コーザの婚活・パーティー

 学園の正門前の通りを北に抜け、東西の大通りに出る。その馬車の停留所前を、俺達は集合場所に定めた。まだ空も青い。もう少しで夕暮れ時とはいえ、人の目もある。だから、学園から帰る生徒達や、商社街から帰宅する人々に見咎められにくい方面から、移動開始しようということだ。なにしろ、あまり大っぴらにはしたくない。

 路地を抜けて、こちらにやってきたコーザは、バッチリおめかししていた。彼の給与からすれば、明らかに割高であろうと察せられるシックなジャケット。申し訳ないが、あんまり似合ってない。今日のために新調したのでもないのだろうから、この四ヶ月というもの、これを身につけてお見合いパーティーの戦場を渡り歩いてきたのだろう。それなのに、まだ顔が服に馴染んでいない。


「おっ、やっと来たか、本命が」


 俺のすぐ横に立っていたニドが、コーザに気付いて声をかけた。比較的ラフな格好をしているが、こちらはよく似合っている。というより、ニドにフォーマルな格好をさせたところで、どうしても洒脱なというか、型にはまらない軽妙な雰囲気が抜けきることはない。その辺が、お見合いパーティーの参加者としてみると、少々不真面目そうに見えるというのもあって、ニドがここに現れた時には、マホは軽く睨みつけていた。


 俺からすれば、マホなんて、ただうざったいだけのイカレた女でしかないし、感謝とか友情といったものとも程遠いところにいる。それなのに、どうして彼女の要求を受け入れたかといえば、コーザから受けた相談があったためだ。では、コーザのために俺が労力を割くだけの理由があるかというと……損得勘定でいえば、ない。彼が俺に与えられるものはごく小さいか、ほとんど無でしかないから。

 そこを敢えて、ここまでコミットするのはなぜかと言われたら、やはりある種の感情移入があったのだろうと、自らを省みる。今の彼の悩みは、前世の俺の抱いていたものと、それほど違いがない。俺は乗り越えられなかった問題だが、彼にはなんとか幸せを掴んで欲しいと、心のどこかで思っている。


「ふーん、この人? まぁいいわ。私はマホ・アルキス。これからお見合いパーティーの会場まで案内させてもらうわ」

「よ、よろしくです」


 オドオドした態度で、ぎこちなく頭を下げるコーザに、マホは冷たい視線を向けた。


 といっても、いくらコーザのためだからといって、俺のマホへの悪感情がなくなるわけではない。念のため、事前にコーザには、マホと俺の関係は、あまり良好でないということは知らせてある。あくまで出会いの機会として、うまくいったら目っけ物、くらいの気持ちでいて欲しいとは伝えておいた。

 ここにニドを呼びつけたのも、一つにはコーザのためだ。本当の意味でモテる男は、俺ではなく、ニドだから。彼の振る舞いを見て参考にしてほしいとも言ってある。もっとも、一方で多少の悪意がないでもない。どうせニドのことだ。カモにできそうな女がいたら引っかけて、うまいことアウラ・チェルタミーノの花にしてしまうのだろうから。また、そうでもなければ彼に利益がない。それでマホが後から頭を抱えようが、知ったことではない。


「大丈夫かしらね」


 マホは、俺達三人を見比べて、そうこぼした。


「僕とニドの身元がバレなければ、何の問題もないだろう」

「それもあるけど……」

「あ? 俺の格好がカルすぎるってか? ねぇんだよ、おカタい服ってのがよ。それともあんたが買ってくれるのか?」

「あのねぇ」


 マホはニドにも冷たい視線を向けた。


「それなら、せめてもう少し丁寧な態度をとってほしいわ。ここで私にそうするのはいいけど、あちらでは、もうちょっと」

「はいはい、わぁーってる」


 そうこうするうち、乗合馬車がやってきたので、俺達は乗り込んだ。


 辿り着いた先は、冒険者ギルドと同じ通り、その北にある飲食店だった。フォレス人貴族の家を模した仰々しいエントランスが目を引く。開始時間まではまだ余裕があるが、俺とニドはサクラなので、事前の打ち合わせが必要なのもあり、早めに現地に到着しておく必要があった。

 店内に入り、左右に聳える階段の狭間からカーテンを抜けると、そこには前世で見かけたような光景が広がっていた。壁際にはソファが据え付けられていて、その前に四角いテーブルが一直線に並べられている。その反対側には、簡素な木の椅子が置かれている。

 ソファ席が女性用、移動して相手を変えるのは男性の側。一応、飲食店なので、形ばかりの茶菓子は出るが、基本的に席で供してもらえるのは女性だけ。これは当たり前で、男性は移動を繰り返すので、ティーカップなんか持たされても困ってしまうから。しかし、参加費はというと、男性は通常金貨一枚、女性は銀貨一枚だ。

