#16 罠じゃ、これは罠じゃ!

 意気揚々と宣言し、ネフェタル女王は探索者用エリアへ足を踏み入れる。


「さあ、受付も済ませた! ここからが真の探索の幕開、け……!?」

 

 だが突入した瞬間、辺りの空気は一変した。


「急に夕暮れとなったぞ。しかもアレだけごった返しになっていた人が、指で数える程しか居らぬではないか!」


“もう甘えは許されないからね”

“基本的なことしか言ってなかったのかな?”

“初見の反応たすかる”


 数多のダンジョン配信を目にしてきた歴戦の視聴者リスナーたちは、カウサー田園郷のデータなんざすぐに記憶から取り出せるだろう。

 だがネフェたんは違う。魔物モンスタートラップ、宝箱の情報しか頭に入れていない。

 だからこそ、突然冷え込みヒグラシが鳴き始めている、この何があっても自己責任のエリアに息を呑んでいた。


「こっから先はスタッフも居ないし、レンタルできる武器は余り役に立たないからな。防御のパッシブみたいな効果のある防具は使えるかもだけど」


「そんな物あるわけなかろう!」


“えぇ……”

“舐め腐ってて笑っちゃうんすよね”

“まあ何かあれば奴隷がなんとかしてくれるし”


「ともかく! これからは諸々に気をつければ良い、そうじゃろう!?」


「まあ基本一本道だし大丈夫だと思うけど。本当に魔物倒せんの?」


「え。まさか貴様が妾の力を無知エアプるとは思わなんだ」


「力は知ってるけどさぁ」


 そういう問題では無いのだが、いま何を言っても聞かないだろう。

 コメント欄は期待からか静寂に包まれており、肝心の女王は異常事態を気にも留めずズカズカと進んでゆく。

 そうこう進むこと、約3分。


「ぬっ!?」


 脇の稲穂から、1匹の巨大な羽虫が飛び出てきた。

 ただそれは古の女王も知っているものだったため、すぐに平静を取り戻してしまう。


「何じゃホーネットか、此奴なら前に見たこともある、所詮は殺虫剤で朽ちる雑魚とな」


「いや、田舎のは舐めない方がいいぞ」


「どういうことじゃ……どぉおおおおっ!?」


 まあ本物のダンジョンで出るものは、一筋縄では行かないんだけどな。


“ふぁーwww”

“ネフェたん涙目www”

“お約束”

“誰もが通る道”


「何じゃこの大群、きしょ過ぎじゃろお!?」


「良い反応するねぇ」


「基本は数十、数百匹単位で襲ってくるからな。こうなると危険度も跳ね上がるぜ」


「先に言え!?」


 ハンドボールほどの蟲に群がられたら、そりゃパニックにもなるわな。

 ミティもシャッターチャンスとばかりに、ネフェたんの美しくも乱れる顔をドアップで映しまくっているし。


「ああもう、近寄るで……ないッ!!」


 そんなミイラの女王が取った反撃は。

 ハリケーンを起こし田畑ごと消し飛ばすほどの、全力ビンタだった。


“やっばw”

“ワ ン パ ン”

脳筋パワー系女王様でござったかぁ”


「うわぁ、ぜんぶ吹き飛ばしちゃった」


「無茶苦茶だぁ……」


 そんな災害を起こした張本人はというと、跡に残ったノーマルの宝箱をキャッチし、作ったような高笑いをあげている。


「ふ、ふふはは! これが妾の力であるぞ、この調子でドンドン先に」


「その先は罠あるぞ」


「えっ……あ」


 ポンコツ女王様が起動したのは、足で踏むと作動するタイプのトラップ

 周りと少し床の色が違ったり、不自然に盛られていたりするのが特徴だが……初見では気付かないのも無理はない。


「なんか踏んでもうた!? 嫌じゃ、かのディムルみたく漢女オトメになってしまうのか!?」


「いや待て、ただ言えるのは擬態罠ダミートラップ踏んじまったら覚悟決めるしかないってことだけだ!」


「覚悟!? んなもん決まるわけなかろうが!!」


 そんな涙目で狼狽する女王に降りかかったのは。


「ほげぇ!?」


 金タライという、古典的な災難だった。


“バァン!(大破)”

“痛そうw”

“ネフェ虐たすかる”

“流石にD級だしシンプルなやつかw”


