ブスタン防衛戦、決着

 星明かりだけの暗い夜空から、灰色の大地を見下ろす。起伏に乏しく、ほとんど草木もないので、目印となるものがない。だが、今の俺にとってはさほどの距離でもなく、目標とするものはすぐ見つかった。

 セミンとフマル、その他氏族集団の連合軍だ。ブスタンに内通者を送り込み、急襲して一気に攻め落とす計画。本来なら、今頃は酒盛りでもしていたはずだった。しかし、思わぬ抵抗にあって少なからぬ被害が出たこと、またラークの暗殺に失敗したのもあって、彼らは一時的に南方の水場へと撤退していた。

 彼らも油断してはいない。地上にはところどころ篝火が置かれ、そこに歩哨が立っている。ラークの手勢は僅かながら、奇襲を浴びせるくらいはできるだろう。一方的とはいえない形勢になった今、ブスタン在住の男達が戦力になる可能性もある。


 だが、彼らの警戒線はあくまで地上の戦力に対してのものでしかない。


 さて、この体、どうなるか心配だったが、思った以上に調子がいい。もともとそうやって飛んでいた生き物の体で神通力を使うと、心配などいらないくらい楽に空を舞うことができた。最初はそれでもまごついたが、今ではかなり自由自在に動き回れる。

 敵軍は今夜中に追い散らす。でないと、アーズン城やハリジョンの救援に出向けない。そちらを片付けないと、バタンやタフィロンを廃墟にできない。だから、さっさと済ませる。


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 (自分自身) (12)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・火の魔力

 (ランク9)

・アビリティ 魔導治癒

・アビリティ ビーティングロア

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、11歳)

・マテリアル ドラゴン・フォーム

 (ランク7、男性、325歳・アクティブ)

・マテリアル 神通力・飛行

 (ランク9)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・スキル サハリア語  5レベル

・スキル 身体操作魔術 9レベル+

・スキル 火魔術    9レベル+

・スキル 剣術     9レベル+

・スキル 料理     6レベル


 空き(0)

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 とにかく空き枠がない。それでやむなく、身体操作の魔力を諦めて、一時的に暗視能力を身につけた。いっそもう、赤竜になりきって暴れたほうがいいような気もしてきたが、人間に戻ったときの戦闘力がないのも困る。

 眼下には、いくつも丸い天幕が並んでいる。陣地の内側だ。ではまず、何から狙うべきか。追い散らすだけではだめで、ここでしっかりと継戦能力を削ってしまわなくてはいけない。となると、まずは馬、か。


 天幕は、中央の水場を囲むようにして配置されている。その水場のすぐ近くに杭が打たれ、馬が繋がれている。ブスタンに寄せてきた騎兵は二千人弱だったようだが、今、ここにいる馬はというと、その半分くらいしかいないようだ。昼間の襲撃で馬を失ったのもいるのだろう。それに少なくとも二、三百人ほどは戦死したはずだ。

 まず、この移動手段を奪う。しかし、それだけではここに居残り続ける。水はなくせないので、次は食料だ。同じく、陣営の中ほどに粗末な四角い小屋が建てられていて、そこに袋が山積みにされている。考えるまでもなく、あれが兵糧に違いない。

 標的が決まった。


 急降下しながら口を開き、体の奥からこみ上げてくる熱量に身を委ねる。一瞬、視界が真っ黒に染まった。オレンジ色の光が、ぶちまけられた絵の具のように、黒いキャンバスを汚した。背中から炎を浴びたその粗末な小屋は、一瞬身を縮めて沈黙したが、すぐさま火柱となって抗議の声をあげはじめた。

 これでいい。次は馬……


 足下から、突然の襲撃に興奮した馬の嘶きが聞こえてくる。まもなく人間どもも気付いて駆けつけるだろう。俺は空中で旋回して、そのまま一気に地表近くまで舞い降りた。そこでホバリングしながら、左から右へと、一気に赤い炎を噴きつけた。

 何頭もの馬が、全身を炎に包まれて荒れ狂い、それ以外の馬も杭や縄を焼かれ、驚いて暴れ出す。陣地の隙間から、大急ぎで駆け出していく。

 今度は幕屋だ。


 知性のない赤竜と違って、俺はまったく冷静なまま、またも空中に浮上した。ここからなら、矢も届かない。連中はどうやら、なぜこんな混乱が起きているのか、把握しかねているのだろう。敵の姿も見えないし、火の不始末にしては不自然だ。

