第五章 総督官邸での日々

身分制度を振り返る

 前世の地球もだが、この世界の身分制度も複雑だ。国や地域によっても異なる。

 ここ、エスタ=フォレスティア王国では、西方諸国でも一般的な階級制度が敷かれている。


 上からいこう。

 まず、この世界で一番偉い人間は……やはり、「皇帝」だろう。

 全人類にとっての最高指導者、それが皇帝だ。誰に対するどんな命令も可能だ。但し、世襲はされない。

 この地位に就くのに必要なものは、全世界の国家からの承認と、宗教的権威からの支持、そして具体的な目的だ。大きな目標の達成とか、大変な問題の解決といった事情がなければ、皇帝は空位のままとなる。

 歴史上、この地位にあった人物は、ギシアン・チーレムただ一人。彼は、世界の統一と、各地の魔王を討伐するという大事業に取り組んでいた。

 皇帝という称号だけなら、彼以前にも存在していたのだが、以後はもう、過去の意味では使われなくなっている。だから、彼によって一度征服されたセリパシア帝国の皇帝も、その次の代からは、王を名乗るようになった。例外はワノノマの皇族で、彼らの王は、東の果ての島々の連合国の盟主ということで、意味合いとしては皇帝に該当するような称号を用いている。とはいえ、彼らも自分達の実質的な地位が皇帝ではなく、王に相当するという点では、同意している。

 しかし、そうなると、皇帝になるには、何のバックグラウンドも必要ないのか、という問題が出てくる。個人の能力とは別に、国家単位で通用する勢力がなければ、彼の権力は実効性を持ち得ないだろう。ある日誰かがいきなり皇帝になったとしても、その人がどこかの王でも貴族でもなかったとしたら? だが、それを補うものがある。チーレム島だ。

 ギシアン・チーレムが本拠を構えたのが、中央陸塊だ。その島は、以前より東西から流れてきた人々が街を作って住んでいて、各国間の緩衝地帯だったのだが、彼の世界統一以後、改めて帝都パドマが建設され、東西交易の要衝としても、学問の中心地としても、大いに栄えることとなった。皇帝の領地とは、つまり、この島だ。

 偽帝の大乱に始まる暗黒時代には、この地を攻略しようとした勢力がいくつか現れた。だが、帝都の防衛線は、魔王との戦いを想定した、極めて堅固なものだ。これまで一度として征服されることはなく、この自由都市に住まう人々は、そのことを誇りにしているという。


 この一千年間、空位だった皇帝を除くと、世俗において、もっとも高い身分にあるのが、国王をはじめとした「貴族」だ。

 彼らの共通点は、次の通りだ。まず、基本的に納税義務がない。実質、恒常的な納税を要求される場合もあるが、形式としては「王家への名誉ある奉仕」というものになるので、何らかの見返りが期待できる。しかも、その場合の税率も、一般庶民よりずっと低い。その他にも、地位に応じた特権がある。

 支配地や、何らかの特約があれば、その地位は世襲される。また、世襲貴族の家は、なかなか新設されない。定数があるも同然で、血縁によってしか相続できないので、正式な結婚は貴族同士でするものという常識がある。

 この世界でも、前世の中国のように、爵位に五つの段階がある。これが適用されるのは、主として西方諸国だ。便宜上、上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と呼ぶことにする。とはいえ、その意味合いは、前世のそれとはまったく異なる。


 まずは、上から二番目となるが、侯爵からだ。これは、もともと自立した領地を持っていた貴族のうち、王国創建時に国王を支持したものを指す。この場合の「貴族」というのは、かなり怪しげな言葉だ。王国創建時ということは戦乱の時代だったわけで、中には由緒ある家の出身者もいただろうが、単なる武装勢力のリーダーでしかなかった人物も少なからず存在していたはずだ。

 ともあれ、彼らは独立した勢力だったのだが、互いの利害関係もあって、その中の第一人者を国王として承認し、以後は彼とその子孫に従うことを誓った。つまり、最有力の豪族が国王となり、それ以下の豪族が、協力関係を結ぶ上で、侯爵となった。

