第12話

「なぎっ……」


 授業が終わったばかりなのに、凪の周りには何人かの人が集まっていた。

 盗み聞きはよくないとはわかっていても、凪たちの「お昼どうする?」などと話しているのが自然と耳に入ってくる。

 意外とお昼なら二人きりになれるんじゃと思ったけど、無理そうだな。

 あの輪の中に飛び込む勇気はないし、LINEで連絡すればいいか。


『今日お昼一人で食べるね』

『わかった』


 え、返信早くない?

 彼女の方を見ると、ほかの人にバレないようにひらひらと手を振っていた。

 器用だなぁ。

 話しながらLINEも返して私に手まで振って。


 その間も彼女は会話を止めている様子はない。

 天性のものか経験からくるのかはわからないけど、私は話したまま複数のことできないからあこがれちゃうな……。


 他人と楽しそうに話している凪を眺めていると、またよくないことばかり思い浮かんでくる。

 ほかの人と話してるほうが楽しいんじゃないか。

 私と関わる時間をほかの人に当てたほうが凪にとって有意義なんじゃないか。

 私って凪に必要なのかなぁ。


 私には凪しかいないけど、凪には私以外にもたくさんの人がいる。

 凪はそんなこと気にしてない、気にしてたら私と付き合ってないと何度考えてもさっきの嫌な考えが頭をよぎる。

 こんな事考えなくないのに。


 ――ちとせさんはさぁ、勉強だけできればいいと思ってる?


 いつ言われたも誰に言われたかもわからないフレーズが鮮明によみがえってきた。

 嫌だ!

 なんでこんなタイミングで思い出すの?


 私だって凪みたいに人と話したいし、勉強だけできればいいなんて思っていない。

 凪に相談すればこの不安を否定してくれるかな。

 ただ今の凪には甘えられない。

 どうしようかと机にうずくまっていると、タイミングよくLINEの通知音が聞こえた。

 凪からかなと期待してスマホを開くと、真保からだった。


『ねぇお姉ちゃん、暇なら一緒にお昼食べない?』

『いいけど、いいの?』


 前は姉妹ってバレたくないって言ってたのに。

 急になんで?

 まあ独りでいたくなかったし、私としてもちょうどいいけど。


『いいよ、食堂の前で待ってる』


 ◇


 あんまり待たせても悪いとなるべく急いで行くと、壁にもたれかかりながらスマホに目を落としている真保がいた。

 同じ制服を着ているはずなのに私やほかの生徒と違ってその姿はやけに様になっていて、そこだけ切り取るとスナップ写真みたいだった。

 あれ、私の妹ってこんな感じだっけ?

