第5話

 ギルドがある小さな街『ヨダカ』に続く道の中で最大の難関である場所がある。


 それがここ「迷いの樹海」だ。全長二十メートルを超える木がそこら中に生い茂る魔物たちの楽園。そう呼ばれているのには理由があって巨大樹が発する特殊な磁場により魔力コントロールが乱れて魔物有利な戦闘になることが多いからだ。


 そのためギルドのクエストでは遭難者の救助要請が多いことで有名である。まして夜になれば魔物は凶暴化して戦闘力があがってしまう。そうなれば私の力でこの森を突破するのは不可能。幸いまだ陽は高い今からならぎりぎり日没には森を抜けることができるだろう。


 だが念には念を。


 私は残り六つになった魔法石をリュックサックから取り出し手の平で魔力を流した。ステータスオープン、地獄耳スキルレベル1発動を確認。


 潜伏スキルに合わせて、地獄耳スキルを発動した私はもはや魔物にとって透明である。どんなに遠くから私を狙っていようがスキをついて地中から攻撃しようが半径五キロ圏内の物音、殺気手に取るように分かってしまう。

 

 私は森の中に足を踏み入れると両耳に両手を近づけ索敵を始めた。ここから三時の方向に咀嚼音を立てるスライム、吸血コウモリの羽ばたき、十二時の方向に泣き叫ぶ少女の声。すべて手に取るように分かる……んっ少女の声?


「まさかな」


続け様に魔法石を使用した。ステータスオープン、地獄耳スキルレベル2が発動する。

 

「……おいへっぽこ魔導士べそかく前に回復魔法を唱えろ、はやくしろ全滅してぇのか!」


「ごめんなさい、魔力が上手く練れなくてぇもう少し時間を……」


「ふざけんじゃねー、落ちこぼれのお前にいくら払ってると思ってんだ! さっさと回復させねーと風呂屋に売り飛ばすぞ!」


 私は声がする方向に足先を向けた。おそらく敵はゴブリン。しかも数が圧倒的に多い、屠っても屠っても湧いて出る敵にパーティーはじり貧状態であった。


 どうりで魔物が私の前に出てこないはずだ。彼らは完全にモンスターハウスに足を踏み入れてしまった。


 ……まぁ、でも私には関係ないし。


なんなら彼らが敵を引き付けてくれているおかげで私は日没までに森を簡単に抜けることが出来る。これはこれまで頑張ってきた私へ神が贈った幸運であろう。


『そのときのあなたに誰かを助けることができる力があったなら迷わず救いの手を差し出しなさい』


 不意に黒魔導士様のお言葉が思い出される。


 魔法石はあと四つ、体内に蓄えた魔力は底知らず、治療用の魔道具は治療蟻トリートメントアントが数百匹か。


 ――どうする、魔導士の腕次第でどうとでも戦況をひっくり返すことができるが、どうする……


「助けてぇ、誰か助けてくださぁい!」


 あどけない少女の声に私はリュックサックから魔法石を乱暴に引っ張り出した。ステータスオープン、韋駄天スキルレベル1発動を確認。 


「助けに行けばいいんだろ、黒魔導士様!」


 今から飛ばせばぎりぎりで間に合う。


 しかしそれまでに魔導士が攻撃を受け戦闘不能になってしまえば巻き添えを喰らい私も彼らと共に死ぬ。


 これは賭けだ。


 そして一応言っておこうさらば、我が人生。


 散々なことばかりだったけど……そこそこ悪くはなかったよ。

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