#11 セットスキルに物申す

 パッシブスキルは、強化したいステータスとレベルを叫べば発動できる。

 その際、明確なイメージが必要だ。まあイメージとレベルが明確に合っていなければ失敗し、酷い有様になってしまうが。


 さて、セットスキルにはレベルが無い。必要なのは、道具を使いこなす強い決意だ。

 でなければ逆に道具に使われてしまい、無様を晒すことになる。


「ぷしゅー……」


 そう、雷帝神の怒りに触れて黒焦げとなったネフェたんのように。


「あれ、わたし何してたんだろ」


「店番あるんだった。解散解散」


 いまの衝撃でルックスのパッシブが解けたようだ。

 群衆が散り散りになってゆく。


「まあこんなもんだろ。ほら綺麗にしてやっから、〈セット:牛乳石鹸〉」


「ひっでぇ。食器洗いかよ」


「あれ、アブドゥールさんは解散しないの」


「俺ぁいいんだよ。今日も町は平和で暇だしな」


「警察としてどうなのそれ」


「……ぶほぁ! 何故じゃ、何故セットスキルとやらは使えぬ!」


「むしろそれが普通だよ、というかパッシブもセットも一般人アブドゥールさんたちからすりゃあ使えること自体が凄いことだしな」


「全くだ。おかげで警察の立場もあったもんじゃない」


「貴方は働いてないだけでしょ」


 手厳しいな、うちの妹分は。


「まずは、簡単なものを強化することから始めよう。ほれ、水入りのペットボトルだ」


「ぬっ、この器をどうしろと?」


「どうするかは自分で決める。無論、自由だ」


「ふむ」


「甘くするも良し、色を変えるも良し。水入りペットボトルを使った方法は、セットスキルを習得するために用いられる基本的なトレーニングなんだ」


「基礎からやれと申すか」


 何事も基礎が一番大切だからな。


「次に、ペットボトルを自分の身体の一部のようにイメージする。完全に支配するイメージだな」


「支配か。王に相応しき言葉じゃな」


「とりあえずやってみな。あと詳しくはオレの動画を見てくれ、『ダンジョン初心者必見、セットスキル上達講座』ってやつだな」


「そういうのは良いからはよ説明せい!!」


 酷え、せっかく自信を持って作ったのに。


「まあモノは試しだ。何も思いつかないなら、飲み口から吹き出すようイメージすればいいんじゃねえか?」


「そうか、よし。〈セット:ペットボトル〉!」


 瞬間、キレたペットボトルが命をかけて怒りを爆発させた。


「ぐぇええっ!?」


「おぉ〜、派手にいったねえ」


「新手のメントスコーラかな?」


「ぬぅ、しれっトかサをさしオってカらに……はレぇ」


「あ、やべ」


 そうだ。ネフェタルも格上とはいえミイラなのだ、大量の水はヤバい!


