天祐、荒々しく
王宮の制圧は小一時間ほどで終わった。
だが、占領を維持することなく、俺達は速やかに南門から外に出て、普段は市民の足になっている運河のボートに飛び乗った。所有者の許可は得ていないが、どうせ今はそれどころではないだろう。そのまま流れに沿って、街の南西部まで向かうと、そこでボートを捨てて歩き出した。
今は既に市街地を抜けて、まばらに木が生えているだけの海岸沿いを進んでいる。
「空模様が怪しいな」
目元を手で庇いながら、ドゥサラが空を見上げた。雲はますます黒ずんで、まるで日暮れ時のような暗さになっている。風が強くなってきているせいで、波も荒れている。遠く離れた砂浜には、白く砕けた波頭が見える。
メディアッシが横合いから声をかけた。
「殿下」
「なんだ」
「もしできれば、やはりこのまま逃れてください」
「何を言う」
だが、ここは譲れないところらしい。彼は首を振った。
「チャール殿下が亡くなられた今、ポロルカの王統を引き継げるのは殿下だけです。ここで我が身を庇うのは、決して臆病でもなければ、恥知らずな振舞いでもありません。これは大将の心得です。人の上に立つ者は、たとえそれが一見卑しく見えるやり方であろうとも、なんとしても生き延びて、目的を果たさねばならないのです」
「それも道理ではあるな」
一度は頷いておきながら、一方のドゥサラの方も、決意は固いらしい。
「では、逃げさえすれば再起はできるのか」
「できないと決まったわけでもございません」
「私でもわかる。もしこちらが勝てるとすれば、それは今日だ。もしこれ以上、パッシャに時間を与えてしまえば、いずれ二つ目のクロル・アルジンを生み出してしまうだろう。そうなったらもう、人の力では太刀打ちできなくなる」
歩きながら、ドゥサラは断固とした口調で言い切った。
「それなら、この国の王族として、民と生死を共にしたい。許せ」
「……御意」
覚悟するのはいいが、この波、この風で、果たして海を渡れるものかどうか。当然、水魔術を用いての移動も、簡単とはいかないだろう。今日という日に限って。恨めしく思わずにはいられない。
せっかく……もしかしたら、もしかしたらだが、クロル・アルジンの倒し方がわかったかもしれないのに。
もう、あれがどんな風に作られた代物かは、だいたいわかっている。その上で、奴の弱点がブイープ島にあるのもそうだ。それは政庁裏手の地下にあった石碑の記述、つまりイーヴォ・ルーがギシアン・チーレムに島への立ち入り権限を与えることで過去のクロル・アルジンを破壊させたことからも、また現に今、デクリオンが大勢の兵士と共に島に留まっていることからも明らかだ。
では仮に、俺がパッシャの監視をかいくぐって島に渡航し、クロル・アルジンの弱点を前にすれば、すべては解決するのか? いいや。もし俺の想定が正しければ、恐らくほとんどあらゆる手段で攻撃しても、その弱点すら破壊できない。できるとしても相当な労力がかかる。少なくともハイウェジを殺すのと同じくらいの手間になるからだ。この剣でズタズタにしようが、火魔術で焼き払おうが、いっそ汚染を気にせず腐蝕魔術で溶かし尽くそうが、何度でも甦るに違いない。
完全無欠に見えるクロル・アルジン、そしてアーウィン……だが、彼らの活動を支えるアキレス腱がある。まだ確実とは言えないが、もうじっくり考えている時間はない。
近くに岩山が見えてきた。あの岩山の内側がC字型の入り江になっている。そこはラージュドゥハーニーの港を警護する青玉鮫軍団の利用する拠点の一つで、今は不法行為のあった船舶の係留所として用いられている。俺の逮捕と同時に、ワングの所有する船もこちらに曳航され、今まで放置されていた。パッシャは、ブイープ島への渡航を妨害するために、自分達が使う分以外の船をすべて焼き捨てたが、こちらのことは把握していなかったらしい。
「あ」
ジョイスが間抜けな声をあげた。
頭上から雨の滴が落ちてきて、彼の額を打ったのだ。
「雨だ」