 だから、侯爵の地位は高く、特権も大きい。封建関係にあるのだから、有事には出兵の義務もあるし、その地位に見合う功績を求められるのだが、一方で彼らはもともと「独立国」の支配者でもある。だから国王といえども、彼らの領土を勝手に削ったり、中に立ち入ったりというのは憚られるわけだ。

 もっとも中には、例外的な侯爵もいたりする。領土がないのだ。といっても、本当になかったのではない。支配地の自力運営を諦めた侯爵が、国王に領土を献上したのだ。そうなると、もともと彼らの持ち物であった領土を王国が譲り受ける形になるのだから、国王は彼らに年金を与え、名誉と地位を保つことになる。

 最近、中央集権化を推進しているエスタ=フォレスティア王国では、この制度を強化している。本来、侯爵にしか適用されなかったこのシステムを、それ以下の貴族にも「領地と引き換えに安定した現金収入、そしてより高い爵位と名誉をどうぞ」と、解放するようになったのだ。

 貴族の多くは領地に愛着があり、簡単に手放すことはない。だが、実際問題、王都で官僚や軍人として働くため、ほとんど所領に戻れない貴族は増える一方だ。俺の今の主人もそうで、本来の領地は王国の北西部に位置するらしいが、港湾都市ピュリスの統治に忙しく、数年に一度、見に行くことがあるかどうかだ。だから、所領を年金に換える選択をする貴族も、少しずつ増えてきている。


 最高権力者である国王の血族が、公爵だ。五つの爵位の中では、もっとも地位が高い。とはいえ、それが権力の大きさと比例するとは限らない。これは、世襲のものと、そうでないものに分かれる。またその中でも、所領を持つものと、持たないものに分けることができる。

 世襲の公爵は、王国創建時に成立した地位だ。国王といえども諸侯の中の第一人者でしかない。となれば、その権力基盤は強くない。だから、建国時の戦争を通じて征服した重要拠点に、信頼できる親族を領主として送り込んだ。

 しかし、代替わりが進むにつれ、そうした公爵家とも疎遠になっていく。そこでもっと近い関係にある公爵領に置き換える動きが進んだ。つまり、現職国王の兄弟や実子が、一代限りの公爵として、重要な拠点を預かる。だが、その子孫は領地を継承できず、公爵の地位も失う。

 また、王の実子すべてに領土を与えるわけではない。だから、領地のない公爵も存在する。これは特別な事情がない限り、世襲はされない。

 では、世襲されない公爵家の子孫はどうなるか? 太子以外の王子は公爵だが、孫は子爵だ。あくまで分家した貴族として扱われるのだ。曾孫は男爵となる。以後は貴族の地位を失う。そうでもしないと、何せ彼らに年金を支払わねばならないので、王室の財政難が避けられない。


 伯爵は、王の血族でないという点を除けば、公爵に似ている。本来、領主でなかった人物が、征服地や開拓地に送り込まれ、土地の支配を認められる代わりに、王国の防衛線を担うようになったものだ。

 その経緯から、侯爵ほどの特権は持たない。伯爵領であれば、王国の正規軍も、かなり自由に通行できる。伯爵領は独立国ではなく、あくまで王の領土を臣下が預かったものとされているからだ。

 ちなみに、俺が生まれたリンガ村を含むティンティナブリア一帯も、伯爵領だ。これはもともと、ギシアン・チーレムの幕僚だったロージスが、ここを対セリパシア戦争の際の兵站基地としたことに由来する。ロージスは戦後もこの地の支配を認められた。なお、彼の元で働いた騎士の中には、その姓を与えられて、ティック氏を名乗るものが多く出た。リンガ村から脱出した俺を拾ったティック家も、そうした騎士達の子孫だろう。


 子爵は、本来はそれら貴族の分家に与えられる地位だ。もちろん、勝手に名乗ることなどできず、伯爵家や侯爵家から、国王に対して、所領の分割と相続を認めるよう、申し出があり、承認された場合に成立する。

