ヤバいヤツ、迫る
「お気に召しませんか」
揉み手をしながら硬直した店主が、引きつった笑みを浮かべる。
既に四振り目だ。ミッグ市内でもそれなりの武具屋に赴いて、置いてある品を見せてもらったのだが……
剣を片手に構え、振り上げてまっすぐ前に伸ばす。
二階の展示室には大きな窓が口を開けており、外から燦々と陽光が差し込んでくる。切っ先が真っ白に輝いた。
「済まないが、これでは」
微妙な違和感でしかない。この剣が使えないというのではない。だが、まっすぐ腕を伸ばしきった時、微妙なバランスの悪さが感じられる。それは剣を振る姿勢を崩し、腕や肩に好ましくない負担をかける。ここぞという時ほど、この僅かな差が命取りになる。
反り返った亜麻色の髪をした、フォレス風の服を着たこの店長は、口元こそ笑っているが、困惑と苛立ちを堪えているらしかった。店にある中でも、最も上等な品を出したはずなのに。実は買うつもりがないんじゃないか、難癖付けにきただけじゃないのか、と。
だが、俺からすれば「舐めた真似をしやがって」だ。今、俺が手にしているのはミスリル製の剣だが、最初に出されたのは鋼鉄製の剣だった。資金も充分ある今、装備の質を落とす理由などない。最高の品を見せてくれと言ったのに、なぜ格落ちするものを出すのか。
無論、相手の論理もわかる。さして腕もない若者が、見栄だけで上等すぎる剣を携えても、ろくなことにならない。せいぜいあちこちで見せびらかして、最後は盗まれるのがオチだ。下手をすれば、変に気が大きくなって、いらぬ刃傷沙汰に及ぶかもしれない。だったらこの辺で妥協したらいいじゃないか……
大人の気遣いかもしれないが、それは武器に命を預けたことのない人間の発想だ。
拘りだすときりがない。わかってはいるのだが、これまでの危険の数々を思い出すと。
なにしろ魔宮モーを出てからは、あの剣、モーン・ナーの断罪の剣をずっと使っていた。見てくれはともかく、武器としては冗談みたいな使いやすさだった。切れ味も並大抵ではなかった。あれの代わりとなると、そこらの剣では不安になる。
「考えさせて欲しい」
「左様ですか。ええ、ごゆっくりご検討くださいませ。お高いお買い物でございますから」
やっと帰ってくれるか、と言わんばかりだった。
本当に冷やかしになってしまって、申し訳ない。
「金貨二千五百枚の銘品でも気に入らないか」
店を出てから少し歩いてから、フィラックはそう言った。だが俺は首を振る。
「あんなの、よくてせいぜい千五百枚くらいだと思う。素材はいいけど、職人の腕はそこそこでしかない」
「厳しいな」
「実戦を考えたら、あれじゃあ不安で仕方ない。こう、大きな伸びやかな動きをしたときに引っかかりがあるようだと、動きに無駄が出る。あの剣でアーウィンやウァールと戦えと言われたら」
「基準がおかしいぞ」
確かに。ただ、おかしいの方向性が違う。
かつて使徒はアーウィンを「狩れ」と言ったのだ。弱点を知っているからというのもあるが、少なくとも使徒自身なら、万全の状態であれば、万に一つもパッシャごときには後れを取ったりしないという自信があってのことだろう。
つまり、アーウィン程度を基準にしているのでは、まるで足りない。といって、使徒と渡り合えるような武器なんか、もしあったとしても、金の力で入手できるようなものではないだろう。それこそキースが持っているタルヒとか、ポロルカ王国の国宝とされているシロガネとか、最低でもそういうのでなくては。
「じゃ、やっぱり行ってみる?」
ノーラが、浮かない顔でそう提案した。
「場所はもうわかってるんだったっけ」
「うん、町外れの一軒家だから、間違えたりはしないと思う」
「結局、何がそんなに問題なんだ」
