第6話

「ねぇなぎ、もう少し一緒にいたい」


 キスが終わると、自然と言葉が出てきた。

 キスしていた時よりも強く凪を抱きしめる。

 しばらく返事がないので彼女の顔を見ると、彼女は困ったような笑顔を浮かべていた。

 やっぱ迷惑だったかな……。


「ごめんわがままだったよね」

「大丈夫、わがままじゃないよ。ただごめんちょっと待ってて」


 彼女は私から少しだけ離れると、誰かと通話し始めた。

 風の音に妨げられて全部聞くことはできない。

 ただ断片的に『お母さま』や『ごめんなさい』などの声が聞こえてくる。

 それにあの少し曇った顔をしているということは、お母さんと話しているんだろう。

 お母さんと直接話したことはないし、凪から不満を聞いたこともない。

 けどたぶん、すごく厳しいんだと思う。


「ごめんお待たせ」


 私に気を遣わせないためだろう。

 戻ってきた彼女は、さっきとは全く違う柔らかな表情になっていた。


「ほんとにまだ一緒にいて大丈夫なの?」


 私今、完全に凪の邪魔をしてる気がする。

 凪に迷惑を掛けたかったわけじゃない……。

 けどどうするのがよかったんだろう。


「多分平気」


 不安になっているのか、彼女は腕をさすっていた。

 本当にいいのかな。

 ただ今断ると逆に迷惑になるよね。

 私のために時間とってくれたんだし。


「わかった、ありがとう」

「で、どこ行く?」


 そうだよね、さすがにずっと公園にいるわけにはいかないもんね。

 こういう時ってどこ行くのがいいんだろう?

 カラオケとか?

 こうなるんだったら真保まほに訊いておけばよかった。

 真保ならどうしたらいいかぐらいわかってそうだし……。


「あーどうしよう……。私の家は?」

「え、行っていいの?」


 凪は目をまん丸に見開き、心底驚いたような顔をしていた。


「うん? いいけど、私ダメって言ったことあったっけ?」


 まあもともと友達はあんまり家に呼ばないタイプだけど。

 ただ友達だったころ凪が家に来たいって言ったことないよね?

 多分?


「言ったことはないけど、ただ真保ちゃんいるし」

「真保?」

「そう真保ちゃん」


 真保と凪が家にくることになんか関係あったっけ?

 けどまあ真保がいるときに凪呼んでも問題ないからいいかな。

 今までも友達とか幼馴染おさななじみ呼んだことぐらいあるし。


「大丈夫だよ。凪が嫌じゃなきゃだけど」

「嫌じゃないよ」

「よかった。じゃあ行こう」


 ◇


「ただいまー。……あれ、誰もいない?」


 相変わらず電気の消えた玄関で私の声だけが反響する。

 あれー、真保は帰ってきてると思うんだけどな。

 まあいいか。


「上がって」

「おじゃましまーす」

「先に私の部屋行ってて。飲み物とかとってくる」

「あ、うん」


 けど真保どこ行ったんだろう。

 普段はいるなら返事してくれるのに。

 靴とか見る感じいると思うんだけどな。

 あーけど昨日無視されたっけ……。

 最近の真保よくわからないからな……。

 凪連れてきたって言おうかと思ったけど。


 ジュースを持って階段を上がる。

 そこには私の部屋ではなく真保の部屋の前に立っている凪がいた。

 よくよく見ると、ドア枠に寄りかかりながら楽しそうに真保と話しているみたいだった。

 その顔にはいつも私にしか見せない本物の笑顔が浮かんでいる。

 あ、そういえば部屋の場所言ってなかったかも。

 

「ごめんお待たせ。私のこっちだよ」

「ああ、ごめん。今行く」


 彼女を手招きすると、凪は小さく何か言った後私の部屋に入ってきた。

 私と目が合うと凪の顔から笑顔は消えて、さっきお母さんに見せたのとも違う影のある顔をしていた気がする。

 え、なんでそんな顔するの?


「ねぇ、今真保と何話してたの?」

「普通に挨拶しただけだけど、なんか変だった?」


 凪はストローを加えながら不思議そうな顔をしていた。

 ただなんて伝えたらいいのかわからない。

「なんで表情変えたの?」っていても答えてくれないでしょ?


