#30 私の英雄がログインしました

 偶然だが、不時着した場所が目的地に近くて本当に良かった。

 ダンジョンと化した祖国の心臓部ボス部屋、国会議事堂まで全速力で駆け抜ける。


(……さっきまで不死アンデッド型の魔物モンスターが襲いかかってきたってのに。突然攻撃が止みやがった)


 道中、こんな違和感を覚えていた。

 魔物モンスターは、ヒンデガルトの人によく見られる肌や髪の色をしていた。服だって最新のファッションだし、まだボロボロになっていない。

 おそらく祖国の人たちは、殆どがエムの手によってアンデッドにされてしまったのだろう。

 いや……そう見えるよう命令されたなのだろうか。


「ネフェタルッッ!!」


 豪華な正門を蹴破り、突入する。

 普通なら国家反逆罪だな、こりゃ。


「ひぃいいいい!!」


 だが入れ替わりと言わんばかりに、ハゲかけた中年が小便を撒き散らしながら逃げようとしていた。

 知っている顔なので、反射的にスーツの襟を掴んでしまった。最高級の生地だ、こんな状況でも触り心地が伝わってくる。


「おい、なに国見捨てて逃げようとしてんだ。大統領」


「あ、アリヴァ・イズラーイール!? 来てくれたのか!!」


「来てくれたのか、じゃねえよ! 選挙のとき『ヒンデガルトを守る柱となりま〜す』なんて抜かしてたくせに何だよこれは!」


「なっ、いちばん納税しているからって好き放題言いおって!!」


 酷い有様だ。こんな柱じゃ、国は丸潰れだな。

 確かに政治家が戦えるかと聞かれればお門違いだ。コイツだって、有名な家系に生まれ、有名な大学を出て、有名な政党に入って大統領となる最高のキャリアを積んできた上級国民だ。

 だけど。いや、だからこそなのかもしれない。


「ワシはこの国で一番偉いのだぞ! 一番命が尊重されるのは当然だろうが!!」


 化けの皮1枚剥がしたらコレなのだから、票を入れた人たちも救われないよな。


「あぁわかった、とりあえずこの騒動が終わったら辞職してもらうとして」


「それは貴様が勝手に決めることではない!」


「――いいや。貴方はもう終わりなんだよ、大統領」


 問題は、配信用カメラを構えて階段を降りてきたフードの女……エムだ。


「貴方の無様はバズりまくった女王ネフェタルの配信枠を通して、世界中の視聴者にばら撒かれた。もはや国際社会で生きていくことは不可能だろうね」


「ぁ、わぁ……」


 失禁すると同時に意識まで手放してしまったブタには一瞥もくれず、ダンジョン製作者をじっと見つめる。


「待ってたよ。アリヴァ」


「何が目的なんだ、エム……いや」


 あぁ。やっぱり、そうなんだな。

 外されたフードの下の、デスマスクみたいな無表情を見て……受け入れるしかなくなってしまった。


義妹ミティア。お前、いつからダンジョン製作者だったんだ」


「最初から。お義父さんに拾われる前からだよ」


 何だよそれ。

 同じ屋根の下で飯食って雑魚寝し合っていたのに、いつダンジョンを作っていたんだよ。


「何でこんなことしてきたんだ」


私の英雄お義兄ちゃんにカッコよくなってほしいから」


「だからって、こんな」


 親父を親母にしてまでやることだったのか?

 そんな嘆きも、いまの彼女には届かない。


「ずっと隠していたけど。私のタレントスキル『祝詞ギフテクス』はね、死した者たちに生を与える能力なんだ」


「……はっ?」


「メフィストとやらの秘技ではない。完全なミイラとして、復活させることができる。食事もとれる、水も飲める、礼拝にも参加できる」


「お前、何を言って」


 距離をゼロにされるまで分からなかった。

 まだ未成年とは思えない妖艶な吐息が鼓膜を愛撫してくる。


「お義兄ちゃんは私のミイラものだった。それをコイツが奪って、無茶苦茶にした」


「ッ!?」


 オレは、死んでいた?

 親父が親母になった日に、とっくに?


「最強の探索者アリヴァ・イズラーイールは、私達の英雄でなくてはいけないんだ。だから王座を用意することにした」


 コメント欄が見れない。だがきっと焦土と化していることだろう。


「国民、国土、全てが貴方の思うがままになる。ここに座るのは売女ネフェタルではない、貴方だよ。お義兄ちゃん」


 ミイラ達による喝采。迫り上がる王の椅子。

 オレはただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

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