学園長からの依頼(下)

「さて、それじゃあ、本題に入りましょうか」


 クレイン教授が去ってからしばらく、フシャーナが椅子から立ち上がって言った。


「悪いけど、猶予はないの。この件、どうしても引き受けて欲しい。講義なんか全部サボっていいから、とにかく犯人捜しをしてくれないかしら」

「何かそんなに急を要することでも」

「昨日の時点で、既に数人の女子学生の行方がわからなくなっているのよ」


 俺とギルは目を見合わせた。


「それは、この件と関係があるんですか」

「わからないけど、わかるまで待っていられない」


 それも道理だ。


「今回の事件、どうにも不可解でな。これまで判明している限りで、三人の死者が出ているが」


 ケクサディブも頷きながら言った。


「あまりにチグハグすぎるとは思わんかのう?」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「一人目の犠牲者は、帝都防衛隊の兵士の妻だ。詳しいことはこれから調べるが、年齢は三十代前半で、息子が一人いる。遺体の発見場所だが、実は西の内港の貨物に紛れておった。例によって木箱の中に収まるよう、全身が激しく打ち砕かれて、大量の釘が刺さった状態で、折り畳まれていたそうじゃが」

「自宅ではないんですね」

「左様。早朝の貨物輸送の際に、作業員が発見したので、それとわかったということでな」


 ところが、二人目の犠牲者はというと、一人目とはかなりの違いがある。


「二人目は、ジノモック教授……わしらの同僚だが、こちらは先の犠牲者とは無視できない違いがいくつかある。まず、職業と年齢じゃな。ジノモック教授は未婚で、当然に子供もおらん。先の主婦は、街中の飲食店で短時間勤務をする程度の仕事をしていただけで、帝立学園とは、これまで何の関わりもなかった。年齢も、ジノモック教授は六十近い」


 フシャーナが付け足した。


「やり口が尋常ではないから、特殊な変態……まぁ、女性に特定の手段で暴力を振るうことで発情するような性癖の持ち主も想定していたんだけど、この年齢差でしょ? 三十代の女と六十近く、釘を刺せさえすればどちらでもいい、というのは、ちょっと考えにくいと思って」

「更に、殺害方法も、実は少しだけ違いがある。先の主婦は、別のところで殺害されたのが、木箱に収められて、港に放置されておった。ところが、ジノモック教授は自室、それも寮の中で殺されておる。これはほぼ間違いのないところじゃ。のう、ギル君?」


 彼は憂鬱そうに頷いて、同意した。


「そうです。現場に踏み込みましたから。あれだけ流血していて、床が真っ赤になっていたのに、他所から死体を運んできました、ということはないかと思われます」

「ジノモック教授は、学園関係者の専用の寮……学生用のとは違って、職員用の施設のほうで一人暮らししておったのだが……基本、住人と寮の関係者以外、立ち入り禁止の場所でもある。当然、女性専用の集合住宅だから、果たしてどうやって忍び込んだのか、これもよくわかっておらん。表から入り込んだのなら、守衛が記録しているはずだからな」

「最後に、大きな違いがもう一つ。こちらには、私とクレイン教授への殺害予告が残されていたということ」


 これが、いかにも不可解としか言いようがない。一人目の殺害の際には、そうしたものは一切残されていなかった。


「帝都防衛隊への恨みなのか、学園への恨みなのか」

「絞りこもうとするのが間違っているのでは?」


 俺は、現時点での思い付きを口にした。


「例えば、帝都防衛隊を恨んでいる人が一人。そして、それとは別に帝立学園を憎んでいるのも一人。だけど、復讐を請け負う殺し屋も一人」


 こうすれば、やり口は似通ったものになる。それでいて、動機は別々になる。


「面白い発想だけど、私はそれに同意できないわ」

「なぜですか?」

「だったら、どうしてこの殺し屋は、数年前から同じような方法で犯行を重ねてこなかったのかしら。顧客からの要望があって、残酷な方法で被害者に苦痛を与えて……というのは、考えられないことではないけれど……別々の依頼人が、どうして似通った手段をとらせたのか、その説明がつかないもの。一人目の主婦の殺害について、二人目の依頼人が知っていたなんて、ちょっと考えにくいし」