 既に述べた通り、世襲されない公爵の長子も、通常は子爵の称号を与えられる。国王の血族といえども、孫ともなれば分家の貴族並に扱われる。こうした子爵達には領土はないが年金が支給される。

 今の俺の主人も、子爵家の当主だ。本家筋は、王国の北部に領地を構えるフォンケーノ侯爵家となる。かなり昔に、北西部の国境付近に、侯爵家が飛び地をもっていて、それが分与されたのだ。よって子爵家本来の所領は狭く、地位も決して高くはない。だが、王家との密接な付き合いもあり、また代々財務官僚として活躍してきたこともあって、今では港湾都市ピュリスの支配を任されている。


 男爵は、それ以外の場合に与えられる地位だ。大きな功績をあげた人物に授けられたりする。なんらか理由があって認められている家は例外だが、基本的に領土がなければ世襲はできないので、世襲なし、年金だけの一代男爵なら、それなりに数がいる。また、非常時などに大量の財貨を国家に提供した、田舎の豪農の子孫なんかが、男爵に叙せられたりもする。最近では、例えば荒れ果てた土地の開拓に成功したウォー家にも、地名に因んだ呼称と男爵位が与えられた。

 それだけみれば、大した身分でもないように思われるが、そうでもない。まず彼らには、一部の例外を除いて、納税義務がない。また、所領がない場合はもちろん、あっても広い領土を抱えている男爵など滅多にいないので、ほとんど出兵の義務も課せられない。自領の安定だけでも、十分な仕事とみなされるのだ。なんとも気楽な身分である。まあ、そうはいっても、新たに男爵の地位を与えられるのは、たいていは軍で名声を得た人物だったりするので、どうせ戦争に駆り出されるのだが。


 なお、分家や襲爵以外の理由で、一個人の爵位が変動するケースは、非常に少ない。支配地と爵位は、必ずしも固定的な関係にあるわけではないが、土地には「格」があるものと考えられている。例えばティンティナブリアなら、伯爵領であるのが当たり前で、これが侯爵領になったり、男爵領になったりするのは不自然だと考えられている。だいたいからして、貴族の名前は、三つの部分から成っており、はじめがその人の個人名、次が家名で、最後についてくるのは、最初に封じられた土地に由来する呼称だ。貴族とは特権階級で、それゆえに、地位の変動など、前提とはされていないのだ。

 ただ、それでも例外的な陞爵ならある。功績や失態に応じて、支配地の転封などが行われる場合もあるし、逆に領土の献上によって名誉と特権を与えられることもある。


 以上が貴族層の説明となる。ただ、この五段階の爵位が、世界中、どこでも適用されるわけではない。

 例えばサハリアでは、これに代わるのが氏族制度であったりする。族長が侯爵のような地位に相当するわけだ。ということは、ネッキャメルの先代族長の息子だったミルークは、その気になれば子爵相当の身分を主張できたのだ。

 また、サハリアにおける国王の地位は、さほど高くない。ということで、公爵、伯爵、男爵に相当する地位は事実上、存在しない。王といっても、侯爵相当の族長と、ほぼ対等の付き合いをするのだ。彼らにとっての王とは、あくまで部族連合の代表でしかない。

 他の地域にも、それぞれの社会に見合った貴族層が形成されている。ただ、概ね、その特権や地位のあり方には、共通点がある。


 では、「騎士」はどうなのか。彼らは貴族ではないのか?

 そう。騎士であるというだけでは、貴族とはみなされない。フォレス人やルイン人だけでなく、サハリア人にも、騎士に相当する身分が存在するが、彼らは貴族ではない。領地を与えられていても、だ。

 騎士という、いわば貴族と庶民の中間層は、かなり古い時代から存在した。だがこれに特別な意味をもたせたのは、やはりギシアン・チーレムだと言われている。今では実質的にはそうとも言えなくなってきたのだが、本来の騎士とは「社会に貢献するエリート」のことだ。その地位は、世界共通のものである。


