グルービーとの取引

 コラプト周辺の山々を一望できる、最上階。今日も天気はよく、朝から空は晴れ渡っていた。


「よく眠れたかね?」


 いけしゃあしゃあと、グルービーが言う。もちろん、先日と同様に、『食器』を使って食べながらだ。

 今朝の献立は、昨日のそれより、もう少し豪勢だった。温かいスープに、スパイシーな焼肉、この冬場にどこからと思うのだが、新鮮な果物まであった。


「おかげさまで、熟睡できましたよ」


 俺は、あえてそう答えてやった。


 昨夜は夕食の後、自室でくつろいでいたのだが、いざ寝ようとするとメイド達が部屋に乱入してきた。入浴の準備ができたので、湯浴みを、というのだ。

 もちろん、俺も風呂は大好きだ。ピュリスの自宅でも、温かい湯に浸かっている時間こそ、至福だった。アイビィに引きずり込まれなければ、だが。

 しかし、ここはグルービーの邸宅だ。入浴というのが、何を意味するかは、明白だった。自称『ボディブラシ』、自称『バスチェア』、自称『タオル』などなどが大勢いて、対応に困った。せっかく、それこそ前世の銭湯ほどの広さもある、立派な浴場だったのに、イモ洗いでもしているかのようで、全然ゆっくりできなかった。

 湯から上がって一息つく暇もなく、今度は、自称『枕』の群れが押し寄せてきた。おかげで、すっかり寝不足だ。


「それはよかった」


 どこまで本気で受け止めているかは知らないが、彼は上機嫌だった。

 ……くそっ。絶対、女達の報告が届いているな、これは。


「そういえば、わしは君に、大事なことを訊いていなかったな」

「と、いいますと」

「うん」


 居住まいを正して、彼はまっすぐ、俺を見た。


「君は将来、何をしたいのかね」


 また答えにくい質問を。


「つまり、何になりたいのか。目標だね」

「は、はい」

「君ほどしっかりしている子供なら、当然、未来のこともしっかり考えているはずだ。そうじゃないかね?」


 どう答えようか。

 これは結構、重要な質問のような気がする。


 だが、困った。

 本気で言葉が出てこない。


 将来のプランはある。このまま奴隷身分から解放され、できれば騎士の腕輪を手に入れる。その上で、各地を探索する。目的は、不死を得る方法だ。

 既に候補地は選んである。聖女リントの不死伝説を追いかけるためにセリパシアへ。永遠の命というよりは、むしろ終わらない死を手にするなら、サハリア中央部にある『人形の迷宮』だ。また、不老不死の果実を見つけるために、南方大陸の大森林にも行かねばならない。他にも、東方大陸には『神仙の山』なる場所があり、そこに長寿を達成した人々が今も生きているという。それから、東の果てのワノノマの姫巫女、これも不死の秘密を解き明かすためには、無視できない。


 但し、それを表現するとなると、なかなか難しくなる。

 各地を冒険する予定なので、冒険者になります! こんな回答に、グルービーが納得するか?

 通行の自由も欲しいし、騎士になりたいです……これもダメだ。


 ならばいっそ、正直に「不死身になりたい」とでも、言ってしまおうか。

 なぜ? と訊かれてしまいそうで怖い。


 逆に、まったくの嘘を口にしてみる? 子爵家の発展を、とか。それはさすがに嘘臭すぎるか。

 なら、立身出世を? 王様になりたいです、皇帝になってみたいです……馬鹿馬鹿しい。


「……どうしたのかね?」

「いえ」

「はっは、君の秘密主義にも、困ったもんだねぇ」


 言いたくない、と言い出すのも、見抜いていたか。

 この対応、俺の心を読んでいるのか、それとも経験的な直感によるものか、判断しにくい。実に厄介だ。


 ええい、ままよ。


「あちこち、いろんなところに行きたいんです」

「ほう? それは何のために?」

「……世界の不思議を、解き明かしたいからです」

「ふむ」


 ギリギリのラインだが、なんとか言葉にはできそうだ。


「聖女リントは、本当に復活して、アルディニアに現れたのでしょうか? あの探検家のルーク・ハシルアーが探し求めた不死の果実は、実在するのでしょうか? 女神達が住まうという『天幻仙境』は、どこにあるのでしょうか?」