灰色に濁った海が、うねりをあげて砂浜に打ち寄せる。思わず袖で目元を覆いたくなるような突風が、時折混じる。
思いもよらないほど、この午前中のうちに天候は悪化しつつあった。しかも、どこまでひどくなるかも予想がつかない。
塔のように突き立つ黒ずんだごつごつした岩を回り込むと、外界の荒波からはある程度守られた、決して広いとは言えない入り江が見えてきた。唯一海へと口を開けている隙間を除くと、あとは平らな足場が石柱に支えられて、円形に広がっていた。その真ん中に一隻だけ、帆船が残されていた。外の暴風はほとんど吹き込まないが、荒れる波に帆柱の天辺が小刻みに揺れていた。
「ご無事でしたか」
俺達を出迎えていたのは、クーだった。彼の体格、体力では、船の出航準備の役には立たないから、出口を見張っていたのだ。
「チャール殿下は救えなかった。モートとマバディは討った」
「では、あとはブイープ島に渡るだけですね」
それだけで彼は踵を返し、どんどん先に立って歩いていく。
「フリュミー様! ドゥサラ殿下がお戻りです! 敵は討ったとのこと!」
「わかった!」
彼は船の甲板の上に立っていた。その指示を受けて、タバックはじめ魔物討伐隊の面々が帆柱に登ったり、ロープを運んだりしている。その真ん中で、ワングが一人、わなないていた。
俺達はそのまま、タラップから船の上に乗り込み、ディンに声をかけた。
「状態は」
「出航するなら、すぐだ。多分、雨風はもっとひどくなる。これ以上荒れたら、安全は保証できない」
それもそうだ。まるで台風がやってきたみたいになっている。
「やめてネー! 危ないのはダメネ!」
ワングが絶叫する。
「でも、このままクロル・アルジンが居残っても危ないのは」
「まだ船倉には積荷が残ってるネ! こっちで仕入れた香木もそのまんまネ! 船が沈んだら、全部台無しネ!」
そういう理由か。少し脱力した。
「ですが、フリュミーさん」
「ああ」
「どっちにしろ、これは船です。クロル・アルジンは音より速く飛べるんですよ?」
「音?」
そうだった。こっちの人間には、音が空気の振動であるという認識がない。
「ええと……つまり……マストの上から見える水平線より遠くから、船のある場所まで飛んでくるのに、一秒かかるかどうかなんです」
「なんだって」
「見てから避けるのは無理です」
あの不死身の体でぶつかってきたら。そうでなく、魔法攻撃を浴びせてきても、やっぱり助からない。まぁ、そちらはイーグーがいれば、一発か二発は耐えられるかもしれないが。
この問題を解決する方法は、結局、見つからなかった。
「あちらには銀鷲軍団もいますし、できれば一人でも多くみんなを連れて行きたかったのですが……やっぱり、いいやり方が思いつきませんでした。なので」
「お待ちください、ファルス様」
クーが割り込んだ。彼は神妙な表情で、ディンに尋ねた。
「大変失礼しました。でも、一つ無茶な相談をさせてください」
「なんだい?」
「出発を、あと三十分、いいえ、できれば一時間後とすることはできますでしょうか」
この提案に、誰もが目を見開いた。
「馬鹿な。この雨風が見えないのか。船出するなんて、それも待ってからなんて、自殺行為だ」
「承知しています」
「ではなぜ」
元奴隷、今でも少年騎士の従者に過ぎない彼が、一国の王子や重鎮が沈黙する中、あえて意見を口にした。
「クロル・アルジンが人に操られているからです」
「それがどうしたというのだ」
ドゥサラには、その意図するところがわからない。
「殿下、既に先にご連絡いただいていた事実からすると、クロル・アルジンを操ることができるのは、デクリオン、ウァール、モートの三人でした。うち二人は、既に命を落としているはずです」
「うむ」
「そうなると、もうかなりの老人であるデクリオンが一人で、あれに命令を下さなければいけません。これが何より重要です」
そろそろ俺には意味が飲み込めてきた。
クロル・アルジンは最強の武器だが、それを用いる側の脆弱性に付け込もうというのだ。
