【真保視点】愛情が歪んでいるわけでなく、周りが歪んでるだけ。

第8話

 家を出たところで、ようやく私――真保まほとお姉ちゃんの服が混ざっていたことに気が付いた。

 戻ろうかとも思った、会うならおしゃれして会いたかったし。

 けど、せっかくまたなぎ先輩と会えるんだ、一秒でも一瞬でも早く会いたい。

 そんな考えが戻るという選択肢を完全に頭の中から消し去っていた。


 彼女の家のインターフォンを押すと、しばらくしてから『はい』という無機質な声が返ってくる。

 んー?

 この感じだとまだ機嫌はマシかな?

 向こうに聞こえないように小さくせき払いすると、普段より2割くらい上品に聞こえる声を出す。


「お久しぶりですお母様。真保です。いつもお世話になってます。凪さんに勉強を教えてもらいに来たのですが……」

『……わかりました』


 しばらくそのままで待っていると、ゆっくりと玄関が開き、ほの暗い雰囲気をまとった女性が顔をのぞかせた。


「どうぞ」

「すみません。お邪魔します」


 やっぱ久しぶりに来たけど、この空気はのどに詰まるなぁ。

 相変わらずきれいではあるんだけど、少し薄暗いし。

 中高の職員室に入った時のような息苦しさと同等な感じと言えばいいんだろうか。

 ただあと少しで凪先輩と会えると思うとそこまで嫌ではない。


「私がいる間は凪さんも勉強していると思うので、少し出てもらっても大丈夫ですよ」

「……わかりました」


 彼女は車のカギを手に取ると、ゆっくりとドアを閉めた。

 よかった、しばらく来てなかったけど今まで通り信用してもらえてるようで。

 まあ私が来るようになってから先輩の成績も上がったみたいだしそう簡単にはなくならないかな。

 それに先輩には私がいないとだめでしょ?



「凪先輩、真保です。開けてください」


 何度か凪先輩の部屋をノックするが返事はない。

 けどいないって言われなかったから多分いるはず。

 再度ノックをしてゆっくりとドアを開けると一心不乱に勉強机に向かっている先輩がいた。


 どうしようかな、邪魔しても悪いし。

 あー改めてみても凪先輩の横顔って素敵だな。

 振られてからあんまり見れなかったしな……。


 彼女に見とれながらも音を立てずにドアを閉める。

 ただ彼女は相変わらず集中し続けているのか私に気づいた気配を見せない。

 来てほしいって言ったの凪先輩なんだよね。

 LINEのやり取りと見返すが、ちゃんと先輩から『来て』と言っている。

 ならまあいいかな、邪魔しても。

 相変わらず机しか見ていない彼女に近づくと肩をたたいた。


「凪先輩、来ましたよ」

「知ってた。久しぶり」

「久しぶりって……」


 さんざんお姉ちゃんの彼女としての姿は見せてきたくせに、久しぶりって。

 この前だって急に現れたと思ったらまともに相手してくれなかったのに。

 あの時私どうしたらいいかわからなかったんですよ?

 来てたのわかってるのに無視されていたと思うといい気分ではない。

 けどつい先輩の顔を見るだけで許してしまいそうになる。


「二人きりで会うのは久しぶりじゃない? この間も、ちとせが来たからあんまり話せなかったし」


 先輩はきょとんとした顔をこちらに向けてくる。

 あぁ……、やっぱりかわいいな。


「まぁ誰にも邪魔されない場所でならそうですけど」


 いや違うこんなことが話したいわけじゃない。

 話したいこともいっぱいあるし、かなきゃいけないことも。

 ただ凪先輩の顔を見るだけで幸せな気分になって、踏み込むのが怖くなる。

 間違えたらその瞬間にこの幸せな時間が終わってしまいそうで。


「来てくれてありがとう」


 彼女は私の手を優しくなでてくる。

 ずっとほしかった感触。

 どんなに欲しても代わりはいなかった。

 お姉ちゃんですら、凪先輩には勝てない。

 先輩に触れられると、来るまでに考えていたことは全部吹き飛んでしまった。


 まあもういいや。

 付き合ってる間、先輩を私無しじゃいられないようにしたんだ。

 少しぐらい失敗してもまた拒絶するなんてことはしないでしょ。

 現に自分から振ったくせに、今日私を呼んだんだし。

 私は口の動くままに任せると、自然と言葉が出てきた。


「そんなに優しくするなら、なんで振ったんですか?」


 私と付き合ってた時は、そんな顔で手なんか取ってくれなかったのに。

 ずっと辛そうな顔を偽りの笑顔で塗りつぶして、我慢してたくせに。

 なんでお姉ちゃんと付き合ったらそんなに幸せそうな顔ができるの?


