演技と交渉

 妙な静けさに、ふと意識が覚醒した。

 目を開けると、中腰になった水夫達の背中が見えた。

 今は何時頃だろうか? 空はやや、明るさを取り戻しているが、頭上には雲が分厚くかぶさっている。雨脚も弱まってはいない。風もまだ、勢いを保っている。なのに、やけに周囲は静まり返っている。


 船員達の間から、向こう側を見た。


 そこにいたのは、数人の男達だった。

 日焼けをしてはいるが、人種的にはフォレス人のようだ。中にサハリア人も混じっているようだが。

 そして彼らは例外なく、武器を持っていた。


 何が起きたのか。尋ねたくはあるが、声を出すのも憚られる。周囲を見回してフリュミーを探すと、彼は怪我をした左腕を背中のほうに庇っていた。

 いや、そうではない。後ろにまわした左腕から、騎士の腕輪を取り外そうとしていたのだ。動かない腕に振動を与えるのだから、痛くないはずはないが、それを顔に出すことはなかった。何度か爪を立てるうちに、腕輪は外れ、ゴロンと湿った土の上に落ちる。


 武器を構えた男達は、俺達の様子をじっくりと観察していた。俺達は、ほぼ包囲されていた。

 こちらに武器がなく、怪我人ばかりなのは、すぐにわかったはずだ。なのに、治療を申し出るでもない。

 俺は、彼らの服装に注目した。リーダーと思しき男は、仰々しい、つばが広く高さもある帽子をかぶり、黒と赤で彩られたロングコートを羽織っていた。あまり立派でない口髭が、顔全体を覆っている。目だけがギョロッとしていて、なんだか、いつ噛み付いてきてもおかしくない肉食動物を連想させられる。

 だが、部下とみられる周囲の男達の服装には、統一感がなかった。持っている武器も、フォレス風の直剣もあれば、サハリア風の曲刀もある。そして、みんな、一様に薄汚かった。

 どこかの国の軍隊? それにしては、装備の違いに違和感がある。サハリア豪族の私兵? だとすると、このフォレス人の多さが説明できない。となると。

 こいつらは、もしかして……海賊?


 なぜこんなところにいるのだろう? いや、それは不思議でもなんでもない。

 彼らもまた、海上で異変に気付いたのだ。間抜けな俺達と違って、ワンテンポ早く、この島の影に船を潜ませた。そうして嵐をやり過ごすうち、この島の近くで座礁した船を発見した。

 船があれば、人もいるはずだ。だから彼らは、周囲を探索した。結果、あっさりと俺達は発見されてしまった。

 これがもし、最初にフリュミーが提案した通りに、前もって上陸するなどしていれば、状況は違っていただろう。全員が健康な状態で、いざという時の装備も持ち込んでいて、見張りを立てて野営していたとすれば。


 どうあれ、武器を向けてきているのだ。友好的とはいえない。

 俺は、ピアシング・ハンドの能力で、強敵となりそうなのがいないか、調べた。


 要注意なのは、二人ほどだ。

 まず、黒地に赤い装飾のロングコートを纏うリーダー。片手に、長さのあるサーベルをぶら下げている。


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 カイ・ゾーク (33)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、33歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル サハリア語  4レベル

・スキル シュライ語  2レベル

・スキル 商取引    3レベル

・スキル 指揮     3レベル

・スキル 操船     5レベル

・スキル 水泳     4レベル

・スキル 剣術     5レベル

・スキル 医術     2レベル

・スキル 大工     1レベル

・スキル 料理     1レベル

・スキル 裁縫     1レベル


 空き(21)

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 あ、間違いない。

 こいつ、生まれついての海賊だ。


 さて、次。

 単純な戦闘力では、こいつのほうが危険だろう。


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 シン・フック (28)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、28歳)

・マテリアル 神通力・幻影

 (ランク3)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル シュライ語  3レベル

・スキル 指揮     1レベル

・スキル 操船     3レベル

・スキル 水泳     2レベル

・スキル 剣術     5レベル

・スキル 弓術     4レベル

・スキル 格闘術    4レベル

・スキル 隠密     4レベル


 空き(18)

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 ゾークとは対照的に、白い服を身につけている。上半身だけ、革の胸当てをつけているが、それも白っぽい。頭にはバンダナを巻いている。そこから見えるのは黒髪だ。それでいて、顔立ちは微妙にフォレス風。

 これは、いわゆるハーフだろうか? サハリア人か、それともシュライ人か。もしかすると、南方大陸東部のハンファン人入植者の血を引いているのかもしれない。神通力があるところをみると、その可能性は高いだろう。


