武闘大会の勝者

「お待たせいたしました! 国王セニリタート様、即位二十周年を記念しての本大会も、いよいよ大詰め。王国一の戦士を決める武闘大会も、この最後の試合をもって、決着となります。皆様、どうかお見逃しないように」


 さざなみのように拍手が巻き起こり、ついで女達の黄色い声援、男達の怒号が、この場を埋め尽くす。

 だが、俺のすぐ傍はというと、まったく静かなものだった。


 国王の在位二十年を祝っているのは、貴族だけではない。庶民、とりわけ王都の住民には、いいお祭りだ。王国側としても、これを機に庶民にガス抜きでもさせてやろうと、イベントを企画していた。その一つがこれ、武闘大会だ。

 都内の広場のいくつかを、即席の闘技場に改装し、そこに席を設ける。一番大きい場所は決勝戦に使う。一般市民はチケットを購入して観戦に来る。一方、貴族には前もって貴賓席が用意されており、従者もその横に立つ。

 なお、勝敗を予測しての賭博は、一応禁止ということになっている。というか、政府の独占事業になっていたりする。このギャンブル、負ければ当然払ったお金は戻ってこないが、勝っても総取りとはいかない。この賭博で得た収益を、王国は貧民の救済に使うとしている。

 なんだか、この辺、前世を思い起こさせる何かの臭いがする。まず、広場の改装。それから賭博の集金と分配。手にした収益で行うという救貧事業。誰が指示して、誰が請け負っているのだろう? まさか、公開価格で一番安い業者に請け負わせるとか、そんな方式で選んでいたりなどはしないだろうから……公共事業というのは、いつの時代、どこの世界でも、どうも胡散臭い。


 で、俺はその貴賓席に立っている。

 横にはリリアーナとナギア、それにエレイアラが座っている。イフロースは他に用事があり、ここには来ていない。サフィスはというと、今もタンディラールの近くで、金魚のフンになりきっている。

 今日に至るまで、予選が戦われてきているのだが、子爵家の面々は、誰も観戦になど出かけていない。だが、今日の決勝戦だけは見に来た。一般席が満員の状況で、貴賓席がガラガラという状況は、あまりよろしくないためだ。

 本当のところ、多くの貴族は、こんな試合はただの見世物だとしか思っていないので、そこまで興味を持っていない。だが、優勝者には国王代理たるタンディラールから直々にお褒めの言葉があるし、騎士の称号も与えられる。貴族達は、自分達と庶民を同じ人間とは思っていないが、庶民には、部分的にだが、そう思ってもらわなければならない。つまり、イベントを一緒に楽しむフリをしなければならない。だからわざわざ通知があって、こうして席を埋めるようにと求められている。


 まあ、それはいい。

 強者と強者の腕比べ。興味はある。ただ、実戦に比べれば、試合なんて、ヌルいにもほどがある。娯楽と思ってノンビリ見ればいい。そう思っていた。


 だが……


「それでは、栄えある決勝戦の舞台に立つ二人を紹介します! まずは激戦区だった東ブロックの覇者、ウィム・ティック! 近衛兵団第一軍の副将を務める、若きエリート! ヴァイシュー伯のご子息で、これまで優れた剣技を見せつけてくれていました!」


 東側の門から、一人の優男が歩を進める。手を挙げて観衆に応えると、途端に黄色い声が降り注いだ。


「そして西ブロックの生き残り! こちらは、遠方からの参加となりますが」


 ……あの特徴的な髪型。忘れようったって忘れられない。


「マルカーズ連合出身! キース・マイアス! 数々の武闘大会にて名を馳せた強豪ではありますが、これまで栄冠を手にしたことはありません。今回は、初の優勝を手にできるでしょうか?」


 あの野郎。

 なんで堂々とこんな場所に出てきているんだ。誘拐犯だろ、お前。


 ちなみに、服装から髪型まで、二年前とほとんど変わっていない。色の薄い暴走族風の髪の毛に、特攻服を思わせる白い陣羽織。そしてもちろん、その強さにも翳りはない。


 そうなると、どうも妙だ。

 さっきの紹介の仕方。東ブロックの『覇者』と西ブロックの『生き残り』……あからさまに差をつけた表現だ。まるでウィムのほうが強くて、順当に優勝しそうな言い方だ。

 だが、そんなわけない。ピアシング・ハンドの伝えてきている情報からすると、ウィムはキースより数段劣る。それなりの剣士ではあるようだが、キースやアネロスといった一流どころには、到底及ばない。

 しかし、キースはキースで、今までこうした大会で優勝したことがないとか。あんなに強いのに、まだ上がいる……ということでもないのだろう。

 要するに、彼は傭兵だ。名誉より金をありがたがる人種だ。そして、試合では命が失われる心配がない、となれば。


 実質外国出身の剣士ということで、キースを応援する声は少ない。むしろ、ブーイングさえ聞こえてくる。多くの人は、ウィムに金を賭けたに違いない。

 俺ならどっちに賭けるか。真剣勝負であれば、迷わずキースだ。全財産を賭けてもいい。だが、試合となると。

 金より名誉が欲しい貴族の息子だ。キースは、いくらもらったんだろう?


