第10話
「あれ、お姉ちゃんは?」
「勉強するって。部屋戻ったよ」
「そうなんだ」
シャワーを終えると、リビングには
彼女の目の前にはジュースやお菓子が置かれていて、自分の家のようにくつろいでいる。
彼女は自分の座っているソファーの横を何度か
「隣座りなよ、空いてるよ」
「あ、うん」
まあ前はよく来てたし、なじんでてもそこまで驚かないけど……。
それにしてもくつろぎ過ぎじゃ……。
私の家のはずなのに、リラックスしきっている花音の隣に座ると誰かの家に遊びに来たみたいで、息が詰まる。
さっきは成り行きで普通に話せたのに、いざ二人きりで話すと思うと緊張するなぁ。
花音からなにか話してくれればいいのに。
少しの期待を込めながら彼女を見つめても、ただニコニコとした笑顔でこちらを見つめてくるだけだった。
私から話せってこと?
「えっとさ花音。会うのっていつぶりだっけ?」
「えーいつぶりだろ。最近いつ来ても
「そう、なんだ……。知らなかった」
「LINE送っても見てすらくれなかったもんね」
彼女は相変わらず笑顔を保っている。
ただこの言い方は怒っているんだろうか。
凪先輩と付き合ってた時は一緒にいるだけで楽しくて、ほかの人とのやり取りがおろそかにはなってたのは認めるけど……。
「ごめん……」
「別に気にしてないよ。ちとせちゃんが教えてくれたしね」
「そっか、よかった」
「けど散々付き合う前は私に相談してたくせに、いざ付き合えたら全く反応してくれなかったのは少し嫌だったかな」
やっぱりこれ怒ってるよね……?
今まで怒ってる花音見たことないし、基本おっとりのんびりみたいな感じだったけど、言葉の端々から怒気が感じられる気がする。
「あの、花音さん?」
「別にさんつけなくていいよ。同い年でしょ?」
「同い年だけどっ」
「まあ嫌なのは
「う、うん。まあね……」
振られた挙句、凪先輩は今お姉ちゃんと付き合ってますなんて言えるわけない。
怒られはしないかもしれないけど、なんか今の花音には伝えにくい。
「そうなんだ、ちとせちゃんの彼女も凪って言うらしいし、てっきり盗られたか乗り換えられたかと思った」
相変わらず花音の表情は笑顔のように見える。
ただ目からは光が消え、完全に据わっていた。
「別に盗られたりしたわけじゃないよ。まだ――」
「まだ?」
ってやば。
さすがに「まだ会ってもらえるから」とか言っていいわけないじゃん。
絶対これが二人にばれたら両方から嫌われる。
どうしよう。
花音は私がなにか言うのを待ってくれてるみたいだけど、どれだけ考えてもいい答えが思いつかない。
「えっと……」
「別に『元カノをちとせちゃんに盗られたけど、まだこっそり会ってるから盗られたわけじゃない』って言ってもいいよ?」
「なんで、そこまで」
「凪なんてそんなよく聞く名前じゃないしね。気が付かないと思った?」
彼女は真面目に話してるのか適当なのか、時折お菓子を口に運ぶ。
「まぁさっきも言ったけど私は真保ちゃんが幸せならそれでいいんだけど。姉の恋人の浮気相手って幸せなの?」
「え、当たり前じゃん。幸せだよ」
まだ私は凪先輩に必要としてもらってる。
それに私はお姉ちゃんの代わりになれるけど、お姉ちゃんは私の代わりになれない。
「真保ちゃんが幸せって言うなら私はなにも言わないけどさ。そう言うならせめて目の腫れぐらいどうにかしよう?」
彼女は涙を拭うかのように私の目の下を指でなぞる。
え、腫れるほど泣いてたの?
さすがに大丈夫だと思ってたのに……。
「ちょっと待ってて、氷で冷やせば少しマシになるから」
「……ごめん」
「別に気にしなくていいよ。ほら」
彼女は氷を袋に入れると手渡してくれた。
「あ、待ってそれだけだと冷たいかも。私のハンカチでいいよね?」
「ありが、いっ」
彼女から差し出されたハンカチに手を伸ばしたとき、左腕に鈍い痛みが走った。
「どうしたの?」
「あーうん……、大丈夫」
確か痕になってたよね……。
慌てて袖を引っ張るが、花音の手も伸びてくる。
「大丈夫なら、ちょっと袖の下見せてよ」
「いやほんと、なんもないから」
なんでこんな時に限って半袖着ちゃったんだろう。
最近暑かったからいつもの癖で選んじゃったけど、長袖にすれば脱ぎたくないとか言えたのに。
「大丈夫って言うなら見られても問題ないよね。ごめんね」
彼女が私の袖をめくった直後、彼女の顔から表情が音を立てず消えたのに気が付いてしまった。
絶対バレたよね。
どうしよう。
昔から花音は私がケガしたとき必要以上に心配してくれたし、凪先輩につけられたってばれたら多分やばい。
「えっと、これは――」
誰が見てもしどろもどろになりながらなんとか弁明しようとするが全く言葉が出ない。
「違うの。だから――」
もはや何が違うのかわからない。
花音は氷のような冷たい目で私を見てくるが、その視線がより一層混乱させる。
「もういい」
彼女が私の言葉を遮ると、さっきまでとは打って変わった感情のない声で「部屋行こう」とだけ言った。
「う、うん」
花音に連れられて部屋に戻るのがこんなに胃を締め付けるとは考えもしなかった。
部屋に戻ったら何を言われるかわからない。
早く納得させられる言い訳をと思うけど、詳細を
「で、あれだけ焦ってたってことはちゃんと説明してくれる気はないよね?」
私の部屋のはずなのに、今まで聞いたことないくらい冷たい花音の声のせいですごく居心地が悪い。
「いや……」
「別になんとなく想像はつくし、誰にも言う気はないよ」
「ごめん」
「私に謝るくらいならそんなことしなきゃいいのに」
思わず反論しようとしてしまったが、ギリギリで声は出さずに済んだ。
こんなイラついてる花音は見たことがない。
もしここでなにか言ったら、花音の性格上全部お姉ちゃんに話すに決まってる。
このあざのこともまだ凪先輩と会っているということもすべて。
それだけは絶対に避けなきゃいけない。
「ごめん」
「まあいいよ」
彼女は
「けど何かあったら絶対私に言って。バレたらちとせちゃんもすっごい怒るだろうけど、その時は私もなんとかするようにするから」
「え、なんで……」
そんなことしたら花音もお姉ちゃんに嫌われるかもしれないのに。
「私にはそれ隠したくせに訊くんだ」
彼女は私の左腕を指さしながら不満そうにしている。
「いや、ごめん。大丈夫」
「まあいいよ。真保ちゃんが私のこと置いてどんどん行っちゃうのは昔からだし」
「そうだったね」
「とりあえず今日は帰るけど、別れたならLINE返してよ。前より時間あるでしょ」
「あるけど」
「じゃないとさっきの会話ちとせちゃんにバラすから」
彼女が掲げてきたスマホからはさっき私が凪先輩とまだ関係を持っていると話すところがしっかりと録音されていた。
「いつの間にっ」
「別にいつでもいいでしょ? 腕の件責めないんだからお互い様」
「そうかもしれないけど……」
事前に花音が来るってわかったるんだったら、どれだけ一緒にいるのがつらくても凪先輩の家に泊ればよかった。
「じゃあ返事待ってるから、おやすみ」
彼女が部屋から出ていくと、だんだんと階段を下りる足音が遠ざかっていった。
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