 騎士とは、貴族とははっきり異なる階層だ。手続きを踏めば、貴族が、貴族であると同時に騎士になることもできる。逆に、貴族だからといって、自動的に騎士になれるわけではない。もっとも、騎士より貴族のが特権では恵まれているため、得られるものは少ないのだが。

 一方で、一般庶民も手順を踏めば騎士になれる。そして庶民が騎士となった場合、その身分は騎士階級のものとされ、その人に適用される法律もそれに準じたものとなる。

 騎士の身分は、世襲されない。これは騎士という地位の成り立ちによる。彼らはもともと、皇帝や国王、貴族が、一般人の中から優秀な人物を選び出して、国家や世界に対し、更に貢献するよう求めたところに起源がある。

 だが、いくら有能な人物でも、一代限りでは先がない。だから騎士の地位は世襲でなく、現役の騎士が後継者を育て、国王などの有力者に推薦する形で生み出されるようになっていった。


 既存の権威を追認する貴族の地位とは異なり、騎士の称号とは能力と実績の結果である。ゆえにその特権は、彼ら自身の利益を増すためというより、彼らが社会で活躍する上での障害を取り除くために与えられた。

 まず、騎士の前段階としての従士、小姓となったものには、それぞれその身分を保証する有力者から、目印となる品物を与えられる。大抵、それらは銀製の装飾品だ。首飾りとか、指輪とか……それが騎士になると、黄金製の品に取り替えられる。こうした装飾品の、物自体としての値打ちは微々たる物だが、身分証明の役割を果たすので、彼らの行く先々で、その待遇を保障してくれる。彼らに対して不当な振る舞いに出た場合、その事実はやがてその後援者の知るところとなる。

 騎士、及び従士に与えられる特権として代表的なものは、移動の自由だろう。とはいえ、当然、騎士には、その身分を追認する特定の有力者がいるのだが、それが今から通過しようとする地域の支配者と対立している場合などには、あまり保障されないものではあるが。

 なお、騎士には、納税の義務がある。というより、庶民と同様、税を免除されない立場なのだ。但しそれは、一般の経済活動についての話であって、騎士として、有力者から与えられた年金や領地からの収入については、貴族同様、無税となる。ただ、これらの権益の意味合いは貴族のそれと異なる。「この資金を活用して、世のために尽くせ」という条件がついているのだ。もちろん、年金も領地もない騎士も、大勢いる。

 騎士の権利と義務については複雑で、一概にはこうとは言えない。例えばドナの出身地であるヌガ村を支配していたのは、領主の地位を与えられた騎士だった。彼には恐らく、エスタ=フォレスティア王国のための従軍義務があったはずだ。一方で、特定の領地を持たない騎士もいて、彼らは有力者に対して、ほとんど義務を負っていない。


 騎士になるには、いくつかの段階を踏むことになる。

 まず最初に、貴族や高位の聖職者といった有力者によって、「小姓」の地位につけてもらう必要がある。小姓とは、いわゆる見習いであり、側仕えだ。選ばれた人物は、貴族の身の回りの世話をしたり、宗教施設で奉仕活動に勤しんだりしながら、自分を磨く。

 なお、小姓の身分を与えられるのは、何も見所ある子供だけとは限らない。例えば、うちの子爵家の執事も、この小姓にあたる。この段階ではまだ、全員が騎士を目指すわけではない。要するに小姓とは、貴族にとっての「人材のプール」なのだ。


 小姓の中で、特に見込みのある子供がいる場合、有力者は、伝のある騎士に教育を委託する。騎士がこれを受け入れると、その子供の身分は、「従士」となる。騎士の方から、小姓の誰某を引き受けたい、と申し出る場合もある。

 従士の役割は騎士の補佐であり、引き続き見習いの立場で自分を鍛えていく。彼らは主人と共に、厳しい遍歴の旅を通じて、社会に貢献しつつ、一人前の騎士に成長していく……ということになっているのだが。


 実際には、そんな古風な従士は、今では少数派だ。というか、一般人の家庭から騎士が生まれること自体、ごくごく稀なのだ。うちの執事は一般家庭出身だが、小姓に取り立ててもらったのも大人になってからだし、それで十分、出世したといえる。今の騎士の大多数は、貴族の家から生まれる。