「それではいよいよ、王国最強の剣士が決まります。この歴史的瞬間に立ち会えた皆様は、幸運です!」


 きっと茶番だ。

 遠くから見た限り、キースはまったくの無表情だった。


「では……両者、見合って……はじめっ!」


 司会の声と同時に、大きな銅鑼が打ち鳴らされた。その轟音を掻き消す勢いで、観客席からも歓声があがる。

 一方、闘技場の下に佇む二人の動きは、まったく静かだった。スッと腰から剣を抜き放つと、腰を落として、円を描くようにジリジリとにじり寄る。そこで観衆も騒ぎ立てるのをやめ、息を呑んで勝負の行方を見定めようとする。


 長い睨みあいの末に、先手を取ったのは、ウィムだった。裂帛の気合とともに一歩踏み出し、激しく斬りかかる。それをキースは、涼しげに受け流す。また一太刀。これもかわす。そのたびにどよめきが渦巻く。


「おおっとぉ! キース、避ける避ける! しかし、どうにもノッソリしているぞ! やはり勢いがあるのはウィムかっ!?」

「どうもキースは、ウィムの気合に押されているようですね」


 何か拡声器でもあるのか、単に会場の作りのおかげなのか、そういう魔術があるのか知らないが、的外れな解説が聞こえてくる。

 あれはノッソリしているんじゃない。最小限の動きで回避しているだけだ。彼に比べて、ウィムの攻撃はどうにも荒っぽい。格下相手であれば『豪快』な剣も、本当の達人が相手では、ご覧のありさまだ。


「おおっと、キース、前に出ました!」

「鍔迫り合い……なるほど、ウィムの激しい攻撃に耐えかねてのことですね」

「そうなんですか? 積極的に見えますが」

「これだから素人は……あれだけ密着すると、剣の切っ先が当たらないから、大きなダメージを負う危険が減るんですよ」

「ははぁ、なるほどです!」


 はて?

 キースには余裕があった。なのに、あえて体を密着させて、しかも随分長い間、張り付いたままでいる。ウィムが下がっても、逆に押し込んできても、左右に動いても。

 これは高等な技術だ。解説者のいう通り、あまりに接近しすぎると、威力ある一撃を繰り出しにくくなる。だが、相手に密着するというのは、言うほど簡単なことじゃない。敵がどこに力を込めても、それをあっさり受け流せる、そして押さえつける技量と力があって、はじめて成り立つのだ。

 要するに、ウィムは遊ばれている。


「おおっと! ここで豪快な横薙ぎ! たまらずキース、下がります!」

「どうやら力比べでも、ウィムには及ばないようですな」


 違う。わざとだ。

 しかし、なぜだ?


 キースは、剣から右手を離し、だらりとさせた。


「おーっとぉ! キース、これはどうした!?」

「無理もないですな、ウィムの剛剣を立て続けに受け止めてきたのですから……手首か何かを痛めたのでしょう」


 そうなのか? いや、さっきの攻防を見る限り、そんな感じはなかった。


 もしかして。密着していたのは、何かを話すため?

 どうやらキースは、ウィムにハンデをやることにしたらしい。ということは……ここから、キースは勝ちにいくつもりだ。


「ウィム、態勢を整えていますね」

「ここから一気にいきますよ」


 気合の声と共に、激しい一撃が振り下ろされる。キースは体を揺らして軽々避ける。

 次は横薙ぎ。スッと後ろに下がって、これもやり過ごす。


 ウィムの表情が見える。必死だ。

 彼は全力で袈裟斬りを浴びせるも、これまたキースが避ける。そこで逆袈裟斬りに繋げる。だが、そこまでだった。


 見たこともない素早いステップで、前後に体の位置をずらしつつ、剣を振り上げきったウィムの懐に、彼はもぐりこんでいた。剣を持つ左手の小指側、柄の先を、ズンと鳩尾にめり込ませる。


