第九章 罠と批難とお荷物と

ワーカホリック

 自宅兼店舗の割と近く。細い通りを南に歩いた先、海沿いにある女神の神殿付近の空き地。初夏の青空の下、俺は木剣を振っていた。


「……っと、うぉっとぉ!」


 俺の突きによろめいたドロルが、足元を乱す。


「んなろぉっ!」


 追撃はさせまいと、彼はまた、力押しで迫ってくる。

 いくら剣術のスキルで勝っていようと、大人と子供の体格差は、容易に覆るものではない。


「またかよ、おい」


 横からガッシュが野次を飛ばす。


「どっちが教えてんだよ」

「技ではもう、勝ち目がなさそうですね」


 ハリも冷静に分析している。

 だが、体格も立派な武器だし、俺もそれを理由に手加減を要求したりはしない。この世界には、人間よりずっと大きな肉体を持つ魔物がゴロゴロしているのだ。つまり、俺にとってのドロルは、オーガかトロールだと思えばいい。


 海賊の島から帰って二ヶ月ほど。俺は、ドロルから実戦の技をいくつも教わった。剣術スキルのおかげもあってか、習得はごく短期間に終わった。

 最初は駆け引きで負けてばかりだったが、今ではこの通り、倍以上の体重がある彼相手に、むしろ有利に戦えるようになってきている。ただ、それで慢心するわけにはいかない。彼は、最も得意とするナイフ投げを封印しているのだから。


「おっらぁ!」


 一度通用した戦術だからって、そう何度も連発するものではない。まぁ、ドロルとしても、やりづらいのだろう。彼は冒険者としても、男性としても、小柄なほうだ。そして、決してパワーファイターではない。にもかかわらず、俺相手では、そういう戦い方を選ばざるを得ない。レパートリーがないところで頑張るしかないから、どうしても粗が目立つ。

 俺はそっと体を捌く。前方に体を流されたドロルは、一瞬つんのめるが、すぐに振り返って姿勢を立て直そうとする。そこへ下段斬りだ。


「うわっと」


 次は目。


「っと!」


 足。


「ふはっ!?」


 目。もう一撃、目。


「あ! 危ないよ!」


 後ろから、ウィーが飛び出して、ドロルの背中を抱える。


「それまで!」


 彼女の制止を受けて、俺は剣を引く。

 そう、俺は考えながら戦っていた。

 ここはピュリス市の中心部から、ちょうど真南に下ったあたり。街の東西と違って、高台の上であり、海面からは数メートル以上の段差がある。だから俺は、わざと海を背にしてドロルの攻撃を受け、それを流した。そうして逆に崖を背負う形になった彼に対して、まず足、目、足と牽制込みの攻撃を繰り返すことで、危険な場所に追い詰めていったのだ。

 当たり前だが、本気で海に落とすつもりなんかない。ウィーが飛び出さなくても、まだ五メートル以上、足場自体はある。空き地の敷地外になら、押し出すつもりだった。ただ、そこから先は足元が少し凸凹なので、彼女は危険があると判断したのだろう。


「ふーっ」


 ウィーの胸から離れて、ドロルは首を左右に振りながら、額の汗を拭いた。


「ったく、お前、どうなってんだ? もう完全に、俺が稽古つけてもらってる状態じゃねぇか」

「そんなことないですよ、僕もいい練習になってます」


 確かに練習にはなっている。今までは、身体操作魔術に頼ってばかりだったが、今ならそれなしでも、ある程度は戦えるようになった。とはいえ今の能力では、ドロルはなんとかなっても、ガッシュには勝てないだろう。ウィーに至っては、遠くから狙われたら、どう足掻いても一方的にやられてしまう。


「いや、こりゃあ、次は俺が相手するか?」


 ガッシュが出てくる。勝てる気がまったくしないが、これも練習だ。


「何言ってるの。ちゃんと手加減できるの?」


 ウィーが横から割り込む。


「前にちょっと、試しにやってみたら、完全にふっ飛ばしてたよね。ガッシュはたまに考えがなくなるから、ダメだよ」

「んー、そうかぁ」

「いや、やってみましょう」

「うーん、でも……」


 ドロルでは俺に勝てないというのなら、もっと強い相手とやるしかない。その、強さだけならガッシュが最適なのだが。

 ざっと彼らの能力に目を通す。


------------------------------------------------------

 ガッシュ・ウォー (24)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、24歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル サハリア語  1レベル