 それにしても、妙に寒々しい空間だった。店内は広々としていて、白い壁が目に眩しい。装飾も何もない灰色のソファ、幅のない小さなテーブル、簡素な椅子。それ以外は、やけにガランとしている。思うに、ここはもう、とっくに飲食店としては死んでいて、今ではこの手の催事に場所を貸すことで生き延びているだけなのではないか。妙に殺風景に見えるのは、そのせいだ。


「コーザさん」


 不安そうに、というより、今にも泣き出しそうな顔で無人の会場を眺める彼に、俺は声をかけた。


「気楽にいきましょう。今回はタダですし。それより、余裕があったらニドがどんな風にしているか、参考にするといいですよ。あいつは本当にモテるので」

「はい……」


 だが、彼はどうにも元気がなかった。


「何か問題でも」

「いや、特に何かがってことじゃないんです、ただ」


 彼は俯いてしまった。


「僕って、こんなにも値打ちがないのかなって」

「と言いますと」

「正直、もう限界なんです。毎度毎度、自分で自分をコケにしてるような気分にさせられるというか」


 その気持ちはわからないでもない。俺も、前世では、幾度となくそんな思いをさせられてきたのだ。


「力みをなくしましょう。変に期待するから、そうなるんです。コーザさんに振り向いてくれない人は、コーザさんにとっても無価値なんです。相手の方がコーザさんより上、なんてことはないんですよ」

「そうでしょうか」

「そうです」


 とはいえ、詭弁ではある。相手が選び、彼が拒まれているのだから。しかし、後ろ向きな気持ちのまま、女性に声をかけたところで、勝算などあろうはずもない。


 しばらくして、俺達は一度店の外に出た。というのも、女性の入場時間の方が少し早いからだ。奥のソファ席に収まってもらわないといけないので、これは仕方がない。俺達はごく自然にパーティー会場まで歩いてきました、という顔をして、今度は大きく開かれた店の入口をくぐった。


「ご予約のお客様ですかー?」

「はい」


 ついさっきまで店内にいた俺達に向かって、このパーティーの運営会社の中年女性が笑顔で対応する。


「それではお席の方までご案内させていただきますねー」


 コーザと違って女を落とすつもりがまったくない俺は気楽そのもの、何も考えずに彼女についていき、指し示された席に腰を下ろした。当然、向かいには既に女性がいる。挨拶くらいはしないと失礼だろう。そう思って、俺は座ったまま軽く会釈して声をかけようとした。


「こんにち……っ」

「こんにちはぁ」


 目が点になった。というのも、向かいに座っていたのは……


「はじめましてぇ」


 薄紅色のカジュアルなドレス。それが小柄で細身の彼女には思いの外、似合っていた。カーネーションを象った大きな装飾が目を引くが、これは平べったい胸をカバーするためだろうか。

 俺が唖然として言葉を失っていると、途端に彼女の素顔が露わになった。


「なによ」

「なにやってるんだ」

「あなたと同じ」


 マホは声色を落として、左右の客に聞かれないように言った。


「こういう支援を必要とするくらいなんだから、当然、女性の平均年齢は高めなわけ。で、そうなると、どうしても見た目の部分で敬遠されちゃって、男も足を運ばなくなるでしょ? だからこうして、一応、若さだけはあるから、夢を見せてあげてるのよ」

「なんというか、詐欺みたいなものじゃないか。正義はどこにいった」


 俺の指摘に、マホはキョトンとした顔になった。


「正義よ?」

「どこがだ。要は特定の団体に金とか利権とかが流れてくるのを維持しますって、そのために実績の水増しをしてるのと同じだろう」

「でも、このパーティーがなくなったら、ますます出会いの機会が減るじゃない。うまくいかない時もあるんだから、そこは必要悪よ。この催しのおかげで、未婚で終わる女性が一人でも減るなら、無理してでも続ける価値はあるでしょ?」


 今度は、俺が同じような顔をする番になった。


「なに? 私、何か変なこと、言った? 言っておくけど、私、このお仕事では一銭も貰ってないわよ? 本当に、未婚で終わる女性を一人でも減らしてあげたくて、自発的に手伝ってるだけなんだから」

「あー……えっと、ツッコミどころがいくつかあるんだが」

「なによ」


 そもそも公金が注ぎ込まれている事業なら、それに伴う結果は要求されて当然だ。政府の支援を必要とする事業は他にもいくらでもあるのだから、こういう形で実績を歪めることに正当性などあるわけがない。もちろん、俺だっていつもそんな公平な人間でいたわけではないのだが、それとこれとは別だ。私人としての我儘と、公共団体としての不正の間には、大きな隔たりがある。

 溜息をついてから、まずは脇道に一歩踏み込んでみる。


「本題の前に……お前は結婚したいとか、将来はするつもりとか、あるのか?」

「私? するわけないでしょ。組織の人脈だってあるし、これでもどこかの大学の研究員になるくらいはできるつもり。まぁ、法曹系の資格を取るつもりだけど。自分で働いて食べていけるだけの稼ぎは得られると思ってるから」