「ふふん、なるほどな」


 いつの間にか真顔になっていたグルービーが、頷く。


「それを自分で確かめたい、と」

「はい」


 やや、考えるようにしていた彼だったが、またいつも通りの笑みを浮かべた。


「なら、早いところ、自由と富を手にせねばな? 今のままでは、夢のまた夢だからな」

「おっしゃる通りです」


 ここで彼は、追及をやめてくれた。

 俺はホッと胸を撫で下ろした。


 食事が済んでしばらく。

 彼は立ち上がると、俺に言った。


「わしは君に興味があるのだが、あれこれ問いただす前に、わしの姿も見て欲しい」


 そして、ついてくるように促す。席を立ち、従った。

 途中で息切れを起こしたグルービーは、結局は車椅子に腰を落ち着けた。そのまま、広い廊下を進んでいく。


 いつの間にか、空間の内装は、より豪勢なものになっていった。真っ赤な絨毯に、品のいい燭台。そして、分厚いカーテンが空間を仕切っている。


「ここが」


 車椅子から立ち上がりながら、グルービーは言った。


「納品前の最終段階にある女達の居場所だ」


 合図と共に、カーテンが一斉に引き上げられる。その向こうには、この上なく磨き上げられた女達が十名ほど。匂うが如くの色気に、俺も一瞬、我を忘れた。


「近々、フォレスティス王家に納品する分だな」

「……彼女らは、奴隷なんですか?」

「ほとんどはそうだとも」


 身動ぎ一つせず、その場に立つ女達の横まで、杖を突きながら歩き、グルービーはその首筋に手を触れた。


「中には、あえて立身出世を求めて、ここに来る物好きな女もいるがね」


 呆然として見つめる俺に振り返り、彼はまた、ゆっくりとこちらに戻ってくる。


「彼女らは、表向きは、後宮の世話係……ただの女官として召抱えられる。だが、その実態は……」

「噂は本当だった、ということですか」

「そうだ。かのピュリス王女・ミーダ以来、フォレスティアの王宮は、陰謀と欲望の渦巻く魔窟と化した。今では老いぼれたあの王、病気だと言うが……なんのことはない。遊びすぎで体を壊したのさ。つい三年前にも、女達をまとめて送りつけたからな」


 ピュリスをエスタ=フォレスティア王国に売り渡し、王妃の地位を得たミーダ姫。だが、彼女の本当の狙いは、どこまでも利己的だった。

 最初、彼女は良妻賢母として振舞った。まだ若かった王との間に、次々子供を産んだ。その一方、王が側妾を愛しても、まったく文句を言わなかった。それどころか、後押しさえした。具体的には、後宮を拡充し、そこに南部出身の華のある女達を呼び集めたのだ。

 武勲で知られた王だったが、ある日、急死を遂げる。不摂生な生活が祟ったためと噂された。まだ息子達が幼かったため、前王の弟がその地位を受け継いだ。

 だが、その王も、たった三年で死んだ。ミーダとの関係も噂されたが、その事実は明らかではない。次に王位についたのは、病弱だった末の弟だった。彼は、王宮の奥に引き篭もって、ほとんど外に出ることがなかった。

 こうして王権が弱まると、本来、王だけが出入を許される後宮に、無数の権力者が入り浸るようになる。大貴族や、高位の大臣達が足を運び、そこで美女と美酒に酔いしれた。

 その彼らを一掃したのが、ミーダの息子だった。勝手に後宮に入り込んでいた貴族達は、まとめて処刑された。王国を我が物とし、気儘に振舞う母后も、死こそ免れたものの、やはり処罰の対象だった。