・スキル 戦槌術    4レベル

・スキル 盾術     4レベル

・スキル 格闘術    3レベル

・スキル 水泳     3レベル

・スキル 釣り     3レベル

・スキル 操船     2レベル


 空き(16)

------------------------------------------------------


 まずガッシュ。戦闘技術以外では、いかにも漁師の息子といった能力が並んでいる。


 スキルだけ見るなら、俺にも勝ち目はある。

 但し、分厚い鎧に重い戦槌、そして幅広の盾。剣一本で戦う俺からすると、相性がいいとは言えない。もちろん、身体強化薬まで投入して、なんでもありで戦うなら、まず勝てるとは思うが。

 前に一度、稽古をつけてもらった時には、一撃をいなしきれず、横薙ぎの一撃をモロに浴びてしまった。武器の重量があるだけに、手加減がしにくいのもあって、彼との練習試合は危険なのだ。


「俺の武器はハンマーだからなぁ、軽いものを使っても、振る速度が変わるし、痛いのは変わんねぇしな」

「いっそ、布と綿で、訓練用のハンマーでも作る?」


 一瞬、想像してしまった。お嬢様の部屋にある、大きなクマのぬいぐるみをガッシュに持たせて、戦ってみるとか。

 うん、緊張感がまったくない。練習になりそうにないな。


 とはいえ、ドロルはというと……


------------------------------------------------------

 ドロル・クォース (23)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、23歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル ルイン語   2レベル

・スキル サハリア語  2レベル

・スキル 投擲術    4レベル

・スキル 剣術     3レベル

・スキル 罠      3レベル

・スキル 隠密     4レベル

・スキル 軽業     3レベル

・スキル 水泳     3レベル

・スキル 商取引    2レベル


 空き(13)

------------------------------------------------------


 戦闘技術として一番得意なのは、ナイフ投げだ。しかし、投げるとなると、たとえ刃物でなくても、実戦さながらのスピードを出そうと思うと、それなりの威力も乗ってしまう。木剣と違って寸止めもできない。だから俺に対しては使えないのだ。しかし、剣術だけでとなると、見ての通り。素人よりは強いが、その程度だ。

 直接、戦闘に関わるもの以外では、斥候系のスキルが目立つ。過去について詳しく尋ねたことはないが、外国語や商取引に通じているところを見ると、商家の出身なのだろうか。


 ならば、ハリならどうか?


「では、私がやりますか?」

「お前もなぁ。武器が使えりゃいいんだが」

「そこなんですよね……」


------------------------------------------------------

 ハリ・テアテミー (22)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、22歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル 拳闘術    4レベル

・スキル 光魔術    3レベル

・スキル 治癒魔術   2レベル

・スキル 薬調合    3レベル

・スキル 医術     4レベル

・スキル 料理     2レベル

・スキル 裁縫     2レベル

・スキル 木工     2レベル

・スキル 鍛冶     2レベル


 空き(11)

------------------------------------------------------


 器用貧乏。これに尽きる。

 拳闘術だけは熟練者といえる水準に達しているが、あとはどれもレベルが低い。そして拳闘術というのは、特に低いレベルでは、攻撃力に欠けるスキルだ。どうもピアシング・ハンドの見え方から経験的に判断すると、ナイフなども織り交ぜて使用する格闘術と違い、まったく武器を使用しない技術をいうらしい。だから、この四人組の中では、彼は雑務担当、援護役だ。

 スキルから判断するに、ハリはその人生のほとんどを、神殿関係で過ごしてきたのだろう。商売っ気というか、何かの偏りというか、そういうものがまるで見られない。様々な生活系のスキルも、とりあえず勉強させてもらいました、という感じがする。


「でもそれだと、困りましたね。ちょうどいい相手がいません」


 そういうことになる。

 いっそ、どこかちゃんとした道場を探したほうがいいのだろうか。


「ちぐはぐなんだよな」


 敷地外の小さな岩の上に座り直しながら、ガッシュが言う。


「技のキレは半端ねぇ。冷静に戦えてもいる。けど、体はガキだ。それに、剣術そのものの知識はあんまりないときた。どうなってんだ?」


 ピアシング・ハンドによって得た能力の歪さだ。

 こういう不自然な部分は、やはり見る人が見れば、わかってしまう。とはいえ、経験を奪取した側の俺としては、ただ自然に、できることをやっているだけだから、自覚がない。

 ……周囲からは、相当不気味な存在に見えているのかもしれないな。


「才能ってやつかねぇ」


 首をコキコキ鳴らしながら、ドロルがぼやく。


「そういうこともあるかもしれませんね。ウィムだって、その若さで弓の腕は……」


 彼女と一緒にされてはたまらない。俺のはただのズルだが、彼女の技術は地獄の修練の結果によって得られたものだ。本当に腕前だけならもう、一流と呼んで差し支えないほどなのだから、すごいとしか言いようがない。