「なんでって、私振った時にちゃんと言ったと思ったけどな」

「覚えてないです」

「まあいいよ、大した理由じゃない」


 久しぶりに話して感覚が戻ってきたのか、先輩から付き合っていた頃の雰囲気漏れ出ていた。

 私も緊張するかもって思ってたけど、前みたいに話せてよかった。


「大した理由じゃないなら、なんでお姉ちゃんなんですか?」

「別にいいじゃん」

「よくないです。私のがお姉ちゃんよりいい彼女になりますし、ここ数日お姉ちゃんと連絡取ってないってことは、ちゃんと説明してないですよね?」

「別に……、いいじゃん。真保には関係ないでしょ?」

「関係ないって……」


 思わず先輩の腕をつかむと、彼女は顔をゆがめた。

 ほらやっぱり、私が必要なんじゃん。


「関係なかったら、私のこと呼んでないですよね?」

「そう、だけど」

「ならなんでお姉ちゃんなんですか? 凪先輩はお姉ちゃんも見たうえで私必要にしてくれると思ってたのに」


 結局みんなお姉ちゃんなんだ。

 みんなお姉ちゃんすごいねって言って、誰も私のことなんか見てくれない。

 仲良くなっても出てくるのはお姉ちゃんの連絡先教えてだし。

 そんなにお姉ちゃんと話したいなら自分で話しけてよ。

 凪先輩も結局お姉ちゃんが好きなだけで、私なんか結局……。


「見たよ」

「なら私を選んでくださいよっ!」

「だから真保じゃダメだってっ!」


 距離を詰めた私を彼女は思い切り振り払う。

 ただここまできた以上私だってあきらめる気はない。

 また凪先輩に私が必要って言ってもらうんだ。


「ダメだったら私のこと呼んでないでしょっ? 私が来るまでに冷静になって今更罪悪感でも湧いてきましたか?」

「そんなわけ」

「ならちゃんと私のこと使ってください。『私がいなくて大丈夫ですか?』って送ったら『来て』って返したのは先輩でしょ」


 スマホを見せると彼女はすぐに目を逸らす。

 ただここまで来てごめんなさいなんて許さない。

 私を振ってお姉ちゃんと付き合っても、なお私が必要なんでしょ。

 ならもう二度と私から離れられないようにしてやる。


「付き合ってた時は普通にしてたじゃないですか。小テスト終わって学校来てない時点で私わかってますからね」


 羽織っていたカーディガンを少しだけ動かす。

 予想通り不気味な色に変わった腕が見えた。


「やめてって」


 彼女はすぐに腕を隠す。

 ただそのあざがあるなら私が必要でしょ。

 さっき痛がった時点で全部わかってるのに。


「ならお姉ちゃんに言いますか。腕が痛いって。独りじゃ抱えきれないから一緒に抱えてって」

「そんなこと言うわけっ」

「だから私とまた共有しましょう。先輩が独りじゃ耐えられないのぐらいわかってますから」


 ぎゅっと紫色になった腕をつかむと想像以上の力で振りほどかれた。

 よほど痛いのか目に涙を浮かべながら、こちらをにらみつけてくる。


「いいですよ。痛かったんでしょ。私なら凪先輩の痛みわかりますよ」

「やめてったらっ」


 今まで聞いたことないくらい大きな声で叫んだがやめる気はない。

 多分あと一押しでまた私のことを必要としてくれる。

 どんなに口先で好きとささやいてもお姉ちゃんには絶対に見せない、私にしか向けない感情が手に入る。


「私で発散しましょう。大丈夫いつもやっていた通りにやるだけです。自分一人だけいたのは辛いですよね。私なら受け入れますよ。ね?」


 私が顔を覗き込むと、涙目になった彼女は大きくこぶしを振り上げた。

 ああよかった。

 これでまた必要としてもらえる。

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