 だが、既に習慣は根付いてしまった。ミーダはいなくても、フォレスティス王家の後宮には、常に美女が必要とされた。ピュリスを中心とした南部の習慣に染まってしまっていたのだ。


「美しい女奴隷は、有力貴族への贈り物にされることもある。王家としては、政治に必要な道具でもあるわけだ」

「まぁ、ありがちですね」

「ここにいるのは、いわば最高級の女達、そして、わしの利益と地位を保全するための商品だ。だが」


 グルービーは、俺を見下ろしながら、言った。


「……欲しいかね?」

「はっ?」

「いったい金貨何万枚になるかわからないこの女奴隷どもだが、君が望むなら、王家との商談など蹴って、贈り物としよう」

「な、何を言ってるんですか!?」


 突然、何をバカなことを言い出すのか。

 こんなの、もらったって、どう処分すればいい? まさか、あの元悪臭タワーで売春させるわけにもいかないだろう?


「こんなの、どうしろっていうんですか」

「好きに使えばいい。いらなければ金に換えても構わん」

「い、いや、でも、王家との約束が」

「そんなもの、反故にすればいいさ」


 こともなげに。

 冗談……では、ないんだろうな。


「いらないか」

「いる、いらない以前に。取り扱いに困ります」

「はっは……では、こっちだ」


 もうグルービーの頭の中に、この美女達は残っていなかった。彼はすっと背を向け、次の部屋へと歩き出す。


「これはどうだね」


 隣の部屋に並んでいたのは、少女達だった。ちょうど、ノーラと同年代の組の女の子達だ。


「どう違うんですか」

「若いだろう?」

「はぁ」

「今の君には、成人した女性は合うまいが、彼女らなら、十年後にはちょうどいい玩具になる」


 ここに連れてきているということは、本当に十年後には、さっきの女達と同じくらいの仕上がりになる、という見通しがあるのだろう。

 俺も前世の記憶があるから、十代後半から感じる、あの性欲がどんなものか、わからないでもない。だが。


「せっかくですけど、受け取れません」

「今すぐとは言わんよ。持ち帰っても、管理も訓練できまいからな。それまではわしか、わしの選んだ代理人が預かる」

「後になっても、いりませんから」

「ふむ」


 するとグルービーは、後ろからついてきたメイド達に言った。


「わしは、これから、地下室に行く。お前達は、ついてくるな」


 足取りは頼りないのに、彼は頑として、彼女らの同行を禁じた。


「ファルス君、君は来るんだ」


 それで彼について、廊下の奥へと進む。

 分厚いカーテンの向こうに、階段があった。近くに置かれたランタンを取り上げ、グルービーは一歩ずつ、慎重に下りていく。


「グルービーさん」

「なにかね」

「手すりに両手で捕まるか、杖を持ってください。ランタンは僕が持ちます」

「……すまないね」


 既に彼の額には、脂汗が浮いている。彼の肉体は、その知性や欲望の激しさとは反比例するのか、まったくもって、重苦しいお荷物でしかなかった。普通の人が一歩で一段降りるのに、彼は一段ずつ、両足を揃えなくては進めなかった。そのくせ、体重だけはたっぷりあるから、下手に支えにもいけない。もし彼が転倒して、俺の上に落ちてきたら、間違いなくこっちまで大怪我をするだろう。

