#20 D級ダンジョンに竜神が出てきてしまった件

 ダンジョン製作者が「アジダカーハ」と呼称した三つ首の蛇竜。

 田園の背景でもある夜山ほど高く、そして禍々しいソレを前にし、流石に冷や汗が垂れてきてしまう。


「穿て」


 主人の一声に応じ、蛇竜が毒針山のような尾を振り回してきた。


「まずは防御に専念しろ! 習性パターンを読んで、弱点を割り出すんだ!!」


「なっ、最強の貴様なら討ち倒すなど容易であろう!?」


 容易なわけがない。攻撃が悪手となる場合もあるため、慎重に動かざるを得ないのだ。


「ミティ、掴まれ!」


「う、うんっ!」


“あの魔物モンスター、攻撃はっや!?”

“翼も尻尾も、あんな生えてるのに伸びまくるの!?”

“てぇてぇ”

“↑ブロックしたわ”


「マズいな、コメント返す余裕も無い!」


「もう脇の田畑も壊滅しておる、アレ喰らうとマズいぞ!」


「〈パッシブ:ドッジⅨ〉!」


「銃口向ける余裕も無い……!」


 こうして何とか避け続けるのが精一杯だ。

 7本生えている尻尾も、冒涜的な形状の翼も、隙間が無いのかと思うくらいこちらへぶつけてきやがる。

 しかも、まだ蛇竜は全然本気を出していない。犬猫と戯れるようなテンションだ。


「貴様がやらぬのなら妾がやる! 〈パッシブ:カウンターⅩⅢ〉!!」


「あ、おい馬鹿!」


 襲いくる顎の1つ目掛け、ネフェタルが渾身の正拳を放つ。


『グフゥ』


 岩盤のような鱗は貫き、脳天へカウンターがクリーンヒットしていた。

 しかしその奥にある腐肉に吸着され、女王は右腕を完全に取られてしまう。


「腕が、抜けぬッ」


「ネフェタル!!」


 助けに行きたい。だが砕けた鱗と飛び散った血は、無数の毒蟲や蛇へと変化し行手を阻んできやがる。

 しかも貫かれたはずの頭も、既に再生していた。そのまま首を上げ、女王を天へと連れ去ってしまう。


「ダメージを受けたら雑兵を増やし、しかもあの回復力……!」


「SS、いやEX級もあり得るんじゃないの!?」


 思いたくはないが、SS級のボスモンスターくらいの力は持っている。

 間違いなく、前に戦ったスフィンクスよりも格上だ。この面倒なギミックを攻略し、さっさとネフェタルを助けなければ!


「さらに厄介なことになるかもだが、まずは首をぶった斬る!!」


「その必要はない!」


「ッ、お前」


“生きてた!?”

“終わったと思ってたのに”


 宙を時速数百キロで振り回されているネフェタルが叫ぶ。

 声は普段以上に、確固たる自信に満ちており。


「妾に。メフィストの女王に任せるがよい!」


 恐怖を孕んでいるはずの眼は、人を見下す暴君のものではなく、先陣にて民を導く賢王のものだった。


「これは命令である! 配信をミュートにせよ!」


「ッ、そうか。了解した!」


「〈セット:最高級耳栓〉。こっちもオーケー!」


 コメ欄では何が起きたかと騒いでいるが、これを聴かせるわけにもいかない。

 オレの命を奪い隷属させやがった、忌まわしき呪いの詩を!


【さあ叫べ 我の生誕を

 さあ謳え 我の譚詩を

 さあ注げ 我の臓腑を

 さあ祝え 我の復活を】


『グ、ク、ウ……!』


 勝負あった。もともと海竜種の死体みたいなものだったのだ。

 微かに残った生命を摘み取れば、あとはミイラの奴隷が出来上がる。


「死せとし死ねる者は、全て妾の傀儡なり。愛おしき奴隷竜よ、真の敵の首を噛みちぎれ!!」


『ヴァオルルルル!!』


 まるで冠のように竜の頭へ乗った女王が、かつての主人を殺せと命じ、突貫させた。

 伸びる毒針、そして翼。オレでも苦労したソレをかわすのは容易ではなく、段々と奴のフードがボロボロになってゆく。


「ははっ、これは驚愕サプライズだ! 最高傑作ベストデザインたる邪毒竜神アジダカーハ一瞬ワンターン撃破キルするどころか、懐柔テイムしてしまうとは!」


「遺言は済んだな。冥府へ堕ちよ」


 そして腹に一撃をもらったジェイめがけ、蛇竜の大顎が飛ぶ。


「……はっ?」


 決着がついたと思った。


 だが、一瞬。

 たったの一瞬で、アジダカーハは身体を消滅させられてしまった。


構築ビルドした生命ホビー解体ブレイクできないわけないだろう」


「馬鹿な……っ」


 墜落する。しかも、腕を呑ませていた状態だったため体制が悪い。

 蛇竜の骸体を奪った異空間が、刻一刻とネフェタルへと迫る。


名残惜しいワンモアターンと言いたいが、お別れジエンドだ」


「させない!!」


「っ、邪魔をシット……!」


 オレの手元を離れたミティアが、銃でジェイの気を引いてくれた。

 だから、叫ぶ。あのアジダカーハを操るなんてアイデアを出した、勇敢な女王へ。


「まだ手はある! お前が最善の道を切り拓け!!」


「最善、のっ……!」


 周囲の全てを使う、それが探索成功の秘訣だ。

 そのためには、知恵と経験が必須。いまのネフェタルには、それが十分ある。


 そして腕を伸ばした先には、アジダカーハの落とした白金プラチナの宝箱。

 良い判断だ。これにお前の希望を込めろ!


「〈パッシブ:ラックⅩⅢ〉!!」


 ああ。自分の力で、奇跡を、そして未来を手繰り寄せるんだ。

 この窮地を打破するための鍵が、そこに――


あるわけが無いだろうノーモアチャンス


「はっ?」


 あったはずだった。

 しかし中に入っていたモノクロの見事な弓は、敵の手に渡っており。


ファッキングッバイクソビッチフールガール


 終焉を意味する矢が、射られてしまった。


 だが本当にネフェタルが手にしようとしたのは、弓だけではない。


「オレが間に合うまでの時間。よく手繰り寄せたな」


「アリ、ヴァ……」


 1秒にも満たない時間。

 今この瞬間は、どんな秘宝よりも価値がある。

 おかげで間に合った。死神の閃光と化した矢を斬り落とし、異空間スレスレで空中キャッチを決めることができたのだから。


「あとは任せとけ。女王の敵を倒すのが、奴隷オレの仕事だからな」


「……ああ」


 女王を義妹の側へやり、ダンジョン製作者へ向けてカットラスを構え直す。


「奴を、討ち倒せ」


「承知した!」


 少し本気で相手してやるよ。ラスボス野郎!


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