「なに笑うておる! 地味ぃーに痛いやつなんじゃぞこれ!?」


 艶々な黒髪の伸びる頭にタンコブを作りながら、視聴者に文句を垂れていた。


〜〜〜〜〜〜


 さて、カウサー田園郷は一本道をドンドン行きながら道中の魔物や罠を掻い潜り、宝箱を回収してゆくダンジョンだ。

 基本ボスも居らず、どこにあるかもわからない出口へ向かって進んでゆく事になる。


「ぬ、魔物モンスターが道を塞いでおる!」


「あれはカッペゴブリンだな、斧の代わりに桑を、あと麦わら帽子を被っている」


「そもそものゴブリンを知らぬのじゃが!?」


『デレビモデェ!』


『ラヂオモデェ!』


「しかし何故じゃ、鳴き声の意味が少し分かってしまう!!」


 まあD級の雑魚が2、3匹居たところでネフェたんに敵うはずも無い。


〜〜〜〜〜〜


「おぉ見よ、宝箱じゃ! しかも銀色に光っておる、これはレアであろう!?」


「待て、それも擬態罠ダミートラップだ。D級こんなところシルバーのレア物が出るわけない」


「何を言うとる、拾える物は拾って……臭っせぇ!?」


 ジェットみたいな屁の音が鳴り響き、異臭を含むガスが欲深きネフェたんへと襲い掛かる。

 ミミックじゃないだけマシとはいえ、これもキツいだろうな。


「何ナンジャ……声ガ変ニナッテオル!?」


「ヘリウムガスかぁ」


「地味に嫌なやつ引いたね、でもコメ欄には大草原が出来てるし撮れ高十分だよ」


「コノ無礼者ドモガァ! 見ルデナァイ!!」


〜〜〜〜〜〜


「さあさ、大陸1ですよ! このフィリカ大陸でシェアナンバーワンを誇る最大手寿司チェーン、フィリカスーシーズのギンサバ押し寿司!」


「何じゃあれ」


「あんまり見ないほうがいいぞ、聞き流す程度にしとけ」


 スーツを纏った露天による実演販売。

 こんなあぜ道でモノが売れるのか……と思うかもしれないが、当然これもダンジョンの罠である。


「ヒンデガルトの職人さんが朝晩と手作りで梱包した逸品、コレをですね家族みんなで、または友達とのパーティーにも、さらにダンジョン攻略のお弁当にも大活躍するというわけです!」


「本当にあるのか、このような料理?」


“あるぞ”

“人生エアプか?”


「これは失言だね。育ちが良すぎたのかな?」


「喧嘩なら買ってやろうか」


「まあまあ。ここで買うものも無いんだし、とりあえず値段を聞き流してさっさと」


「お値段なんと4980ドル、4980ドルでございます!」


「相場10ドルだぞ!? 高えよ!」


 誰が買うんだこんなもの。無視だ無視、とっとと……


「さらにですね、今なら何とエッチな本を、このエッチな写真集を付けちゃい」


「買ったァ!!」


「買うなぁ!?」


“い つ も の”

“また燃えるぞw”

“貞操は常に燃えてる男”


「あぁ……道具箱アイテムボックスから金が消えてゆく……」


 結局、蠱惑罠ハニートラップにかかってしまったオレは、4980ドルもぼったくられ。

 さらに本もただのホーネットの写真集だったため、正座させられしこたま怒られるハメとなった。


〜〜〜〜〜〜


「ルカが探索エリアに入ってぇ、1時間が経ちましたぁ!!」


「いいよ〜! ルカちゃん、今日も強くて可愛いよ〜!!」


「ぼちぼち同業者を見るのう」


「彼氏がカメラマンで、彼女が配信者みたいだね」


「よくあるカップル系だが、彼女さんのほうはC級でも通用しそうな実力持ってるな。けど彼氏を想ってこの難易度にしているんだろう」


「感心しとる場合か……っと、何やら人だかりが見えるな」


 そんなバカップルの奥に、拍手を向けている人だかりが。


『おめでとう!』

『おめでとう』

『めでたいなぁ!』

『おめっとさん!』


「ん、んん??」


「あー……無視だ無視、言い返しちまったら」


「あ、ありがとう?」


「おいルークてめ」


 あーあ、彼氏のほうがやっちまったか。

 次の瞬間、カップルの姿がパッと消失する。


「突然消えたぞ!?」


「今ごろ脳内で、全ての子供達チルドレンに祝福を贈っている頃だろうな」


「それで気がついたら入り口まで戻されちゃってるんだよね」


「さっきから変な罠しか無いではないか!?」


 実際、こんな初見殺しで意味のわからない罠が多いから反論に困る。


〜〜〜〜〜〜


「ぜぇ、ぜぇ……」


 この後も奇天烈な魔物や罠が続き、一向に変わらない風景や展開も相まってネフェたんは肩で息をするようになっていた。

 出る宝箱はノーマルばかり。そして魔物も雑魚しかいないとなると、気疲れするのも仕方ないだろう。


「出口やボス部屋は何処じゃ、配信終われぬ……この光景、下民共も飽きたじゃろう……」


“いや特に”

“カウサーはコレが普通よ”

“ネフェたんの反応面白いから無限に見れるw”


「貴様ら妾を何だと思っておる……!」


 案の定、芸人枠という反応で埋め尽くされていた。


「ただ……マズいな」


 こんな調子が続くと視聴者離れを起こしてしまう。

 実際、最大15万人居たはずの同接も、1時間ほどで10万人にまで落ち込んでしまっている。


「何より、もうダンジョンに潜るのは嫌じゃなんてヘソ曲げられた暁には、オレもダンジョンに潜れなくなっちまう」


「……仕方ない」


 主食が秘宝になってしまった以上、このまま無職となったらすぐにメシの食い上げとなる。

 そんな最悪の未来を回避するため、ミティアは決心を固めた。


「アリヴァ、カウサーなりのテコ入れ。するよ」


「なるほど。あまり配信に出ないし、話題性は抜群だろうしな」


 それに、彼女には更に難しいダンジョンに潜って貰わなければならない。

 ならば少し上の段階へ行ってもいいだろう。


「女王サマ、提案だ」


「何じゃ」


 オレはニィと口角をあげ、提案する。


「知る人ぞ知る。興味は無いか?」


 真のダンジョン探索者しか辿り着けない、その領域に。

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