 俺一人で行けば五分もかからない距離だったが、彼はそこまで十五分以上かけて、這いずっていった。分厚く、装飾の施された金属製の扉の前で、彼は懐の鍵を取り出した。


「この鍵だ。よく覚えておくんだ」


 彼が取り出したのは、銀色に輝く大きな鍵だった。頭のところに、大きなアメジストが嵌め込まれている。

 鍵穴に押し込み、まわす。


「これだけでは開かない。目立たないが、足元の、そう、そこにスライドする金属板がある」


 言われた通りにしてみると、果たしてそこには、四桁のナンバーキーがあった。


「耳を貸せ」


 まさか、と思いながらも言う通りにすると、


「キーナンバーは、君の誕生日だよ」


 驚きの事実が告げられた。

 俺の誕生日は、翡翠の月の六日目。四月六日だ。ということは、「0406」で……


 キィ、と音を立てて、銀色の扉が開く。


「この扉については、君のアイディアを盗ませてもらったからね……さぁ、入ろう」


 呆然としながらも、俺は言葉に従った。中に入ると、グルービーは、扉を掴んで、また閉じた。


「中から出るにも、この鍵が必要だ。番号は不要だがね」

「は、はい」

「さて、わしは疲れてしまったから、ちょっと休ませてもらうよ。その間、部屋の中を見て回るといい。狭いし、すぐに見終わってしまうだろうけどね」


 それで俺は、改めて彼のランタンを手に取り、入り口付近の棚から、確認していく。

 最初の棚には、大きめの木箱がたくさん積んであった。鍵はかかっていなかったので、開けてみる。途端に黄金色の光が目を焼いた。


「それは、一番つまらないものだな」


 後ろからグルービーの声が聞こえる。

 今、つまらないもの、と言ったが、これは全部、金貨だ。これらの箱すべてが金貨だとしたら、いったいいくらになるのか。資産家とは知っていたが、さすがにこれは、手が震える。


「だが、遣いやすいという点では他より優れているのでな、一応、置いてある」


 金貨の箱のすぐ横には、様々な金属のインゴットが積み上げてあった。まずはお馴染みの金。だが、それより、妙な色の金属が目に付く。かすかに青みがかった銀色。琥珀色。それに、光沢のある黒。


「それは、金と、プラチナと……そこからは魔法の銀……つまり、ミスリルだな。それから、その暗い褐色のはオリハルコン。黒は、純度の高いアダマンタイトだ」


 これまた、貴重極まりない貴金属ばかりだ。

 要するに、ここって、グルービーの宝物庫か? だが、どうしてそんなところに俺を?


「どうしたね? せっかくだから、全部見ていってくれないか」


 まだ、彼は汗ばんでいた。その肥満しきった体を、無防備に曝している。

 いったい、どういうつもりだ? 俺に悪意があったら。普通の人間なら、こんな大金を前にしたら、理性を失う。この中のごく一部を持ち帰るだけでも、一生遊んで暮らせるのだから。


 ともあれ、彼の言う通り、インゴットの隣にある小さめの木箱を開けてみる。開けてみて、呆れてしまった。

 大粒のものから小粒のものまで、同じ種類の宝石が、ギッシリ詰め込まれている。この箱はエメラルドだが、隣の箱はルビーだ。そんな宝石箱が、いくつもあった。


「それは普通の宝石だ。その隣の箱は、正しい数字を指定しないと、開けられない。扉と同じ番号だ」


 長さ三十センチ程度、幅十五センチ程度の、割合小さな、しかし丈夫そうな金属の箱。番号を入れて開けてみると、また中に、金属製の箱がある。こちらは鍵がかかっていない。それも開けると、中から色とりどり、煌びやかな光が跳ね返ってきた。


「魔力のこもった宝石、よく魔石といわれる代物だ。まぁ、魔術核に比べれば屑石みたいなものだが」


 とはいえ、この箱の中にこれだけ。

 もう、ここまでくると、金額の桁が想像できない。


 その向こう側は、もっと嵩張る品が並んでいた。魔法の金属で製造された刀剣や防具。珍しい竜の鱗を利用して作った鎧。

 その奥に、ゴルフボールくらいのサイズの、かすかに発光する丸い石があった。


「たぶん、それが一番の貴重品だな」

「……なんですか? これは」

「魔術核だ」


 魔術核!

