青竜退治

 ナディー川の河口には、大きな水門が聳え立っている。ここから数キロ北にもう一つ大きな水門があって、そちらの方がより複雑な構造をしている。運河など市内施設への給水、及び浄水を担っているためだ。では、下流側のこの水門の存在理由は、ということだが、これは専ら予備的なものとなる。海水の逆流を防ぐ、長雨の際の市内の排水と洪水対策、渇水対策のための貯水池への水の流入、またその排出を行うなどだ。ラージュドゥハーニーはナディー川の西岸にあるが、水不足に対応するための貯水池は、東岸の無人の土地に置かれている。

 さながら城砦のような立派な建造物だ。言うまでもなく、統一時代に建設されたもので、今ではこれだけのものを作り出す技術は残されていない。


「遅いわね」


 隣に立つノーラが、額の汗を拭う。


 水門の上に立ち、遥か南の海を眺め渡す。ここからでもブイープ島の影は見える。さっきまで、そこにポツンと浮かぶ船影が見え隠れしていた。ザンをはじめとした命知らずの男達が、青竜にちょっかいを出しては逃げてを繰り返していたのだ。

 彼の性格を思えば、遮二無二突撃を命じたいところだろう。だが、それではさすがに勝ち目がない。一応、役割には忠実らしく、遠間から矢を放ったりして、青竜の怒りを煽っている。近付きすぎると逃げきれなくなるし、そうなるとこの水門の内側に誘導できなくなる。じれったい思いは彼も同様だろうが、我慢しているのだ。


「不思議だな」

「何が?」

「青竜がどうしてこんなところに来たんだろうってこと」


 竜といえども、この世界に生きる動物でしかない。生命力に優れた肉体を備え、高度な魔術を操る並外れた存在ではあるが、普段は獲物を襲い、食らうだけだ。それがどうして二頭揃ってこんな南の島に居座ろうとするのか。


「巣でも作るのかしらね」

「繁殖か」

「他に何かある?」


 それは道理の通った推測に思われる。ただ、青竜の生態がどんなものかは、一般には知られていない。一つ言えるのは、わざわざ人間の大都市の近くで営巣するような命知らずな青竜は、これまで記録されたことなどなかった、ということだ。


 夜明けから既に何時間も過ぎている。ザンとその配下は、これだけの長時間に渡って青竜を挑発し続けているのだ。なのに、いまだに青竜は彼らを深追いせず、追い払うにとどめている。

 なるほど、既に生まれた幼生の青竜でもいれば、それも納得の動きだが……


「あっ」


 ノーラが声を漏らす。と同時に、水門の上に立つ兵士や冒険者達もどよめきの声をあげた。

 海面の上に、大きな水柱が噴き上がるのが見えたのだ。


「いよいよか」


 旋回して船首を北に向けたザンの船が、いきなり白色に膨らんだ。思わず見事、と唸りたくなる。

 これまでもディンが船を操るのを横で見ていたが、実はザンが今やったように、すべての帆を開くような暴挙は滅多にしない。今は海風の時間だから、南風が強くザンの船を押すのだが、この風の力が思った以上に強烈なので、普通は微風のときでもなければ総帆開けなどとは命じたりしない。迂闊にそんな真似をすれば、帆が破れてしまうことだってある。

 だが、今は無茶をしてでも船足を速くして逃げ切らねばならない。これくらいしないと、青竜にあっさり追いつかれて船を沈められてしまうのだ。


「ああ、また」

「凄いな。また避けた」


 海面から首だけ出した青竜が、後方から何かを仕掛けたのか、またも水柱が突き立った。だが、間一髪、ザンの船はこれを回避した。

 蛮勇に見合うだけの腕はある、ということか。


 水門の上流方向に目を転じる。

 そこでは、いくつかの四角い貯水池が陽光を静かに照り返していた。その周囲を緑の濃い木々が覆っている。視認はできないが、あの森の中に戦力の大半が隠れている。キースもペルジャラナンも、あちらにいるのだ。


「ここまで来たわ」


 俺達の真下を今、ザンの船が潜り抜けた。興奮した青竜もまた、その長い体躯をうねらせながら、水門の内側へと滑り込む。


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 ハンヴァル (20)


・マテリアル ドラゴン・フォーム

 (ランク6、男性、322歳)