 その混乱に付け込んで、更に犠牲を増やす。足下のテントが一列に並んでいる辺り、そこに目星をつけて、また一気に急降下する。上から炎を間断なく吐き出しつつ、それらをすべて焼き払う。

 本当は地上に舞い降りて大暴れしたい。肉体の精神への影響はあるらしく、やたらと全能感が溢れ出てきて、凶暴な気分になる。だが、それをするだけの力が今はない。だから、なるべく人的被害を増やすべく、外側のテントから順に焼いていく。逃げ道を絶つためだ。


 ばらばらと人間が出てきて、こちらを指差している。

 内心、愉快でならない。やっと気付いたのか。今更。ざまあみろ。

 それで、そんなチンケな弓で、何をするつもりだ? こちらに向けて構えて、放つ……届くわけがない。威嚇できればいいと、そういうつもりなんだろうが。


 いったん、上空に引き上げる。

 これで去ったと思うのだろう。だが、甘い。そこから一気に急降下する。警戒を解いた連中の頭上に、火球を叩きつけた。爆発すると同時に、ビシャッ、と血と臓物が、乾いた砂漠の固い大地に撒き散らされる。遅れて周囲の天幕の裾が燃え始める。


 もちろん、まともに戦ったのなら、千人以上もの兵士がたった一匹の赤竜に手も足も出ないなんてことはない。普通なら、食欲と狩猟欲に動かされた赤竜は、遠くからの炎の息もそこそこに、人間相手に接近戦を挑むだろう。そこで小さな傷でもつこうものなら、途端に凶暴化する。それは相手取る人間にとっては恐怖だが、もともと痛みを感じない赤竜は、自身の負傷を省みない。だからそのうちに力尽きて、討伐されてしまう。もしくは正気に返ったにせよ、適当なところで撤退するしかない。

 だがこうして、計画的にその能力を有効活用すれば、正面から戦うよりずっと大きな被害を与えることができる。もちろん、こちらも相手を殲滅するには至らないが。


 一時間も経たないうちに、この場に宿営していた黒の鉄鎖の戦士達は、陣地を放棄して南へとばらばらに撤退し始めた。昼間の勇ましさを思えば意外な脆さだが、或いは陣頭に立つような強者は、先の戦いで死に絶えたのかもしれない。彼らを率いる頭領達もいないのだろうし。

 馬と食料を持っているのだけ追撃して、あとは好きにさせた。大勢を取り逃がしたが、この砂漠の中で、水も移動手段もなしで、どれだけ生き残れるか。少なくとも、このままアーズン城に駆け込んで、ティズの負担になるようなのは、ほとんどいないだろう。

 生き残りがいなくなったのを確認すると俺は地上に降り立ち、馬の死骸に目を向けた。この赤竜の肉体にも餌を与えなくてはいけない。ここらでたらふく詰め込んでおくのがよさそうだ。


 翌朝、俺は遅い時間にのんびりと目を覚ました。

 起き上がって身支度し……前日に着ていた服は血塗れで、もう捨てるしかなかった……足取り軽く、広場に向かった。そこはちょっとした騒ぎになっていた。


「おはようございます」

「もうすぐ昼だ」


 ラークは俺を見て、ぎこちなく口元だけで笑った。この寝坊に文句がないのは無理もない。前日の奮闘と活躍を知れば、苦情などあろうはずもないからだ。

 それより広場の真ん中だ。そこには木製のちょっとした台があり、一本の柱が突き立っている。そこに一人の老人が膝をついていた。見覚えがある。古老のうちの一人だ。また、その下に何人かの男達が縛られたまま、転がされている。こちらは、捕虜になった敵の兵士だろう。


「あの人が敵を匿っていたんですね」

「そうだ」


 つまり、これから見せしめに処刑するわけだ。止める気はない。街の仲間を裏切って敵に通じたのだから、当然の結果だ。


「ところで、ラーク様」

「なんだ」

「敵の陣地の偵察には、人を送りましたか」

「ああ、今朝方、何人かを送り出した。それなりの被害を与えたとはいえ、大多数は無事だ。きっとまだ、ブスタンを諦めてくれないだろう。次こそ本気の攻撃だ。なんとか持ちこたえねば」


