塔内の死闘

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 俺は今、壁に背を預け、しゃがみこんで、肩で息をしている。危なかった。

 すぐ横には、床を舐めたまま動かない大男がいる。手に鉄甲をつけて戦う格闘家だった。


『今回も素晴らしい……ただの試合では決して見られない、本物の戦いだね……そう思わないか、ファルス君?』


 耳障りなグルービーの声。普段ならなんてことないのだが、限界まで動きまくって、やっと打ち倒したばかりなのだ。自然、感情も荒れる。

 今、グルービーは「本物の戦い」と言ったが、実際のところは違う。なぜなら、俺はなるべく手加減をしているからだ。トドメは、相手の頭部に触れた上での『行動阻害』だ。命をやり取りしているのに。間違っているのはわかっている。いよいよとなったら仕方ないが、可能ならもう殺したくない。俺は「人」だから。

 至近距離で、直接相手に触れながら術を行使した場合、威力がより高まるらしい。これまでのところは、激痛で意識を奪うのに成功してきている。


『これで三人目だ。ここまで誰も死なせていない。君も無傷だ。まさにこれこそ英雄の戦いだよ』

「うるさい」


 呼吸が少し、落ち着いてきた。

 それでも、大声で怒鳴り返す気力はない。


 苦しい。

 一階の棒術使いに続いて、二階ではフレイルに金属製の盾、鎧で身を固めた重量級の戦士。かと思えば、今度は体格の割に身軽な格闘家と、実にバラエティ豊かなラインナップだった。

 こんな多彩な敵と次々戦う破目になるとは。さすがにグルービーの手駒だけあって、誰もがそれなりの使い手だった。

 あと何回戦うことになるのだろう? このビル、いったい何階建てなんだろうか? 六階建てか、七階建てくらいの高さだったが……


『なに、いろいろ意見はあるだろうがね……わしは君のそういう甘さも、なおさら英雄的だと思うのだよ。なぜなら、真の英雄は、強さだけでなく、優しさも兼ね備えているものだからね』

「僕は英雄なんかじゃない」

『今はそうだな』


 グルービーは俺に何をさせたいのだろう? だんだんわけがわからなくなってきた。

 俺を仕留めたいのなら、どうしてさっきまでの敵を、一度にぶつけてこないのか。

 もちろん、そうなった場合でも、俺には切り抜ける秘策が残っている。その一つが、首から提げた身体強化薬だ。但し、一時間後に動けなくなるペナルティは大きい。ここぞ、という場面でしか使えないのは、ピアシング・ハンドと同じだ。


『どんな英雄も、最初はなんてことない冒険から始めるものだよ……そういえば、あのギシアン・チーレムだって、海賊退治から始めたそうじゃないか』


 戦闘が終わっても、こうやってひっきりなしに話しかけてくるせいで、俺は気持ちを落ち着けることができない。代わりに雑念ばかりがわいてくる。だが、それではいけない。

 集中して、正しい判断を下せるようにしないと……なのに、イライラが止まらない。


『君も似たようなものだ。ただ、ここでの君の武勇伝は、決して語られることはない。英雄ファルスの物語の第一章……いや、むしろ第零章とすべきか』


 どうして俺はイライラしているのか。

 いや……何を「恐れて」いるのか。


 わかっている。

 アイビィだ。


 この階段を登ったら、きっと次の敵が出てくる。

 もし、グルービーに洗脳された彼女が出てきたら。

 いや、もっと怖いのは……


 考えたくない。


『わしは今、誰もが目にしたいと願いながら、決して知ることのない歴史の一ページを目撃しているのだよ』


 もう行かなければ。

 ぐずぐずしていると、せっかく気絶させたこいつらが目を覚ます。トドメをさせば済むのだが、できる限りそれを避けたい。


 だが、体力的には限界だ。

 どうやら、いよいよ決断を下すべきところにきたのかもしれない。


『ほほう、次に行くのだね? よろしい、健闘を祈るよ』


 本当に、グルービーはどこから俺を監視しているのだろう? 壁の向こうか? だが、覗き穴になりそうな割れ目や傷跡なんか、どこにも見当たらないのだが。

 ただ、伝声管から話しかけてきているのなら、少なくともこの建物の中にはいるはずだ。音は要するに空気の振動なわけで、そのエネルギーは距離と共に減衰する。俺の動きを見てなければ、このタイミングで物は言えないはずだし、近くにはいるのだ。


