ちとせが恋愛で凪に勝てるわけなんてない。

第11話

「おはよ、ちとせ」


 玄関を開けると、なぎが待ってましたとばかりに話しかけてきた。


「おはよ」


 眠い……。

 大きなあくびをすると、途端に凪が笑いだす。


「まだ夢の中?」

「いやーだってまだ早くない?」

「早いって言ってももう8時だよ。真保まほちゃんだいぶ前に行ったし」

「知ってるけどさぁ」


 真保は何か予定があるとかでだいぶ早く出た気がする。

 普段は毎朝顔を見てるはずなのに、今日はドア越しに起こされただけだった。

 なんか真保の顔見ないで学校行くのって新鮮だな。


「てか、真保出て行ったの知ってるって、凪何時から待ってたの?」

「まあそんな待ってたわけじゃないよ、ついさっき」

うそつき」

「知ってる」


 彼女は面白そうににやにやと笑っている。

 まあ教える気ないならいいけどさ、そのくらい。


「ね、遅れるから行こう?」

「わかった」


 そのまま歩き始めるが、話題がない。

 なんでテスト後から休んでいたのかとかきたいことはいろいろある。

 ただ触れていいのかわからない。

 呼びかけようとしてやめるのを何度か繰り返していると、凪の方から話しかけてきた。


「ねえ、私が休んでる間にどこまで進んだ?」

「ああ、それならノートまとめてあるからあとで見せるよ」

「ありがとう」


 向こうから言ってきたんだし、このタイミングなら触れても平気かな。

 覚悟を決めると、大きく息を吸い込んだ。


「あのさ、なんで休んでたの?」

「あーなんでか……。なんかさテスト終わると毎回体調崩すんだよね。あんまり根詰めて勉強してるつもりないんだけどさー」


 あれ?

 けど凪ってテスト終わってから帰ってくるまでは普通に学校来てたのよね?


「テスト返しまでは平気じゃなった?」

「いやーなんかこういうこと言うの恥ずかしいんだけど――」


 彼女は何度かバツが悪そうに腕をさすると、突然大きく息を吐いた。


「――実はさ、今回のテスト私なりに結構頑張ってたんだよね」


 一緒に勉強したときも何回も問題集をやりこんでた形跡があったし、頑張っていたと私でも思う。


「ただそれでもちとせに勝てなかったと思うと、どっと疲れが出ちゃってね」

「そう、なんだ」


 こういう時なんて声を掛けたらいいんだろう?

 なんか私より凪のが勉強できるよとか言っても、数値として出ている以上ただの嫌味な気もするし。

 かといって勉強以外で私より優れてるところあるよって言ったところで、なんも解決にならない。

 次のテストで手抜くのも凪に失礼だし、そもそもで私の成績とかにも関わってくるからな。


「ごめん、忘れて。大丈夫負けたショックはちゃんと休んでる間に発散できたから」

「そうなの?」

「うん」


 凪は元気を装ってそう言っているように見える。

 私と話していても時折表情は曇るし、本当に大丈夫なんだろうか。


「無理しないでよ」


 私からはこれ以上かける言葉が見つからない。


「大丈夫だって、私は大丈夫だよ。大丈夫」


 そう何度も真剣な顔で大丈夫を連呼されると逆に私が心配になってくる。

 本当に大丈夫なんだよね?


「そんな顔で見ないでよ」


 凪の顔をのぞき込んでいると、彼女は突然笑い出した。


「えっ?」

「いやーごめんもともと休んだ理由言うか迷ってたんだよね」

「ごめんっ」

「気にしないで。答えたの私だし」


 そう言われても私が訊かなきゃ、凪は言わずに済んだんだよね。


「それに何も言わないとちとせに心配かけるかなってのもあったんだよね。だから言えてよかったよ」

「そっか、教えてくれてありがとう」


 そう言ってもらえるだけで少しだけ救われる気がする。

 私を気遣うために言ってくれてるのかもしれないけど、よかった。

 そこから久しぶりに他愛のない話をしてたけど、学校に近づくにつれ凪に会釈する人が増えてきた気がする。

 そういえば今までもチラチラ挨拶してる様子は見てたけど、多くない?

