絡しろよな! そして顔合わせくらいさせろ! こっちにも準備ってモンが必要だろうが!


「航輝、空になんか浮かんでるのかい?」

「あん? そうだな、夢と希望と明日に向かう風かな」

「うわー、けっこーそれ痛いわー」

「航輝って詩のセンスは皆無だな」

「だからほっとけっての。空見てなにが浮かんでるとかいう質問自体が狂ってんだよ」


 おれはため息をつく。まぁこいつらに釘を刺せておけただけでもこの会話に意味があったんだろうとは思う。



「うっわ、すっごー!!」


 おれが弁当箱を開いたときの晴菜の感想である。


「彼女さんに作ってもらったの?」

「ま、まぁ」


 おれだって驚いている。

 ちなみにラインナップは、タコさんウィンナーとチーズ春巻き、それから卵焼きとほうれん草のおひたしである。あともちろんご飯もな。……ってだいぶ和食でビックリした。

 っていうか弁当のご飯なのに、なんでこんなふわふわつやつやなのだろう。おかしくないか? もはやあいつの弁当物理法則無視しているのでは……?


「おいしそー。いーなー」


 晴菜がヨダレを垂らしている。それを見とがめたのか春彦が口を開いた。


「お前のじゃないからな」

「ちーっ、わーってますよー。ただすっごいおいしそーだなーって思っただけだって!」


 春彦が気を遣ってくれたことはよくわかった。まぁ彼女からの弁当を他の奴に食わすのはどうなんだと言いたいわけだ。

 おれは悩む。べつにおれ一人で食っても構わないが、せっかくだし晴菜たちにあげようか? しかしそれもなんだかレヴィアンに申し訳ない気がするな。


「よしわかった。お前らにもちょっとだけ分けてやる。あとでレヴィアンにも分けたことを伝えておくから」

「へー、彼女さんレヴィアンって言うんだー」

「う、まぁな。でどうなんだ、食べるのか食べないのか」

「食べる食べる!」

「いいのか航輝。彼女さんに作ってもらったものをおれたちがもらっちゃって」

「まぁ構わんだろ。おれとしては、正直こいつの料理の腕前をお前らに自慢したいくらいなんだ」

「うわ、彼氏さんでれたね?」

「で、でれてはない!」

「ははっ、じゃあおれらもいただくとするか!」


 ばくばくと食うこいつらの顔を見ながら、おれは若干の期待と不安を抱く。なんか感想聞くの怖いな。評価されるのはレヴィアンのはずなのに、なんかおれが評価されてる気分になる。


「うんまっ!!」

「すごいな、お前の彼女。レストランでも開けるんじゃないか?」

「んな大げさな。さすがにタコさんウィンナーでレストランはむりだろ」

「うーー、すごい。これすごいよ! 味付けとか完璧じゃーん! あ、あたしとは大違い……」

「おっ、航輝ちょっと赤くなってんじゃん」

「あ、赤くなってなどない! これは元からだ元から!」

「でたそれー! 顔赤くなりやすい人のよくあるいいわけだ!」

「くっ……」


 おれはなにも言い返せない。妻(未来形)からの弁当を褒められた経験など今までに一度もないからな!



「お、お待たせー! ごめん待った!?」

「いや、構わん。それよりクラスのみんなと帰らなくてよかったのか?」

「うんうんっ! 今日いっぱいお話ししたから、……それでねっ、岩崎さんとか吉原さんとかと仲良くなったんだよっ!」

「そうか、そいつはよかった」


 こいつに友達ができたことはおれとしても嬉しいことだ。

 だがよく考えて欲しい。おれとこいつは昨日会ったばかりなのだ。おれがそこまで心配するようなことか? とも思っちまう。


「……」

「……え、えっとぉ、私の顔に何か付いてる……?」

「いや、なんでもない。楽しそうだな」

「うん! 私明日も友達に会うの楽しみ~っ!」


 めちゃくちゃ可愛い笑顔を振りまくんじゃないよ。ほら、おれら見られてんじゃねーか。まぁ嬉しいことではあるような気もするのだが、ここでそんな目を向けられるとやっぱりちょっとこそばゆいものがある。

 そうこうしているうちに階段に差しかかった。

 あぁ。

 おれは彼女の手を取っていればよかったと後悔した。おれは昨日の時点で気づいていたはずなのに、今ばかりは油断していた。

 レヴィアンはドジなのだ。


「きゃあああああああああああああああああああああああああっ!!」

「ぬわっ!」


 レヴィアンが階段を踏み外して宙に浮く。おれはすかさずその体をキャッチして、抱きしめる形でゴロゴロと階段を転がっていく。

 なんだこのイベントは……!