「いや、その」


 なにか真保と凪にある気がしたんだけど、私の気のせいかもしれないし。

 何にもないのにしつこく訊かれても凪もいい気しないよね……。


「あ、もしかして、挨拶以外もなにか話してたとか思って気にしてる? 私が変なこと真保ちゃんに吹き込んでないかとか?」

「まあそうだね、気にしてるというか、なにかあったのかなって」

「大丈夫だよ、間違って開けちゃっただけ」

「そうなんだ」


 自然な笑顔で微笑んでみせる凪を見ると、その言葉にうそがなさそうで「本当にそれだけ?」と言えなくなってしまう。

 さすがに私の考えすぎだったかな。


「そんなに心配しなくてもいいよ」


 彼女は優しく私の手の上に自身の手を重ねてきた。


「別に心配してないよ」


 彼女の手をどかすが、何が可笑しかったのかクスクスと笑い出した。


「なに?」


 少しムスッとした顔をしたせいか、彼女はさらに笑う。


「いや、心配してないわりに聞いてきたなって思って」

「だってそれは……」

「だから大丈夫だって、ほんと挨拶以外のことは話してないから」

「別にそういうことじゃないっ」


 私以外にあんな笑顔見せたことないくせに。

 普段他人に笑顔を見せるときは全部作り笑いって知ってるし。

 本当の笑顔を向けてくれるのは私だけだと思ってた。

 けど、さっきの笑顔は私に対してのと一緒じゃん。


「不安にさせてごめんね」


 彼女は思わず立ち上がってしまった私をぎゅっと抱きしめてきた。

 それは爪が食い込むくらい強く握られた私のこぶしよりも強かった気がする。


「ねえ、その状態で言うのずるくない?」

「ずるいよ。けどこうでもしないとちとせの機嫌直らなそうだったし」


 え、機嫌直らなそうって、そんな不機嫌に見えたのかな……。

 まああんまり機嫌はよくなかったかもしれないけど。

 私ってそんな顔とか態度に出るのかな。?


「気使わせてごめん」

「大丈夫だよ、気にしてない。けど笑ってくれてよかった」


 凪は安心したのか、どんどん私に預ける体重が増えてくる。


「ねえやばい倒れるって」

「倒そうとしてる」

「うわっ」


 その言葉が耳に届いたときには私は完全に倒されてしまっていた。

 ただ頭をぶつけないようにか、後頭部には凪の手があった。


「ねえ、倒して何する気なの?」

「なにしてほしい?」


 私が言わなきゃいけないのか……。

 なんか恥ずかしいな……。

 少し焦らしたら向こうからしびれを切らしていってくれたりしないかな。


「言いたくない」

「ちとせはずっとこの体勢でもいい?」

「いやそれは困るかな」


 このままだといつ飽きた凪にくすぐられるかわからないし。

 現にすでに手がわき腹に添えられている。

 それに逆光のせいで私だけ顔が見えないのは嫌だ。

 凪は普通に私のこと見れてるはずなのに。


「ちとせは私のこと好き?」

「当たり前じゃん。大好きだよ」

「初めは尋ねてもちゃんと答えてくれなかったけどね」


 それは……。

 あの時はこの感情がわからなかっただけで。

 今はちゃんと恋人として好きだってわかる。

 好きと言ってしまった恥ずかしさを感じながら彼女の目があるであろう場所をじっと見つめていると、彼女は私のワイシャツのボタンを何個か外し始めていた。


「え、ねえ凪。何してるの?」

「なにって昨日つけられなかったキスマつけようと思って」

「バレそうだしもうやらないって言わなかった?」

「忘れた」


 彼女はそう言い切ると、私の鎖骨の下あたりに吸い付いてくる。

 その周りの皮膚が突っ張り血液が集まるのが伝わってきた。


「ねえって」

「下の方につけたしいいでしょ? これなら服脱がない限りバレない」


 彼女は一枚写真を撮ると私に見せてきた。

 確かにこの位置だったらバレないかもしれないけど……。


「写真、消しといてよ」

「わかってる。それでどうする? 今私が退いたらちとせは勉強する?」


 そう言いつつも、彼女は自身のボタンをすでに何個か外している。

 そしてワイシャツを少しずらし、さっき私につけたのと同じ位置を挑発的に何度か指でたたいた。


「それとも私に痕つける?」


 外した時点で私が勉強するって言わないのわかってるくせに。

 私のが考えることがバレている気がしてなんかしゃくだけど、この不満はすぐに晴らせるからいい。

 凪を床に押し付けると、彼女の皮膚を思い切り吸い上げた。

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