D級集落型ダンジョン カウサー田園郷

#07 マネージャーに怒られてしまいました

 ここは、ヒンデガルトのガンガ町にある修道院。

 神の教えのもと孤児を保護し、人々に奇跡を称して様々な祝福を与えている。

 また広大な土地を使って学校や図書館、修練場の役割も果たしている、いわば町のランドマークだ。


「アリヴァ。私が言いたいことは分かるよね」


 そしていま、オレはそんな育ちの故郷の一室で、妹分に正座させられている。


「誰じゃ此奴は。恐ろしき笑みを浮かべおって、まさか魔女ではあるまいな!?」


「……魔女より、ずっと恐ろしい存在だよ」


 ミティア・イズラーイール。あるお方に拾われて、10年以上も前からずっと同じ釜の飯を食い続けている義妹だ。

 贔屓目で見なくてもお淑やかで可愛らしく、茶の三つ編みとコスモスの髪飾りが非常によく似合っている。

 オレより6つ下だが非常にしっかりしていて、諸々の契約関係の業務もやってくれている、謂わばマネージャーみたいなもの……なのだが。


「女性関係での炎上、これで何回目なのかな」


「……8回目です」


「あのアリヴァがしおれたじゃと!?」


 ガチギレしたら、どんな魔物モンスターよりも恐ろしい。

 そもそも財布を管理されている以上、オレに拒否権なんて無いのだ。


「そりゃネットの皆は、アリヴァが好色家だってことは分かっているよ。でも、限度というものを知らないのかな」


「だって」


「言い訳なら聞かない。カメラにあるのは『アリヴァが美人にキスをした』という事実だけ」


「うげっ」


 ミティは、いつもこうだ。

 ただ淡々と、カメラに映り残った証拠を並べて詰めてくる。


「あと、勝手にウチのアリヴァと主従契約を結ばれると困るんだよね」


「口を慎め。身分というものを知らぬようじゃが、死を望みとあらば叶えてやらんでも」


「〈セット:水銀の十字架〉」


「のぇええええーーっ!?」


不死アンデッド型の魔物モンスターに対して絶大な効果を発揮する道具……それってまさか」


「さらに〈セット:雷帝神の腕冠ケラウノス・フィスト〉。これで身分は分かったかな?」


「は、はひぃ……!」


 すっかりネフェたんはミティの犬になってしまったようだ。

 だが今はそれどころではない。


「やっぱり、オレに何が起きたか分かってるんだな」


「うん。アリヴァ、


雷帝神の腕冠ケラウノス・フィストが送られたんだからな……やっぱバレるか」


「おい、あの武具を知っておるのか?」


「知ってるも何も、ネフェたんのスフィンクスポチを倒したときに使った秘宝だよ」


「装着者に雷霆の如き速度と攻撃力を付与する、しかも武器にも重ね掛け可能。こんな危険な代物、


「何じゃと?」


道具箱アイテムボックスを売ってるクラウドボックス社との契約でな。『アリヴァ・イズラーイールの死後、一部ストレージに格納されているアイテムは即座にミティア・イズラーイールの所有する道具箱へと届けられる』ってもんだから、死んだのがバレちまったんだ」


 オレがそのストレージに入れていたのは、セットスキル無しでも強力な効果を発揮できる道具と宝箱。

 換金するも良し、これを継いでダンジョンへ潜ったり自衛するも良し。とくに、オレを殺めた者たちに集めた秘宝を奪われ、使われても被害が少なくなるようにするためだ。


「こんな契約、アリヴァも忘れてたでしょ」


「まあ、な」


「……馬鹿。お義兄ちゃんの、馬鹿っ」


 ああ、そうだ。

 オレはミティには敵わない。

 昔はオレの後ろを引っ付きまわっていた癖して、いつの間にか弟分や妹分の面倒を見れるくらいしっかり者になって。

 けど、こうして昔からの泣きじゃくり顔で抱きつかれると、心の底から申し訳なさでいっぱいになる。


「悪かった。心配ばっかりかけてごめんな」


 正直、齢25で死ぬわけがないと思っていた。

 だから契約のことも忘れていたが、そのせいで妹分マネージャーに迷惑をかけてしまうなんて。

 しかも、オレが死んで収入が無くなったら、この修道院はどうなる。

 ミティが金銭を管理してくれているのも、全て院の子供達を想ってのことじゃないか。


「お義兄ちゃんが、私たちを食べさせるため頑張ってるのは分かってる……でも、でもっ」


「厳しくするのも、オレのこと想ってだもんな。それに甘えてばっかで、最低な兄貴だ」


「院のみんなにごめんなさい、しよ?」


「ああ。心配かけてるだろうからな」


視聴者リスナーさんにごめんなさい、できる?」


「する。当然だ」


「もう不貞行為はしない?」


「無理!」


「フンッ!」


「グエーッ!?」


 やりやがった。こんなしおらしいムードから鯖折りしてくる奴がいるか。


「つぎ不貞行為を働いたら、豚に睾丸を食べさせるね」


「ひっでぇ……」


 やっぱりコイツは、どこかしらのタイミングで魔女に魂を乗っ取られたのかもしれない。

 そして魔女の標的はオレからネフェたんへと向いてしまう。


「貴女、アリヴァの主を名乗っているようだけど」


「名乗るも何も、真実じゃからのう」


「なら、ダンジョン歴は」


「先の人型ダンジョンが初めてじゃな」


 正確には、ダンジョン化したメフィスト遺跡もなんだけどね。

 これ言ったら呪われそうだし、これ以上考えたら心を読まれて祟られそうだからやめておくが。


「話にならない。見たところ世界ダンジョン機構WDOにも登録してなさそうだし、未登録ダンジョンに入れないならアリヴァと共に行動させるわけにはいかない」


「ほう?」


「まあ、確かにそうか。そもそもWDOに登録していない一般人が入れるのは、1番下のD級までだしな」


「しかし良いのか、下級ミイラの身体を修復できるのは主たる妾のみ。それに主君と従者の距離が離れれば離れるほど、アリヴァの身体は鈍ってしまうぞ?」


「貴女の術がショボいだけなのでは」


「貴様、メフィスト王国に代々伝わりし秘術を愚弄するか!」


「忌憚のない意見ってやつだよ」


「何も知らぬ小童が……!」


「先生の言葉……ミティアよ、たいせつな十字架ものには使い所があるんだ」


「よさぬかそういう事するの!!」


「てかさぁ」


 2人の喧騒を遮るように、グルルルという音が鳴り響く。


「怒られて腹減ったわ」


「何を言っているのかな?」


 どうやら、ミイラにも空腹というものはあるようだ。

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