通りの脇に寄ってから、ノーラがポツポツと語りだした。
「さっきのお店の店長さんも、追い返されたことがあったし」
「何をしたんだ?」
「何も。あなたの剣は出来がよくて高く売れるので、一振り拵えてくださいませんかって。ちゃんと前金も用意して話にいったのに、金槌を投げつけられて、気持ち悪い顔を見せるなとかって言われて、慌てて逃げたみたい」
それはひどい。何の非もない相手にいきなりそれとは。
「でも、それじゃあどうやって生活してるんだ」
「たまに街に出ることがあって、気まぐれにできあいの品を売りつけるらしいわ。そのお金でまたしばらく引きこもって、誰も寄せ付けないんだとか。あとは、近所の人のこまごまとした生活用品を修理したり、農具を新しく作ってあげることはあるみたいだけど」
「うん?」
なんか話の前後が矛盾している気がする。
手元の品を売るのはわかる。凄腕なんだから、そういう殿様商売をしてもやっていけるわけだ。でもそれなら、どうしてご近所の手助けなんて、面倒かつ儲かりそうもないことをやっているのか。
「あとは、帝都からやってきたお坊ちゃん……それなりの家柄の美男子だったそうだけど、裸で戻ってきたこともあるらしいわ」
「はぁ?」
「いきなり掴みかかってきて、服を剥ぎ取られたそうよ」
「なんだそれ」
ちょっと怖くなってきた。
怖いといっても、怖いの方向性が違う。戦って負けるとかそういうのじゃなくて、なんだか不気味で近寄りたくない。が……
「まぁ、さすがにそんな目には遭わないだろうし、行くだけ行ってみよう。まさかパッシャがいるわけじゃなし」
まだ日も高かったので、俺達はその職人の家を訪ねてみることにした。
それにしても、晩春の日差しはことのほか明るい。それが道を行く俺達に、奇妙なコントラストを見せていた。
ろくに舗装もされていない、土が剥き出しの道路。その左右には薄汚れた白塗りの土壁に、墨のように黒い重々しい瓦が乗っかっている。道行く人の服装もパッとしないのもある。日差しの強さゆえに、とにかく白と黒、水墨画のような印象しかない。
だが、風は穏やかで、空気も湿っていて暖かかった。街はその大きさの割には不思議なほどにひっそりとしていて、丘の上から行く手を見下ろすと、点在する白と黒の家々が静かに佇んでいるのが見えた。
要するに、そう悪い気分ではなかった。物事を深刻に受け止めたり、疑ってかかったりするようなつもりにはなれなかった。
行った先にいるのが奇人変人でも、それならそれで、ただ帰れば済む。よもやパッシャや使徒と鉢合わせるでもなし、大したことなど起こらないだろうと高を括っていたのだ。
昼下がりになって、俺達は現地に辿り着いた。ミッグの市街地から東、屋根の連なりが途切れて久しく、周囲は農地ばかり。それも土地の起伏もあり、大きな岩などもきちんと撤去されず、脇に追いやられているだけだ。
そんな中、なだらかな丘の上にハンファン風の一軒家が建っている。平屋だが、明らかに面積だけは広い。ただ、見た限りでは豪邸ということもなく、壁にも煤のような汚れがついている。まるで防塁のように、丘の周囲に岩がゴロゴロしていた。察するに、家の主が岩を集めたのではなく、単に周囲の農民が岩を転がして田畑から追い出した結果、ここに集まっただけなのだろう。近くに他の家はない。こうして下から見上げると、とにかく空が大きく、青かった。
湿り気を帯びた焦げ茶色の土を踏みしめながら、俺達は丘を登った。人が行き来しているところだけ草が生えておらず、ところどころに埋め込まれた石が階段の役目を果たしていた。
入口の前で、俺達は立ち止まった。なんと、扉がない。まだ少し距離があり、屋外の明るさもあって、中が暗くて見通せない。これは、今は無人だろうか?