 なんかちょっとだけ凪みたい。


「あ、ちとせ先輩」


 彼女は私に気が付くと、パタパタと近寄ってきた。

 普段お姉ちゃんとしか呼ばれていないので、名前で呼ばれると相変わらず違和感がすごい。


「遅いじゃないですか、待ってましたよ」

「ごめん。たださ、そのちとせ先輩ってやめない? いつもみたいにお姉――いっ」


 突然走ったつま先の痛みに視線を向けると、真保に思い切り踏まれていた。


「えっ?」

「すみません、よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらってもいいですか。?」


 彼女は光の消えた目でこっちを見つめてくる。

 黙って合わせろってことなのかな。

 まあいいけどさ、そういう予定ならちゃんと事前に伝えておいてほしい。


「ごめんなんでもない。行こう真保」


 歩き出したとき、手に何か絡んできた気がした。

 目を向けると彼女の腕が絡んできていた。


「なに?」

「なにって、はぐれそうですし」


 食堂の入り口ってこともあってまあまあ混んでるけど、別に腕を絡めたりしないと離れてしまうほどじゃない。

 それに離れしまったところですぐ合流できるだろう。

 それなのに、なんで。

 ただなんか言ってまた踏まれるのも嫌だしな。


「あのさ、歩きにくいからせめて腕絡めるのはやめてくれない?」

「ん、わかりました」


 彼女は腕を解くと自然と手を握ってきた。

 ご丁寧に指まで絡めて。

 まあもうこれでいいや歩きやすくなったし。


 ただ最近は本当に真保が積極的になった気がする。

 まさか凪に取られると思ってるからとかじゃないよね。

 なんか真保に限ってそれはあり得ない気もするけど。


「なんか、珍しいね」

「お昼誘うの?」

「まあそれもだけど、これも」


 つながれた手を小さく持ち上げると、彼女はクスリと笑った。


「別に普通じゃない? ほら」


 彼女が手を動かしたほうを見ると、付き合ってそうな生徒達が私たちを同じように繋いでいた。


「まあそうだけどさ」

「それにたまには一緒にお昼食べるのもいいでしょ。どうせ凪さんは引っ張りだこだろうし」

「まあね」

「順番来たけど、おね、ちとせ先輩なににします?」


 さっきまで素が出てたんだし、こんな時だけ敬語に戻さなくていいのに。

 彼女にバレないように頬を緩ませた。


 ◇


 真保と適当な話をしながら食べていると、だいぶ席が埋まってきたのかトレーを持ったまま彷徨さまよう人が増えてきた。

 早く来ておいてよかった。

 半分ほど食べ終わったお昼を眺めながら息を吐くと真保の話す声が聞こえてきた。


「真保さんじゃん。一人?」

「違ーう」


 真保は私を指さす。

 この話し方だと友達かだれかだろう。

 その人に「あ、どーもー」と言われたので、軽く会釈だけ返す。


「先輩じゃん。部活?」

「違う。彼女」


 それを聞いてまた素っ頓狂な声が出そうになったが、痛みによるうめき声に置き換えられた。

 初めは痛いだけで何をされたとか全く分からなかったけど、たぶんむこうずねを真保に思い切り蹴られた。


 だんだんとぼやけていた痛みの元が鮮明になってくる。

 何とか涙をこらえて、食べすすめる。

 下手に真保の会話に反応してしまうとまた同じことをされそうだし、それだったら何も聞かないようにしていた方がましだ。


 ◇


「ねえ、さっきのなんのつもり?」


 食堂から出てほぼ人のいなくなったところで真保に声を掛けた。


「なにって? なにか都合の悪いことでもあった?」


 わからないふりをしているのか、それとも本当にわからないのか、私には判断することができないが、彼女はきょとんとした顔をこちらに向けてきた。


「都合の悪いって、真保の彼女ってどういうこと?」

「姉ってバレるよりよくない?」

「は? いいわけないじゃんっ」


 真保は今恋人いないしいいかもしれない。

 けど、私は……。

 もしこのことが万が一凪に伝わったらと思うと、なんて言ったらいいかわからない。


「けどどうせ凪さんにも彼女って周りに言ってもらってないんでしょ?」

「それは、そうだけどっ」


 そのせいでたまに凪に告白してくる人がいるのも知ってるけど、


「そんな周りに隠されるような恋愛に意味なんかある?」

「だからってっ」

「大丈夫だよ、あの子はお姉ちゃんが誰か知らない。それなら凪さんの耳に入ることはないでしょ?」

「それはそうかもしれないけど、だからって」

「あ、人」


 真保に指摘されて道を譲ろうと体重を彼女の方に傾けると一気に引っ張られた。

 食堂から出るとき頑なに手をつなぐのを譲らなかったと思ったらこういうことか。

 後悔が頭を過る中、慣れた手つきで階段下の空間まで連れ込まれてしまった。


 声を出せばやめてくれたのかもしれないけど、気心知れた妹を不審者のように扱うのは趣味じゃない。

 それにさっき恋人と言われた手前、誰が見てるかわからないしトラブルになるもの避けたかった。


「なんのつもり?」


 壁に押さえつけられ状態でなるべく冷たく重い声を出す。

 ただ真保は私の声が聞こえていないのか、うつむいたまま私の手首を握り続けている。


「ねえったらっ」

「お姉ちゃんはさ、私と恋人嫌なの? 凪さんよりいい彼女になるよ?」

「嫌もなにも私たち姉妹なんだよっ」


 いい彼女になろうが最低な彼女になろうが、真保が妹である時点で絶対にダメ。


「だから妹って思われないようにちゃんとメイクだってしてきたのに……」


 相変わらず彼女の顔は陰になっていて表情をうかがうことができない。

 ただ凪に似てたと思ったのはメイクのせいか。


「ね、今だけ彼女でいさせてよ。ここから出たらまた妹に戻るから」

「だからっ……」


 なんて言ったらわかってくれるんだろう。

 色々と考えていると、スマホが場違いなくらい明るい音を出しながら通知を知らせてきた。


「ごめん、スマホ見させて」


 意外にも右手だけはあっさりと放してくれた。

 画面には凪からメッセージが来たことが表示されていた。


「誰?」

「凪」


 ちゃんと文面を見ようとすると、急に視界からスマホが消えた。


「ちょっと、返してよ」


 真保の手に収まったスマホを取り返そうと手を伸ばすと、なにか水滴が甲に触れた。

 彼女の方を見ると、大粒の涙が何個も頬を伝っていた。


「真保? どうしたの?」

「なんで、なんで私じゃないのっ! 私だけを見てよっ……。私のがいい彼女になるのにっ」


 その言葉の後は唇に触れた温かい感触とスマホが落ちる音以外覚えていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る