【真保視点】私と必要としてくれない人からの感情なんか、いらない。

第16話

「ごめんなさい、ちょっと出ますね」

「ん、わかった」


 私――真保まほのスマホが鳴っているのに気が付きなぎ先輩に声を掛ける。

 ただ彼女は問題集から顔を上げることなく解き続けていた。

 声かけないほうがよかったかな?


 画面を見るとメッセージではなく花音からの着信があることを示している。

 なんだろう?

 特に会う約束とかもしてなかったと思うんだけど。


「どうしたの? 急に?」

『ごめん今目の前にいるんだけど、ちょっとだけ話せない?』


 え、目の前?

 けど私今凪先輩の家だしな……。

 テスト前だし一日勉強見てもらうって約束だったんだけど。


「ごめん今出先なんだ。だからまたあとじゃダメかな?」

『その出先の前にいるの、真保ちゃんがいるのってレースのカーテンのかかってる部屋でしょ?』

「え、なんで……」

『当たってるなら早く出てきてよ、大丈夫そんなに時間は取らせないから』


 確かに凪先輩の部屋にはレースのカーテンがかかってる。

 けどなんでそれを花音が……。

 カーテンの隙間からそっとのぞくと確かに花音のような人が外に立っていた。


「わかった、今行く」


 なんで花音は私がここにいるってわかったんだろう。

 凪先輩の家って知ってるのかな。

 教えたことないはずなんだけど。


「ごめんなさい、すぐ戻ります」


 相変わらず集中し続けている凪先輩に声を掛けると、私は急ぎ目で階段を駆け下りた。


「やっぱりいたー」


 ドアから出た私の姿を見るなり、花音は満面の笑みを私に向けてくる。

 今日は一日中凪先輩といられると思ったのに、なんで花音に邪魔されないといけないの……。

 事前に言ってくれれば時間合わせたのに。


「やっぱりってどういうこと?」

「ここって凪先輩って人の家でしょ? どうせここかなって思って」

「なんで私がここにいるって知ってるわけ?」


 お姉ちゃんが教えるなんて絶対にありえないし。

 なんで?

 ほんとにわからない。


「まあなんでってかれても、真保ちゃんが会うとしたらここぐらいしか場所がなさそうだからかな」

「別にここじゃなくても……、会う場所ぐらい……」

「そうなんだ、まああるならいいけど。それよりさ、今日のお昼私のLINE返してくれなかったよね?」

「ちがっあれは――」


 お姉ちゃんとスマホが入れ替わってただけで。

 ちゃんと手元に戻ってから事情説明したじゃん。

 花音は私の話を聞いていないのか聞く気がないのか、さっきと変わらない笑みのまま声を被せてきた。


「ちょっとお話しよ、真保ちゃん。まだちとせちゃんにバレたくないでしょ?」


 ここで断ったらバラすということだろう。

 それだけは絶対に避けないと。

 バレたら凪先輩とどうなるかわからない。

 それにきっとお姉ちゃんは私なんか不要だろうし、私を必要としてくれる人がいなくなる。


「……わかった」

「よかった、じゃあ行こうか」


 彼女は当たり前のように手を差し出してきたので、何も考えずその手を取ってしまった。

 一度彼女の手を握ってしまうと、瞬間接着剤でくっつけたかのようにどんなに離そうとしても離れない。


「ねえ、花音」

「ん? なに?」

「どこまで行く気なの?」


 花音はこちらを振り返ることなく、まるでどこに行くか決めているかのようにどんどん歩き続ける。

 あんま花音と一緒にいると凪先輩といられる時間減っちゃうし、できることなら早く終わらせたい。


「あー決めてなかった。まあそんな積る話でもないし、公園でいい?」

「わかった」


 道の向かい側にあった公園は誰もいる様子がなく、なにか話すのには向いていそうだった。


「で、話って何? 昼間連絡返せなかった理由はちゃんと言ったでしょ?」

「まあ聞いたけどね。ほんとかなーと思って。顔見て話さないとわからないこともあるし」


 ベンチに腰掛けると、彼女はわざわざ私の方をじっと見つめながら話し始めた。


「ほんとに決まってるじゃん……」

「そうなんだ。ならよかったねバレなくて。姉妹や兄弟の場合、指紋が似てるからロック解除できるって聞いたけど、うっかりロック開けられてたらどうなってたんだろうね?」

「え、うそでしょ……」


 そんなうわさ聞いたことない。

 けどあり得るのかな。

 メッセージ見られた気配はないし、多分開けられてはないよね?