・マテリアル 神通力・高速治癒

 (ランク7)

・マテリアル 神通力・怪力

 (ランク7)

・マテリアル 神通力・断食

 (ランク7)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・アビリティ マナ・コア・水の魔力

 (ランク9)

・アビリティ 水中呼吸

・アビリティ 痛覚無効

・スキル 水魔術     8レベル

・スキル 水泳      6レベル

・スキル 爪牙戦闘    6レベル

・スキル 対話コマンド  3レベル


 空き(9)

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 俺は目を疑った。


「どうしたの?」


 身を乗り出した俺を支えながら、ノーラが尋ねた。


「おかしいぞ」

「なにが?」

「あの青竜、誰かに操られている」


 対話コマンドがあり、名前がある。つまりこれは、使役者がいるということだ。


「レヴィトゥアみたいなやつがいるってことか?」

「どういうこと?」

「能力を見たんだ。前に説明したはずだ」


 理解が追いついて、ノーラも表情を引き締めた。

 つまり、青竜が島に居着いたのは、繁殖のためではない可能性がある。誰かが操って島を封鎖した? でも、何のために?


「あ……見て!」


 ノーラが遠くの海上を指差した。


「もう一頭までついてきちゃったみたい」

「まずいな」


 翼を広げれば大きいのが黒竜、重量で最大なのが緑竜なら、最大の体長を誇るのが青竜だ。細長い蛇のような体は、実に四十メートル近くにもなる。手足が短く、外見で言えば、東洋の龍とか、以前に見たヘミュービに近い。

 あれだけの巨体を相手にするとなれば、最初は接近戦などまず不可能だ。ジャンボジェット機より大きな体をしているのだから。当然、弓や魔術兵による魔法攻撃で仕留めることになるのだが、青竜もただの的ではない。川の排水も一瞬では終わらない以上、特に最初のうちは、青竜が激しく暴れまわることが予想される。あの強烈な水流が兵士達をなぎ倒すだろう。

 一匹だけでも大変なのに、これが二匹になったらどうなるか。


「あれは僕がやる」

「えっ」

「心配しなくていい。対策はもうしてある。やられなければ消せばいいだけだ」


 後方の仲間の安全と、自分の利益を兼ねて、俺はもう一匹を始末することにした。


「うまくごまかしておいて」


 それだけ言い残すと、俺はポーチを押し付けて、慌ただしく脇の階段から駆け下りた。


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 ファルス・リンガ (13)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、12歳・アクティブ)

・マテリアル プラント・フォーム

 (ランク5、無性、3歳)

・アビリティ 超回復

・アビリティ マナ・コア・水の魔力

 (ランク5)

・アビリティ マナ・コア・力の魔力

 (ランク8)

・アビリティ 水中呼吸

・スキル フォレス語   7レベル

・スキル シュライ語   6レベル

・スキル 剣術      9レベル+

・スキル 水泳      7レベル

・スキル 水魔術     7レベル

・スキル 力魔術     8レベル

・スキル 料理      6レベル


 空き(0)

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 コンセプトは単純だ。なんとかして、青竜の一撃を生き延びる。水中呼吸の能力があれば、溺れ死ぬこともない。その上で、青竜を種に変える。これだけ。ただ、水面に顔を出されている状態では、いきなり消し去るのに都合が悪い。

 だから、水中に引きずり込む。


 水門の真下に降り切ったところで、上の様子を見ると、案の定、騒ぎになっているようだった。水門を閉じるべきか? それともこのまま誘いこむべきか? 閉じても、青竜が水門を叩き割るかもしれない。まだ若干の猶予はあるが、この様子ではやはり、俺がやるしかなさそうだ。

 前方に視線を向ける。ゴツゴツした岩場だ。とはいっても、繰り返し流れる水にさらされているので、表面が削られて丸くなっているのもある。その大きな岩の狭間に、濡れた砂が堆積している。その向こうは海だ。

 装備を外している時間はない。既にバクシアの種その他貴重品の入ったポーチはノーラに預けてある。俺はそのまま、速足で水際に行き、短く詠唱してから水中に身を投げた。


 水中は濁っていた。無理もない。ただでさえ土砂を含む川の水が流れ込む場所で、そこをたった今、青竜の巨体が遡っていったのだから。細かい砂塵が目の前に迫っては横へと流れ去っていく。