「それに、ファルス君、その仮説を支持するには、三つ目の殺人も邪魔になるぞ」


 ケクサディブが説明の続きを始めた。


「次に殺害されたのも、学園関係者といえなくもない。勤務先はナーム大学だが、クレイン教授の教え子じゃからな。ただ、殺しのやり方は、似ているようで似ていない。木箱に詰めるところはそっくりなんじゃが、それをわざわざ彼女の自宅にまで送り届けている。普通の運送会社の人間に運ばせて、開封までさせておるのだから、殺した、ということをわざわざはっきり見せつけているわけだ。それに、なにより決定的な違いがある」

「身代金の要求、ですか」

「その通り」


 先の二つの殺人では、金銭の要求はなかったし、盗まれたものも特になかった。ところが、ミドゥシ助教授が誘拐された時には、金銭を要求している。実際にその金を手に入れることが目的だったのかどうか、今のところはわからない。三隻の小舟のうち、一隻は転覆し、残り二隻の金貨も、結局、手つかずのまま放置されて、しまいには防衛隊が回収に向かっている。ただ、ここからわかるのは、三件目のこの事件について、犯人は相手が資産家であることを熟知した上で、行動に踏み切っていると考えられる。


「素直に考えるなら、三件目の殺人が本命……だって利益を得ている、ないし得ようとしたから……ああ、でも、それだとおかしいのか。だったら、わざわざ他二件の殺人に手を染めることの合理性がなくなる。いきなり、最初からミドゥシ助教授を誘拐した方が、アシがつきにくいはずで」

「そういうこと。犯人の動機がさっぱりわからないの。しかも、その上……」


 フシャーナは深い溜息をついた。


「捜査の指揮に乗り出したのが、アヨル・テルゴブチ准将だから、もう目も当てられないのよ」

「誰です、それ。なんか階級が」

「もちろん、叩き上げなんかじゃないわよ。官僚出身で、将官の枠埋めで、その地位に就いただけの人。元は教育省の出身で、だから最初は防衛隊の広報部門にいたんだけど……」

「それじゃわからんじゃろ。要はあれじゃ。南方大陸から帝立学園に留学してきて、あれこれあって……要はこっちの『思想』にかぶれて、そのまま帝都に居着いた良家のお嬢さんでな。官僚になるのに女性枠で入って、それが将官の枠でも女性枠の議論があって、割合を保つためとかで、栄転の形で就任したものの、まぁ率直に言ってしまえば、大して能力もないのでな……閑職に追いやられていたのが、この件で点数を取りたくて、横合いから首を突っ込んだと、そういうことじゃて」


 俺も溜息をついた。つまり、簡単にいうと、これもクレイン教授の手下……もとい教え子みたいなものか。思想ばかり突き詰めた、現場能力のない類の。だから、先に教授を部屋の外に出したのか。

 ギルがボソッと言う。


「ヒステリックなオバさんだったよ」


 だんだんと状況が呑み込めてきた。

 今回の事件について、こちらはまだ、真相にはまったく近づけていない。動機も不明、そもそも単一の集団によるものかどうかさえ判断がつかない。それなのに、既に学園の生徒にも行方不明者が出始めている。そして、捜査を指揮するのはお飾りの将官。このままでは、犠牲者が更に増えるかもしれない。そんな中、フシャーナとしては、俺という手駒を使わずにおく理由がない。