 たぶん……。


「嘘かどうかは私も知らない。あくまで噂として聞いただけだし。たださ、真保ちゃん今汗やばいよ、震えもすごいし。大丈夫?」

「そんなこと、ないって……」


 花音に手を握られると、余計に自分が震えていることを自覚できてしまう気がする。

 けどきっと気のせいでしょ。

 私がやってるのは別に間違いじゃない。

 私は私を必要としてくれる人と一緒にいたいし、そのためならなんだってする。


「あのさ、真保ちゃん。ほんとに今幸せ?」

「なんで……? 幸せ、だよっ。幸せに決まってるじゃん」

「ならいいんだけど」


 また凪先輩とも話せるようになった。

 それにもう少しお姉ちゃんと仲良くなってお姉ちゃんが自ら先輩から離れるように仕向ければ、きっと先輩はまた私だけを見てくれるようになる。

 先輩は私のことを必要としてくれる。

 ちゃんと私が大丈夫か気遣ってくれるし。

 大丈夫。

 私は幸せ。


「あのさ、別にそんなに凪先輩が好きなら私は止めないけど、ちとせちゃんの方がましだとは思うよ」

「違うっ! マシとかじゃない、私は凪先輩がいいの。先輩はお姉ちゃんと違って私を必要としてくれる……」

「真保ちゃん……」

「それに凪先輩なら私がストレス取り除いてあげれば、優しいし……」


 多分しばらくするとお姉ちゃんも受験勉強始めると思う。

 そうなったときまた高校受験の時みたいに邪魔したくない。

 凪先輩なら私が話しかけても普通に接してくれる。


「やさしい、ねー……。じゃあこれはなに?」


 花音が私の袖をめくると、黄色と薄茶色が混ざったような色をした肌が顔を覗かせた。

 前花音にバレた時に比べると大分見えにくくはなっているが、それでもなにかに強くぶつけたことぐらいはわかる。


「なにって……。だからなんでもないって……」

「そういうのはもうちょっとうまく隠せるようになってから言えば?」

「まだ、花音にしかバレてないし……」

「で。元カノの腕にあざ作るのがやさしさなわけ?」

「ちがっ……。いっ……」


 花音があざの周りを少し強めになぞるので、そのたびに痛みが伝わってくる。

 どこを押すと痛いのかがわかっているのか、場所によって押さえる強さを変えてくる。


「ねぇ、顔ゆがめてる暇があったら答えてよ。元カノの姉に乗り換えて、その元カノとはいまだに人に言えないようなことしてくる人のどこが優しいの?」

「それさえなければ、ちゃんと優しいから」


 初めは凪先輩からしてきたわけじゃない。

 先輩の傷を見るのが辛くて、同じ痛みがあれば先輩の痛みも軽くなるかと思って誘っただけだし。

 それに受験の時のお姉ちゃんと違って凪先輩は優しくしてくれる。


「それで優しいなら私も優しい彼女になれるんだけど。それに今のちとせちゃんも十分優しいんじゃない?」

「花音もお姉ちゃんも優しいけど、二人とも私が必要なわけじゃない。だから――」


 そう言いかけたところで、あざの上を今まで感じたことない力で握られた。

 表情を見ようとしても影になって顔が見えない。

 ねえ花音怖いよ……。


「離してよ、痛い……」

「あのさ凪先輩って本当に真保ちゃんのこと必要だと思ってるの?」

「思ってるに決まってるじゃんっ!」


 一度は振られたけど、また私のこと呼んでくれる。

 それにストレスの発散は私でしかやってくれない。

 私が先輩を私なしじゃダメにしたんだ。

 きっと。

 そうですよね、凪先輩?


「ならいいけど、また捨てられないといいね」

「は? なんでそんなこと言うわけ?」


 今日の花音と話していると心を逆なでされているようで、イライラしてくる。

 昼にLINE返さなかっただけでそんな言われなきゃいけないの?


「なんでって、私から見た凪先輩はそんないい人に見えないから」

「それは花音が凪先輩のこと知らないからでしょ」

「知ってる」

「嘘つかないで」


 凪先輩と花音に面識なんかないじゃん。

 直接話したこともないくせに知ってるなんて言わないでよ。


「別に嘘でもいいけどさ……、まあいいよそんなに好きなら凪先輩とずっと一緒にいれば?」

「そのつもりだけど」

「あっそ。私もう帰るね、LINE今度はちゃんと返してよ」


 花音は大きなため息を付きちらりと私のことを見ると、振り返らず歩き出した。

 なにか言いたいことあるなら言ってくれればいいのに……。


 ◇


 花音と別れ先輩の部屋に戻ると、ゆっくりと扉を閉めた。

 部屋の中では凪先輩の動かすペンの音だけが響いている。

 普段だったら集中してるのか私に目線を向けなくてもなにも思わないはずなのに。 

 今日だけは花音の「先輩は私が必要ないんじゃないか」という言葉のせいで、少しぐらい私のことを見てくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。


「ねぇ凪先輩……」

「どうしたの?」


 呼びかけても先輩は目すら合わせてくれない。

 それどころかペンを動かすスピードすら落ちなかった。


「先輩にとって私って必要ですか?」


 こんな必要という言葉を引き出すためだけの質問をしても意味ないのくらいわかっている。

 ただ先輩には私が必要ですよね?

 ね?

 ね?

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