「ボクは……まぁ、恵まれてるのかもしれないけどさ」

「いえ、ウィムさんのは、猛練習の結果じゃないですか」

「だよなぁ」


 そうやって雑談しているところへ、後ろから足音が近付いてきた。


「フェイ君ー、私のフェイ君はどこですかー」


 アイビィだ。最近、家の外でもアホキャラを貫くようになった。みんなももう、慣れっこだ。


「こんにちは、アイビィさん」


 ウィーが挨拶する。


「いつもうちのフェイがお世話になっております」

「いえいえ、見ていて、ボクも勉強になってます」


 彼女が来たのであれば、昼休みはもうおしまい、ということ。俺は木剣を拾い上げて、立ち上がる。


「それでは、今日はこれで。いつもありがとうございます」

「いいってことよ。またな」


 彼らと別れて、路地へと足を踏み入れる。日陰に入ると、途端にひんやりとする。


「汗を拭いてください」

「あ、ありがとう」


 タオルを受け取り、汗を拭っていく。そうしている間も、俺の頭の中では次の仕事について、あれこれ考えている。


「そろそろ、仕入れが届いたかな」

「テカの葉ですね。明後日くらいには」

「夏の売れ筋商品だからね。届いたら一気に作っちゃわないと」


 だが、張り切る俺に、彼女はやや妙な表情を見せた。


「……近頃、根を詰めすぎじゃないですか?」

「え? そう?」

「はい」

「そんなこと、ないでしょ。こんな風に、昼間から抜け出して、剣術の練習なんかしてるんだよ?」


 店が終わった夕方以降でもいいのだが。昼間でも付き合ってくれるというのだから、やらない理由がない。


「あ、でも、奉仕活動もあるからかな」


 ここピュリス市に店を構えるものとして、社会貢献を欠かすわけにはいかない。街の清掃活動にも、最近は積極的に参加するようにしている。ゴミ拾いに下水の掃除にと、このところ大忙しだ。


「それもそうですけど……」

「他、何かやったっけ……ああ、女神の神殿に寄付する薬の分も済ませておかないと」


 この近くにある女神の神殿は、身寄りのない子供を引き取る孤児院を経営している。基本的には、帝都にある本部からの援助金でやりくりしているらしいのだが、もちろん、寄付も大歓迎なのだとか。だから俺は、この春から、そちらに薬品をいくらか納めるようにしている。


「いろいろ手を広げすぎだと思うんですけど」

「そうかな? でも、忙しいことは、いいことだよ」


 そう言いながら、俺は青空を見上げる。彼女もそれ以上は何も言わない。自宅の近くまで、黙って歩く。

 一日に一度はいいことをしよう。最近、そう考えるようになってきた。なぜだかわからないけど、とにかく。


『一日一善、だな……』

「はっ?」


 おっと。しまった。

 日本語で呟いてしまったらしい。


「今、なんて?」

「ああ、うん、一日に一度はいいことをしよう、って言ったんだよ」

「はぁ」


 俺は頑張りが足りない。もっと。もっともっと。何もかもをやらないと。

 この前の帰りの船の中で、あれこれ考えた。もっと強くならないといけない。俺にはせっかく能力があるのに、やるべきことをやってこなかった。学んだり、鍛えたりするだけじゃない。俺がちょっと手を伸ばせば、大勢の人が助かるのに。

 そんな緊張感が、どうもずっと続いている気がする。


「いや、一日一度じゃ甘いな。二回でも三回でも、四回でも五回でも……六回かな。うん、六回がいいな」

「フェイ様……」


 振り返ると、アイビィが浮かない顔をしている。


「どうしたの?」

「……いいえ」


 まぁ、いいか。

 俺は行動する。もっともっと、どんどん行動する。

 行動すれば……


「あ、そうだ」

「はい」

「営業のほう、結果が出たら教えてね」

「はい」


 さて、午後の営業時間だ。キリキリ働こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る