「ん、どした? なんか顔膨れて」


「あ、あー! アブドゥールさーん、あそこに水着美女がー!」


「え、何処どこ何処だぁ!?」


 すぐさま防腐剤やら回復薬やらを投与し、彼女に復活の呪詩を歌わせることで自己回復させた。


「し、死ぬかと思うたぞ……」


「悪かった。サンプルに水はマズかったな」


「やはり先程の秘宝を貸せ! そのほうが手っ取り早い!」


「やめておいたほうがいい。セットスキルは熟練度レベルが足りないと、道具に拒絶されるから」


「貴様ら下民に出来て、妾に出来ぬ道理などない!」


「そんな道理があるんだよな、悲しいけど」


五月蝿うるさい! 〈セット:|雷帝神の腕冠《ケラウノス・フィスト〉……にやぁああばばばばばば!?」


「あーあー、言わんこっちゃない」


「すごく感電したね」


「でもなぁ、パンピーからすりゃあパッシブできるだけで羨ましいってもんよ」


「何故できる……ズルじゃ、チートじゃこんなの! 貴様らだけズルいぞ!!」


「オレもミティも、親父にしこたまセットスキルを仕込まれたからな」


「人類が生命の頂点に立てたのは道具があったから、故に道具を極限まで扱えるようになれば人類の頂点にも立てる……だってよ」


 しかしオレはパッシブの才もあったが、ミティはセットしか使えなかった。

 だからアイツは拠点からの支援ってわけだ。


「親が居たのか」


「いいや。オレやミティ、他にも沢山の子供たちを拾い育ててくれた大恩人だよ」


「ああ。アイツはガンガ町の……いや、ヒンデガルトの英雄だったな」


「だった?」


 ミティアは俯いたまま黙り込んでいる。そりゃそうだ、あれだけ凄い人を失ってしまったのだからトラウマになっても仕方がない。

 現に、オレも逃避しながらじゃないと語れそうにないのだから。


「少し昔話をしようか」


〜〜〜〜〜〜


 物心がつく前から、オレは盗みを覚えていた。

 親も寝る場所も無い、明日食べる物があるかもわからない。

 生きていくために『狩り』を我流で覚えるのは当然のことだ。


「いたぞ、あのガキだ!」


「この野郎、誰から盗んだと思ってる!!」


 文字通り、誰からも盗んだ。

 弱そうな奴、屈強そうな奴。だが特に選んでいたのは富裕層だ。

 護衛を付けていようが関係ない。ソイツらから盗めれば、次の狩りも成功しやすくなる気がしたから。


「捕まえたぞ!」


「親の躾がなってない腕だ、今すぐ切り落としてやろうか!?」


 幾つのときだっただろうか。オレはヘマをして、警察に捕まってしまった。

 肌艶の良い大人に何度も殴られ、罵倒された。

 知らねえよ。説教なんてうぜえよ。響かねえよ。


「何だその目は!?」


「クソガキ、ぶっ殺してやろうか!?」


「……殺せよ。それで満足だろ?」


「テメェ!」


 この世界に神なんて居ねえんだ。

 親に捨てられた命、オレも捨てて何が悪い。


「おいテメェら、何やってんだ〜?」


「グェ!?」


「ゴォ!?」


 だが拳がオレに振り下ろされることはなく。

 逆に警官が、仲間によって蹴り飛ばされていた。


「アブドゥール、貴様先輩に向かって何をしている!!」


「それはコッチのセリフですよ。こんな飢えそうなガキ相手に大人が馬乗りパンチとか正気ですかい?」


「教育のためだ! 盗みを働いた腕を切り落とさないだけマシだと思うことだな!!」


「それでこの子の為になるなら良いんでしょうがねぇ。まだ初等部入ったばっかでしょこの子」


 何ともやる気のなさそうな警官だ。

 だけど、あのクソッタレな大人よりも、この人は信頼できる気がした。


「貴様も教育してやる!」


「それはこっちのセリフですよっと!!」


 ……結果、アブドゥールという人は二人にボコボコにされてしまった。

 というか勝負にもなってなかった。もともと腹ブヨブヨだし、鍛えてなさそうだし。


「はぁ〜あ。カッコつけるもんじゃないな」


「おじさん元々ダサいし別に良いだろ」


「ちょ、助けた恩人に酷くない?」


 まあ、そうか。おかげで有耶無耶になったわけだし。


「……ありがと」


「良いってことよ。それより、ホラ」


 そうボロボロの腕で手渡してきたのは、ラップで包まれた黒パンだった。


「子供は腹一杯食べなきゃダメだ。ほれ、ダサいとこ見せちまった詫びだよ」


「これ、おじさんの弁当でしょ」