 それで終わった。

 剣を振り上げた態勢のまま、ウィムは動きを止めた。

 観衆も、急に沈黙する。

 ややあって、キースは柄を引き、一歩下がってから、剣を鞘に戻す。そうして背を向け、西側の入場口に引き返していく。


 石畳の上に、音もなく倒れこむウィム。

 会場には、誰の声もない。

 白い陣羽織が舞台裏に引っ込んだ頃に、ようやく実況担当が正気に返った。


「おおお!? 大番狂わせだぁ! キース、なんとあっさり、ウィム・ティックを破ったぁ!」


 俺からすれば、当然過ぎる結果だった。だが、観衆にとってはそうでもなかったのだろう。途端に場内は、怒号に包まれる。


「お、お、王国最強の、剣士は……キ、キース・マイアスに……」


 実況担当の声がかすれている。無理もない。

 場を盛り上げるために呼ばれた外国人選手が優勝をかっさらう。あまつさえ、次期国王から直々に騎士の腕輪を受け取る。これを面白いと感じる都民はいないだろう。


「ねぇ、ファルス?」


 俺のすぐ横に座っているリリアーナが、話しかけてきた。

 やっぱり、気付いていたか。勉強嫌いとはいえ、物覚えはものすごくいい彼女のこと。見分けがつかないはずもない。


「耳、貸して?」

「は、はい」

「お嬢様? いかがなさいました?」


 ナギアが胡散臭そうに俺を見る。


「んー、内緒!」

「何か秘密にしなければならないようなことをファルスに話すのですか? それはやめたほうがいいかと」

「いいの!」

「よくありません」


 リリアーナは、あの誘拐犯をどうしたいのだろうか? 仕返ししたい? まさか。第一、そんなの無理だ。俺がピアシング・ハンドを使って殺すなら別だが。

 だが、復讐より差し迫った問題がある。奴はまだ、リリアーナを狙っているのだろうか。


「お嬢様」

「ん」

「よかったら、色紙でも用意して、キースのサインでも、もらってきましょうか」


 ならば、俺が問い質してやる。

 今、人に顔を見られたばかりの彼が、いきなり俺を殺すとは考えにくい。誘拐事件の情報も、なるべく引っ張ってやろう。


「んー」

「お嬢様、必要ありません! 我が国の剣士が、あのような男に敗れるなど、これは何かの間違いでしょう。ただの下賎な男、傭兵ではありませんか。それをサインなどと」

「わかった。ファルス、ちゃんとお願いしてきてね」

「承知致しました」

「なっ!?」


 リリアーナは、かなり考えたはずだ。

 あれが誘拐犯の一人だ、と叫ぶことはできた。しかし、その衝動を抑えて、まず彼が何者なのか、それを知ろうとした。


 彼女も違和感に気付いたのだ。日陰の人間であるはずの彼が、どうしてこんな目立つ場所で、名誉を得ようとしたのか。顔と名前が知れてしまえば、もう以前のような仕事はできなくなる。それどころか、過去の後ろ暗い出来事の数々が、浮かび上がってくるかもしれないのに。

 それともう一つ。ここで騒ぎ立てれば、キースは逃げてしまう。捕らえるのは難しいし、もしできたとしても、多数の犠牲者が出るだろう。それよりは、もしできるなら、こちら側に引き込んだほうがいい。ちょうど彼女が俺にしているように、秘密を握ってコントロールするほうがやりやすい。咄嗟にそう計算したのだ。


「では、早速」

「うん、待ってるねー」


 気をつけて、と言いたいのだろう。微妙な眉の傾きで、俺はそれと察する。


 試合を見終わった観客が会場から出て行こうとするのもあって、控室に辿り着くのに、随分と時間がかかった。舞台裏の個室。出場者のための大部屋は、闘技場の脇にあるのだが、直前の試合を前にした選手が集中できるよう、またイベント進行がスムーズになるようにと、設けられた空間だ。今日は決勝戦しかないから、ここにキースがいるはず。

 そう思って踏み込んでみたのだが、あるのは背負い袋だけ。これはキースの私物だろうが、本人はどこだ?

 と、後ろからガヤガヤと人々の話し声が迫ってくる。振り返ると、何人かの男達に取り巻かれたキースがこちらに戻ってきていた。手には、見慣れない剣を手にしている。王家の紋章が金色の鞘に刻まれているところからすると、たぶん、さっきまで表彰式だったのだ。

 そうなると、周囲の男達は? 身なりがしっかりしている。それに、あの媚びるような表情。貴族の家の召使に違いない。主人に言われて、彼をスカウトしにきたのだ。

 確かに、最後の勝ちっぷりは鮮やかだった。見る目のある貴族ならば、食指が伸びるのも不思議ではない。


 これは好都合だ。

 少なくとも、この状況で俺を斬れるはずがない。

 俺は通路の真ん中に陣取って、彼を待ち受けた。


「お久しぶりです」


 とっくに俺を視界に捉えていたのだろう。キースは薄ら笑いを浮かべつつ、足を止めて返事をした。


「よぉ、フェイ」

「お元気でしたか」

「まぁ、ボチボチな」


 お目当ての凄腕剣士と親しげに話す少年。召使達は、苦々しげに俺を見る。なんと、既にコネがあったか! と言わんばかりだ。


「この後、お時間はありますか?」

「おう、暇も、暇、暇で暇で死にそうだぜ……なんなら、このまま祝勝会でも始めちまうか?」


 さすがはキース。

 二年前の誘拐の件で俺が来ているとわかっていながら、この落ち着きよう。

 だが、俺とて迂闊に彼を刺激するわけにはいかない。そんなことをすれば、この場にいる全員が人質になる。ピアシング・ハンドで彼自体を消し去る以外に、今の時点で彼に勝つ方法はないから、こちらとしても下手な動きはできない。


「いいですね。どこか静かなところでお話しませんか」

「そうだな」


 人目につかないところで話したい。お互い、その点では一致している。

 キースは、周囲の取り巻きに振り返った。


「おう、散れ」

「はっ?」

「俺ぁこのガキと用があるんだ。ちっと帰っててくれ」

「そ、そんな!」


 だが、それだけで説明は済んだと言わんばかりに、キースは俺に歩み寄る。


「行こうぜ」

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