俺達は目を見合わせたが、フィラックが目配せして、まず一人、前に出た。
「誰か。家の者はいないか」
いまだにハンファン語には不慣れで、ちゃんとした敬語を使えない。もっとも発音の拙さもあって、その辺は相手に伝わるだろう。
その少し後ろで、俺とノーラは彼の背中を見守っていた。所在なさげに周囲を見回すばかりの彼が、右斜め前に向き直る。家の主が出てきたのだろうか。
「わっ! ま、待て! 俺は、泥棒、じゃない!」
「るせぇ! んなことはわかってら!」
口調からして粗野な怒鳴り声が奥から響いてくる。だが、この声の高さは少年? それとも女か?
とにかく、フィラックをそのままにはしておけない。割って入るべく、俺達は入口へと向かった。
その瞬間、バッタリと出くわした。
まず目に入ったのが、茶色の頭巾だった。作業中、髪の毛が目にかかるのを防ぐためだろう。その後ろからは三つ編みにされた黒い髪が垂れ下がっている。肌の色からして、ハンファン人の特徴が強く出ているのがわかる。
一目で女とわかったが、その仕草や表情に女らしさのようなものは、まるで見て取れなかった。いかにも職人が身に付けていそうな、肩から吊るタイプのツナギ……オーバーオールを着ている。右手にはハンマー、左手には鋸を持っていた。
顔立ちは、可もなく不可もなく、十人並みだった。いや、顔のパーツそのものはそこそこ整っているのだが、隠しようもない性格が表情に滲み出ているのだ。
彼女は、俺を凝視したまま、身動ぎ一つしなかった。そして少し我に返ると、今度は頭の天辺から爪先まで、じっくりと視線を這わせた。
「……合格」
震える唇が、その一言を紡ぎ出した。
「いや、でもっ」
ハンマーと鋸を放り出す。それらが床に跳ね返って耳障りな音をたてた。
「肝心の部分をまだ、確かめてねぇ!」
「はっ?」
「全部見せろ!」
そう言いながら、彼女は俺に掴みかかってきた。いや、正確には、俺のズボンに手をかけた。
「なっ、なにをっ」
「いいからじっとしてろ! 念のため……まぁ、顔がいいからナニがちっぽけでも我慢すっけどよ、なんか変な病気でももってたら全部パーだろが!」
「ちょっ」
思わず突き飛ばし、距離を取った。
なんなんだ、この女は。
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ホア・スラット (47)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク6、女性、17歳)
・マテリアル 神通力・工匠
(ランク6)
・マテリアル 神通力・長寿
(ランク4)
・マテリアル 神通力・疲労回復
(ランク3)
・マテリアル 神通力・鋭敏感覚
(ランク3)
・マテリアル 神通力・探知
(ランク2)
・マテリアル 神通力・採集
(ランク2)
・マテリアル 神通力・怪力
(ランク1)
・スキル フォレス語 4レベル
・スキル ハンファン語 5レベル
・スキル 戦槌術 3レベル
・スキル 魔力鍛造 7レベル
・スキル 鍛冶 7レベル
・スキル 木工 7レベル
・スキル 裁縫 7レベル
・スキル 薬調合 6レベル
・スキル 料理 1レベル
空き(31)
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ピアシング・ハンドで能力を確かめると、俺の驚きは更に大きくなった。
振り返って尋ねる。
「ノーラ」
「ごめん、言い忘れてた」
彼女も面食らいながら、不足していた情報を付け足した。
「職人は女だって」
するとこいつが、数々の事件を引き起こしたミッグの厄介者、商店街の人達が言及を避ける凄腕の鍛冶師ということか。
しかし、この異常な能力は……
「おう? お前ら、オレに何の用だ?」
順番がおかしい。
この際、言葉遣いがどうとか、そんなことはさておき。最初のフィラックへの対応も、相手を泥棒か何かだと思ったのなら、不思議はない。だが、こいつが俺にしてくれたのは何か。ズボンを脱がして、俺の局部を観察しようとしたのだ。
そこまでしておいて、用事を尋ねるって……どんな思考回路をしているんだ?