 螺旋階段を登る。

 どこがどう繋がっているのか、よくわからないのだが、ここに至るまで、ステージとなった部屋の広さには、あまり違いがなかった。だが、よく考えるとそれは変だ。

 前世日本の紙細工みたいな建築物とは違うのだ。石を積んで、圧力だけで形状を維持している。つまり、下の階層ほど、大きな圧力がかかるから、壁は分厚くなる。上の階層はというと、部屋を小さくするなどして軽量化を図らないと、下の部分に過剰な圧力をかけてしまう。

 窓がないから、全体の構造が頭に入ってこないのもある。ただ、一階には二部屋あった。二階以降には、一部屋ずつしかなかった。ということは、この建物には、まだ俺の知らない隙間があるはずだ。


 四階の扉を開けた。その瞬間、俺は目を覆い、諦めた。

 剣や槍、ハンマーで武装した十人からの男達。こいつらにも勝てというのか。


『申し訳ないね。今度は人数を揃えてみたんだ』


 もう、選んでなどいられない。

 俺は首にかかった身体強化薬を飲み込んだ。


 ……十分後。

 俺は、折り重なって倒れる男達の横に立っていた。

 今回は、あまり手加減ができなかった。深い傷を負わせてしまった相手もいる。

 変装のつもりで身につけた女物の服も、もうあちこち破れているし、返り血だらけだ。


『これにも勝つとは、少々、君を見くびっていたよ』


 幸い、ここにいた男達に、さほどの強者はいなかった。一番強かったのでも、剣術のレベルが4だ。それでも、身体強化なしで戦えば、まず勝ち目はなかっただろう。

 正直なところ、苦戦している。これが俺じゃなくて、たとえばキースが戦っているのだとしたら、どうだろう? 彼なら、俺と違って殺人を躊躇しない。その分、余計な労力もかけず、また時間も節約できているに違いない。


 とにかく。

 薬を使った以上、俺に残されている時間は、あと五十分ほど。先を急ぐ必要がある。効果が切れて動けなくなったら、何もかもが台無しだ。だから、そうなる前にグルービーを捕らえるか、いっそ逃げるか。泣いても笑っても、残り時間で決着がつく。


『どうやら君は弱点を克服しつつあるようだね』

「なに?」


 弱点、という言い方が引っかかった。


『そう、弱点だ、ファルス君』


 真に受けるな。

 奴は俺の気を散らそうとしている。きっとそうだ。

 長時間、話しこむわけにはいかない。貴重な活動時間が失われてしまうからだ。


『君には優れた能力があるが、いくつか致命的な弱点があるようだからね』

「くっ」


 グルービーは、どこまで俺の力を把握しているのか。


『いいことを教えてあげよう。出入口のシャッターを動かすために必要なスイッチは、六階にある。だが、そこに行き着くまでに待ち構えている敵は、あと一人だけだ』


 本気でゲーム感覚なのか? どうしてこんな真似をする?

 それより、最後の一人って、まさか。


『最後の対戦相手は……君と同じ剣士だよ』


 違った。よかった。


『なんだか少し、ほっとしたような顔をしているね?』


 いちいちうるさい。

 弱みを握られたくはない。でないと、何をされるか。


『なんだかんだいって、君もアイビィには懐いていたわけだ』

「黙れ!」


 心を読まれているような気がしてくる。いや、大丈夫だ。ジョイスだって、俺の考えていることはまったく見えないんだから。精神操作魔術が7レベルと、人間としては最高水準の能力を有しているとはいえ。直接、目の前にいるわけでもなく、何か大規模な儀式を執り行ったりとか、触媒を用いているのでもないのだろうに、そうそう心が見えてたまるか。


