ちとせがつけた自分のあざと治した真保のあざ。

第19話

『ちとせちゃん? どうしたの?』

「あのさ花音かのん、ごめん。今大丈夫?」

『ん? まあ平気』


 なんて伝えたらいいんだろう。

 真保まほの腕にあざがあったって伝えただけじゃ、そこまで深刻にはとらえられないかもしれないし。

 うまい伝え方がわからない……。


「ありがとう。あのさ花音って最近真保の腕見たことある?」

『真保ちゃんの腕? ……どうしたの急に?』


 花音は少し考えたような間の後、通話に出た時よりも落ち着いたトーンで話し始めた。


「実はさ、真保の腕にあざが付いててさ、本人は多分どこかにぶつけただけって言ってたんだけど」

『あざ、ねー』

「見たことある?」

『まあそれっぽいのは、ちゃんと見たことはないけど。そのあざってどっちの腕だった?』

「確か左腕。あ、ただ右にも治りかけのがあったよ」


 それだけ聞くと花音は『そっかー』とため息とともに吐き出した。

 やっぱ花音が真保のことちゃんと見ろってあざのことだったのかな?

 あの位置のあざなら、ちゃんと見れてばもっと早くから気づいたかもしれないし。


「あのあざさ、前私が自分でつけてたあざと形そっくりなんだよね……、大きさも丁度こぶし大で」

『そっかー……、てかちとせちゃんも自分であざ付けたことあるんだ』

「あ、うん……。受験の頃ちょっとね。今は収まったけど」


 この話って花音にしてなかったのか。

 いや、私自身も高校生活始まったらいつの間にか記憶に蓋してたし。

 さっき真保のあざ見て久しぶりに思い出したし当たり前か。

 受験前後は花音といろいろ話せるような関係ではなかったし。


『それで同じようなあざが真保ちゃんにもついてたんだ』

「うん、そう……。私それ見たらどうしたらいいかわからなくて。真保はどこかでぶつけたしか言ってくれないし」

『ああ。自分も同じようなことしてたらなんて声かけたらいいのかわからないよね』

「そう。だから、音からなにか訊いてくれないかなって思って。私には言いにくくても花音には言えるかもしれないし」


 あの反応を見る限り、真保はずっとどこかぶつけたと言い続けるだろう。

 ただもしかしたら花音にならちゃんと話してくれるかもしれない。

 話してもらったところで何かできるわけじゃないけど。


『まあ訊くのはいいけど、ちとせちゃんとしては真保ちゃんが自分が付けたので確定なの?』

「え? どういうこと?」

『まあなんというか……』


 花音はそれを言ったっきり石のように黙ってしまい、「花音?」と呼び掛けてもなにも反応がない。

 どうしたんだろう?


『ごめんちょっと考えてた』

「そっかよかった。なにかあったのかと思った、急に反応なくなったし」

『ごめんごめん。あのさ、ちとせちゃんは誰かに殴られたとかは考えてないの?』

「え、真保が?」

『そう。あのあざの形が殴ってついたあざに似てるのなら別に真保ちゃんじゃなくてもつけられるわけじゃん』

「ま、まあそうだけど……」

 

 なら誰かにつけられたってこと?

 誰に?

 何のために?

 それだったらあんなに隠すことないのに。


『まあなんか前真保ちゃんからのLINEが付き合ってから全然返ってこないって愚痴ったじゃん』

「うん、そうだね」

『なんというか、そのくらい入れ込んだ彼女と別れたわけで、トラブルになってないとも限らないんじゃないかなーと……。まあ私の考えすぎかもしれないけどさ』

「どうだろう。けど私じゃ考えもしなかったし、ありがとう」


 ただそれが可能性として出てきたところで、真保に訊ける?

 元カノに殴られてるの?って。

 その元カノが誰かすら知らないのに。


『ただ私の話ももしかしたらあるかもってだけで、本当になんかの拍子にぶつけた可能性もあるし』

「大丈夫わかってる……、大丈夫だよ」


 すでに真保を傷つけたのことある私が言っていいことじゃないかもしれない。

 ただもし誰かに殴られたとしたら許せない。


『――もーし、ちとせサン?』

「あ、ごめんなに? 聞いてなかった」

『聞こえてるなら大丈夫。まあ私も真保にそれとなく聞いてみるよ、来週か再来週あたりには』

「来週か再来週ねー」


 あれ?