「いんだよ。給料日近いし、どっかしらの食堂でサボろうと思ってたからな」


「……」


 オレはその意味を理解できないまま、平たいパンへと齧りついた。


 まあパン1個で人生が好転するわけもなく、次の日も、また次の日もオレは盗みを繰り返し続けた。


「お前なぁ。これで何回目だ?」


 ……アブドゥールさんの見える範囲で。


「良いだろ。手柄になるみたいだし」


「その度に逃してるしパン持ってかれるから、評価も懐も悲しくなっていくんだよ」


「やっぱ良いだろ、それくらい」


「良いわけあるかい!」


 やかましいな。まあパンくれるからいいけど。


「なあガキ。そういや名前聞くのがまだだったな」


「無えよ、親ってのもわからないし」


「うわ、そう来たかぁ」


「オレみたいな子供はごまんといる。次の日には数が減ったり増えたりしているけど」


「知ってるよ。俺だってお巡りさんだからな」


「仕事してないくせに」


「おう、お前を逮捕してもいいんだぞ?」


 それは困る。牢獄に入れられたら話し相手がいなくなるから。


「なら、そうだな。『アリヴァ』ってのはどうだ?」


「何で?」


「お婆ちゃんから聞かされた御伽話の主人公だ。カッコいいんだぜ?」


「ふぅん」


 言い方が少し気に入らないな。

 でもまあ、名前があるに越したことはないか。


「じゃ、それでいいよ」


「ってことで名前も決まったことだし。そろそろ人らしいこと、してみねえか?」


「は?」


 理解できなかったが、すぐにわからされることになる。

 地鳴りと共に現れた、オレの2倍はあるであろう巨漢に。


「お前か。盗みを繰り返すクソガキってのは」


 本能でわかる。この大男には絶対に勝てないし、盗みを働いたら殺される。


「……誰」


「ディムル・イズラーイール。人知れず現れる人外の領域、ダンジョンを潰す者だ」


「だん、じょん?」


「この呑んだくれのガキから頼まれてな。貴族院の連中からスリやった見込みのあるガキを教育してやってほしいと」


 教育……オレはまた殴られるのか。

 だが大男が差し出した右手は、握り拳などではなく。


「今日からお前は俺様の息子、アリヴァ・イズラーイールだ。一人前の男に、鍛え上げてやる」


 その日から、オレはスリからダンジョン探索者になった。


〜〜〜〜〜〜


「親父とアブドゥールさんが居なかったら、オレは今ごろマフィアか何かだったってわけさ」


「同時に、凄いダンジョン探索者だった。インターネットもない時代から国を守り財宝をもたらし続けてきた、英雄だった」


「俺みたいな不真面目なヤツにも親しくしてくれる、最高の男だったな」


「ということは、やはり」


「ああ。7年前に、ダンジョンでな」


「アリヴァ!」


「……そうか」


「回りくどくなっちまったな、悪かったよ。けど、オレもあの日のことが忘れられないんだ。今みてえに最強なら、こうはならなかったのにって」


 同時に、心から強さを求め始めた原点でもある。

 泣き崩れる義妹ミティを抱きかかえ、涙と共に決意したあの日を忘れるなんて、あっていいはずがないんだ。


「非礼を詫びよう。要らぬ詮索をした」


「その気持ちだけでありがたいよ」


「然し! 完全に朽ちて天宮へと祀られた英雄を貶すのはメフィの恥、世が世ならば王族であれど死罪もやむなしじゃ!」


「けど、ここは現代だ。そこまで気に病む必要はねえよ」


「うん……それに」


「それに?」


 と、そのとき。


「あらぁ? すっごい美人が居るじゃな〜い。アリちゃんの彼女〜?」


 ちょうど、黒い肌に派手な化粧を施した巨体が出先から帰ってきたようだ。

 その身体には不相応な、フリル付きのエプロンを纏ったゴリラが。


「……おい、これって」


トラップにかかって、女みたいになっちまっただけだし」


「再起不能だけどな……」


「おっぱい大きいのにタマ有りだなんて……」


 親父オヤジ……いや、親母オヤバになっちまった漢女、ディムル・イズラーイール。

 その情報量の多い人型をようやく理解したネフェタルは、筋力パッシブのように激しい怒りを纏い。


「――生きて、おろうがァアアッッ!!」


 激情を全身に込め、咆哮した。

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