「ごごごごごごごごめんなさいっ! ってわあああああああああああああああっ!」

「ったた、おい大丈夫かよ、って――」


 ひぅ、と声に詰まる。おれの目の前にレヴィアンの顔がある。

 おれは冷静にこの状況を分析する。下におれがいて、その上にレヴィアンが乗っかる態勢だ。


「あああああ、私昨日に引き続いて、ほほほほほんとにごめんね! いいいい痛くない!?」  


 そして間が悪いことに、騒ぎを聞きつけたらしい野次馬共がわちゃわちゃとやってきた。 


「お、おいてめーらこれ見世物じゃねーぞ!」


 うん、おれの発言もまずかったと思う。

 階段上にいる女子たちがなにやらヒソヒソと話をしている。おい全員が全員顔を赤らめているとはどういうことだ! 


「あ、あの二人……、そこまで大胆なの?」

「や、やばいって、邪魔しちゃ悪いって……!」

「で、でもここ階段だよ? ふ、ふわああ、せ、青春だぁああああ!」


 くそ。なにを勘違いしてやがるんだあいつらぁ!

「おいレヴィアン、おれの心配はいいから早くおれの上からどけ! さもないと勘違いが進行する!」

「はっ、そうだったよねっ! 私うっかりしてた! 今おりるから!」


 レヴィアンがおれの上から降りる。どうも気持ちが落ち着かないというか、ドキドキしてやがる。


「わ、私たちが見物してたから、お、終わっちゃったのかな……」

「め、迷惑だったかな」

「ねぇねぇ、あれ写真撮っても、いいかな……。あの人たちすっごいお似合い……」


 くっそどいつもこいつも。おれはレヴィアンの肩を掴んだ。それから彼女の目をしっかりと見つめる。レヴィアンはかなり怯んだ様子で、完全に涙目になっている。あぁこれあとでおれこいつ慰めてやんねーといけない奴だな。ったくしょうがないな。


「レヴィアン、いいかよく聞け! ここから離脱するぞ!」


 至近距離から放たれるおれの言葉に、レヴィアンは真っ赤になってこくこくとうなずく。よしっ、とおれは彼女の手を取った。とりあえずこの場から逃げだそう。


「ったああっ、ここまで来れば大丈夫だろ。おい平気か?」

「ぜぇ………………はぁ………………ぜぇぜぇ、、うきゅう」

「お、おい、悪かった! ちょっと速く走りすぎたかも知れん!」


 おれは倒れ込みそうになるレヴィアンを支えた。まるで今からお姫様を抱き上げる王子様みたいな恰好になっている。いや実際にレヴィアンはお姫様のようなのだが、おれは全然違う。王子様でもなんでもないただのの高校生だ。


「こ、ここ航輝君の足ひっぱちゃって、……ほんとに――」

「……ふぅ。まぁそれは構わない。おれだって階段踏み外すことくらい、たくさんあるからな。それよりも、それ! そのすぐ謝るクセをどうにかしろ」


 レヴィアンは顔を真っ赤にしておれのことを見上げてくる。その瞳は完全に潤んでいる……というより、ちょっと涙が流れている。ぽたぽたと、それらが地面に落ちていく。

 おれは意を決して、レヴィアンの頭を撫でた。


「心配すんな。もう大丈夫だ」


 おれの声音に安心したのか、レヴィアンがおれの肩を引っ掴んでくる。こいつ、かなり脆い性格してるらしい。

 はぁ、ったく。しょうがない。おれはしばらく肩を貸してやることにする。好きなだけ泣けばいいさ。


「……うぅ、………………こうきくーん…………っ! 私、ドジばっかでごめん」

「謝るな。お前が自分で自分がドジなことを自覚しているのなら、それは誇れることだ。なんせ世の中には自分のことを理解もしようとしない奴が溢れているからな」


 レヴィアンは泣き止んだようで、おれは抱っこしている体を地面に下ろした。


「野次馬たちに色々勘違いされたみたいだが、噂は噂で集結するだろう。その期間は、まぁ耐えるしかないな」

「私の、せいだよね……」

「お前のせいじゃない。おれだってこけるもんはこける。わかった。じゃあ明日から学校内を二人で歩くときは、手を繋いで歩こう。それなら転んでもすぐに助けてやれる。どうだ?」