 テストってそこらへんに思い切り被ってなかったっけ?

 カレンダーアプリを立ち上げると目立つように赤文字で『テスト』と書いてあった。

 ああやっぱり。


『なんか真保ちゃんに予定ありそう?』

「そこテストだからもしかしたら忙しいかも」

『あーテストか……、ならしょうがないね』

「そうそうだから真保はわからないけど、私は連絡もらっても返事するの時間かかるかも」

『テストかー……、テストねぇ』


 私の話を聴いているのかいないのか、花音は通話越しで何度もテストという単語を繰り返していた。

 なんか最近も真保は変だったけど、花音は花音で真保と連絡取れるようになったせいか何か変だ。


『なら真保ちゃん勉強誘ったら一緒にしてくれるかな?』

「どうだろう、まだ友達も勉強するとか聴いてないし誘ってみれば?」

『そうしようかな。ちとせちゃんはなんか予定あるの?』

「うーん多分凪なぎとするかな? まあだいたいは一人でするけど。そっちのが集中できるし」

『一人って時間あるの? 真保ちゃんに邪魔されたりしない?』

「早く寝て朝早く起きたりすればまあまあの時間は勉強できるよ」


 そうは言っても起きるのは3時とかだけど。

 まあもっと寝なよって言われもめんどくさいし、うそではないからいいよね。


『そうなんだ。今回のテストってどう? 楽そう?』

「どうだろう、まだちゃんと勉強してないし何とも。ただもうテスト自体も特定の単元じゃなくて高校の総復習みたいになってるしねー。難しいかも」

『難しいか……。ちとせちゃんまでまた真保ちゃんのこと傷つけないでよ』

「それはわかってるよ。さすがに入試で私も懲りたし、私におびえ切った目しか向けてこない真保は嫌だよ」

『まあそんな目をさせたのはちとせちゃん自身だけどね』


 通話越しでも伝わってくる花音の切れ味抜群の忠告に少し心をえぐられていると、彼女は言った。


『ただちとせちゃんなら大丈夫って信じてるから。大丈夫だよね』

「ありがと。大丈夫だよ」


 なんか信じてるって言い方がテストに対して言うには大分重かったけど、気のせいだよね。

 それか花音にも大分迷惑を掛けたし、やっぱあの時のことを思い出しちゃうのかな。


「カフェでも話したのに夜もごめんね」

『大丈夫だよ、気にしてない』

「よかった。おやす――」


 花音はかぶせるように私を遮った。

 普段そういうことしないのに珍しい。


『あ、待って。最後に一ついい?』

「ん? いいけどなにー?」


 何を言うのか待っていると、息をのむような音が聞こえてきた。

 数瞬の間の後、花音はゆっくりと話しだす。


『ちとせちゃんって真保ちゃんのこと必要だよね?』

「必要?」

『そう必要、まあ妹としていてほしいというか……。受験の時「邪魔しないで!」とか、「私が姉だからってなんでも訊かないで」みたいなこと言ってたじゃん?』

「言いましたね……」


 久しぶりに自分の言ったことを誰かに言われると大分胃に来る……。

 最近は大分受験より前の関係に戻れてる気もするけど、あの時がなければもっといい姉妹になれてたかもしれない。


『だから、今はちゃんと真保ちゃんのこと大事に思ってるかなって気になって』

「大丈夫だよ、大事だと思ってる」

『それが聞けたならよかった。じゃあ真保ちゃんのことよろしくね。おやすみ~』

「んっ、おやすみ」


 軽快な音が花音との通話の終了を告げた。

 まあ後悔もしてるし、大事だと思ってるよ。

 ただそのせいでまた真保との関係を壊さないように強く出られなくなったとは言えないよね……。

 花音も私が真保とキスしてるとか知ったらどんな反応するかかわからないし……。

 きっと引かれるだろうし、これだけは内緒にしないと。

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