 幻影。どんな能力だろう。幻を見せるのか。それが偽物と区別がつくなら怖くないが……

 これだけ多彩な戦闘手段を持つ人物が使う神通力だ。詠唱も触媒もなしに、幻を見せてくるとなると。俺は能力の正体を知っているからまだいいが、さもなければろくに対応などできまい。少なくとも、初見では。


 なんにせよ、こいつはヤバい。明らかに危険だ。

 キース・マイアスの相手をした時のことを思い出す。シンは、そこまでの強敵ではないが、油断をすれば一気にやられる。幸い、今は逆の状況だ。奴には俺など、ただの子供にしか見えていない。

 ただ、その意味ではこちらにも弱みはある。奴らに俺の正体がわからないのと同じように、俺も奴らの能力をフリュミー達に伝えることはできない。こいつ神通力持っていますよ、なんていきなり言い出したら、驚いた海賊どもは、真っ先に俺を付け狙うだろう。

 幸い、能力の枠は一つ、空いている。できれば、神通力は奪い取ってしまいたいが……今回は、諦めるべきかもしれない。使い方のわからない能力を奪取しても、それだけでは敵を排除しきれないだろう。第一、神通力を奪ったくらいでは、シンの脅威はなくならない。もったいないが、いざとなったら、一気に倒しきってしまわなければ。


 それにしても、結構な時間が過ぎているのに、向こうは何も言わない。ただ、武器を構えて、こちらを見ているだけだ。なぜだ?

 ややあって、フリュミーが行動を起こした。体を引き摺りながら、ゾークのほうへと近付いていった。


「助けてくれないか」


 それが彼の第一声だった。


「見ての通り、船が座礁してしまった。怪我人ばかりだ。多少の食料と、船の補修資材を譲って欲しい。薬があれば、なおいい。その代わり、残りの積荷は全部、差し出す」


 何を言っている? 相手は海賊なのに、こんな交渉が通じるとでも?

 そう思っていると、彼はなお、そこに言葉を付け加えた。


「信じてくれ、僕らは海賊じゃない。ただの商人なんだ。君らもそうだろう? こういう時こそ、助け合うべきだ」


 ああ……そうか。

 これは、わざとだ。


 奴らは、間違いなく海賊だ。それはフリュミーもわかっている。

 だが、それを今、ここで声高に叫ぶのは、得策ではない。海賊が「お前らは海賊だ」と言われたら、どうする? 目撃者を消す。俺ならそうする。で、積荷も全部、横取りだ。こんな島の中、人を殺したからって、すぐに捜索の手が及んだりはしない。

 だが、海賊とて、無用の衝突は避けたい。こんな怪我人ばかりの集団でも、いざ殺すとなれば、死に物狂いで抵抗する。それに、彼らの商船がここで行方を絶ったとなれば。すぐには問題なくても、そのうち行方を知られてしまうかもしれない。殺し損ねた人間が残れば、情報は確実に伝わってしまう。

 海賊としては、自分達が根城にしている島を失いたくはないはずだ。つまり、海賊ではないと思われているなら。或いは、海賊だと知りつつ、海賊扱いをしないで済ませようとしてくるのなら。その間違いに付き合うかどうか、一考の余地がある。だからこそ、フリュミーはわざと「僕らは海賊じゃない」と言ったのだ。彼らが武器を抜いている理由を、こちらから用意してあげたのだ。

 もしかすると、ゾークは、フリュミーの意図を見抜いているかもしれない。その上で、腰抜けが相手なら、殺すまでもないかと考えている可能性がある。


「ふん」


 耳障りな、えらぶった口調で、ゾークは吐き捨てた。


「お前らは知らないだろうがな、ここは私有地なのだ」


 どうやら、海賊のほうでも、シナリオを用意したらしい。


「勝手に立ち入る人間は、殺していいことになっている」


 この一言に、水夫達は、目に見えてたじろいだ。一方、フリュミーは上目遣いのまま、表情を変えない。そう、これは見え透いた脅しだ。


「だが、お前達の態度次第では、見逃してやってもいいのだがな」


 そういうこと、か。

 海賊は、フリュミーの猿芝居に乗ってやることにした。但し、そのために食料や資材を分けてやる気はない。だから、この島の管理人という役柄を作り出し、賄賂を請求してみせた。