 扉を開ける。

 そこにいたのは……


「ギィ……」


 明らかに異質な生物の声。だが、そいつは二本の後ろ足で直立歩行しているし、手には剣と盾を持っている。


『はっはっは! なんだね、その顔は! ほら、ほら! わしは嘘などついてないだろうに』


 ただ、皮膚が緑色だった。それに、やたらとゴツゴツしていて、節くれだっている。あと、口元がやけに出っ張っていた。

 こいつは……


『南方大陸出身の、一流の剣士だ。わざわざ取り寄せたのだよ』

「よく飼い慣らせたな」

『最初は暴れたがね……そこはほら、わしが得意とするところで、なんとかしたよ』


 精神を支配した、か。

 そういうことまでできる、と宣言したに等しい。


 以前、ガッシュ達が請け負い損ねた、ムスタム周辺のデザートクロウラー退治。だが、彼らにとっての最大の危険は、討伐対象ではなかった。その周辺に生息するリザードマン。これが厄介だったのだ。

 人間並みの高い知性。一流の剣技。そして固い表皮。サハリア西部から南方大陸にかけて分布する中では、特に脅威となるモンスターなのだ。

 こいつの体色は緑色。そしてグルービーは南方大陸から持ち込んだと言っていた。沼地に生息する種類の個体なんだろう。


 ……勝てるだろうか?


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 クパンバーナー (32)


・マテリアル デミヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、32歳)

・マテリアル 神通力・剣舞

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・高速治癒

 (ランク1)

・アビリティ マナ・コア・土の魔力

 (ランク4)

・スキル ルー語    5レベル

・スキル シュライ語  2レベル

・スキル フォレス語  1レベル

・スキル 剣術     6レベル

・スキル 盾術     4レベル

・スキル 土魔術    5レベル

・スキル 指揮     1レベル


 空き(22)

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 強い。

 人間であれば、これだけの腕があるなら、もう立派な一流冒険者になれる。その上、魔法まで使う。

 気になるのは神通力だ。《剣舞》ってなんだ? まさか、剣術の技量に更なる強化がされるのか? あと、《高速治癒》というのも気になる。ランクが低いから、大した効果はないのだろうが……としても、軽い傷なら、勝手に治ってしまうのか?

 それと、こいつもルー語を理解するらしい。いったいなんだ、この言語は。魔物の世界の共通語なのか。

 ざっと見て、こいつはリザードマンの中でも、エリートといえる個体なのだろう。でなかったら、人間なんて、魔物に簡単に滅ぼされている。


『こいつには散々苦労させられてね……うちでなんとか渡り合えたのは、タロンだけだったよ』

「タロン、だって!?」

『頼まれてね。貸し出したのさ。あっさりやられてしまったようだがね。もっとも、能力はあっても信用ならない男だったから、あまり惜しいとも思わないが』


 となると、タロンはグルービーの指示で動いていた?

 では、俺を殺さず確保しようとしたのも……


「グルービー! お前の目的は」

『ほら、どうやら彼はやる気らしい……もう余所見はやめたほうがいいんじゃないか?』


 そうらしい。

 このリザードマンの剣士は、腰を落として、にじり寄ってきた。


 実力的には。俺は頭の中で忙しく計算する。

 剣術の技量では、どちらが上か、わからない。スキルはこちらが上でも、向こうには謎の神通力がある。更に盾を持っている。まず、あれをなんとかしないと、勝ち目は薄い。

 体力ではどうだろう。身体強化の効果が解ける前なら、互角にやれるかもしれない。

 魔法は? 土魔術の存在は知っている。リリアーナを誘拐した騎士、ギム。それにフォンケーノ侯の四男、シシュタルヴィン。彼らなら、土魔術の知識がある。しかし、彼らがそれを行使するのを見たことはない。一体、何ができるのだろうか?


 クパンバーナーは、盾で半身を隠しつつ、残る右腕で、鋭い刺突を繰り出してきた。だが、これくらいなら、まだ剣で受けるまでもない。体捌きで横へ避ける。ただ、ここは広さに限りのある空間だ。追い詰められないようにしないと。

 こちらの力量を見てとったのか、クパンバーナーは慎重だった。その目でじっとこちらを見据えながら、じりじりと距離を詰める。


 大技に頼らず、奇策に走らず。的確に動く。こういう敵が、一番厄介だ。

 こちらには時間制限がある。だが、敵にはそれがない。負けなければ勝ちなのだ。どうすれば勝てるのか。突破口が見えない。


 またもや突き。右に避ける。だが、もう右側にはあまり空間がない。あと一度はそちらに避けてもいいが、次は壁だ。

 それに、奴は左手に盾を持っている。つまり、せっかく避けても、これでは反撃に繋がらない。次は左。左に避けて、攻撃の後の隙を狙う。


 きた!