「命令されなかった場合……以前にファルス様があれに挑んだ時にわかったことですが、枝の先端を切り落とされたくらいでは反応せず、ちょっと大きな傷を負っても軽く反撃するくらいで、相手が死んだかどうかの確認もしません。つまり、命令されない限り、あれは何もしないし、できないものなのです」
「なるほど」
理解に至ったディンは頷いた。
「つまり、デクリオンはこう考える。島に渡る船は全部壊した。それでも何とか調達してやってくるかもしれないが、この嵐ではそう簡単には海を越えられない。なら、今のうちに一休みしておこう、と」
「はい。もちろん、手下に海を見張らせるくらいはするでしょう。でも、それにしたって船が島に着くギリギリまでは、気付くに気付けないはずです」
デクリオンが生身の人間である限り、休養は絶対に必要だ。だから、島に渡る船を沈めるべしという命令を下すまでは、安全なのだ。
「でも、問題が二つある」
ディンは冷静にそれを指摘した。
「一つは、デクリオンが事前にクロル・アルジンに命令を下している場合だ。つまり……自分はこれから眠るが、起きるまでの間に、島を目指す船があれば、見境なく沈めておけ、と。これをされていたら、僕らは助かりようがない」
「その通りです。だから、これは賭けになります」
「もう一つは」
ディンは後ろを振り返り、入江の外に目をやった。
「これ以上荒れる海を、乗り切れるかどうか、だ」
既に、こうして話している間にも、まばらだった雨は、岩に囲まれたこの入り江の内側にも叩きつけられるようになってきていた。
「私としては、賛成はできかねる」
メディアッシが沈黙を破った。
「無論、殿下の代わりに行ってこいと言われれば、それは望んで参りましょうが」
「メディアッシ、既に王室の存続など些事だ。無論、これは王家を軽んじているわけではないぞ」
ドゥサラは言った。
「私は賛成だ。どのみち、この暴風雨に乗じる以外、島に渡る術がないのなら、迷うことなどない。待てば待つだけ、あちらの備えは整っていく」
ノーラが俺に尋ねた。
「ファルスはどうしたらいいと思う?」
「僕は」
少しだけ考えたが、頷いた。
「僕も、ここで海を越えるべきだと思う。確かに、クーに言われて納得した。他の方法も考えたけど……」
あと少し、昼になるまで待って、水魔術を再度取り込んでから、あちらまで行くという作戦だ。しかし、それではアーウィンには対抗できないし、三千人はいるだろう銀鷲軍団の兵士も一人で相手どることになる。
身内を危険にさらしたくないのは今も変わらないが、このままではどうせ破滅的な事態が避けられない。脅威の大きさと問題の深刻さを考えるなら、同行者の安全より、少しでも確率の高い方をとるべきだ。せっかくここに揃っている戦力を置き去りにすることはない。
「ただ、フリュミーさん、これはそもそも可能ですか?」
「僕は」
彼は難しい顔をして言った。
「反対だ。船乗りとしては」
そう言ってから、首を振った。
「でも、無茶をするしかない。そういう状況なのもわかっている。どうしてもやるというのなら、今すぐできる限りの準備をする。それと船の上では、僕の指示に従ってもらう。失敗が前提だと思って欲しい。それでもいいなら」
最後に彼は頷いた。
「世界が滅ぶのを黙ってみているわけにはいかない。僕にも大事な子供達がいるからね。できることをするよ」
暴風雨の中をあえて突き進むとなれば、更なる準備が必要だ。ディンはワングの喚き声を全部無視して、甲板に命綱を張り始めた。両手でしっかりしがみつこうとも、激しい嵐はそんな人間の努力などたやすく蹴散らしてしまう。ふとした瞬間に船の外に投げ出されても不思議はない。
そうこうするうちにも、いよいよ雨風は激しくなるばかりだった。そのうち大雨が甲板を打つ音のせいで、少し離れたところにいる人の声もはっきり聴きとれなくなってきた。休まず作業しているディン達の髪はとっくにずぶ濡れだ。だが、あえて彼は俺達を岩壁の横に置いて休ませた。船を操る魔物討伐隊には作業を命じたが、他はなるべく、島での戦いのために温存しておくつもりなのだろう。