「え、……いいの?」

「いいに決まってる。だって、もうお前はおれの嫁になっちまったんだ」


 まぁ実際にはまだだけどな。しかしレヴィアンにはこの言葉は効果絶大だ。


「……う、うんっ! じゃあ航輝君のお言葉に甘えさせてもらうね! えへへ、やったぁ! 航輝君と手繋げるんだぁ!」


 ったくこいつもチョロい奴だな、とおれは苦笑いを浮かべる。なんかこう、世話の焼ける妹ができたような気分だぜ。まぁ妹いたことないんだけどな。でもなんかそんな感じがする。


「そ、そうだ! こ、航輝君がよければなんだけど、帰りにスーパー寄ってってもいいかな!? 今日牛肉の特売日なんだけど!」

「お、お前……昨日日本に来たばっかなんだよな?」

「えへへ! 来る前にチラシ取り寄せてチェックしてきた!」


 おう……さすがに優秀すぎて引くぞ……。


「……よし、わかった。いいぞ。っていうか、買い出しくらいべつに頼まれなくても付き合ってやるよ」


 まぁ我が家のことだ。当たり前と言えば当たり前だろう。


「ほ、ほんとにっ! 航輝君優しいよねっ! よ、よーっし! じゃあ花丸屋にシュッパーツ!」


 こいつ買い物楽しみにしすぎだろ……。



「牛肉っ♪ 牛肉っ♪」


 ……ずいぶんと楽しそうにしていらっしゃる。まぁ楽しければそれでいいとは思うが。たった一度の人生だしな。


「ね、ねぇ航輝君は今日なにか食べたい物とかある? わ、私にできる範囲ならなんでも言ってくれていいからねっ!」

「すごいのりのりだな……。そうだなぁ、せっかく牛肉買うんだからカレーとかどうだ?」

「カレー! ズバッといい感じっ!」


 なにがだ……。べつにカレーくらい誰だって思いつくような気がするけどな。


「あぁでも、こっ、航輝君のお口に合うようなもの作れるかな……」

「まぁ心配すんな。お前料理うまいからな。……そういや今日昼のお弁当、おれの友達にもちょっとばかし分けてやったんだが、みんな手放しに褒めてたよ」

「ほほほほほんとにっ! や、ややややややったぁ! 誰かにこんなに褒められうなんてこんなに嬉しいことはないよねっ! やったよお星さまっ! わ、わわわ私明日から死んでもいいねっ!」

「落ち着けレヴィアン! 明日死なれたらおれが困るんだよ!」

「あっ、そ、そうだったよね……!」


 おれはまたもため息をつく。なんかこいつといるとため息ばっかり出てくるな。べつにこいつに呆れてるとかじゃないんだが、どうもおれの方が調子狂うって言うか。


「ねぇ、あの二人カップルかな? すっごい仲いいわねぇ?」

「あらほんと、きれいな子ねー。あんなにおっきな声で会話しちゃって! いいわー、青春だわー」


 あー。めっちゃ注目浴びちまったぜ……。おれはレヴィアンの手をチョイチョイと引っ張る。


「おいレヴィアン。ちょっとお菓子コーナーに寄ってかないか?」

「え? なんで?」

「いいから」


 おれはレヴィアンをお菓子コーナーに連れて行く。べつにお菓子を買いたかったからじゃない。ただすぐそこに隠れる場所が欲しかっただけだ。


「わ、わー、日本のお菓子ってなんかどれも美味しそうだねっ! なんか、目移りしちゃった」

「どれか買うか? おれのおすすめはやっぱりポテチだな。まぁお前の好きなもん選んでいいぞ」

「こ、航輝君が言うなら私もポテチ食べたいっ!」

「そうか。じゃあ定番ののりしおだな」


 レヴィアンは両手を合わせて、目をキラキラさせておれの手に収まったポテチを見ている。そんなに珍しいだろうか。まぁ海外の人間からすると、日本のポテトチップスは珍しいものなのかもしれない。………………いやそうか? まぁレヴィアンが喜んでいるのならそれはそれでいいことだろう。