 俺はニヤニヤしだした。


「どうした。何がおかしい」

「では、そろそろ戻ってくる頃ですね?」

「そうだ」

「では、帰ってきたら、僕に一言、台の上で言わせてください」


 眉根を寄せるラークの下に早速、馬が駆けてきた。


「ラーク様!」


 振り返ると、一人の騎兵が慌ただしく馬の背から降りたところだった。


「確認してまいりましたが、敵がおりません!」

「なに!」

「野営地は焼け焦げておりました。大勢の死体と馬の死骸が転がっておりました。敵の姿は見当たりませんでした」


 大勢といっても、そんなに数は稼げなかった。直接殺せたのは、多分、百人もいなかっただろう。それでも、昨日のここでの俺以外の分を含む戦闘と昨夜の分を合わせれば、五百人くらいは削れた気がする。

 二千人の中の五百人だ。小さくはない。しかも糧食も焼かれ、馬も失った。彼らには撤退以外の選択肢がなかった。

 この、思いもよらない知らせを受け、ラークは顔色を変えて俺に振り返った。


「それじゃあ、ご挨拶しますね」


 俺は悠々と台の上に登り、そこで声を張り上げた。


「ブスタンの皆様、お聞きください」


 頭領のラークではなく、素性も知れない少年が、いきなり何を言い出すのか。広場に集まった人々は、怪訝そうな顔で俺を見上げた。


「昨夜、ラーク様の命により、敵の野営地に夜襲をしかけました。結果、ブスタンを狙う敵は壊滅し、逃げ去っていきました!」


 はじめ、市民達は目を白黒させていた。だが、次第に意味を理解して、まばらな拍手と歓声があがりだした。


「ブスタンはネッキャメル氏族にとっての! そして赤の血盟にとっての至宝です! 決して敵の手には渡しません。これは女神への誓いにも等しいものです。だからこそ族長ティズは、アーズン城でも選り抜きの精兵を遣わして、特にこの地を守らせたのです。そして我々はその誓いの確かさを、身をもって示しました!」


 オーッと歓声があがる。半信半疑な人もまだいるようだが、どうやら本当に勝ったらしいと理解し始める。


「これから我々は、今度はアーズン城を囲む敵を打ち破り、そのままフィアナコンを奪回します! バタンもタフィロンもジャンヌゥボンも! 一年後には鳥の巣にしかならないでしょう!」


 黙って様子を見ていたラークだったが、ここに至って急いで壇上に駆け上がった。


「ラーク・ネッキャメルだ。我らに協力してくれたこと、深くお礼申し上げる」


 素性不明の少年と違って、こちらは社会的信用のある貴公子だ。群衆は静まり返ったが、その視線はむしろ一層、熱を帯びた。俺も引き際と考えて、一歩後ろに下がる。


「心配はしないで欲しい。念のため、今日これから、敵の野営地に向けて追撃をかける。周辺に敵軍がいないか確認するまでは、ブスタンを離れる予定はない」


 なるほど。俺は昨夜、暴れまわって敵を倒したという確信があるから、すぐ出発するみたいなことを言ってしまったが、そのことはまだ、俺と偵察兵にしかわからないことだ。さすがに報告を鵜呑みにはできないし、万が一があってはいけないので、自ら確認に出向こうというのだろう。妥当な判断だし、大変結構だ。


「だが、勝利が確認でき次第、我々はアーズン城に迫る敵を討つだろう。守り続けていたのでは戦いには勝てない。むしろこちらが敵を攻め、守らせるように仕向けなくてはならない。そうしてこそ、本当にブスタンの安全を守ることになる」


 まだ決着がついたとするには気が早い。しかし、ブスタンの防衛に成功したとしても、それは局地戦の勝利に過ぎない。まだ、アーズン城もハリジョンも敵の包囲を受けているはずだ。既にフィアナコンが敵に渡っていることを考えると、いまだに状況は劣勢というべきなのだ。


「先の戦でも赤の血盟は勝利した。今度の戦でもそれは変わらない!」


 ラークがそう声を張り上げると、人々は諸手を挙げて歓声を浴びせた。

 まぁ、これでいいだろう。敵が本当に壊滅したかどうかを、今日一日かけて確認するだろうから、それまでにまた騎乗スキルを戻して、一緒にアーズン城に戻れるようにすればいい。