 しとめようと力んだか。奴の突きは俺の右斜め上をかすめていく。だが、やや大振りだ。

 すかさず左斜め前にステップを踏み、逆袈裟に剣を振り上げようとした、その時。視界の隅に緑色の塊が映った。


「はっ!?」


 咄嗟に剣身でガードする。と同時に、頭上に死の風が吹きぬけていった。


 壁際に転がされ、即座に起き上がる。

 危なかった。


 リザードマンは、二足歩行のトカゲだ。よって、体の後ろには尻尾がある。

 今の突きは、右足を前に踏み出しながらの大きな動きだった。だが、それはあからさまな誘いだったのだ。左側に回りこんだ俺を尻尾と、切り返しの剣で挟み撃ちにした。

 命拾いしたのは、単に運がよかったからだ。奴の予想より、子供の体は遥かに軽かった。尻尾の一撃で、簡単に吹き飛ばされてしまったのだ。だから、返しの剣で首を狩るつもりだったのに、狙いが逸れた。


 リザードマンがどうして生まれながらの剣士と呼ばれるのか。

 優れた視力、固い表皮。人間にはない第三の腕。

 これほどまでとは。


 とはいえ、尻尾を生かした奇襲はもう通用しない。俺はもう学習した。

 ただ、こいつは今度は、それを牽制に使うだろう。


 剣を持つ手に、汗が滲む。

 これではいけない。滑ってしまう。小指に力をこめて、しっかりと握りこむ。


 まず、一つずつ、だ。

 奴の優位を崩すには、盾を捨てさせるしかない。

 見たところ、そんな丈夫な品ではなさそうだ。革張りの木製品。受け流す、という動きができる限りは有効だが、強力な打撃や、矢の雨を浴びせられれば、あっさり機能を失う。


 攻撃だ。いつの間にか、気持ちが守勢にまわっていた。


「やあっ!」


 とりあえず、剣を叩きつける。それをクパンバーナーはあっさり盾で受け、突きを返してくる。俺は飛びのいて避ける。

 僅かな動きで防御と攻撃をこなす敵に対して、俺はいちいち大きな動きで対応しなければいけない。だから、消耗はこちらの方が大きい。それでも、身体強化薬の効果が持続している間は、なんとかなる。


 もう一度。

 受け流しなんてさせない。受け止めろ!


 バシン! と盾が響く。

 奴も気付いたらしい。俺が盾そのものを狙っていることに。


「ギェアゥ」


 その尖った口元から、何か意味ありげな声が漏れた。

 なんだ?


 地味な変化に、やっと気付いた。

 俺が盾につけた傷。それが埋められている。何かセメントで亀裂を穴埋めしたような。

 土魔術、か?


 だったら、修復もできなくなるまで、壊すだけだ。もう一撃!


 ギンッ、と硬質な響き。

 盾が、一時的に硬くなった?


「ギェア!」


 俺の戸惑いを見逃すことなく、クパンバーナーは剣を振り上げる。


「ギィッ!」


 反射的に唱えた『行動阻害』に、一瞬、奴が揺らいだ。今だ!


 パン! と音が響く。

 閃光が俺の左手から溢れる。


「ギッ」


 これには驚いたのか、クパンバーナーはのけぞりながら退く。

 俺は踏み込み……右に避けた。


 目が見えなくても、奴は狡猾だった。今度は盾を持つ左側から、尻尾の横薙ぎを繰り出したのだ。だが、それは計算通りだった。

 ワンテンポ早く避けた俺は、奴のがら空きの左腕に、上段斬りを浴びせた。


 ガラン、と音を立てて、盾が転がる。

 左腕に深手を浴びせた。もう、拾い上げても盾は使えまい。

 だがこちらも、目潰しという切り札を使ってしまった。それに『行動阻害』の存在も知られてしまった。


 効果はあるはずと思っていたのだ。

 リザードマンがどんな種類の生き物かはわからない。ここが地球の進化論が適用できる世界かどうかも。

 それでも、リザードマンは強者だ。昼間に活動できる捕食者なのだ。そして、そういう動物は、数多くの色を見分ける能力に長ける一方、暗闇には弱い。いわゆる鳥目というやつだ。