 魔力の源といわれる、あの。

 魔術の触媒としては、究極のものといわれる。それがなければ、普通は魔法の薬を用いたり、大規模な装置や魔法陣を描いたり、大人数で儀式を行ったりするしかない。だが、これさえあれば。もちろん、魔術そのものに精通している必要はあるが、術の行使に際して、いちいち触媒の心配をする必要がない。

 ただ、効果を発揮するのは、どれか一系統の魔術に対してのみだという。外から見ただけでは、どんな種類の魔法に役立つかは、判断できないが。


 俺は、呆然として立ち尽くした。


「何のために」

「ふむ?」

「どうしてこれを僕に見せたんですか」


 ようやく息を整えたグルービーが、よろよろと身を起こす。


「もちろん、君に贈るためだよ」

「なっ……」

「ただ、代わりに、教えて欲しいことがあるのだがね」


 きた。

 いよいよ彼は、俺に本題を切り出すつもりだ。


「……ノーラから聞いたよ。君には、不思議な力があるそうじゃないか」


 聞いた? 心を読んだ、の間違いじゃないのか。


「わしの望みは一つだけだ。君のその能力、どんなものかを、教えて欲しくてね」

「何のことですか?」

「ごまかそうとしても、無駄だよ。君は明らかに異常だ。有能、という言葉では表現できない。どうして、やっともうすぐ八歳という少年が、薬剤師の真似事をこなしたり、海賊を討伐したりなんか、できるのかね」


 その通りだ。

 薬に関する知識や能力だけなら、或いはごまかしの余地もあったかもしれないが、戦闘能力となると、これはもう、どう足掻いても常識の範囲外となる。だが、あの時は戦わなければ、生き延びられなかった。


「もし、僕にそんな能力があったとして」


 俺は慎重に言葉を選びながら、グルービーに問い質した。


「それを知って、どうするつもりですか」

「どうもしないさ」


 彼は、迷いのない声で、そう返した。


「もちろん、わしの役に立ちそうなら、少し力を貸してもらうかもしれんがね」

「それは……悪事の片棒を担げということですか?」

「はっは、そんなつもりは毛頭ないとも……昔はいろいろやったがね、このところは、それはもう、おとなしいものさ」


 悪人と罵られたに等しいのに、彼は顔色一つ変えなかった。


「どうでしょうね、人の本質がそうそう変わるはずもありませんからね」

「それはそうとも。だが、ここにある富、そして権力が、わしを落ち着かせてくれたよ。今となっては、具体的に何かをする必要がない。大抵の物は、車椅子の上にいても手に入るし、なにより、相手が勝手に想像して、自分から道を譲ってくれるようになったからね! はっは……」


 そういうことか。


「心配しなくても、ここには、君とわししかいない。何を言っても、外に漏れる危険はないとも」


 俺は、はたと立ち止まる。

 どうするべきだろう?


「僕は……」

「よく考えたまえよ」


 考えるべきことが多すぎる。まずは整理整頓だ。


 金品が欲しいかどうかは別として。

 まず、グルービーはどこまで知っているのか? ノーラの記憶を盗み見たとすれば、俺に変身能力があることは、悟られてしまっている可能性が高い。ただ、それが単に、鳥に変身できるだけなのか、それ以外の選択肢もあるのか、そこまで区別がつくとは思えない。

 これは、俺が言っていいことといけないことを区別する材料となる。グルービーから見れば、俺はただ、動物に変身できるだけの少年なのだ。

 いや、しかし、彼が掴んでいる証拠はそこまでしかないのだが、一方で、それだけではないと判断する材料もある。俺の能力だ。薬剤師として活躍し、貴族の料理人と競り合い、海賊と戦うその異能を、どう説明するのか? 動物になれるからって、こんな真似は不可能だ。

 だから、まだ何かあるはずだ。彼はそう思っているに違いない。


 次に。

 彼が、俺の能力を正確に知ったとして。何に使うつもりなのだろう?