 つまり、こういうことだ。貴族からすれば、下手に分家したら領地が減る。それが嫌なら、次男、三男は、家から出すしかない。王族でもなければ、割とすぐに貴族でなくなってしまうのだ。まあ、侯爵家の子供だけは一応、嫡子でなくても、卿を名乗ることはできるのだが、それにしたって称号だけの話だ。

 どうあれ本人からすれば、そのまま庶民の身分に落ちるのは我慢ならない。それで彼らは、せめて何とか騎士階級に留まろうとする。実家もその程度の援助ならしてくれる。

 というわけで、平均して十四歳くらいで、彼らは知り合いの騎士に頼んで、従士の身分を手にする。従士になった以上、修業の旅に出る義務があるのだが、この時、指導者たる騎士は、あろうことか、一人で旅に行ってこい! と命じる。それで彼らは、形ばかりの冒険に出かける。つまり、帝都パドマの名門学校に通うのだ。もちろん、学費は実家持ち。

 それで無事、卒業して帰ってくると、指導者の騎士は、自分では何一つ教えていないのに、この者の修行は完成しました、と有力者……つまり従士自身の親に告げに行く。あとは形ばかりの叙任式が執り行われ、こうして晴れて、貴族の次男坊は立派な騎士へと成長するわけだ。

 あとはその騎士の称号と、実家の口利きで、どこかいい就職先を探すだけ。近衛兵団の部隊長あたりが人気のポストだったりするが、ひ弱な人材については、文官になる道も用意されている。


 ただ、そうした騎士が圧倒的大多数ではあるのだが、中には例外も存在する。

 一千年前のギシアン・チーレムの時代から、連綿と道を受け継ぐ流浪の騎士もいるという。彼らは昔ながらのやり方で自身と従士を鍛え、固く誓いを立て、命を盾に、力なき人々と己の誇りとを守り続けている。

 貴族の次男坊がなるような騎士も誓いの言葉を口にはするが、彼らのような本物の騎士の誓いは極めて厳格だという。悪逆非道の領主を討って自らも息絶えるという壮絶な最期を遂げた騎士達の物語が今に伝えられている。

 自ら人々を救うか、流浪の騎士たる身分を捨てて、あえて世のために尽くす名君に仕えるか……何れにせよ、その道程は、常に命懸けとなる。


 その下に位置するのが「一般庶民」だ。

 納税の義務があり、国によっては兵役の義務もある。移動の自由は制限されるのが普通で、領主の許可なく領地の外に出たり、国外に出たりはできない。常に移動を繰り返す商人達も、そのための特別な許可をとっている。


 彼らの下にあるのは「奴隷」という身分だけだ。

 取引によって奴隷の身分に落ちたものが譲渡奴隷で、これは既定の年数が経過すれば、一般人の身分に戻れる。年限がない譲渡奴隷でも、自分を買い戻すだけのお金を用意できれば、或いは所有者が解放を宣言すれば、やはり一般人に戻れる。彼らに対して、所有者は命令する権利を有するが、不当な虐待は許されていない。正当な理由なく、所有者が譲渡奴隷を殺害した場合、彼は所有するその他の譲渡奴隷を手放さなければならず、また、国家に罰金を支払わなければならない。

 もっとも過酷な立場が、犯罪奴隷だ。既定の年数が定められている場合は、年限の後に譲渡奴隷になる。さもなければ、それこそ特赦でもない限り、一生奴隷だ。金銭で買い戻すこともできず、所有者が自由に解放するのも許されていない。しかも所有者は、いつどこで、どんな理由で犯罪奴隷を殺害してもよいとされている。


 ……そして今、俺は自分の身分を強く強く実感している。

 貴族、騎士、庶民、奴隷。

 俺はその、最下層を占める奴隷なのだ。


 窓枠に肘をついて外を眺める俺の背後で、扉が開いた。


「フェイ、朝礼だ」


 そう。

 俺の名前がまた変わった。

 子爵様の奴隷、フェイになったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る