「若旦那」
「イーグー」
俺が邪魔にならないよう、隅っこで座っていると、彼が話しかけてきた。
「勝算はあるんですかね」
「一応は、ないでもない。ただ、最悪、アーウィンには逃げられるかもしれないけど」
「そいつはまずいですよ。あの野郎、クロル・アルジンのこさえ方を知ってるんじゃねぇんですかい」
「そうなんだ。デクリオンとアーウィンだけは、どうにかしないと」
わかってはいるが、こちらには決定打がない。仮にもし、俺が彼に対して圧倒的優勢を保ったとしても、いざとなればあちらは瞬間移動で逃げ去ることができてしまう。どうすれば勝てるかは、なんとか見えてきているだけに、これだけは悩ましいところだった。
「それより、島に無事に渡り切れるかどうかのが問題だ」
「そこですねぇ」
俺は彼の方に顔を向けて尋ねた。
「魔術で嵐を抜けることはできないのか」
「できなくはねぇですが、そういうのはシャルトゥノーマの姉御に言ってくれやせんかね。あのデカブツが突っ込んできやがったら、あっし以外の誰が止めるんで?」
「防げるのか」
尋ねられて、彼は指折り数えだした。
「まぁ、魔力障壁が尽きるまでは。けどそうなると、フリュミーの旦那の腕次第ですかね」
「関係あるのか」
「大ありでさぁ。直撃を止めようと思ったら、あっしも節約なんざできやしません」
正直なところ、今回の作戦の鍵は、イーグーが握っている。
「どれだけもたせられる? 上陸してからは、確実に飛んでくると思う」
「あっちについてからは、向こうも手加減なしとはいかねぇでしょうよ。デクリオンも自分を巻き込みながらぶっぱなすわけにはいかねぇでしょうが」
「まぁ、そうか。でなければ、兵士をおいて守らせるなんてしない」
「ってことですよ」
船の準備が整うと、俺達は乗り込んだ。ただ、ラピは留守番だ。船酔いのひどいクーも置いていくつもりだったが、彼は自分が言い出したことに責任を取るべく、あえて自らついてきた。
一応の命綱が張り巡らされ、それが全員に行き届くころには、視界はほぼ灰色だった。横殴りの雨が降りしきるばかり、というのがわかるだけ。
ディンが何事かを叫ぶと、もやい綱が解かれ、船体は小刻みに揺れながら、入り江の出口に向けて漂い始めた。
入り江の外に差しかかったところが、最初の難関だった。
思いもしないほど激しい横揺れが起きて、いきなり最初から難破しかねなかった。もっともディンにとっては想定済みらしく、巧みに船首を南に向けて、船体が浮き上がる力と押しやられる力を相殺しながら、なんとか全体を入り江の外に引っ張り出した。
飛行機の離着陸が危険だというが、船も同じだ。陸に近いところであればこそ、座礁の危険もある。まずはそこを乗り切った。
それから徐々に船首をまた東に向けていく。ほとんどの帆は閉じているのだが、それでも船は大きく揺らされながら、思いもよらないほど速く流されていく。
ディンの横にはシャルトゥノーマが立っている。彼からの要求に応じて、彼女は何かをしたように見える。恐らくは風魔術で、この暴風の悪影響を軽減する仕事をしようとしているのだ。
俺や他の仲間のほとんどは、全身をロープで固定している。船から落ちない代わり、船が座礁したら、一緒に沈むような格好だ。ただ、仕事をする人だけは、自由に身動きできる状態になっている。
また大きな声が聞こえてきた。俺には聞き取れなかったが、これで通じたらしい。船に叩きつける風の勢いが少しだけ弱まった気がする。と同時に、マストに縛り付けられた白い帆が解放されて、一気に広げられる。下で待ち構えていた魔物討伐隊の武人は、体を持っていかれないようロープで固定し、力を合わせて帆を縛り付けて固定しようとしている。