 要するに、やらずぶったくりだ。一方的に収奪される。だが、この状況ではむしろ、幸運というべきだ。


「よろしくお願いします。それで構いません。嵐が止み次第、すぐにでも出航しますので、どうか」


 フリュミーが頭を下げ、話がまとまりかけたところだった。


「待ってくれ」


 口を差し挟んだのは、メックだった。


「今、私達を助けてくれれば、何倍もの謝礼が手に入るんだぞ」

「メック、よせ」

「積荷は渡せない。だが、一度、ピュリスに戻ってから」


 ピュリス、という単語を聞きつけたゾークは、表情を変えた。


「ピュリス、だと?」


 メックは勢い込んで、余計なことまで話してしまう。


「そうだ! 私達は、ピュリスを統治する、トヴィーティ子爵の」

「メック!」


 遅かった。

 ゾークの表情が険しくなる。雰囲気の変化に、メックも思わず沈黙した。

 一歩、濡れた草を踏んで、ゾークが前に出る。それに合わせて、メックが一歩下がる。もう一歩。また下がる。そこで、ゾークは顎をしゃくった。

 横から、ふらりとシンが近寄る。次の瞬間、銀色の光が一閃した。


「うっ……ぎゃあぁぁぁっ!?」


 メックの左腕が、宙に舞う。シンが逆袈裟に斬り上げたのだ。


「くそっ!」


 フリュミーが歯噛みする。周囲の水夫達は、みんな、視線を左右に向けるばかりで、何もできない。メックは、その場に膝をつき、悶え苦しんでいる。

 だが、次の瞬間、フリュミーが号令を下した。


「全員、散開! 散れ! 逃げろ!」


 それを合図に、船員達は、あちこちに飛び出した。周囲に立つ海賊の配下が、武器を振り上げる。だが、少々の負傷には構わず、男達は包囲を抜けて、森の奥へと散らばって逃げていった。


「何をしている! フェイ! 君もだ!」


 見ればフリュミーは、杖代わりにしてきた棒切れを剣の代わりにして、必死で時間を稼いでいた。だが、片腕が動かせず、足もきかない男の抵抗だ。雑魚どもはなんとかなっても、強敵が相手では、なすすべもない。

 またゆらりと、シンがフリュミーの前に立つ。ダメだ、これは……次の瞬間には……!


 ……だが、シンの剣は、フリュミーには届かなかった。どうしたわけか、その技に冴えはなく、動きは鈍かった。ただの木の棒に、剣が弾き落とされたのだ。

 今だ!

 俺はその剣に飛びつき、拾い上げた。そして、突然の異変に戸惑うシンめがけて、めいいっぱい、両手で突き入れる。


 ……浅い。それに嫌な感触だ。

 俺には、上背もなければ、筋力もなかった。なんとか胴体に届く刺突も、シンが必死で盾にした左腕によって、その威力を殺された。片手は奪ったし、胴体にも刺し傷を作ったが、これではまだ、倒すに至らない。


「何をっ……無茶だ!」


 フリュミーの声が耳に入る。だが、恐れることはない。


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 (自分自身) (8)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、6歳・アクティブ)

・マテリアル ラプター・フォーム

 (ランク7、オス、14歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル 商取引    5レベル

・スキル 薬調合    6レベル

・スキル 身体操作魔術 5レベル

・スキル 料理     6レベル

・スキル 剣術     5レベル


 空き(0)

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 シンの最大の武器、剣術は奪った。

 あとは、気持ちを切り替える余裕を与えず、幻影を行使される前に、一気に倒す。身体強化を使えば、それもすぐだ。シンを倒せば、あとはゾークだけ。それでこの戦いは終わる。

 そう思って、首にぶら下がる紐に手を伸ばす。だが、その先端についているはずの粒に、違和感が。


 考える暇など、与えてもらえなかった。シンの鋭い回し蹴りが飛んできたのだ。剣で受けたが、いかんせん、体力にも体重にも差がありすぎた。刃の部分が僅かにシンの足を傷つけはしたものの、そのまま剣は弾き飛ばされ、俺も無様に転がされた。


「フェイ!」


 血相を変えたフリュミーが、手にした棒で、もう一度、シンに殴りかかる。だが、そこまでだった。

 負傷したとはいえ、格闘戦に切り替えたシン。それに周囲の配下が、フリュミーを取り囲む。

 俺はといえば、シンを負傷させたとはいえ、まだ子供とみなされているのか、マークが甘い。どうする?


 フリュミーは、抵抗を続けるつもりだった。だが、俺が離れたところに吹っ飛ばされているのを確認すると、不意に棒をその場に落とした。

 剣を拾い上げたシンが、重傷のため動けなかった船員の首に、切っ先を向けていたからだ。


 もうダメだ。

 無念だが、この場ではこれ以上、戦えない。

 海賊のうち、二、三人が、改めてこちらに意識を向けてきた。このままでは、俺も捕まる。それはもっとよくない。

 今は、逃げる。


 俺は、闇雲に森の奥へと走った。

 そして、適当なところで、近くの茂みに身を投げた。降り注ぐ雨と、吹き荒ぶ風が、俺の姿を隠すのに役立った。そのまま、足音が遠ざかるのを待つ。


 大木に背を預けながら、俺は己の失態を呪った。

 改めて、首にかかった身体強化薬の成れの果てを、つまんでみる。

 それは塩水に洗われて、半ば形を失ってしまっていた。

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