 そう考えていると、壇上にもう一人、この街の長老があがってきた。


「皆の者」


 その声には元気がなかった。歓声も止み、微妙な空気が流れる。


「勝利を祝いつつも、残念だが、せねばならぬこともある」


 深い溜息をつきながら、彼は続けた。


「盟約を信じられず、街を裏切った者には制裁を」


 この一言に、勢いよく二人の男が壇上に駆け上がり、膝をついたままの古老を乱暴に引き起こした。そのまま声をあげる時間も与えず、無理やり後ろに引っ張り込んで、首に縄をかけた。その縄の一方を、二人の男が掴むと、全体重をかけて舞台の後ろ側に飛び降りた。途端にグッと持ち上げられた古老の体が、上へと吊るしあげられる。

 誰も声をあげなかった。ブスタンの市民は理解している。ティズがこの戦争に勝利した場合、この裏切りの責任をブスタン全体の罪として問う可能性がある。懲罰的な課税で済めばまだいいが、もっと大きな制裁もあり得る。こうなってしまっては、とにかく恭順の意を示すしかない。


「ラーク様」


 俺は足下に転がされた敵の戦士達を見下ろしつつ、尋ねた。


「こちらはどうしますか」

「捕らわれた味方が出たら、交換を申し出るのに使えるかとは思うが……」

「敵が逃げ去ってしまっては、それも難しいでしょうね」

「であれば、血の贖いをしてもらわねばならん」


 捕虜は死刑だ。

 この街に入り込んでラークを狙った連中は、俺達がブスタンに向かう途中に見かけた、あのネッキャメル氏族の女子供を殺した張本人でもある。人道的配慮もへったくれもない。


「では、せっかくですから楽しくやりましょう」

「楽しく?」


 俺は返事をせず、台から降りた。そこで目が合った。


「ジルさんですか」

「本当に勝ったのか」

「ええ。ミルークさんから聞いていませんか? 僕の力のこと」


 彼女は表情を変えなかったが、少しは知っていたのかもしれない。何も言わなかった。


「これから僕はアーズン城とハリジョンを救援します。それが済んだら、フィアナコンを陥落させるつもりです」

「では、まだ戦うということだな」

「はい」


 彼女は、昨日と同じく、武装していた。およそこの地域では、女の格好とはいえない。短くした髪を頭巾で覆い、革の鎧で上半身を覆っただけの軽装だ。


「私も戦う」

「いいんですか? でも、何のために? ミルークさんが喜ぶとでも?」

「私がそうしたいと思ったからだ」


 それで俺はそれ以上尋ねず、視線を切って捕虜の一人に近付いた。

 薄汚れたターバンの下には、日焼けした髭モジャの顔が見えた。ピアシング・ハンドのおかげで、調べずとも身元が分かる。


「フマルだな」

「小僧が。我らが死を恐れると思ったか」

「指を一本ずつ、縦に割いてやろうか」


 俺は微笑みを浮かべつつ、そう言った。穏やかな口調で。


「ラーク様」

「なんだ」

「金品などの褒美はいりません。ただ、こいつらを好きにさせてください」


 俺は数人の捕虜を連れて、最寄りの塔を目指した。街の防衛のために散在する、あの塔だ。捕虜達は、後ろからネッキャメルの戦士達に拘束されて、身動きできない。


「どうするつもりだ」


 フマルの戦士は、こちらに向き直って尋ねた。


「こんな場所でやることと言ったら、一つしかないだろう。そら、すぐ下を見ろ。あそこでお前は死ぬ」

「こっ、このっ……」

「怒ることか?」


 俺は哄笑しながら言った。


「お前達だろう。水場にいたネッキャメルの女達を襲い、死に追いやったのは」

「ふん」

「お前が死ぬだけでは済まないぞ」


 夢や希望があってはいけない。絶望でなければ。


「お前の妻や子供も殺す。タフィロンも焼き払う。何も残さない」

「おのれ」

「一足先に死ね」


 男は後ろ手に縛りあげられていて、しかも足にも縄がかかっている。ヨチヨチ歩きしかできない。そんな彼を強引に引っ張り、胸壁のすぐ横に突き出した。


「……だが、謝罪の言葉があれば、気が変わるかも知れないぞ?」

「たわけ!」

「ははっ」