ほとんど狂気の沙汰だ。この暴風雨の中で、普段の帆走と変わらないくらいにめいいっぱい、展帆している。これが人の操る船とは思われないほど、モーターでも積んでいるのかというような異様な速度で、やや前傾しながら東に突き進んでいる。もちろん、それでも突風は繰り返し叩きつけてくる。そのたびに船は大きく左に傾いで、甲板は打ち寄せる白波に洗われた。
ようやく東側に、ぼんやりと黒い影が浮かんできた。
出発してから、それほど経っていない。神経をすり減らす瞬間の繰り返しではあったものの、時間にしてみればあっという間だ。
だが、そこでイーグーは後ろに向き直った。そして甲板を蹴ったかと思うと、そのまま空中に浮揚した。
灰色の空に、小さく黒い影が映った。
「回頭ー!」
ディンの絶叫が波風の轟きの狭間に聞こえた。
次の瞬間、船の左横に水の壁ができていた。どことなく不快な、船が小刻みに前後に揺れる衝撃がやってきた、かと思うと、今度は激しく左右に揺らされた。
「総帆、開けぇ!」
無茶苦茶だ。無茶でも、やるしかない。一秒でも早く島につかなくては。
さっきの一撃だって、完全に避けきったわけではない。直撃こそ回避したものの、イーグーが魔法で被害を軽減してくれているからこそ、沈没せずに済んでいる。
「回頭!」
もはや頼りにできるのは勘だけだ。だが、ディンのそれは冴えわたっていた。
今度は右側に水柱が突き立つ。弾かれたように船体が浮き上がり、海面に叩きつけられたのがわかる。その後を、崩れた水柱がこちらに倒れかかってくる。
「あっ!」
その時、人影が船の右から左へと弾かれて飛んでいくのが見えた。
靡く髪の色でわかった。シャルトゥノーマだ。辛うじて命綱があったものの、それが何かの拍子に解けたか、千切れたらしい。
俺は思わず、自分の命綱を解いて、そちらに駆け寄った。だが俺より先に、タバックが、クアオがすべてのロープを放り出して駆けつけていた。
シャルトゥノーマは、舷側に垂れ下がった一本のロープにしがみついていただけだった。
「掴まれ!」
クアオが絶叫する。その次の瞬間、また激しい揺れが襲った。
「危ない!」
俺もまともに立っていられない。舷側で転倒して、頭を打ってしまった。
遠くでノーラが俺に向かって叫んでいる。
なんとか起き上がると、その時にはもう、タバックとクアオが、シャルトゥノーマを引っ張り上げていた。二人は両手を伸ばしている。今、この時に一撃が来たら、三人とも海に投げ出されるのは間違いないところなのに。
「しっかり掴まれ」
彼女にロープを握らせると、彼らはまた、急いで持ち場に戻った。
さっき遠くに見えた黒い島影は、もう間近に迫っていた。
「衝撃に備えろぉ!」
まともな停船などできない。そうだ。後ろにはもう、クロル・アルジンが迫ってきている。無理やり船底を砂浜に乗り上げる形で上陸するしかない。
衝撃で体が裂けるんじゃないか。考えても仕方ない。俺も急いでさっきの場所に戻り、網のように組まれたロープの中に、体を滑らせた。
見上げると、既にマストは一本、へし折られていた。帆にも穴が開いている。魔法の直撃を浴びずとも、この暴風と大波ゆえに、物理的に砕かれ、引き裂かれてしまったのだ。
それでも、既についた勢いは止まらない。
もはやディンや魔物討伐隊も船の操作をやめ、ロープの網の中に退避した。耐えられるかどうかはわからない。
その直後、これまでで最大の衝撃が船体に走った。全身を打ちつけられたらしく、一瞬、気が遠くなる。
目を開けると、最後に残ったマストもへし折れていた。揺れは収まっていた。
甲板は、斜めにずれていた。船体がついに圧力と衝撃に耐えかねて、裂けたのだ。
ほうぼうから途切れ途切れに呻き声が聞こえる。だが、俺は何とか起き上がった。
「急げ! 降りるぞ!」
立ち上がって見回すと、船首のほうは、既に砂浜に食い込んでいた。
「さぁ! 起きろ!」
手近にいるノーラを無理やり引き起こす。
「走れ! 走れ! 船から飛び降りろ!」
こうして俺達は、再びブイープ島に降り立ったのだ。
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