「あ、ああ、何か行き違いがあったようだが、僕らは、その、質のいい剣を買い取りたいと思っている。前のものはなくしてしまったから」
「なくしたぁ?」
彼女の眉間に皺が寄る。
「あの」
ノーラが声をかけた。
「鍛冶師のホア・スラットさんですよね。街で少しだけ噂を聞きましたので。代金はちゃんとお支払い致します。品物を見せていただくことは」
「帰れボケナス」
取り付く島もない。
しかも、彼女の悪態には続きがあった。
「このボケナスチンカスゴミムシウンコクズどもが、寝惚けたことほざいてんじゃねぇ、マスかいて寝てろバカヤロウ」
圧倒的な口の悪さに、思わず口をポカーンと開けてしまう。
「大事な道具をなくすようなアホのために、またなくしちまいそうなアホのために、なんでわざわざオレがゴミにされちまうお宝を差し出さなきゃいけねぇんだよ、そこは譲れねぇよ」
ここまで言われて、俺は納得した。
これは職人のこだわりであり、誇りだ。自分の道具がどう使われるかに興味を持つのは当然のこと。大事に大事に使って使い潰すのならともかく、なくしたとは何事だ。気を悪くするのも無理はなかった。
「チッ、ツラはいいからイケてるかと思ったが、中身がカスか。しゃーねぇーな」
「いや、これは釈明させて欲しい。決して武器を粗末に扱ったわけじゃない」
「あ?」
「旅に出てから最初の剣は……迷宮の中で、大きな魔物と戦った時に折ってしまった。二本目は、持ち続けていることができなかったから……危険だったから、仕方なく手放した」
俺はじっと彼女の目を見て、尋ね返した。
「それとも、我が身を危険にさらしてでも、剣を握りしめておくべきか?」
職人は、その誇りを守ると同時に、職人としての分限を弁える必要がある。
例えば、俺は料理人だ。心を込めてお出しした皿は、残らず平らげてもらいたい。が、仮に例えばお客様が病気だったり、何か食べられない事情があるのなら、無理強いはできない。食とは、食べる人に幸せを齎し、健康を増進するためにあるものだ。それが却って体調を崩すとなれば本末転倒もいいところ。
剣の役目は、戦いにおいて持ち主の身を守ることにある。その本人に安全より剣をとるべしと、そこまで道具を優先して考えるようなら、所詮は独りよがりの職人だ。取るに足らない。
「……いーや。最善を尽くしたっつーなら、オレがケチつけるこたぁねぇぜ?」
「ならいい。こちらは剣を求めている」
「入れよ」
初めはどうなるかと思ったが、どうやらまともな取引になりそうだ。ほっと胸を撫で下ろした。
ガランとした室内に入ると、急にひんやりとした空気に包まれた。壁際には、幾振りもの剣が木の枠に懸けられている。
「オラ、こいつを振ってみろ」
渡された剣は、明らかにミスリル製だった。剣身が青白く輝いていたからだ。そういえば、さっき街の方で見たものは、この青い輝きがあまり見られなかった。
「これは、いい出来栄えだ。輝きが違う」
「わかるか? 大方、街のボンクラどもが打った剣でも見てきたんだろ。腕が悪ぃとよ、この青みが出ねぇんだ」
小さな椅子に落ち着き、足を組んで、頭をバリバリ掻きながら、彼女は言った。
「ミスリルは好きだぜ。お前ら青いのは知ってんだろうがよ、磨き方工夫すりゃ、もっと違った色にだってなんだぜ」
「へぇ」
「まぁ、あとで見せてやる。それより、お前の腕だ」
それなら、ということで、俺は剣を片手に構え、まっすぐ丁寧に斬り下ろす動作をしてみせた。
イフロースに習った型を一通り。心の中に、これまで立ち会った強敵を思い浮かべる。アネロスの手首を打ったあの技。コンパクトに鋭く振り抜く。大きく伸びやかに振るう動きと、小刻みに短く素早い動きと、意識して使い分ける。
演武が終わった時、溜息のようなものが漏れてくるのが聞こえた。
「お前、今まで何やって生きてきたんだ。えらく物騒な野郎だな? おい」