 私も知り合いとすれ違えば軽く挨拶ぐらいするけど。


「ねえ今の人知り合い?」


 私が凪の耳元に近寄ると彼女は軽く頭を下げてくれる。

 なんとか横顔だけ見れたけどあんな人クラスにいなかったし、制服の感じから同学年ですらない気がする。


「ああ、うん。まあ顔は知ってる」


 顔は知ってる?

 挨拶するだけの知り合いってこと?


「なにつながりなの? 予備校とか?」

「委員会かな。いろんなところと会議とかで顔合わせるしそれで」

「ああそういうこと」

「そそ、まあ向こうもさすがに顔知ってる先輩には挨拶せざるを得ないんじゃない? うちの学校そういうのうるさいし」


 ああ、1、2年の時は担任や学年主任から特にしつこく言われた記憶がある。


「そうだったね」


 そう言えば、真保も去年学級委員かなにかになってめんどくさい、みたいなこと言ってたな。

 去年って凪は何か委員会に入ってたたのかな?

 なんか付き合いたての頃は終始ドキドキしてて、なに委員とかまで気が回らなかった気がする。

 ただ今更去年なにか委員会やってたのって訊くのもなぁ。

 さっきのこともあるし。


「それにしても知らない人ばっかりだなぁ、同じ学校に通ってるはずなのに」

「まあほらちとせは委員会とかやってないし、それにさ」


 凪は何か続きを言いたそうにニヤニヤとした顔をこちらに向ける。

 彼女がなにを言いたいかはなんとなく予想はつく。


「わかってる、どうせ親しい人は凪しかいないよ」

「だよねー」


 私と親しく話すのは自分しかいないとの優越感に浸りたいのか、凪はたまに意地悪な質問をしてくる。

 まあ実際凪と話す前は恋人どころか友達と呼べる人すら満足にいなかったし。

 入学してなにかやらかしたわけじゃないんだけど、同じ学校の人もいなかったせいか友達を作り損ねてしまった。

 気が付いたころには仲のいいグループのようなものはすでにできていて、私の入る余地なんか髪の一本分も残っていない。


 そんな面白みの欠片もない勉強と睡眠の往復のような生活をしている中、なぜか凪だけが話しかけてくれた。

 なんでかはわからないけど……。

 あんまり一年半近く浮いてた人に突然話しかける理由が思いつかない。


「そういえばさ、凪ってなんで私に話しかけてくれたの? それまで話したことなかったよね?」


 恐る恐る尋ねたが、凪の返事は思った以上にあっさりとしたものだった。


「え? 話したい人に話しかけるのに理由なんかいる?」

「本当にそれだけで話しかけたの?」


 もしほんとなら一生コミュニケーション能力で凪に勝てる気がしない。

 そんな話したいからってよく分からない人に話しかけられるわけないじゃん。


「あーまあ、なんかずっとテストで上位だったしムカついたってのもある、かな?」

「それは疑問形なんだ」

「まあね、実際はムカついたというよりどんな人か知りたかったってのが強いかも」


 自分より上位の人が気になるか。

 テストの点って相対的に付くわけじゃないし、あんま自分より上の人とか気にしなことなかったなぁ。

 いないこともたまにあったけど。


「で、知った上での感想は?」

「それ言わないとだめ?」


 彼女は少しかがみながらきらきらとした目で私の顔を覗き込んできた。


「気になるんだけど」

「まあ悪い感情抱いていたら付き合ってないし、いいじゃん」

「まあそうだけどさ……」


 今の普段よりも何倍もかわいい表情の凪を見ると、これが見れたなら言わなくてもいいかなって思ってしまう。


「ねぇちとせ。私のこと好き?」

「当たり前じゃん。じゃなきゃ付き合ってないよ」

「よかった」

「ねぇ――」


 私のこと好き?と言いかけたところで、チャイムの音が聞こえてきた。


「やばっ、遅刻じゃん。ちとせ走ろっ」


 彼女は私の手を取ると、一気に走り出した。

 凪は私のこと、好きなんだよね?

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