 それからおれたちは買うべき食材を買ってから、帰途についた。

 なんていうか、けっこう新鮮味のある時間だったと思う。



「ど、どうかな……。お口に合うかな……っ」

「うまいな、なんでおれが作るカレーと全然味が違うんだ……」

「え、えへへ! そうでしょ! 隠し味にチョコレートとか入れてるからね!」


 ほお。おれはまったく料理にうといが、チョコレートを入れるという選択肢があったのか。初めて知ったぜ。


「お前ほんと料理うまいな! 尊敬する」

「え、えへへ、そうかな…………う、うれしいな」

「あぁ、マジですごい」


 おれがバクバク食ってる目の前で、レヴィアンはもはや伊勢エビレベルに赤くなっている。こいつはいちいち言動に反応しやすいタイプなんだな。股の間に両手を挟み込んで、口元を緩めているレヴィアンは、……正直見てて癒やされる。


「おかわりもらっていいか」

「うんっ! 喜んでっ!」

「お前も食べていいんだぞ。べつにおれが食い終わるの待ってなくていいからな」

「じゃ、じゃあ私も食べるね!」


 そうしておれたち二人は黙々とカレーを食していく。あーこれうますぎるぜ。ちょっと太るかも知れない。

 食べている最中だがおれは話を振る。


「レヴィアン、ちょっといいか? 大事な話があるんだが」

「な、なにかな……」


 レヴィアンは不安そうな瞳をおれに向けてくる。まぁこんな切り出し方したおれも悪かったよ。


「いや、家事の分担のことでな。お前一人でやらせるわけにもいかんだろう」

「ぜ、全部私がやるからいいよ!? っていうか、私家事するの好きだから! こ、航輝君のお手をわずらせるのは申し訳ないからさ……!」

「まぁお手を煩わされているのは認めるが、なにもそこまでしてもらうほどでもない」

「や、やっぱしてるんだ……! わ、私航輝君に迷惑掛けてるんだ……!」


 レヴィアンはうつむきがちになってしまう。くっ、この子の扱い方がよくわからない!

 けどなぁ。微妙に迷惑掛けられているのも事実なんだよな。


「で、でもねっ!? 私本当に家事するの好きだから、ぜ、全部やりたいんだっ! こここ航輝君がやりたいって言うなら別だけど、……だめ、かな?」

「……」


 めっちゃ上目遣いにいわれるとおれだって断りづらい。

 まぁレヴィアンがやりたいというのなら、やってもらうことにするか。


「なんというか、申し訳ないな。お前に一人に負担が行くかもしれんが、お前がそこまで言うんなら頼むことにするよ」


 レヴィアンは、こくこくこくっ! とうなずく。その頬は喜びからか染まっている。


「……あぁ、一応お前には言っておかなければいけないから言っておくぞ。おれ、バイトしてるから」

「バイト……!?」

「そうだ。ファミレスでバイトしている。まぁ帰りが遅くなる日はちゃんと連絡するから、一応報告しておくぞ」

「そ、そうなんだ! ……その、なんて言ったらいいのかな? お、お仕事頑張ってねっ!!」

「お、おう……」


 その言い方されるとなんかちょっとむずがゆいんだよな……。彼女なりの気遣いなんだろうが、受け取る側も受け取る側でくすぐったいものがある。

 とまぁおれが目を離した隙だった。


「……………………うっ、…………………………けほっ……………………こほっ!」


 おれがドギマギしていると、レヴィアンがむせ始めた。……おいこいつマジで世話掛かるな。

 おれはすぐにレヴィアンに駆けよって背中をさすったり叩いたりしてやる。


「おい大丈夫か? どっか変なとこに入ったか?」

「…………けほっ……………………こほこほっ! ご、ごめん…………気管に入っちゃったかなぁ……!」

「ったく、水持ってくるからちょっと待ってろ」


 おれは急いで台所へ直行する。すぐに水道水を注いで、レヴィアンの目の前に置いてやる。


「もう平気か?」

「ご、ご飯粒が入っちゃったよぉ!」

「ほら、とりあえず深呼吸しろ。それからゆっくりと水飲んで落ち着け」

「う、うん、ありがと航輝君。…………はは、私何やってんだろうね……!」


 おれは苦笑を浮かべる。まぁ別に本気で迷惑しているとかじゃない。迷惑掛けられている部分もなくはないが、それでもうまい料理を作ってくれるならおれとしては彼女の存在は万々歳なのだ。

 潤んだ瞳でおれを見上げてくるレヴィアンは、おずおずと弱った声でおれに言った。


「そ、その…………、き、嫌いになった……?」


 おれは盛大なため息をつく。それから彼女の頭に手を乗っけてやる。


「こんなんで嫌いになってたら前途多難もいいとこだぜ」


 おれのその言葉に、レヴィアンは安心したような笑顔を見せた。

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