 ましてこいつは、沼地のリザードマンだ。砂漠に棲息する連中ならば、或いは目を焼く光にも耐性があったかもしれないが、直射日光を妨げる南方大陸の密林に生きる種族であれば。


「ギ……フーッ、フーッ!」


 怒っているらしい。

 ここからは、純粋に剣と剣の勝負だ。


 奴は踏み出しつつ、袈裟斬りを浴びせてきた。

 俺は剣で切っ先を滑らせつつ、身を捌く。


 動きが変わった。点の攻撃から、線に。

 盾に身を守られていた間は、突きを多用できた。だが、突きとは本来、隙も大きい、必殺の技なのだ。

 極論だが、左右に長い剣を行き来させている間は、間合いさえあれば、敵は近寄れない。理屈の上では、斬る動きの方が、突きより防御的なのだ。


 これで、五分と五分。

 だが、どうする?


 迷いが生じる。

 ピアシング・ハンドで相手の能力を奪うか? つまり、グルービーの捕獲を諦めるか?

 勝てるかどうか、まだわからない。そんなリスクを背負って戦うより、一度逃げたほうがいいのでは?


「ギィッ!」

「くっ!」


 剣の打ち合う音が、室内にこだまする。


 だめだ。

 今、今に集中する。

 でなければ、こいつには勝てない。


 クパンバーナーは、さっきから、尻尾による攻撃を封印している。

 これは、俺がその弱点に気付いたからだ。

 確かに、剣とは別に、一撃を浴びせる手段があるのは大きい。ただ、これをやるには、軸足に力をこめる必要がある。つまり、攻撃を振り切った後の防御が疎かになる。


 そして、確かにこいつの剣は鋭いが、見切れないほどではない。

 ごく僅かな差だが、今の俺なら、技量では勝っているようだ。


「グギッ」


 振り切った剣の隙間、その肩口に軽い刺突を差しこむ。それがやっと届いた。

 パッ、と紫色の血が霧のように吹く。


 確かに、表皮は硬い。恐らく、首筋から腹にかけての、割合色が白っぽい部分以外、生半可な攻撃など通らない。

 今の一撃だって、人間だったなら、無視できない重傷になっただろう。だが、こいつにとってはかすり傷だ。しかも、時間が経てば、勝手に治ってしまう。

 それでも。


 いける。

 あと少しで……


 そう思った時だった。


 クパンバーナーは一瞬、後ずさった。かと思うと、急にやたらと大振りな一撃を浴びせてきた。

 隙だらけ? と思ったが、そんな気持ちの余裕は、一気に吹き飛んだ。

 切り返しも早い。ビデオの早回しのような、凄まじい動き。滅茶苦茶な角度からでも、平気で斬りつけてくる。まさか、これが《剣舞》なのか?


「わ……ぶっ!」


 今まで、比較的、慎重な立ち回りをしていた敵なのだ。それが狡猾さの仮面を脱ぎ去って、竜巻のような剣技を浴びせてくる。そのギャップに戸惑った一瞬に、奴は切り札の尻尾を叩きつけてきた。

 吹っ飛んで、壁にぶつかり、床に転がる。

 その目に映ったのは、跳び上がって俺を串刺しにしようとする、奴の姿だった。


「わ、わぁっ!?」


 反射的に剣を突き出した。

 その時、生温いぬめりを感じた。


 ガツン! と剣の切っ先が、頭のすぐ横に突き刺さる。

 そして、頭上からポタリ、ポタリと紫色の雫が落ちてくる。


 安物の剣だった。柄の部分も、グリップが利かなかった。

 そのせいで、剣を向けようとした時、手からすっぽ抜けたのだ。

 だが、期せずして、それが奴の喉下を貫いた。


「ギィ……」


 呻き声を漏らしつつ、クパンバーナーは揺らめいて、俺の胸の上に突っ伏した。

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