 俺は彼の最期の意地を鼻で笑って、足を引っかけて突き落とした。

 男は体を半回転させて、すぐ下の固い地面に頭から落ちた。高さがない分、骨が砕ける音が、ここまで微かに聞こえてきた。


「おや、やっぱり助からないらしい……皆さん、こいつらに先輩の姿を見せてやってください」


 俺の指示に応えて、彼らは捕虜達を胸壁の際にまで押し出し、塔の下に転がる死体を見せつけた。


「じゃあ、次は誰にしようか」


 恐怖を感じない人間などいない。こうして少しずつでも精神を蝕んでから、殺す。


「お前にしよう」


 基準は年齢だ。年嵩の者から殺す。どこで泣きが入るか、楽しみだ。


「さあ、謝罪してみろ」

「くたばれ!」

「お前がな」


 二人目も頭から落ちた。その様子を、後輩の戦士達も見物させられた。

 一度やってみたかった殺し方だ。前世、あの中央アジアの征服者だったティムールについて、どこかで読んだ記憶がある。彼は一時期、捕虜を崖の上から突き落として殺すのにハマっていたらしい。そんなに面白かったのかと、少し興味があったのだ。

 だが、実際にやってみると、あっけなくてつまらない。拷問にかけて、もっと苦しませてから殺したほうがいいような気もする。まあ、いいか。いろんな殺し方を試せば。


「次はお前か」

「図に乗るな」


 拘束されたフマルの戦士は、俺を見据えて言った。


「お前もいずれ死ぬぞ」

「そうだな」


 だが、俺は平気だった。


「普通なら、誰でも死ぬ。どうせ死ぬ。だったら」


 笑いがこみあげてくる。


「死ぬ前に一人でも多く殺したほうが、得だな」

「なに」

「落ちろ」


 じわりと楽しくなってきた。そうか。死ぬ奴を見ても仕方がない。これから死ぬのを見届ける仲間の顔をみると、これが楽しい。我慢しているのだろうが、顔色が変わる。


「四人目は、お前」


 まだ若い男だった。


「若いな。歳はいくつだ」

「……二十一」

「結婚はしたのか。子供は?」

「一昨年だ。子は……半年前に生まれた」

「そうか。それで謝罪は?」


 彼は、ぐっと息を呑み込んだ。

 俺は頷き、指示を下した。


「死ね」


 一瞬、男の表情に言い知れない悲しみが見て取れた。だが、知ったこっちゃない。


「五人目は……お前にしようか」

「ひっ」


 いい反応だ。


「謝罪は?」

「えっ……」


 胸壁の向こうに上半身を突き出されながら、彼は下を見た。物言わぬ四つの遺体が転がる。もうすぐそこに自分も加わる。


「まだ若いな。十七くらいか?」

「うっ……」

「もしかして、この前のが初めてだったんじゃないか? どうだ、筆下ろしは。気持ちよかったか」


 強姦もサハリアの戦争の一部だ。こいつも楽しんだに違いない。


「それで、謝罪は? 気が変わるかもしれないぞ」

「う……あ、あの」

「なんだ」

「も、申し訳なく……戦士長の命令で……逆らえなかったので」

「そうかそうか」


 俺は大仰に頷いてから、言った。


「でも死ね」

「え、ええっ!?」

「謝ったからって必ず助けるとは言ってない。死ね」

「ううっ、うわぁあ!」


 悲鳴をあげながら、そいつもまた、塔の下へと落ちていった。


「あと二人か。いいや、落としちゃおうか」

「ひっ!」

「わっ?」


 下から小さな衝突音が聞こえて、始末が済んだとわかった。

 もう飽きた。次は別の殺し方をしよう。


「ふっ……ふふふ」


 なのに笑いが止まらない。楽しくて仕方がない。


「はははは」


 ネッキャメルの戦士達も、何か異様なものをみるかのような目で、俺を見つめだしている。なのに、どうしても止められない。

 人を殺すのが、楽しくて、楽しくて。


「あっという間でしたね」


 処刑を手伝ってくれた味方の戦士達にそう言って笑いかけると、俺は足取り軽く、下り階段に足をかけた。


 さあ、次だ。

 今度はアーズン城で血の雨を降らせてやろう。

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