「そんな気がしてた。明らかに男に興味なさそうだったから。でも、他の女には結婚しろというのか」

「あのね、女性のみんながみんな、私みたいに稼げるようになれるわけないでしょ。そういう人には助けが必要なの」

「じゃあ」


 俺は、視界の隅に映ったコーザを顎で指し示した。


「僕が連れてきたコーザみたいな男については、どう思うんだ」

「どうも何も、感想なんかほとんどないわ。見るからにショボそうな人だとは思ったけど。それがどうかした?」

「彼は、人形の迷宮帰りだ。それが帝都に帰ってから、養老院の仕事を貰った」

「ふぅん」


 いちいち言葉にはしなかったが、見下しているのがありありと伝わってくる。要は大学に合格できるだけの能力もなく、運よく挺身隊の任務から生還しただけの男なのだと。


「今は結婚したくて頑張っているが、彼の同僚とか先輩には、もう諦めた人もいるらしい。これはどう思う」

「別に。いいじゃない、税金さえ払ってくれれば、母子家庭への支援にはなっているんだし、問題だとは思わないけど、それが?」

「わからないか。わからないのか」


 内心に小さな義憤のようなものがこみあげてくるのを感じて、慌てて声量を落とした。


「お前の言う通りにすると、つまりデキる女は好きに仕事をして自由を謳歌する、そうでないのは結婚して生活を保障してもらうべきだと。でも逆に男は、有能なのは稼ぎのない女を支えるために夫になり、そうでない男は未婚のまま、ただ税金だけ払って暮らせと、そういうことになる」

「まぁ、ね」

「帝都は平等の街じゃないのか。こんな差別をお前は許すのか」


 だが、この指摘に彼女は肩を竦めるだけだった。


「仕方ないじゃない。世界は不完全なものよ。差別なら、あなたの領地にもあるんじゃない? 奴隷制度だって残ってるのに。ねぇ、貴族様?」

「あるけど、帝都の方がひどいな」

「どうしてよ。こっちには貴族なんかいないのに?」

「あちらでは、偉い奴はその分、重い責任を背負う。領地を守ったり、道路を整備したりというのは、全部僕の仕事だ。うまくいかなければ、陛下から叱責されるのも僕。一方で、悪いことをした人、借金を返せなかった人は奴隷になる。あちらでは、その人の責任を反映したものが身分なんだ。でも、帝都は、違う」


 およそお見合いパーティーに似つかわしくない表情をしているだろうという自覚はある。


「コーザがどうして、母子家庭なんかのために余計に税金を支払う必要があるんだ? この世界に自分の子さえ残せないのに。何も与えてもらえないのに、奪われるだけの人をなんて言うか知ってるか。奴隷っていうんだ」


 だが、これだけは言い切ってしまいたくなった。


「やっとわかった。本当の奴隷制度は、帝都にこそあるんだ」


 それでも、マホはまったく動揺した様子を見せなかった。


「大変に利己的な見解だと思うわ」

「なに?」

「もっと大きな枠で考えればわかるじゃない? せっかくこの栄えある帝都に生まれて、正義のために尽くす人生を与えられているのに、自分の子供が残せないくらいのことでゴチャゴチャ言うなんて。コーザさんだったっけ? 彼がいなくなっても帝都は残るんだから、いいじゃない」


 こういうのを、前世の言葉ではなんと呼ぶんだったっけ?


「メチャクチャだ。それは自身を帝都の一員だと感じている人の言うことだ。実質、奴隷同然の立場で生きる人間が、帝都に尽くして何の喜びがあるというんだ。今のコーザみたいな男からすれば、自分が帝都の一員として扱われてるって自覚なんかないぞ。お前にとっては、帝都という社会は立派で大切なものかもしれないが、その社会は誰のためにあるんだ。そこにいる個々人がありがたみを感じない社会なんか、無価値じゃないか」


 だが、マホの返答は、俺を絶句させた。


「そういう風に問うこと自体が間違っているのよ」

「なんだって」

「社会か個人かなんて問いは、人間には与えられていないの。ま、野蛮な田舎出身のあなたにはわからないんでしょうけど」


 全体主義? いや、もっと悪い。

 おめでとう、マホ。今、お前はこの世界において、ファシズムを発明した。


「そう言い切れるのは、お前が帝都で得する側だからだな」


 脂汗が背中を滴るのを感じた。指先が凍てつくようだった。


「違うというのなら、それこそコーザみたいな男と結婚して、子供でも産んでみろ。少子化で困ってるんだろう?」

「冗談でもやめて。私にはもっと大きな仕事が待ってるんだもの」

「とするならお前は、コーザみたいな男だけじゃなく、実は恵まれない女達のことも、見下していることになる」

「どうしてそうなるのよ」


 だが、そこで議論は打ち切りになった。

 なぜなら、少し離れたところから、ティーカップの割れる音が響いてきたからだ。


 振り返ると、怒りで顔を紅潮させたコーザが席を立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る