 もう少し潜らなくてはいけない。前方には、まだ距離があるが、波を起こしながら水門を目指すもう一頭の青竜が見えている。あれの真下に滑り込み、力魔術で下に引っ張らなくては。


 潜ってみて、少し計算外だったとわかった。たった二十メートル程度しか潜っていないのに、視界が既に暗くなってきている。輪郭がわからないということはないのだが……水中とはこんなに暗いものだったのか。特に暖色系のものが、どれもこれも黒ずんで見える。

 青竜は、小さな人間が一匹、真下に潜ったからといって、頓着はしなかった。俺とすれ違って、どんどん先に行こうとしている。その黒い影が頭上に大波を起こして通り過ぎようとしていた。


 その瞬間、青竜の背骨がひしゃげた。これしきでへし折れるようなやわな体はしていないものの、体の真ん中が水没し、周囲に大きな泡ができている。このまま全身を水中に……

 だが、そこで青竜はこちらに気付いた。


 青竜が口を小さく開いた。途端に衝撃のようなものが水中を伝わって俺を押し流す。視界が揺れたと思ったら、背中に衝撃を感じた。

 今の一発で海底に叩きつけられたのだ。念のため、水魔術で対抗しようと考えていたのだが、まったく意味がなかった。


 痛みというよりは、ひたすら朦朧とさせられるというか、痺れに近いものを感じる。それで俺は理解した。青竜の水魔術をまともに浴びてしまったのだ。多分、これだけで全身の骨が砕かれた。意識を保てているのは幸運だった。俺のいる場所がちょうど砂地になっていたのもよかった。頭部を岩にでもぶつけていたら、さすがに意識を保てなかっただろうし、即死していたかもしれない。

 やはりというか、竜種なだけはある。ピアシング・ハンド抜きで戦うとなれば、有利な条件なしには苦戦は避けられなかっただろう。


 その青竜は、俺にトドメを刺そうと深みに潜ってきていた。これ以上、引き寄せるメリットはない。俺は念じた。

 水中に突然、種が浮かび上がって、巨体が消え失せた。ぽっかり空いた場所を埋めようとして、周囲の海水が押し寄せる。今の状態では、種を掴みに行くなどできない。魔道具の力を借りて、小さな種をこちらに引き寄せるしかなかった。


 時間と共に明らかな回復を感じて、ようやく俺は浮上した。あの一瞬、一撃で、更に数十メートル下まで押し流されていたのだと気付いた。

 まだもう一頭の青竜がいる。動員された他の仲間が無事である保証はない。救援しなければならない。


 さっきの岩だらけの海岸から這い上がると、そこにノーラが立っていた。


「無茶し過ぎよ」


 彼女は不機嫌そうにそう言った。


「なんてことはなかったよ」

「うそ」

「あっさり片付いた」

「肩当てが取れてるじゃない」


 言われて気付いた。あの一撃で右肩を覆っていた赤竜の鱗の肩当てが引きちぎられて吹っ飛んでしまっていた。


「一発は貰った」

「その一発で、船が沈むのよ?」

「今は元気だ。それより、みんなが戦っている」


 説教は後で聞く。だが、今は他にやるべきことがある。

 それと理解したノーラは溜息で済ませてくれた。


 俺達が駆けつけた頃には、さしもの青竜も弱り切っていた。上流の水門は閉じられ、下流の水門は開放されたまま。川底が見えるくらいに干上がっていて、そこで巨大な青竜がとぐろを巻いていた。その顔を見ると、どうやらペルジャラナンの火魔術を何度も浴びたらしく、ところどころ黒焦げになっており、顎のところは割られてしまって牙が見えている。また、全身に針のように矢が突き刺さっていた。

 上流側から、小さな黒い影がいくつか、足早に駆けていた。その後ろには、船尾を砕かれた船がある。とすればあれは、直接、青竜にトドメを刺そうというザン達か。なんでもかんでも刀で斬らねば気が済まないのだろう。とはいえ、青竜もまだ、首をもたげるくらいの力は残っているのに。


「片付けてくる」


 俺は青竜の頭を指差した。その瞬間、支えきれない重さを感じたのだろう。青竜の頭が、泥土の中に突っ伏した。

 剣を手に、俺も駆け出した。

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