「見てわかるのなら話が早い。欲しいのは実用品だ。この剣もなかなかいい。言い値で買おう」
「だが、そこがいい。ますます濡れちまうぜ」
買うと言っているのに、俺の話も聞かず、ホアはいそいそと立ち上がると、奥の間に引っ込んでしまった。それから鞘に収まった別の剣を持ってきた。
「ちっきしょ、せっかくこういう時のために打っといたのに、オレがバカみてぇじゃねぇか」
「なんだ、その剣は? もっといいのがあるのなら」
「いや、こいつはイケメン用の剣だ」
「は?」
剣にイケメン用もブサメン用もなかろうに。
「じゃーん!」
そう叫びながら、彼女は剣を抜き放った。
「おおっ」
その輝きに、フィラックは思わず声を漏らした。
無理もない。屋外からの僅かな光を照り返して、なんとその剣身は七色に輝いていたのだ。
「ひたすら見てくれだけを追求したのがこいつだ! どうだ、イケメン用だろが」
普通、ミスリルはこんな色にはならない。技術と知識があってのことだから、それはそれで素晴らしいのだが、別に俺はこんなもの欲しくない。
「いや、この剣でいいから、別にそれは」
ギラギラ光って目立つばかりの剣なんか、使いたくもないし。
「まー、そうだな。実はオレもあんま気に入ってねぇし」
剣を置くと、ホアは俺に歩み寄ってきた。
「ってことで、剣が欲しいんなら」
「ああ、いくらだ」
「オレにお前の『剣』を寄越せ! ブッ刺せ! オラ、早くしやがれ!」
頭が真っ白になった。
やっぱり理解不能。
「い、今までもそうやって」
「ああ? バカにすんな! オレァ、これでも処女だぜ? 誰にもヤらせたことなんざぁねぇよ!」
後ろでノーラがボソッと呟いた。
「だと思うわ……」
「だろォ? 一目惚れなんだよ、一目惚れ」
しっかり聞こえていたらしい。
それからホアは腕組みし、ない胸を張って堂々と夢を語った。
「オレは最初から決めてたんだ。いつかはお姫様になるってな」
「お、お姫様?」
「おうよ! お前、金の腕輪してんだろ? ってことはアレだ、西方大陸のいいとこのお坊ちゃんってとこかァ? いいねぇ、貴公子じゃねぇか。貧乏でもねぇから、金に糸目もつけねぇし、んでもってイケメン! しかも腕もあるときた! 最高じゃねぇか!」
つまり、ホアの夢は「玉の輿に乗ること」なんだろうか。
しかし、それにしては、やってることとチグハグすぎる気がするのだが。
「貴公子……と結婚したい?」
「貴公子ってだけじゃダメだぜ? やっぱ見た目だろ。お前見た時、ビビッときやがったぜ! ああ、アガるぜ! 疼くなぁ!」
どこで何を教えてどんな風に躾ければこんな人格になるんだろうか。
現実と妄想の区別がついているかどうかさえ、怪しいものだ。
「おっ、そうだ」
何かを思い出したのか、彼女はまた奥の間に引っ込んだ。
そっと覗き見ると、どうやら箪笥の引き出しから指輪を取り出したらしい。あの七色に輝く剣みたいに、こちらも派手に輝いているので、それとわかったのだ。
「これを嵌めて……っと。あ、あれぇ? なんで指、入んねぇんだ? ああ、クソッ」
婚約指輪だか結婚指輪だか知らないが、そんなものまで準備しておいたのか。
「そっかぁーっ! 毎日鍛冶仕事ばっかりやってたもんだから、まぁた指が太くなっちまったのかよ! このっ、このっ」
俺は右に振り返った。ノーラは顔を引きつらせながら目を閉じて、無言で頷いた。
俺は左に振り返った。フィラックは顔を強張らせながら額に汗を浮かべ、無言で頷いた。
そっとさっきの剣を床に置いた。
剣は大事な道具だ。だが、どこまでいっても道具でしかない。つまり、使い手の安全より優先されるものではない。
俺達はそっと向き直り、足音を殺して戸口から出た。
そして全速力で逃げ出した。
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