「それで、先に訊いておきたいんだけど」

「なんですか」

「ファルス君、あなた、魔法で人の心を読み取るくらいはできるのよね?」

「まぁ」


 ギルが、何か気持ち悪いものを見る目を向けてきた。だが、この際、仕方ない。


「じゃあ、バケモノである君の力で、帝都中の人の頭の中を」

「ごめんなさい、それはさすがに無理です」

「そうよね、やっぱり」


 それができるなら、犯人なんか一瞬で捕まえられる。だが、そうはいかないのだ。


「ただ、犯人の頭の中を見れば、出会った人間の顔を見つけられる場合があるので……そうなると、手掛かりはいくつか残されていることになりますよ」

「例えば?」

「ミドゥシ助教授の遺体を自宅まで運んだ宅配業者。これは調べたいところですね。あとは」


 俺は、しばらく口を噤んで、思考を纏めた。


「確かめるべきことが二点ほど、他に思い浮かびます。一つは、ジノモック教授の寮です。どんな方法で侵入したのか。なぜ見咎められなかったのか。もう一つは、これはすぐわかることなんじゃないかと思うんですが……金貨です」

「金貨?」

「ミドゥシ助教授の殺害前に、身代金をラギ川に浮かべさせたでしょう? そのうちの二隻の分は、結局、犯人は手に入れられませんでした。防衛隊が回収したことが明確だからです。でも、残り一隻は途中で転覆したわけでしょう? これが実は、犯人の手に渡っているということは?」


 そして、犯人の目的が金なら、事件はこれで終わりなのだ。十万枚の金貨をそのまま手に入れられるなんて、最初から考えていなかった。三分の一の金貨だけ、水中に沈めた後に回収するつもりだったとすれば? ただ、女子学生の中に行方不明者が出始めているということなので、そう結論するのも危ういが。


「犯人側と接した可能性のある人は、全員、把握できているんですよね? 最初、身代金を回収する場に送り込まれた人。それから、遺体を運んだ業者」

「いくらテルゴブチ准将が間抜けでも、それくらいはしていると思うわ」

「そうなると、懸念されるのは」


 頭の中で、忙しく考える。ただでさえ、プライベートで解決したい問題があるというのに。どうやってリリアーナとウィーの間を取り持つか、これ以上、揉め事にならないように、双方に引いてもらうにはどうすればいいかで悩んでいたのに。でも、こちらの問題は、市民の安全に直結する。四の五の言っていられない。


「僕にちゃんと捜査に参加する権限が貰えるか、ということです。手柄とか功績とか、そういうのはいりません。これも公益のためということなので、僕自身はタダ働きでもいいですが」

「ええ、代理機関を通して、私が捜査に協力するという名目にするから。准将も、要は帝都の官僚だから、ボッシュ首相が強権を発動すれば、拒否はできないはず。好きに動いていいわ。人を使うなら、法外な金額でなければ、後から請求をまわしてくれてもいいから。程度問題だけど、何か問題が起きたら、責任は私が」

「大盤振る舞いですね」

「まずいのよ、帝立学園で、この手の問題が起きるのは……わかるでしょ?」


 改めて言葉にされると、確かにと頷くしかできない。


「最悪、帝都生まれの人が事件に巻き込まれるだけならともかく……留学生、それも貴族の娘みたいなのが殺されたら」

「国際問題になりかねないもの。私のクビで片付けば御の字だわ」


 しかし、この件で俺に何ができるだろうか。強大な武力を打ち砕くというような、わかりやすい仕事ではない。戦闘力だけ突出していても、それでなんとかなることは限られる。


「マホが考えた通りかもしれないですね」

「はい?」

「アスガル先輩にも話を通してみます。何かを見つけた、気付いたという情報が何より貴重です。サハリア系の住民には顔が利くでしょうから。その他の知り合いにも、それぞれ手がかりを探してもらうのがいいと考えています」

「そう。好きにやっていいわ。こっちはこっちで、学生の安全を維持するために、できることはしないと。通学路になりそうなところには、もう帝都防衛隊の見張りが立っているけど、学園でも身元確かな警備員を雇って安全確保にあてるつもり」


 話が一段落ついたところで、俺達は頷き合った。


「では、早速」

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