 敵の抹殺? それともスパイ? 単純に金儲け? 或いは遊びに使う?

 だが、全貌を知ったら、彼はその利用方法を見直すかもしれない。危険すぎると判断して、殺処分を選ぶかもしれないのだ。


 最後に。

 グルービーは、信用できるか?


 ……わからない。


 安易に「できない」と言ってしまうのは簡単だ。彼が悪人なのは知れ渡っているし、今もこうして、欲望を焚き付けて、俺の秘密を奪おうとしている。

 だが一方で、彼は自分の秘密を惜しげもなく、さらしている。これは彼の財産の中でも、決して少なくない割合を占める宝物だ。俺が裏切れば、彼は大変な損害を蒙る。


 俺の能力を知ったとして、彼は何に活用するだろう?

 俺なら、どうする?


 まず、後継者を用意する。健康な肉体を持った男なら、誰でもいい。

 そして、跡継ぎに指名してから、そいつの肉体を奪う。その奪った肉体を、グルービー自身に移植、そしてグルービーの肉体を分離して、その場に捨てる。

 するとあら不思議。ラスプ・グルービーは、後継者に財産を残して死んだことになる。

 健康と若さを手にして、彼は人生の続きを楽しむことができるわけだ。


 それで済むか?

 この能力を使えば、貴族や国王になるのだって難しくはない。

 俺はグルービーという人物の頭の中を、そこまで理解はしていない。知っているのは、ただただ好色だということ。そして知的で、いざとなれば容赦のない人物でもあることだ。もしこれに、長寿と野心が加わったら、何を仕出かすか。


 一つ、無視してはならない事実がある。

 それは、彼の能力だ。

 精神操作魔術を行使できる。それによって、ノーラから情報を抜き取ったであろうこと。これを彼は、俺に明かしていない。

 ならば……


「……知らないほうが、いいと思います」

「なに?」

「グルービーさん、あなたは既に成功者です。財産も使いきれないほどあります。権力も、名声も。これ以上、何が欲しいのですか」

「わしが聞きたいのは、そんな言葉じゃない。教えるつもりがあるか、ないか、だ」


 有無を言わせぬ強い口調。

 一瞬、怯えてしまった。

 彼が身動きすらままならない男だとわかっていても。そこには断固たる意志がある。


「ありません」


 声を絞り出して、言い切った。言ってしまった。

 沈黙が耳を衝く。


 ややあって、グルービーは溜息をついた。


「やれやれ……」

「申し訳ありませんが」

「いいのか? これだけの財産だ。もう、手に入れる機会は、ないかもしれんぞ?」


 いや。ある。

 もっとも、彼から強奪するつもりはない。その気になれば、俺は彼の肉体を奪い、フェイを後継者に指名すればいい。難しくも何ともない。だが、それはさすがに卑怯だ。


「はい。承知の上です」

「では、これは受け取らない。そういうことだな?」

「その通りです」

「ふむ」


 俺の覚悟を噛み締めるように、彼は頷いた。

 しかし、その後、不敵な笑みが浮かぶ。


「だが、わしはラスプ・グルービーだ」


 自信満々に、彼は言い切った。


「ファルス君、君が何をどう言おうと、またどんな意見を持っていようと、関係ない」


 強気な物言いに、俺は一瞬、身構えた。


「わしは、何が何でも、君の秘密を聞き出してみせる。そして、ここの財宝も、訓練中の美少女達も、必ず君に受け取らせてみせる」


 何か攻撃でも浴びせられるのか、と一瞬思ったが、拍子抜けだった。

 彼はただ、絶対に自分の意志を通してやろうと宣言しただけだったのだ。


「さて……」


 彼はまた、よろよろと杖を突いて、一歩を踏み出した。


「では、そろそろ上に戻ろうか」


 さっきまでの気迫を微塵も感じさせない穏やかな声で、彼はそう言った。

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